090 詩織の初ミッション8
ホテルから乗車したタクシーは、リムジン仕様で足をゆったりと伸ばすことが出来た。
「また、ハワイ観光ミッションに戻った感じがします」
「昨日の機銃掃射が異常です。香取先輩から光学迷彩モードで逃げることを教えてもらわなければ、撃たれるところでした」
「うん、あれは危なかった。本当にあれだけが、訳がわからないよ」
昨日ピックアップトラックの荷台に乗せてもらった道のりと同じ道であったが、今日は快適なリムジンの後部座席で、高速道路に乗りワイキキビーチから1時間もかからずにドールプランテーションに到着した。
駐車場には一昨日の夕方停めたレンタカーがそのままの状態で停車しており、ラックのボードとマストもそのままである。
「二晩そのままの状態とは。この時代のハワイは治安が良かったのかな? では、カイルア・ビーチに向けて出発しましょう。 アッ! 香取先輩、ドールプランテーションの迷路がありますよ」
「ありますねぇ。でも、もう1回入って『世界の隙間』の入口を確認する気にはなりません。『組織』に報告すれば直ぐに『調査案件』になると思いますが、それは別の能力者にお願いしましょう」
二人とも『世界の隙間』から予期せぬ『世界の隙間』に入って、機銃掃射から逃げることには懲り懲りしていた。
昨日(一昨日?)、ビーチから上がって、セイルを雑にマストに巻いたままだったのでラックの上の道具は塩だらけである。
「3日間のレンタルで、1回しか海に入りませんでした」
「少し乗れるようになったから、もう少し練習してみたかったよ」
「インタビューがすぐに終われば、乗る時間があるかもしれません。明日は帰還だけですし、とにかくカイルア・ビーチを目指しましょう」
今日はノースショア沿岸に沿った回り道はせずに、パール・シティまで南下して、そこから高速道路でカイルア・ビーチへ行き、ナッシュハワイの店先に車を停めた。
ショップに入ると、一昨日に会った店番の男性が一人いるだけであった。
「アーッ、今日も空振り?」
早苗が残念そうな表情で言うので、詩織が店番の男性に確認すると、ナッシュ親子は昨晩オアフ島に帰ってきており、ロビー・ナッシュはビーチへ、父のリック・ナッシュはボードシェープ中とのこと。
「ビーチへ行ってみますか?」詩織の一言でビーチ行きに決めた。
ショップからすぐ近くのカイルア・ビーチへ車で移動する。
海を見るとピンク色のセイルが疾走している。セイルナンバーUS-1111 のウィンドサーフィンが小さな波を掴まえて、ターンしながらジャイブをして沖へ向かっていた。
「今、沖に出て行った彼がロビー・ナッシュです。あのセイルナンバーはロビー・ナッシュのものですから」
「そうなの? それでどうする?」
「私も今からボードをセットアップして海に出ます。そうすれば、あとでインタビューがしやすくなると思います」
「ではそこは任せます。私は一昨日出来たビーチスタートと、詩織さんに見せてもらったウォータースタートを練習しながら、出来るだけ長くボードに乗ってみます」
風は上がっており、一昨日の組合せのままだとオーバーセイルだが、面倒なのでラックから下ろしてそのままセットアップする。この時代のセイルだから強めに張ってフラットにすれば、風をそんなに受けないかな?と詩織は考えた。
詩織は水着の上にウエットのベストとハーネスをつけて、すぐにビーチスタートする。
沖の方ではロビー・ナッシュが、ビデオで見た様なジャンプをしている。
(目の前で見ると迫力あるなー、でもこの時代は未だ一回転はしないんだ。今のジャンプは、この時代だと最高得点かな?)ロビー・ナッシュのライディングを見ながら、詩織も沖を目指すが思っていたよりも風が強い。
何とか、風をいなしながら沖へ出てジャイブし、ビーチサイドへ向かう。
強い風で海のうねりが増し、カイルア・ビーチにしては珍しく小さいが波が立ち始めていた。
ロビー・ナッシュは立ち上がってきた波を捉え、スプレーを飛ばしながらボトムターンをして、オフザリップからエアボーン、セイルを使ってブレイクした波に着水する。
再びビーチサイドから海へ向かいながら、ロビー・ナッシュのライディングを目の前で見た詩織は大興奮、『じゃあ、私も!』と、自分の実力も考えずに波に向かってセイルをパンピングして加速をつける、波がブレイクするギリギリのところから飛び出し、マスト2本分くらい高さのあるハイジャンプをした。
ビーチでロビー・ナッシュのライディングを見ていた人たちから歓声が上げる。
ビーチにいた香取早苗は『詩織! やり過ぎ、ヤバくない?』と思う間もなく、高さのあるジャンプをした詩織はそのまま海に落下していった。
詩織本人は、ジャンプのピークで(これ、高すぎない? 大丈夫かな)と思いながら空中でバランスを取ったが、ジャンプの高さが高すぎて着水の際、ボードがノーズから海に突っ込み、その勢いで身体とボードが離れてしまった。
泳いでボードまでたどり着き、ウォータースタートしようとすると、片手に持ったマストは上から三分の一のところで折れていた。
「あーっ、折っちゃった、どうしよう? 自分だけなら泳いでも、瞬間移動(テレポーテーション)でもビーチに戻れるけど、レンタルボード一式はどうするかなぁ?」詩織が海の中で独り言を言っていると、US-1111のボードが近づいてきた。
ボードを一旦停めてロビー・ナッシュが話しかけてくる。
" Are you OK? "
(おお、ロビー・ナッシュが心配してくれてる)と思いながら" Yeah, I'm OK. but I broke the mast. " と困り顔で答える。
