102 これからのミッション 2

 中国人の能力者である張玲を加え、優衣たちの話は尽きることがなく、優衣の両親が夜おそく帰宅した後も話が続き、玲がソファーに座ったまま寝そうになったところで、お開きにした。

 翌日曜日、詩織は叔父さんの道場のお手伝い、亜香里は大学写真部の展示会にOBとして出展するため会場の手伝いがあるとのことで、深夜遅くというより日曜早朝に、それぞれ帰宅の途に着いた。

 亜香里の帰り際、優衣が車のことを思い出す。

「休日の早朝ですので、来たときのような爆音がすると近所迷惑になります。AMGダイナミックセレクトをコンフォートにして下さい」

 亜香里が『それ、何だっけ?』と言う顔をするので、優衣が助手席のドアを開け、センターコンソールのシフトセレクター手前にあるダイヤルを『これです』と言いながらグリグリ回す。『そういうのがあるのを忘れていました』と、亜香里らしい受け答え。

「亜香里さん、深夜と言っても、もう早朝ですけど、一人で運転しても大丈夫なのですか? この前は『先輩から夜の一人行動は避けるように言われた』と仰っていましたけど」

「あぁ、アレですか? たぶん大丈夫。あのあと何回か夜一人で運転したけど、UFOにさらわれたりしていないから。多摩川の近くは鬼門っぽいので近寄りませんけど。それではお邪魔しました」

 詩織と玲は二人を見送り、遅い遅い入浴をして眠りについた。

 翌朝、優衣は玲と遅い朝食を取り(両親は外出したあとであった)、優衣は玲を敷地内にある『蔵』へ案内する。

「ここが『世界の隙間』の入口だったところなのですか?」

「はい、ここにある大きな箱を開けると地下への階段があって、地上に上がってくると、変な時代になっていました」

「優衣さんは上海でも、そうでしたけど、変な時代に飛びやすい体質なのでしょうか?」

「玲さん、中国には、その様な体質の能力者がいるのですか?」

「優衣さん、本気にしないで下さい。そんな体質の能力者がいるわけありませんよー。『世界の隙間』から『世界の隙間』に飛ばされる能力者なんて初めて会いましたし、優衣さん特有の能力だと思います」

「玲さん! 日本語が上手過ぎて、冗談なのか真面目に言っているのか、何を言っているのか分かりませんから」優衣は言いながら笑い出している。

 玲が蔵の中が見たいと言うので中に入ると、玲は古い本や美術品に興味を持ち、優衣に説明を求めるが、そのつど『玲さんごめんなさい。よく分かりません。今度調べておきます』が続くので、玲は優衣が古書や古美術品のことをあまり知らないと思い、気の毒に思ったのか途中からは漢字だけで書かれた書籍を読んだりして『なるほどー』と一人でうなずいていた。

 優衣は自分の家にあるものをほとんど知らないことを恥ずかしく思い『父に聞いて、蔵の中にあるものをちゃんと確認しておこう』と思ったが、優衣の父も蔵にあるものについては、ほとんど何も知らなかった。

 起床時刻が遅かったため、蔵の中にいるとお昼を過ぎていた。

「優衣さん、そろそろ中国に戻ろうと思います」

「本当だ! もうこんな時間ですね、寮までお送りします」

 2人は蔵からガレージへ向かう。

 いつも優衣が使うイヴォーク コンバーチブルはガレージになく、あるのはレンジローバーLWBだった。

(お父さん、どうしてイヴォークで出掛けたのかな?)

「寮までは狭い道がないから、これに乗っていきましょう」

 優衣の身長では乗り込むのに不自由をするが、玲の前では、さりげなさを装って運転席に座り出発した。

 思った通り、寮へ着くまでの道のりに車幅を気にするところはなく、見通しが良いぶん、混雑している日曜日の道路の運転は快適であった。

 寮の地下ガレージには自分のバイクを停めてあり、勝手が分かっているので、難なく駐車する。

 エレベーターに乗り2人でIDカードをかざすと、エレベーターは最上階で停止した。

「私は寮の駐機場のあるフロアに初めて来ました。本社よりコンパクトなのですね」優衣が初めて来たフロアの感想を述べながら、玲を伴って駐機場に入ると、スタンバイしているエアクラフトが一機止まっている。

「お世話になりました、またお会いしましょう」

「こちらこそ、中国ではお世話になりました。お気をつけて」

 玲がエアクラフトに乗り込むと、光学迷彩が起動しエアクラフトは見えなくなり、天井(屋上階の床)が開き、優衣からは見えないエアクラフトが急上昇したように感じられた。

(なるほどー、外から見るとホントにエアクラフトが飛んでいるとは分かりませんね)

 優衣は、天井が閉じた駐機場を出てエレベーターに乗り、地下駐車場から車で自宅へ戻って行った。

(玲さんは『またお会いしましょう』て言ってたけど、また一緒のミッションがあるのかな? それとも社交辞令?)

