093 優衣の初ミッション2

 二人が座席に座るとフードが閉まり、光学迷彩とステルス機能が稼働し、駐機場の天井、空から見ると都心の高層オフィスビルの屋上が開き、エアクラフトが上昇を始めた。ビルからエアクラフトが発着する際には、屋上の周りに光学迷彩が施されている。

「亜香里さんから聞いていましたが、エアクラフトはこんな風に発進するのですか?」

「そっかー、篠原さんはエアクラフトに乗るのは初めてよね。これからグッと上への加速、それから横への加速が続くけど、それに耐えればあとは快適な空の旅です。とは言っても行き先が上海なので1時間も掛からずに着くので、加速中ですがスマートフォンに送られてきた情報を確認ながら作戦を考えます」

 桜井由貴は傾けられた椅子に横になったまま、器用にスマートフォンをスクロールさせて情報を読み取り、それを見た優衣は(なるほど)と思い、同じように情報を読んでいく。

 水平飛行に移り、座席の傾きが元に戻る。

「篠原さん、どう? ミッションの内容は何となく分かりました?」

「何となく内容は分かりましたが、先ほど桜井先輩が質問したとおり、何故?私たちが、中国共産党第一次全国代表大会をサポートしなければならないのかが、分かりせん。ビージェイ担当は『政治には関係しないミッション』と説明しましたが『組織』から送られてきた情報を読むと、この大会は今も中国の最高指導機関ですよね? 中国のニュースで全人代(全国人民代表大会)は聞いたことがありますが、その上に位置する会議でその第一回目の大会を日本人の私たちがサポートする理由が分かりません。『組織』は、国連のどこかの機関のように、中国政府から寄付金のみたいなものを貰っているのでしょうか?」

「それはないと思います。『組織』は世界中に散らばっている能力者の集合体なので、他国との能力者同士が協力することはあっても、特定の国の政府や団体に協力することはありません。良からぬ為政者に能力者が協力したら、あっという間に世界の終わりになりますから。仮にそのようなことが起こりそうになったら他の能力者たちが協力して、その能力者を『無効』にすると思いますけど」

「『無効』ですか? 少し怖いです。あと現地の協力者に『張玲』って書かれていますけど、『世界の隙間』で待っているのでしょうか?」

「それはありません、どうやって連絡を取るの?(優衣が『あっ!そうか』と間抜けな反応をする)『張玲』って人は、今の世界の上海にいる能力者です。『組織』から送信されてきた情報の最後の方に説明があります。現地では彼女にいろいろと教えてもらうことになると思います」

「なるほど、『組織』の情報では、この1回目の大会の出席者の内、中国人十三名は良いとして、コミンテルン代表というオランダ人とソ連の人、二名の外人がいるのが不思議です。中国人の内、四人は当時の日本の大学を卒業しているそうなので、日本語が使えそうです」

「どうかなー、その時代の日本語を使っている中国の人が、私たちの日本語が分かるのかどうか? まあいいでしょう。その辺は考えてもキリが無いから、装備を確認しましょう」

 2人はエアクラフトのストレージ内を確認してみる。

 大型トランクが二つ、中を開けると大きめのゆったりとしたワンピース、どれも膝下の長めのスカート丈、ボーダー柄のシャツ、生地がたっぷりしたスラックスが数着、釣り鐘型の帽子(クローシェ帽)、靴、日傘は小さな蛇の目傘、小物の数々。

「桜井先輩、これって大正時代にモダンガールって呼ばれていた人たちのファッションです。雑誌の特集で当時の写真を見たことがありますが、こうやって実際に見てみると、今でも街中で着られそうで、いい感じです」

