104 慰労を兼ねた合宿1

 桜井由貴は3人で行った『これから後輩の能力者補にどう対応する?会』が、明るくお開きになったので気を良くして早速、小林亜香里、藤沢詩織、篠原優衣へメッセージを発信した。


『 能力者補のみなさん、こんばんは

 初めてのミッションを終了させ、ホッとしていることかと思います。

 そんなみなさんに、慰労を兼ねて合宿を企画しました。

 今週の土曜日から一泊二日、行き先は首都圏近郊。

 エアクラフトは使用しませんが、みなさんをご招待します。

 もしも(本当にもしも)都合の悪い方は、お知らせください。

 『参加します』の返信をお待ちしております。

                   桜井由貴 』


 月曜日はいつも以上に眠くて、速攻で寮に帰り食事を済ませ、部屋でボーッとしていた亜香里。そのまま寝てしまうか、ジムに行って身体を動かしてから寝ようかと思っていたところに、思いがけないメッセージ。

(慰労を兼ねた合宿って不思議だけど面白そう。詩織も優衣も行くよね? 確認してみよう)

 メッセージを送ると二人から『ジムにいます』の返信、亜香里は(なーんだぁ、ジムに行くのなら誘ってくれてもいいのにー)と思いながらジムへ行く着替えをしていて(そうだ! 一緒にお昼をした時、今日は早く帰って速攻で寝る!と言ったんだ)と、自分が言ったことを思い出す。

 ジムに行くと、優衣がスミスマシンでベンチプレスをやっている。ウエイトは優衣の体重を超えていた。

「いつの間に、そんなに上がる様になったの?」

 バーを上げている最中で優衣は答えられない。側にいる詩織が代わりに答えてくれる。

「『二〇三〇年を生き抜くには、もっと強くならないと!』というのが、ガンバッテいる優衣さんのコメントです」

「なるほど、優衣は二〇三〇年で怖い目にあったからね。ブラックペッパー・ボスキャラ仕様だっけ? 本当は何という名前のロボットか知らないけど、強そうね」

 優衣がセットを終えバーをマシンに掛けて、ハアハア言いながら起き上がる。

「亜香里さん、ほんとに怖かったのですよ。ブラスターが効かないのですから」

「稲妻だったから効くかな?」

 ロボットと戦う気、満々の亜香里である。

「そうそう、桜井先輩からの合宿のお誘い、見たよね? 2人とも行くでしょう?」

「うん、トレーニングをやっていたら『組織』のメッセージが来たから『何事?』と思ったら桜井先輩からのお誘いだったので『喜んで参加させていただきます』って直ぐに返信したよ」

「詩織さんと同じように返信しました。上司からのメールには『直ぐに返信』が、社会人の基本ですから」

「エーッ! もう返しちゃったの? 分かった、私も同じ文で返そう。これで良しと。でもこのお誘い少し変じゃない? 慰労会なのか? 合宿なのか? それによって準備が違うと思うけど」

「亜香里さんらしくない、慎重なご発言ですね? 何の準備ですか?」

「ウーンと… 心の準備?」

 思わず吹き出す優衣、つられて笑う詩織。

「亜香里さんは、彼氏さんと初めてのお泊り旅行に行くみたいに、桜井先輩のお誘いに気合を入れているのですか?(プッ!と自分で言っておいて吹き出す優衣)慰労会でも合宿でも、良いではないですか? 初ミッションの時、先輩方のフォローは良かったし、私たちに無理なことはさせないと思いますよ」

「別に、気合いを入れているわけではないけど、初ミッションの慰労という意味では、詩織と優衣は『世界の隙間』から『世界の隙間』に行ったりして、大変だったけど、私は百年以上前に居たお侍さんを、ちょっとビビらせただけじゃない? 『世界の隙間』で、お泊まりもなかったし」

「そっかー、亜香里はどこか行った先で、お泊まりをしたかったのね。まあいいんじゃない? 今週末、先輩たちがお泊まりに連れて行ってくれるみたいだから。『行き先は首都圏近郊』とあったけど、『首都圏近郊の『世界の隙間』で一泊したいです』って、桜井先輩にメッセージを送ってみれば」詩織が冗談半分で亜香里に提案する。

