098 優衣の初ミッション7 二〇三〇年

 近づいてくるロボットから車道に飛び出した優衣は、そのまま車道を横切って反対側の歩道に辿り着いた。

 すると今度は、上空からドローンが優衣に近づいて来る。

 優衣は明らかに違う時代に入ってしまっているのだが、本人の意識が追いつかない。

(玲さんと一緒にここへ来た時には、周りに歩いている人や自動車、馬車が走っていたけど、見当たらないよぉ)と思っていたら、目の前を走行音を出さない流線型の自動車が猛スピードで走り去っていき、優衣は危うく轢かれそうになる。

 優衣はパーソナルシールドを光学迷彩モードにして、ドローンをやり過ごし歩道に戻る。

(良かったぁ、あのドローンのセンサーはカメラだけなのね。赤外線センサーが付いていたらアウトでした。で、今は何時なの? さっきの車は未来の車? テスラの進化系?)

 そのあとも同じ流線型の車が猛スピードで走り去る。

(運転手がいなかったから自動運転なのかな? 空飛ぶ車は無さそうだから、すごく遠い未来ではないですよね?)

 優衣は光学迷彩でひとまず姿を隠したが、何時の時代か分からない上海の街中で、どうして良いのか分からずに立ち尽くしていた。

     *     *

 一方、ビルの外で優衣を待っていた玲は、いつまで待っても優衣が戻ってこないので、ビルの中に入ってみるが優衣の姿はなかった。ロビーにいる人に尋ねてみるが、そんな女性は見かけなかったとのこと。

 ビルの外に出てみるが、やっぱり優衣は居ない。

「優衣さん、どこに行ったのかなぁ?」

 ビルの周りを歩いてみるが影も形もない。スマートウォッチをみると優衣が居なくなってから三十分以上経っていた。優衣を再三インターカムで呼び出してみるが応答は無く、そのインターカムに桜井由貴の声が入ってきた。

『玲さん、優衣がどうかしたの?』

『桜井さん、今、外灘にいるのですが、優衣さんが居なくなりました』

『どういうことですか? 状況を説明して下さい』


『はい、三十分前に馬車で外灘まで来て、この辺を歩いてみることにしました、優衣さんが子供の頃、来たことのあるビルがあると言って『ちょっと見てくる』と行ってビルに入ったっきり、出て来ないのです。私も中に入ってみたのですが優衣さんは見当たらなくて、ビルの中にいる人に尋ねてみたのですが、優衣さんのような女性は見かけなかったと言われ、そのあとビルの周りも探してみたのですが、見つかりません』

『状況は分かりました、私もそちらへ向かいます。玲さんは今、どこにいるのですか?』

『ユニオン・アシュランス・カンパニーズビルの前です』

『分かりました。直ぐ向かうので、そこで待っていて下さい』

 桜井由貴はパーソナルムーブを持ってホテルを出た。

 人気の無い路地へ入りパーソナルシールドを光学迷彩モードにして、パーソナルムーブで外灘へ向かう。

(やっぱり、この時代の車より、こっちの方が速いよね)『組織』のツールの便利さを改めて感じながら、一九二一年の上海市内を飛ばす。

(そうか場所によっては市電もあるんだ、百年前とは思えないくらい)

 イギリス租界の外灘地区に入ると、大きなビルの前に玲が一人で立っていた。

 ビルの柱の陰でパーソナルムーブをバッグにしまい、光学迷彩モードをオフにして、玲の前に現れると、由貴を見つけた玲が不安げな顔で話し始める。

「桜井さん、私がズッと一緒に居れば良かったのですが、ちょっと離れた隙に優衣さんが居なくなってしまいました」

「玲さんは、悪くありません。優衣が『ちょっと見てくる』と言って、行ってしまったのでしょう? 優衣の不注意です。とはいえ困りましたね『世界の隙間』では近づかない限り、スマートフォンでお互いの位置も確認できませんし、ビルの中と周辺をもう一度捜してみて、見つからなかったら、一旦、ホテルへ戻りましょう。この辺を女性が長くウロウロしていたら、怪しまれますから」

 2人は、ユニオン・アシュランス・カンパニーズビルに入り、ロビーを見て回り、中に入っている会社の案内をコッソリとスマートフォンのカメラで撮り、ロビーに居る人に優衣の風貌を伝えて、そのような女性を見なかったかを確認した。

