091 詩織の初ミッション9

 今回のミッションらしくないミッションを終えた翌朝、詩織はいつもの通り6時に目を覚ましたが、今日はエアクラフトにたどり着くためにダイヤモンドヘッドを歩くことになるので、朝のジョギングは取りやめにした。

 7時から昨日と同じレストランで早苗と朝食をとり、部屋に戻って荷物のパッキングをしてから、チェックアウトをし、タクシーでダイヤモンドヘッドへ向う。

「香取先輩、タクシーだとやっぱり、そこから先は歩いて登るのですよね?」

「そうなります。観光客がいなければ、駐車場から先もパーソナルムーブで『世界の隙間』の入口まで行けるけど、ダイヤモンドヘッドは朝早くからハイキングで登ってくる観光客が結構いるみたいだから難しいかもしれません」

 早苗の言う通り、タクシーがダイヤモンドヘッドの駐車場に到着すると、カジュアルな格好をした何人もの観光客が展望台に向かって歩いていた。

「仕方がないですね、展望台までは頑張って登りましょう」

 毎朝走ることを日課にしている詩織にとって大した距離ではないが、大きい荷物を背負って上り階段を登るため、朝からそれなりのトレーニングとなった。

 身長は詩織より少し低いが、体型がしっかりしている早苗も階段を一歩一歩踏みしめながら登って行く。

 登り階段が続くので気を紛らせるために詩織が早苗に話しかける。

「香取先輩って、骨組みがしっかりして見えますけど、何かやっていたのですか?」

「骨組みって何よ? 言いたいことは何となくわかるけど、そういう風に言われたのは初めてです。私、生まれは東京だけど、そのあと大学に入るまでは沖縄にいて、小さい頃から琉球空手を習っていたから、骨や筋肉が丈夫なのかもしれない」

「沖縄ですか? だから泳ぎも上手かったのですね。スクールとかで習った泳ぎとは少し違うなと、呼吸器トレーニングでプールに潜ったとき『慣れた泳ぎ方だな』と思いましたから」

「子供の頃は、夏前から秋まで近くの小さな港から飛び込んで遊ぶ毎日でしたから。詩織さんの泳ぎはきれいよね。元競泳選手だけあってフォームに無駄がありません」

「お褒めいただき恐縮です。そろそろ展望台です。ここから先は人気(ひとけ)が無いのでパーソナルムーブで一気に行きませんか?」

「了解。念のためパーソナルシールドを光学迷彩モードにして下さい」

 周りに観光客がいない事を確認して、二人は姿を消してパーソナルムーブで『世界の隙間』の入口付近にたどり着いた。

 パーソナルムーブを降りて、脇に抱えて歩いて行くと直ぐに空気の揺らぎを感じ『世界の隙間』の入口を通り抜けた。現在に戻ったことをスマートフォンでチェックし、エアクラフトの位置を確認する。

 光学迷彩モードのままのエアクラフトにたどり着いて乗り込み、座席に座ると安心感で二人同時にため息をついた。

「インタビューのあとは、スムーズでしたね」

 ようやく終わるなと早苗はホッとしている。

「ええ、今回のミッションはミッションそのものよりも、その前のドールプランテーションでの異常事態が良く分かりません。パイナップルの呪い?」エアクラフトに乗り込んでホッとした香取早苗が訳の分からない冗談を言う。

 エアクラフトは自動的に帰還モードとなり、光学迷彩に加えてステルス機能が作動し、オアフ島を離れて水平飛行に入った。

「今、十時だから午後一時前には日本に着きます。今回は『世界の隙間』の一九八〇年と現在とで、時間加速が起こらなかったから良かったけど、まさかドールプランテーションで一九五〇年に飛ばされるとは思わなかった。おまけにそこで時間加速するし」