すると『セイルを巻き、リグとまとめてラインでくくりつけ、ボードに載せて、少しパドリングすれば、あとは波に任せてビーチにたどり着く』とアドバイスをしてくれた。
詩織は『そうやって岸まで戻ってみる』と答えると、ロビー・ナッシュは頷きセイリングを再開するためセイルに風を入れ、詩織から離れる間際に " It's a great jump ! " と片手でハングルーズサインをしながら、プレーニングして沖へ向かって行った。
詩織は途中で波に何回か揉まれながらも、ビーチに無事辿り着く。
「詩織さん、大丈夫?」
「ご心配をおかけしました。でも海でロビー・ナッシュと話が出来たので掴みはOKです」と言いニコッと笑う。
間もなくすると風が弱まり、ロビー・ナッシュもビーチへ戻ってきた。
詩織は先ほどのアドバイスのお礼を言うと、ロビーはNaish Hawaii で借りたボードを返すのであれば、一緒にショップまで戻ろうと答え一緒にショップへ向かう。
ショップに着いて、レンタルしたもの一式を返却するために店番の男性にチェックしてもらうと、折れたマストと破れたセイルを見て『アッ!』と言う表情。
それを見て、ロビー・ナッシュは笑いながら、
" This woman jumped too high for me. " と説明する。
店番の男性は思い出したように『この人たちは日本から取材に来た』と、一昨日渡されたネームカードと雑誌をロビー・ナッシュに渡す。
ロビーは受け取り、" If you're a windsurfer, are you a surf magazine editor? " と驚いた様子。
詩織が『今度日本でウィンドサーフィン雑誌を発刊予定だが、アドバイスが欲しい』と言うとロビーは " Sure, ask me anything. " と快諾してくれる。
詩織は話の進め方を少し考えてみたが、どのように話を持って行っても『組織』から与えられたミッションの質問へ、つなぐことが難しいので勢いでいきなり聞いてみた。
" What do you think about the ultimate wave-wind relationship? "
ロビー・ナッシュは、"Huh?" 何言っているの? と言う表情。
詩織も早苗も『だよねー、聞く方も聞いていて、何を聞いているのか分からないから』と思いながら、ミッションは遂行せねばと思い、質問を変える。
" Windsurfing is a sport that uses both wind and waves, which is more important to you? "
この質問に、ロビー・ナッシュは一時(いっとき)、頭をひねりこう答えた。
" Which is not important. Waves and winds are occurring in the sea, and neither is going away. If we respect nature, waves and winds will continue to occur. "
ロビー・ナッシュの答えを聞いて『うんうん』と頷く詩織と早苗。
2人で顔を見合わせ(これで良いよね?)と納得し、あとはカメラでロビー・ナッシュやショップの様子を撮ったり、破損したレンタル用具の追加チャージを支払ってからショップをあとにした。
ハレクラニホテルへ戻りながら、車の中で話をする。
「香取先輩、これで良かったのでしょうか? ミッションの実施時間は実質5分くらいでしたが?」
「一応、ナッシュ家の人から回答を得られたから、ミッション終了で良いと思います。そこに至るまで結構苦労したから」
「ですよね、『世界の隙間』から『世界の隙間』に行くとか、マストを折るとか」
「隙間から隙間は『組織』でも話題になると思うけど、マストを折ったのは詩織さんのやり過ぎです」
「スミマセン、初めてハワイでウィンドサーフィンが出来て、そばにロビー・ナッシュがいて、少し舞い上がってしまいました」
「うん、でも怪我をせずに帰還出来そうなので良かった」
日が傾き始めた頃、ハレクラニホテルに到着した。
コンシェルジュに玄関に停車したレンタカーの返却手続きをお願いして、二人は部屋に戻って行く。
「ミッション自体はあっけなかったけど、そこに至るまでで疲れました」
ソファーにだらっと寄りかかりながら早苗が呟く。
「ええ、トレーニングの時のような『冒険』は無かったのですが、やっぱり疲れました」詩織は長い椅子に寝転がって答える。
「詩織さんにウィンドサーフィンの経験があったおかげで、インタビューがスムーズに進み助かりました。詩織さんのカナディアン・イングリッシュ? のおかげで、私はほとんど英語を話さずに済みましたし」
「ところで今日の夕食はどうします? 疲れたのでルームサービスとか?」
「それがいいですね、この部屋には立派なテーブルもあるし、そうしましょう」
詩織が電話で夕食のルームサービスをお願いすると、1時間ほどしてボーイが二人がかりで食事を運んで来た。詩織と早苗はリラックスしたTシャツとショーツ姿で、運ばれてきた料理はフルコース。
「ちょっと、格好が料理とそぐわない感じもしますが、いいですよね?」
「大丈夫。そのためのルームサービスですから」
ボーイが二人とも日本語があまり出来ないことを確認して、日本語でミッションのプチ反省会をしながら詩織と早苗は、夕食をゆっくりと楽しんでいた。
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