 ビルの外に出て光学迷彩モードでパーソナルムーブに乗り、外灘一帯を捜して回る。由貴がインターカムで玲に話しかける。

『居ないみたいなので、このままホテルに戻りましょう、玲さんはこの街並みに慣れていると思うけど、相手から私たちは見えないので気をつけながら帰りましょう』

『承知しました』

 2人はパーソナルムーブを巡航速度にして、東和洋行ホテルへ戻って行った。

     *     *

 優衣は自分が何時の上海に居るのかも分からないため、光学迷彩モードのまま、外灘の街を歩いていた。街中の監視カメラは大丈夫だろうと思い無視して歩くが、センサーっぽいものからは、できるだけ離れて歩いていた。

(街中にたくさん監視カメラがあるし、いつの時代なんだろう? もう少し街の中心に行くと分かるのかな?)

 優衣はそう考えながら、淮海中路を歩いていく。

(道路が少し渋滞しているけど、ここも電気自動車ばかりですね。歩いている人は、二〇二〇年とあまり変わらないかな? アレ? このビルの壁、全部ディスプレイになってる。おまけにビルの上に大きな3Dホログラムの宣伝ですか? あんなに大きなビージェイ担当が出てきたら、夢見が悪そう)

 いつの時代に自分がいるのか分からない優衣であったが、減らず愚痴ならぬ、減らず思いが未だ出る余裕はあった。

 街の大きさは変わらないが、ビルのディスプレイや広告は見たことのないものばかりなので、キョロキョロして危うく他の通行人にぶつかりそうになる。

(危ない、危ない、相手からは見えないんですよね)

 前を向いて、周りに気をつけながら歩いていると、目の前のビルのディスプレイが目に飛び込んできた。

 [ 让二〇三二年上海奥运会取得成功! ]

(二〇三二年に上海で何かあるのね。それを成功させましょうってことは、その前?)

 優衣が歩いている直ぐ横のビルの壁もディスプレイになっていて、流れているムービーがオリンピックの映像に変わり、キャスターらしき人が中国語で話しながら" 2 years until the event" の字幕が流れる。

(ということは今は二〇三〇年ですか? 何で、そんな時代に飛んじゃったのかなぁ? この世界に出てきた、あのビルに戻るしかないのかな? ロボットの警備が怖そうだけど)

 優衣は来た道を引き返し、ユニオン・アシュランス・カンパニーズビル(二〇〇四年からは外灘3号)を目指す。

 ビルの前まで戻ってくるが、先ほどと様子は変わらず、周囲に人気も無く静かなままである。

 優衣は精神感応を使い、近くに人が居ないかを調べてみるが、誰も引っかかってこない。

(無人なの? でもここから出てきたから、自宅の蔵の様にもう一度中に入れれば、元の世界に戻れると思うのですが…)

 今度は気づかれないように光学迷彩モードのまま、片手にはブラスターピストルを持ち、ビルの玄関で扉を開けようとするがやはり開かなかった。先ほどと同じように回転灯が点き警報が鳴り、両側から優衣命名のブラックペッパーロボットが近づいて来る。

 優衣は足につけていたライトセーバーで、扉を突き刺すがビクともしない。

 またブラックペッパーロボットに腕を捕まれそうになり、ブラスターで反撃してブラックペッパーロボットを倒すと、その後方から更に大きなブラックペッパー・ボスキャラ仕様ロボットが現れて、優衣に近づいて来る。

 両側に現れた、ブラックペッパー・ボスキャラ仕様ロボットに向かって、優衣がブラスターを連射すると、ブラックペッパー・ボスキャラ仕様ロボットは一瞬ひるむが、そのまま優衣に向かって来る。

 優衣は車道に降りて逃げようとすると、同じ仕様のロボットが道路の反対側からも数体、こちらへ向かって来た。

(光学迷彩が効いていないということは、あのロボットは他にもセンサーが付いているってことですよね、どうしよう?)

 逃げ場を失った優衣の頭上から、今度は円盤の様なものが近づいて来る。

(あぁ、これで万事休す? 捕虜になって強制労働が待っているのかなぁ)

 諦めの悟り状態で行き場を失い立ち止まったままの優衣の頭上に、飛んできた来た円盤から光のようなものが照射され、優衣は円盤に吸い込まれていった。

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