 この時2人はミッション以外で大変な事件に巻き込まれてしまうことをまだ知らなかった。


 翌月曜日、亜香里たち3人は、久しぶりにそれぞれの自宅から出社していた。

 亜香里と詩織は前の週から引き続き通常勤務で、優衣は先週月曜日の午後からミッションだったため、久しぶりの出社である。

 優衣は他の2人とは違い、世話人=直接の上司ではないため出社早々、上司に『同友会活動はどうだった?』と聞かれて、しどろもどろ。それを桜井由貴がオフィスの遠くから見て気がつき、さり気なく(急いで)近づき、優衣の上司にうまく説明していた。上司から解放された優衣に『ゴメン、私が説明するのを忘れてた』とのこと。

 優衣はホットして桜井由貴にお礼を言い、通常業務に戻っていた。

     *     *

 その頃、彼女たちが働いている東京日本生命損害保険株式会社本社が入っているビルの最上階、表向きには『日本同友会』会議室で話し合いが行われていた。

 亜香里たちの能力者補トレーニングを担当した高橋氏と、彼女たちの初ミッションを担当した江島氏である。

「『組織』から送られてきた、彼女たちの初ミッションのレポートと、江島さんが行なったインタビューを一通り拝見しました」

「私も改めて、高橋さんが一緒に行動された北アフリカとスコットランドのトレーニングのレポートを読み直してみました。トレーニング中なので『組織』の能力用のブースターが効いているとはいえ、小林亜香里が初めて発動した『稲妻』は何度見ても凄いですね、初ミッションの京都ではコントロールも良くなりましたし」

「でも江島さんは、その小林亜香里だけが初ミッションの『世界の隙間』の中で、新しい『世界の隙間』を開かなかったことが、意外だったのではありませんか?」

「ええ、一緒に『世界の隙間』に居てその兆候すらありませんでしたから。逆にそうならないと思っていた藤沢詩織が『世界の隙間』から更に30年前の『世界の隙間』へ、彼女の世話人をしていた香取早苗を道連れにして飛んで行ったのが驚きです。篠原優衣が別の『世界の隙間』へ飛ぶことは予想の範囲内でしたが、その先が未来で、且つ遂行中のミッションでパートナーだった張玲に、結果として未来への助けを求めたのは想定外です。このような事例は初めてなので」

「それについては江島さんのインタビューのサマリーを読んでいて、最初は理解できませんでした。江島さんはインタビューの中で『メビウスの帯』と仰っていましたが、私は自分が何故理解しがたいのかを考えてみると『鶏が先か、卵が先か』の因果性のジレンマに陥っているなと気がつき、循環時間論になるので『今の常識では説明できない』と自分の中では納めました」

「その件はそれ以上考えても仕方ないので、取りあえず置いておくとして本居里穂たちが、次のミッションについて説明を求めてきています。『組織』からは、私とあなた(高橋氏)が説明するようにと指示が来てますが、3人を集めてどのように説明したものかと思い、この話し合いを持った次第です。彼女たちに説明するのは難しくはありませんが、その中で小林亜香里たち新人にも説明するのか? ということが出てくると思います、その辺が悩ましいところです」

「たしかに『世界の隙間』ミッションの一つです』と言って説明すれば、それまでですが『組織』は今回のミッションにそれ以上のものを求めていますから、それをどこまで説明するのか、しないのか?」

「その時、事前に想定ができない『世界の隙間』に飛ばされてしまうリスクの説明が必要となります。初ミッションでは藤沢詩織、篠原優衣とも無事に戻って来られたから良かったものの『組織』のレポートを読むと『運が良かった』としか思えません」

「本居里穂たち世話人は、そこを非常に気にしています。『新人の能力者補にそんなに危ないミッションをやらせるのか?』と。仰る通りで、こちらとしてはそれを説得するだけの材料を持ち合わせていません。世話人3人をバックアップにつけるとしても、その様な形態のミッションはあまり例がありませんし」

「いっそのこと、今の問題点を『組織』に再度エスカレーションして、私たち直接指導する立場と『組織』の上の方とでミーティングを持ってから、本件を進めることにしませんか?」

「私も、そう考えていました。では私から『組織』に上げて、高橋さんにはCc を入れておきます」

「よろしくお願いします」

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