「今まで聞きそびれていたので伺いますが『世界の隙間』の時間加速、ってどう言うことなのですか?」

「言葉の通りです、詩織さんも体験済みですからどうなるかは分かると思うけど、『世界の隙間』に行って戻ってくると、隙間の世界で過ごした時間より、現在の時間がたくさん進んでいるの。私も最初は戸惑ったけど『世界の隙間』ミッションがいつもあるわけではないし『組織』もその原因がはっきりと分かっていないので『世界の隙間』ミッションの時は、そういうものだと思っています。たまに時間減速もあるそうです。私は経験したことがありませんけど。『世界の隙間』で長く過ごしても、現在に戻ってくるとほとんど時間が経っていないそうです」

「そうなんですか? これからの話ですが、ミッションが終わった後は何かやることがあるのですか?」

「通常のミッションでは『組織』が、ずっとモニタリングしているので不要です。『世界の隙間』は行った先の入口付近までの事しか『組織』は分からないので、インタビューや成果物の提出があります。今回はロビー・ナッシュをインタビューしたテープとカメラのフィルムを提出すれば、あとは『組織』が、私たちが『世界の隙間』に持ち込んだスマートフォンやスマートウォッチ、クレジットカードから行動記録を読み取って分析して判断すると思います。エアクラフトが到着する前にインタビューの連絡が入ると思います」

「私たちが身につけている3点セットからデータを読み取っているのですね。便利ですけど、ミッション中はプライバシーがありませんね」

 二人のスマートフォンに『組織』からメッセージが入って来た。

『エアクラフトは関東支社に着陸予定です。江島氏が出迎えるので合流して下さい。なお、一九八〇年の『世界の隙間』で2人が一時的に消失した件についての説明を準備しておいてください』

「江島さんって、先週、亜香里たちに助けられた江島さんですか?」

「だと思うけど、ちょっとイレギュラーな形のミッションのインタビューですね… わざわざベテラン能力者が出迎えとは。そうか!『一九八〇年の消失』が問題なのね」

「ドールプランテーションから一九五〇年に行ったことですか? でも何故、関東支社に着陸するのでしょう? 亜香里たちも先週、そこに着いたみたいですが。関係部署に自己紹介とかを、させられたりするのですか?」

「会社には入りません。今日は土曜日ですから。私も『組織』のメッセージを見て気がついたのだけど」

「時差かぁ? そうですよね『世界の隙間』の時間加速に気を取られていて、日本とハワイの時差を忘れていました、到着時刻がハワイ時間で金曜日の午後一時ということは、日本は土曜日の朝8時、会社はお休みです。仕事だったら休日出勤です」

「そうならないのが『組織』です。だからミッションの帰還が日曜日の夜だったら最悪です。翌朝から会社での一週間が始まりますから」

 早苗はそのようなミッションの経験があったのか、顔をしかめた。

 日本に着くまであまり時間がないため、詩織と早苗は一九五〇年に行ったことの説明の仕方を打ち合わせ、あとは仕事とミッションの両立、ウインドサーフィンの上達方法などの話をして過ごした。

 エアクラフトが着陸体制に入り、機内に着陸のサインが出る。

 しばらくすると到着のサインが出てエアクラフトを降り、駐機場から通路に出ると江島氏が出迎えてくれた。

「香取早苗さん、藤沢詩織さん、ミッションお疲れ様でした。食事は? 時差があるけど、まだ大丈夫ですか? であればミッションのインタビューを手早く済ませましょう」江島氏は2人をミーティングルームへ案内した。