「なるほどー、そういうのもありよね。首都圏近郊の『世界の隙間』が何処にあって、どんな時代に飛ぶのか分からないけど、リクエストをしてみようかな? どうせ行くんだったら、映画に出てくる様な、ウーン? 文明開化の頃? 和洋折衷で美味しいものが食べられそうだし、よし! 桜井先輩にリクエストを送っておきます… OKっと」

「やっぱり、そうなるのね。週末の亜香里の準備は、お腹をどこまで空けておくかよね」

「イヤイヤ、『食』は生きていくのに大切なことです。あと『睡眠』も。では良質な睡眠を取るために、いい汗を流しますか」

 亜香里はトレッドミルを最高速度にして、傾斜をつけて走り始めた。


 桜井由貴は久々に同期3人だけで楽しく食事を終え、飲まない当番ではなかったので軽くアルコールが入り良い気分で寮まで一緒に帰り、自部屋でミネラルウォーターを飲み始めたところで亜香里からのメッセージで一気に酔いが覚めてしまった。

「近くの『世界の隙間』に行きたいって、どういうこと?」

「ちょっと待ってよ! 里穂と早苗に転送して、週末の旅行は仕切り直しをして相談しないと」

 由貴は、コメントを添えて本居里穂、香取早苗に亜香里のメッセージを転送した。

『今日は久々に同期だけで楽しかったし『組織』への不安も少し減りました。そのあと、新人3人に送った週末旅行の誘いは、3人とも『よろこんで参加』と返信がすぐ来たのだけど、その後、小林亜香里からビックリするリクエストが来たので転送します。相談に乗って下さい』


『小林亜香里のメッセージ』

『三人とも桜井先輩たちのお誘いをうれしく思い、今からワクワクしております。『行き先は首都圏近郊で一泊』とのことですが、リクエストとかありですか? 『慰労を兼ね合宿』であれば例えば、近くの『世界の隙間』に行くとか、いかがでしょう? 出来れば和洋折衷が楽しめる文明開化時代に飛べるところとか… 厚かましいことを言っているような気もしますので、そうであれば、このメッセージは無視して下さい。よろしくお願いいたします』


 メッセージを転送したあと、由貴は頭を抱え込んだ。

(『世界の隙間』は、小林さんたちが思っている様な観光地じゃないのに…)


 翌日、会社では由貴たち先輩社員三人、亜香里たち三人も週末の『慰労を兼ね合宿』の事は口に出さなかった。

 亜香里たち新人三人は、会社で『組織』の話をすることには、相手が能力者であっても場所に気をつけることにも慣れ、会社では仕事のこと、寮に帰れば『組織』のことの区別が自然と出来るようになっていた。

 昨晩、由貴が同期二人に亜香里のメッセージを転送したあと、深夜に江島氏から由貴たち三人にメッセージが送られていることに、今朝気がついた。緊急連絡ではなかったので睡眠は、妨げられなかったようだ。

『先週まで、みなさんからリクエストのあった次のミッションについての説明を行いたいと思います。今日、会社の定時後に本社ビルの『組織』フロアへ集合できますか?』

 由貴は早速、里穂と早苗にメッセージを送る。

『なんだか、昨日の小林さんのリクエストもあるし、想定外の方向に進みそうで怖いのですがこちらが要求した説明会なので、とりあえず集合しますか? 私は今日、定時で上がれそうですが、お二方はいかが?』

 二人から『OK』の返信。

 由貴が三人を代表して、江島氏に返信する。

『全員定時後に『組織』フロアへ伺います。よろしくお願いします』

 送信したあとで、由貴は考えた。

(『組織』のことだから、小林さんたちが『世界の隙間』に行きたいとか、寮で話していたら、もうそれを知ってるんだろうなぁ。先週こっちから出したリクエストの応対じゃなくて、新しいミッションの提案をされそうで…、どうしよう?)

 まだ、週の2日目なのに由貴は精神的に疲れていた。

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