099 優衣の初ミッション8
空飛ぶ円盤が優衣に光線を照射し彼女の身体を吸い上げ、円盤の底部が開き優衣をそのまま収容した。
吸い上げられた優衣が収容されたところは真っ暗で、手をついている床が金属で出来ているのが分かるだけで、中は何の音もせず静まりかえっている。
(もしかしたら本当に宇宙人に連れ去られているの? 解剖とかされたら痛いからヤダ! 逃げる方法は無いの?)
新入社員研修が始まった頃と比べれば(亜香里に鍛えられて?)随分と精神的に強くなった優衣であったが、一人円盤に連れ去られて涙目になっていた。
優衣が収容されている部屋の外側の通路から、コツコツと何者かが歩いてくる音が聞こえる。
優衣はブラスターとライトセーバーを両手に持ち、パーソナルシールドをオンにして臨戦態勢に入った。
真っ暗な部屋のドアが開いて光が差し込み、それと同時にその部屋の灯りが一斉に点灯し、優衣は眩し過ぎて目が開けられない。
何者かが部屋に入って来た。
「優衣さん、本当に二〇三〇年に来たのね」
明るさに目が慣れてくると、目の前には玲が立っている。
でもさっきまで一緒にいた玲とは、見た感じ何かが違う。
「玲さん、助けに来てくれたのですか? ありがとうございます」
「いえ、優衣さんと一緒に一九二一年に行った私が助けに来たわけではありません。ここは二〇三〇年の上海で、優衣さんと二〇二〇年のミッションを遂行してから十年経っています」
「エッ! ごめんなさい。言っていることが、ちょっと理解できません」
「それはそうでしょう。私もまさかとは思いましたが、あのミッションの時、優衣さんから説明があり、お願いされたので二〇三〇年七月は忘れずに覚えておきました」
「私が玲さんに、何をお願いしたのか分からないので、説明して頂けますか?」
「そうですよね、今の優衣さんには何も分かりませんよね。順序立てて説明します」
玲は、一九二一年の『世界の隙間』ミッション終了後、桜井由貴が中心となって『組織』に説明した十年前のメモを、部屋の中央に仮想ディスプレイで映し出して説明を始めた。
一.桜井由貴、篠原優衣、張玲はミッションで一九二一年の『世界の隙間』へ行き、篠原優衣だけが外灘のビル入口から二〇三〇年の『世界の隙間』へ行ってしまった
二.ビルの入口から一九二一年の『世界の隙間』に戻ろうとしたが、二〇三〇年の警備システムに阻まれて、戻ることが出来なかった
三.二〇三〇年七月の上海に優衣が来ることを玲は知らされ、それに備えていた
四.二〇三〇年七月、上海『組織』のスキャナーに外灘地区で、ID不明の能力者がパーソナルシールドとブラスターを使用していることが映し出され、玲は優衣だと気がつき、急いで駆けつけ優衣を救出した
五.優衣は豫園にある『世界の隙間』の入口から一旦、二〇二〇年に戻り、もう一度一九二一年の『世界の隙間』へ行き、桜井由貴、張玲に二〇三〇年の『世界の隙間』へ行ったことを説明し、ミッションを続行した
「なるほどー、説明ありがとうございます。自分の置かれている状況が良く分かりました。今、4番のところですね、これから豫園に行って一九二一年のミッションを終わらせれば良いのですね。玲さんの感じが、少し違うのも納得しました」
「私、何か変わりましたか?」
「言っちゃって良いのかなぁ? 言っちゃいますけど、玲さん、老けましたね?」
「なんてこと言うんですか! 私は優衣さんの1つ上なだけですよ! そうか、今の優衣さんは二〇二〇年の私しか見たことがないから、そう見えるのですね。十年経ったら優衣さんも、それなりだと思いますよ」
「私は大丈夫です。小林亜香里さんという口の悪い同期からは、いつも幼女扱いされていますから。十年経ったら立派なレディになっていると思います」
「はいはい、『淑女』のレディですよね」
「何で? 私が『淑女』と言うのを知っているのですか?」
「優衣さん、あれから十年ですよ。あのあと小林さんや藤沢さんと一緒に遂行したミッションもありましたし、その時2人から優衣さんの『淑女』発言を聞きました。それに一九二一年の上海ミッションでも、御自身で『淑女です』と言っていましたよ」
「自分で言った覚えはないのですが… 亜香里さんと詩織さんは国際的な、おしゃべりさんですね」
「十年前の優衣さんと話をしていると楽しくて話が尽きないのですが、そろそろ終わりにしましょう。豫園上空まで来ましたから、そのまま『世界の隙間』の入口に落としますね。あとは先ほど説明したとおり二〇二〇年に戻って、それから一九二一年の『世界の隙間』に入り、ミッションを続行して下さい。直ぐに終了すると思います、ではお気をつけて」
「玲さん、ありがとうございました、またお会いしましょう」
挨拶が終わると円盤の底が開き、光の帯の中を、優衣は豫園にある『世界の隙間』の入口へ降りていった。
園内には多くの観光客がいるが、玲が乗ってきた円盤にも優衣自身にも光学迷彩が施されており、誰も気がついていないようだ。
優衣は直ぐに『世界の隙間』の入口を抜けて、一旦、二〇二〇年に戻ったのをスマートフォンのカレンダーで確認して、もう一度、入口から一九二一年の『世界の隙間』に入って行く。
優衣はパーソナルシールドを光学迷彩モードにしたまま、豫園を出て、バッグからパーソナルムーブを取り出して東和洋行ホテルへ向かった。
街角には夕日が差し、街角のあちらこちらから美味しそうな匂いが漂ってくる。
(お腹空いたぁ、玲さんはホテルに戻っているのかな? 桜井先輩はきっと心配していますよね? ホテルに帰ったら謝らないと。まだミッション2日目だから、明日からガンバって今日の分を挽回しましょう!)