 その部屋はミッション開始前に寮で説明を受けた、9階のミーティングルームと同じ間取りである。

 3人が着席すると一方の壁全面がディスプレイで、今回のミッションのログデータ一覧が表示されていた。

 江島氏は今日の明け方に『組織』から連絡が入り、香取早苗と藤沢詩織が実施したミッションのインタビューを依頼され、確認事項が送られて来ていた。

 インタビューの冒頭、江島氏が話をする。

「それではミッションのインタビューを始めます。回りくどいことを言っても時間の無駄なので、私に送られてきた『組織』の確認事項を映します」

 ディスプレイに確認事項が表示される。


1.1980年の『世界の隙間』で、一旦2人はオアフ島北西部で消失し、数時間後に現在のダイヤモンドヘッドに現れた

2.その直後、もう一度1980年の『世界の隙間』へ飛び、ミッションを遂行し帰還した

3.2人は消失している間に、パーソナルシールドを使用しており、消失している間に何者かに攻撃された様に見受けられる


「『組織』として明らかにしたいのは、データログ上で2人が消失している間、何が起こったのかを説明頂きたいのです」

 江島氏は要点のみ簡潔に問いただす。

「分かりました、私たちが理解している範囲で説明します。未だに私たちにも理解できないことがありますので」

 香取早苗は、ドールプランテーションから別の『世界の隙間』に入り、ダイヤモンドヘッドを経て現在に戻る流れを説明し、時々、詩織も補足した。

 簡単に話すつもりであったが、説明を始めると江島氏から次々と質問が入り、説明は長時間に及んだ。

「そういうことですか、説明された『世界の隙間』から『世界の隙間』へ飛んだ状況は、お二人が装備したツールのデータやその使用状況と一致しているので、本当にあったことと納得できますが、一九五〇年に零戦から機銃掃射を受けたことについては信じ難いですね。確かにスマートフォンには、それらしき音が記録されていますが」

「私たちもあの光景は信じたくないのですが、機銃掃射を受けた時の音は耳にこびりついているので、忘れられません」

「確かに、こちらが丸腰でいきなり戦闘機の機銃掃射を受ければ、恐ろしい話です。ミッション直後の長いインタビューを受けてくれてありがとう。もうすぐお昼なので、特に予定がなければ軽く食事に行ってから解散にしませんか?」

「先週、亜香里たちが連れて行ったもらったところですか?」

「そうか、藤沢さんは研修期間中に行ったことがあるのですよね? 小林さんから話は聞きました。そこで良ければ、直ぐに行きましょう」

 二人ともミッションのあとの週末は予定を入れておらず、断る理由もないので江島氏と一緒に聘満樓7階でランチとなった。

 食事をしながら詩織が聞く。

「このお店と『組織』って何か関係があるのですか?」

「ウーン、どうだろう? どこまで関わりがあるのか、私もよく知らないけど『組織』だったら融通が効くのかな? 先月、藤沢さんと小林さんが真夜中にここを貸し切りで使ったでしょう? そういうのには便利です」

『なるほど』と詩織が相づちを打っていると、詩織のプライベートのスマートフォンに電話が入り、江島氏と香取先輩にことわりをいれて個室を中座した。

 詩織が部屋を出て行くのを確認して、早苗が話しを始めた。

「先ほどエアクラフトの中で読んだのですが、江島さんから送られてきたメッセージには『組織』が藤沢さんたちを使って『世界の隙間』に手を出そうとしている様に思えました。『組織』は入口を抉(こ)じ開けようとしているのですか?」

「『組織』もそこまでは考えていないと思いますが、小林さんたち3人の中で一番可能性が低いと思っていた藤沢さんがミッション中に、別の『世界の隙間』を開いてしまったので『組織』の中では更に注目され、議論になると思います。インタビューの内容も含め『組織』が改めて分析すると思います」

「それで次は、篠原優衣さんを私の同期の桜井由貴が引率して『世界の隙間』ミッションをやらせようとしているのですね? 私たちは危険性がゼロに近いと言われていたハワイで、あのような危ない目にあったので、篠原優衣さんの場合は彼女の叔父さんの篠原昭男さんの件もあるので心配です」

「同じ事を先週、本居さんからも言われました。『組織』の上の方には香取さんのコメントも含めて、エスカレーションしておきます」

 電話を終えた詩織が『失礼しました』と言いながら、部屋に戻って来た。

「それでは、そろそろお開きにしましょう。ミッション、お疲れ様でした」

 店を出ると外は5月下旬の暖かな土曜日の午後、気持ちの良い気候だったが、ミッションが終わったばかりの早苗と詩織には、けだるさが増す空気だった。

 店の前に黒いワンボックスカーが停まっていた。詩織はこの車で寮と羽田空港のビジネスジェット専用施設を往復したのを思い出す。

「今日はミッション直後のインタビューのために、こちらの都合で横浜に呼び立てたので、この車で寮まで帰って下さい」

 二人とも疲れていたので、江島氏の申し出を断らず、車に乗って店をあとにした。

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