089 詩織の初ミッション7
香取早苗と藤沢詩織がピックアップトラックの荷台に乗せてもらってから、パール・シティまで一時間ほどかかったが、途中から舗装された道路になり、収穫されたサトウキビと一緒の荷台ではあったが、詩織と早苗はサトウキビをクッションにして市内までたどり着くことが出来た。
早苗が心配するようなことにはならず、パール・シティに近づくと、運転席からどこで降りたいのかを聞かれ『タクシーが拾えるところ』と答えると、街の中心部で2人を降ろしてくれた。
荷台から降りて2人でお礼を言うと(お辞儀をしそうになって慌てて止めた)、 運転席の男性が、" Have a nice trip! " と答え、ピックアップトラックは元の道を戻って行った。
「わざわざ、ここまで送ってくれたのね、良い人たちで助かりました。ではタクシーを拾いましょう」
直ぐ目の前にタクシー乗り場があり、二人はすぐに乗車する。
詩織が『ダイヤモンドヘッドまで』と言うと運転手が驚いた顔をして、直ぐに車を動かさなかったが、早苗が現金を見せると運転手はタクシーを発車させた。
「何に、驚いたのでしょうか?」詩織が、ハテナ顔で聞く。
「今、午後8時過ぎでしょう? こんな時間からダイヤモンドヘッドへ行く観光客は、いないと思います。それに、この世界が本当に一九五〇年だとすると第二次世界大戦が終わって冷戦時代に突入しているし、アメリカ国内はマッカーシズムが盛んで、世の中は穏やかではなかったのではないかと」
「言われてみればその通りです。今が一九五〇年の五月なら来月から朝鮮戦争が始まります。ミッションをやっていると、受験勉強も無駄ではなかったかなと思います」
パール・シティからダイヤモンドヘッドまでは、トラブルもなく30分ほどで到着した。二人はタクシーを降り、ダイヤモンドヘッド頂上展望台があるはずのところを目指して歩いて行く。
「一九五〇年も展望台はあるのでしょうか?」
「どうでしょう? あったとしても一九八〇年に見た、あの設備とは違うと思いますよ」
頂上近くまでたどり着く道はあったが、展望台の整備は未だされていなかった。そこはスルーしてクレーターの真ん中まで歩いて行く。
「GPSが使えないから『世界の隙間』の入口が特定出来ないので、しばらくこの辺を歩き回りましょう」
真っ暗闇の中、クレーターの中心部を二人で手分けをして歩き回る。
しばらくすると一瞬、空気が変わるような場所を、詩織が見つけた。
「香取先輩、ここじゃないでしょうか?」
少し離れたところを歩いていた早苗が、詩織のところまで駆け寄ってくる。
「うん、今までの経験した感じからすると、ここが『世界の隙間』の入口のはずです。行きましょう」
二人は順番に入口を入り、違う世界へ抜けた。
「やったー! スマートフォンの日付が二〇二〇年五月になっている。まだ火曜日です『世界の隙間』の時間加速がなされていない、何故だろう? GPSも使えます。とりあえずエアクラフトへ戻りましょう」早苗がスマートフォンで、光学迷彩のまま置かれているエアクラフトの位置を確認して、機内に乗り込み詩織もそれに続く。
二人はエアクラフトの中でミネラルウォーターを飲んでホッと息をついた。
「ハワイ観光のミッションだと思っていたら、甘かったですね。あんな罠があるとは思いませんでした」
「ドールプランテーションにあった『世界の隙間』の入口って『組織』が用意したのでしょうか?」詩織は『組織』を少し疑っている。
「それは違うと思います『世界の隙間』は『組織』が作れるものではありませんから。私たちが一九五〇年に飛ばされたあと戻ろうと思っても、通ってきたばかりの『世界の隙間』の入口が見つからなかったのも変ですし」
「そうなんですか? ところでミッションは、どうしましょう?」
「ミッション中のトラブル報告をして、日本に戻っても良いのだけど『世界の隙間』とは言え、一九八〇年に『組織』のツールやその他のものを残してきたのは気になるし、一九八〇年にいる限りは快適なハワイ観光旅行だったから、もう一度行ってミッションを終わらせたい気持ちはありますが詩織さんはどうですか?」
「私としては、初めてのミッションがこんな形で終わるのは、悔しいです」
「それなら決まりね。もう一度一九八〇年に行ってミッションを終わらせましょう」
2人はエアクラフト内にある非常食を口にしながら、もう一度一九八〇年に行く準備をする。エアクラフトのストレージの中を確認するとパーソナルムーブが数枚見つかった。
「これでホテルまで直ぐに行くことができます。あとは大丈夫かな?」