 チャイナドレスも入っている、よく見る高襟ノースリーブでスリットが入ったロングドレスではなく、低い襟の七分袖で膝丈のドレスである。

「チャイナドレスにしては少しラフな感じですが、当時はこんな形だったのでしょう、活動はしやすそうです」桜井由貴のコメントに優衣は頷く。

 他に当時のお金とパスポートらしきもの、金貨、銀貨、あとは『組織』の装備であるブラスター、ライトセーバー、パーソナルムーブとジャンプスーツが入っている。

「『組織』が上海租界風に作った身の回りのものはカワイイですね。今、商品化しても売れそう」由貴もカワイイものは好きな様子。

「これがパーソナルムーブですか? 亜香里さんや詩織さんは使ったみたいですが、1920年代の上海で使えるのでしょうか? 持ち歩くのに嵩張りますし」

「そうね、早苗から聞いたけど、先週はこれでダイヤモンドヘッドからワイキキビーチまで飛ばしたんですって。わざわざ『組織』が見た目をスケートボード仕様にしてくれたみたい」

「はい、今朝、詩織さんからミッションの様子を聞きました。零戦の機銃掃射から逃げ回ったことと、ウインドサーフィンでカイルアビーチを飛ばしたこと、パーソナルムーブ・スケートボード仕様でダイヤモンドヘッドから滑り降りたことの話がほとんどで、肝心のミッションそのものの話を聞こうとすると、急に大人しくなるんです」

「早苗から聞きました『あんなにミッションらしくないミッションは初めて』と、それ以外のところでトラブルがあったみたいだけど。さて私たちは、どういう作戦で行きましょう? 自分たちだけだったら、ここで出来る範囲で決めてしまうのですが今回は地元の能力者と一緒なので、着いてからの打ち合わせが必要です。取り敢えず私なりの作戦を考えてみたので、篠原さんのコメントを下さい」

 優衣のスマートフォンに桜井由貴からメッセージが届いていた。

【日中親善のために? 第一回党大会を成功させよう作戦】

一. 中国の能力者、張玲さんにわからない事は聞く

二. 中国国内が不安定な時代なので、怪しまれない様な振る舞いをする

  私たちのキャラクター設定は大事、張玲さんに要相談

三. 党大会を邪魔する人(団体?)の早期特定

四. 党大会出席への接触をするか否か、要検討

五. 9日間、滞在する場所の確保、張玲さんに要相談


「率直な意見を述べさせて頂きますが、要するに上海に着いてから張玲さんに会ってみないと良く分からない、と読み取ってよろしいですか?」優衣が真面目に答える

 桜井由貴が苦笑いしながら返事をする

「篠原さんの率直な意見のとおりです、篠原さんの初ミッションですが、私にとっても政治絡みのミッションは初めてで正直なところ、どのようにミッションを進めれば良いのか、まだ考えがまとまりません」

「それは仕方がありませんよ。政治が絡むミッションなのに当時の中国のことは知らないことばかりですから。上海に着くまで『組織』から送信されてきた情報を読み込んでみます」

「篠原さんって、見かけによらず努力家なのね。じゃあ、私もそうします。最近はミッションの骨子ぐらいしか、まじめに読んでいませんから」

「桜井先輩? 今、『見かけによらず』って仰いましたが、私ってどういう『見かけ』なのですか?」優衣が、穏やかではない表情で聞く。

「(やば! 篠原さんを見ていると小林さんが言う『幼女』発言が頭から抜けない)篠原さん、今のは言葉の綾で他意はありません。いやホント」

「そうですか? あまり気にはしていませんが」優衣は、とても気にしている顔で『組織』の情報を読み進めていた。

 エアクラフトが減速され、光学迷彩が起動して周りが見えなくなる。

 下降を始めてしばらくすると着陸した小さな振動が座席に伝わる。

「上海の豫園到着です。ここに『世界の隙間』の入口があるとはいえ、こんな観光地のど真ん中に、着陸しなくても良いのかなと思うのですが。外の状況を確認してみましょう」

 エアクラフトを光学迷彩にしたまま、桜井由貴は昆虫サイズのドローンを園内に飛ばして周りの状況を確認し始めた。

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