二〇三〇年の上海で大変な目に遭った優衣であったが、無事戻ってこられたので気持ちは前向きになっている。
ホテルの前に着き、人目を確認してから光学迷彩モードを解きホテルに入る。
エレベーターで宿泊フロアに着き、部屋の扉をノックしたが応答がないので扉を開けた。
扉が開くと同時に、悲鳴があがる。
「優衣!? 優衣なの!? 大丈夫? 怪我はない?」
涙を流しながら、桜井由貴が抱きついてくる。
由貴の大げさな言葉と、オーバーなアクションに優衣は驚いた。
「優衣さんが生きていると信じていましたけど、ここ2〜3日は不安でした。安心しました」玲は目にいっぱいの涙を溜ながら語り掛ける。
「ご心配をおかけしました、五体満足で戻ってきました。 玲さん、日にちのことを言いましたが、今日は未だミッション2日目の夕方じゃないのですか?」
「優衣、今まで何処で何をやっていたのかは、あとで聞くとして、今日はミッション8日目で明日が最終日です。党大会は明日までですが、内容的には今日で終了しましたから、明日は李さんのお宅に伺って、優衣が仕掛けたインターカムを回収してから、ミッションの計画の通り二〇二〇年に戻ることを予定しています」
「エェーッ! そうなんですか? 私の中では未だ2日目の夕方で、これからミッションを頑張ろうと思っていたのですが…」
「その気持ちは受け取っておきます。では今日がこの時代の上海最後の夜ですから、最初の日に行った例の上海マフィアの元ボス宅のお店へ行きましょう。あの店が一番料理が良かったし、あそこなら今日まで優衣が何をやっていたのかを聞けるでしょう?」
ホテルに店の予約と車を手配させ、初日に行った店へ向かう。
部屋も前回と同じ部屋、お世話をしてくれる小姐も同じであった。
由貴が、玲にミッションお疲れ様と、優衣に無事で何よりと言い、お茶で乾杯し会食となった。
優衣が食事をしながら、今の『世界の隙間』から別の『世界の隙間』へ入ってしまい、そこで玲に助けられ、戻って来られたことを説明する。
未来の玲が、優衣が未来に飛んだことを知っていたことには、説明を聞いた2人にもなかなか納得できない様子である。
「だって、優衣が二〇三〇年から二〇二〇年を経由して一九二一年に戻って来られないと、玲さんに二〇三〇年に助けに来てくれるように頼めないのでしょう? でも二〇三〇年に助けてもらわないと一九二一年に戻ってこられないわけだし。どっちが先なの?」
由貴がメモ帳を取り出して図に書いて説明すると、このことを説明した優衣も聞いていた玲も「「どっちが先でしょう?」」と答えるだけである。
由貴は優衣の行動に発生した矛盾を、ここで考えても仕方が無いなと思った。
「先週、同期の香取早苗と、優衣の同期の藤沢詩織さんも『世界の隙間』から別の『世界の隙間』に行って来たと聞きましたが、その事例とは少し違いますね。今聞いた話の中で一番の驚いたのは、その『世界の隙間』で未来の能力者、
「優衣さん、十年後の私って、どんな感じでしたか?」
「十年後の玲さんにも同じ事を聞かれました『どこか変わった?』って聞かれて、素直に答えたら十年後の玲さんから怒られたので、言いたくありません」
「えーっ、良いじゃないですか、怒りませんから言って下さいよ-」
「そこまで言うのなら、正直に言います。玲さん、老けましたよ」
「なんてこと言うんですか! 私は優衣さんの1つ上なだけですよ-」
「そのセリフまで全く同じです。人は年を取っても、あまり変わらないものですね」
2人の掛け合いに笑い出す由貴、釣られて2人も笑い出す。
「明日で終わってしまうミッションですけど、党大会は順調だったのですか?」
「まあ、順調と言えば順調だったのかな? たしか4日目だったと思うけど、夜早い時間にインターカムから騒ぎが聞こえてきたから、パーソナルムーブで急いで駆けつけたら、ヤクザみたいなのが李さんの家の玄関でガタガタ言っていたので、近くの川に飛び込ませました。直ぐに上がってきそうだったので、そこは玲さんの水責めで、上がらせなくしました」
「桜井先輩の呪術と玲さんの水責め? 玲さんは水系の能力があるのですか?」
「優衣さぁ、何度も言うけど、私のは呪いじゃありませんから。玲さんは水と火を操ることが出来るそうです」
「ほぅー、それならいつでも上海雑技団で働けますね」
「では、優衣さんも私と一緒に出演しますか? 優衣さんは幼女役で」
「玲さんまで、亜香里さんと同じことを言うのですか! 私は淑女です」
笑いが絶えない会食であった。
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