「はい、あとは木曜日のインタビューだけなのでホテルに戻って、この草だらけの服を着替えてから、タクシーでドールプランテーションに行けば、レンタカーに必要なものが全部残っているはずです」詩織は手順を確認しながらレンタカーがそのままあるのかな?と思っていた。
「そうですね、ただ、これからホテルに戻ると真夜中だから、ドールプランテーションに行くのは明日、朝食を取ってからが良いかも知れません」
「そうしましょう」
あらためて明るい機内で自分たちの服装を見ると、機銃掃射から逃げたり、サトウキビと一緒に荷台に乗ったりしたので泥だらけである。ストレージにあるポロシャツとジーンズに着替え、それぞれパーソナルムーブを持ちエアクラフトを出て『世界の隙間』の入口へ向かう。
「また一九五〇年に行ったりは、しないですよね?」
「『たぶん』としか言えません『組織』も『世界の隙間』については完全には掌握していないようですから。一九五〇年に行ってしまったら、またここへ戻って来て対応策を考えましょう」
二人が次々に入口に入ると周りの空気が一瞬揺らぐ。
「成功です。日付は分かりませんがGPSが使えていますから1950年ではないことは確かです。ホテルを目指しましょう」
真夜中のダイヤモンドヘッドのクレーターには観光客もおらず、周りを気にせずにパーソナルムーブでワイキキビーチを目指す。車も走っておらず、二人は車道を滑空した。
前回と同じコースのスケーティングで今回は背負う荷物もなく、気持ち良く滑走することが出来、前回の半分の時間でハレクラニホテルの玄関にたどり着いた。
ロビーに入ると、コンシェルジュがデスクから立ち上がり、二人のところへ足早に歩いてくる。
『昨日はホテルに戻って来られなかったようなので心配しましたが、無事戻られたので安心しました』と笑顔で話しかけてくる。
『少し帰るのが遅くなり、心配をおかけしました』と言いながらフロントでキーを受け取り、エレベーターで宿泊フロアに上がり部屋へ入るとき、ドアに挟まれたままになっている朝刊を取って部屋に入る。
「さっき、コンシェルジュが『昨日は帰って来なかった』とか言っていたように聞こえたけど、何て言ったのだろう?」
「香取先輩、今ドアから取った今朝の朝刊を見てください」
今、取ったばかりの朝刊を見てみると日付はWednesday。
「えぇ!『世界の隙間』の時間加速がここで出ましたか? 火曜の深夜だと思っていたら、もうすぐ木曜日! でもインタビューには間に合いそうだからシャワーを浴びて早く寝て、明日に備えましょう」
「そうですね、ここで焦っても仕方ありませんから。おやすみなさい」
翌朝、詩織は目を覚まし、部屋にある時計を見ると午前6時。
目覚める時間は何があっても同じ、自分でも何故だろう?とたまに思う。
火曜日の朝と同じ様に走れる服に着替えて部屋を出て、1階ロビーで日にちを確認する。
「木曜日ね。昨日の夜からズレていないから大丈夫」
一昨日と同じルートで走り始める。
部屋に戻って来てシャワーを浴び、シャツとショートパンツ姿でリビングルームに入ると香取早苗も同じ様な格好でTVを見ていた。
「おはよう、昨日は変な一日だったね。今日は内容を問わず、話を聞けるだけ聞いてから寄り道せずに、ここに戻って来ましょう」
「それが無難だと思います。カイルア・ビーチに行く前にドールプランテーションに行って、レンタカーを取ってくる必要がありますが」
「そうだ! まずそれをやらなくちゃ、ところで今日の朝はどうする?」
「ドレスコードは面倒なので、裸足でなければOKのレストランにしませんか?」
「賛成、朝食を取って早めに出かけましょう」
2人は、ハウス・ウィズアウト・ア・キーに、そのままの格好で行く。
「んーっ、朝からお日様を浴びながらTシャツに短パン、ビーサンで食事が出来るのは良いね『ハワイに来ました』って感じがする」
「朝食はブッフェスタイルが楽ですね、朝はその日の気分で食べたいものが変わりますから」
「詩織さんもそうなの? 私なんか自分で取っておいて、テーブルまで運んでいる間に『これじゃなかった』てことが、しょっちゅうだもの」
「さすがにそこまで気が変わりませんが… このあとタクシーでドールプランテーションに行きますが、レンタカーとボードはそのままあるのでしょうか?」
「目立つ場所に駐車したから、逆に盗られにくいのでは?」
「そういう考え方もありですか? まあ取り敢えず行ってみてからですね」
食事を終え部屋に戻って準備をして、ホテル前に停まっているタクシーに乗り込み、二人はドールプランテーションへと向かった。
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