088 詩織の初ミッション6
「香取先輩は、能力者としてこの状況をどう判断されますか?」
「何? 急に鯱張(しゃちこば)って聞かないでよ。判断するも何も、初めてのことだから詩織さんと同じです。どうしよう? 頭の中が真っ白とは言いませんが、かなり漂白された状態です」
「後ろに、私たちがゴールしたはずの迷路がありません。周りにあったパイナップル園もありません。何が生えているのかな? サトウキビ畑?あと、私たちがパイナップル園まで走ってきた道路がボロボロです」
「私たち、いつの時代のハワイの『世界の隙間』に入ったの? さっきまで居た一九八〇年では道路がきれいに舗装されていたから、それより前なのは確かだけど、どれくらい前なのだろう?」
「香取先輩、空から何か飛んできますよ?」
「なんだろう? 飛行機? ずいぶん小さな飛行機みたいだけど」
「アーッ! 一番ヤバイ時代のハワイに、来てしまったみたいです!」
「詩織さん、私にも見えた! あれ零戦よね?」
「飛行機のことは詳しくありませんが、あれはどう見ても零戦。ということはパールハーバーの頃だから1941年? さっきまで居た時代から私たちは更に40年近く遡(さかのぼ)ったの?」
「あの零戦が戦後に修復されたものでなければ、その時代です。でも何で一機だけ?」
「香取先輩、あの零戦はもしかしたら、こっちに向かって来ていますか?」
「もしかじゃなくて、真っ直ぐこっちに来てる、ヤバイヤバイ! 直ぐにパーソナルシールドを稼働させて!」
二人ともスマートウォッチでパーソナルシールドをオンにする。零戦は二人のいる方向に低空飛行で真っ直ぐに近づいて来た。
「パーソナルシールドでは、戦闘機の機銃掃射に耐えられないかも! 光学迷彩モードにして横に逃げましょう!」
早苗は姿を消して横に走り始め、詩織もそれに続いた。
今まで二人がいた場所の手前から『ダダダダダッ』という連続音とともに機銃掃射が始まり、周りの土や草が飛び散る。機銃掃射の銃砲弾列から数メートル離れたところに、早苗と詩織は光学迷彩モードのまま身を潜めた。
零戦は一度旋回して再び低空飛行で近づいて来たが、二人が身を潜めた付近を通過したあと、上昇しそのまま海の方へ飛んで行った。
「行ってしまったようです。引き返してきませんよね?」
「一九四〇年頃の戦闘機だったら、攻撃は目視が基本のはずです。一度旋回して戻ってきたときに私たちの姿が見えなかったので、諦めたのか見逃したのか分かりませんが基地に帰還したのだと思います。詩織さん、戦闘機が2回目に近づいてきたとき操縦席が見えた? なんか変じゃなかった?」
「私も今、それを言おうと思っていました。機体に日の丸がある零戦だから、操縦席には大日本帝国軍のパイロットが乗っているはずなのに、誰も乗っていないというか、うっすらとした影? ゴーストのようなものが見えました」
「私も同じものが見えました。ということは一九四〇年頃ではないってこと? いつの時代なんだろう?」
二人で話しを続けるが、分からないことだらけで話が先に進まない。
詩織が『そうだ!』と思いつく。
「戦闘機が行ってしまったので、私たちが一九八〇年から出てきたところへ戻ってみませんか? 先月、10年前の渋谷区に飛ばされたときは、最初に出てきた優衣の実家の蔵に戻ったら元に戻れましたから」
詩織と早苗は、機銃掃射の跡が残るところをたどり、迷路のゴールであったところを行ったり来たりしてみる。
香取早苗は、機銃掃射の跡を見て顔を顰(しか)める。
「とっさに横に逃げて良かった。こんな弾を連続で撃たれたら、パーソナルシールドは保ちません」
地面に開いた穴を、靴で突きながら状況を確認する。
「それにしても何も変わりませんね。『世界の隙間』の入口があるとすれば、この辺だと思うのですが」
渋谷の時とは違うのかな? と詩織は思い始めていた。
「うーん、ミッションでいろいろなことをやってきたけど、こんなことは初めてなので対応が思いつきません。詩織さんは今、どんな装備を持っているの?」
「『組織』の3点セットとデイパックの中にライトセーバー、ブラスター、インターカム、エネルギーバングルです」
「私も同じ。取りあえず何かあっても戦うことは出来ます、相手が戦闘機や戦車だったら難しいけど。パーソナルムーブがないのが残念です、嵩張(かさば)るからホテルに置いてきたのは仕方がないけど、うーん、どうしましょう? 出てきたはずの『世界の隙間』の入口が無ければ、必ずあるところまで行くしかありません」
「私たちが一九八〇年に入って来た、ダイヤモンドヘッドのクレーターですか?」
「そう、今が二十世紀のいつ頃か分からないけど、あそこへ行けば少なくとも二〇二〇年に戻れるはずです。継続中のミッションをどうするのか? という問題は残りますけど。パーソナルムーブも含めて一九八〇年のハレクラニホテルに『組織』のツールを置いてきたままなので回収しなければなりません。ここに居ても状況は変わらなそうですから、ダイヤモンドヘッドを目指しますか?」
「賛成です。でもそこへ行く方法がありません、車もありませんし…」
「スマートフォンのGPSは死んでいるし、今はいつ頃なのかな? たしかバッグに紙の地図があったはず。えっと、ここから三十マイルくらい? 五十キロの距離は歩けなくはないけどハードルが高いわね。こんな時、飛翔(フライ)の能力があれば難なく辿り着けるのだけど」
「そんな便利な能力があるのですか? 私の瞬間移動(テレポーテーション)は、今のところ目で見える範囲ですし、移動した距離の分だけ疲れるので、ダイヤモンドヘッドのクレーターまでは難しいです」
「仕方ありません、道路に出てヒッチハイクをしながら、ワイキキビーチを目指しましょう。あそこまで行けば何とかなります。手持ちの現金ドルもありますから、そこでタクシーを拾えばダイヤモンドヘッドのクレーターへ行くのは簡単です」
「ヒッチハイクした車の運転手が危ない人だったらブラスターで眠らせて、車を拝借しましょう!」
2人は舗装の悪い道路を元気よく歩き始める。
分からない時代に飛ばされたが時刻は同期しているのか、日が沈み始めている。
「日が暮れそうです。こんなところで夜になったら、時代によっては野犬や、何か襲ってきそうな動物が出てきそうです」
「それはあるかも知れません。真っ暗になったらパーソナルシールドを起動させて移動しましょう」
一九八〇年代にカメハメハ・ハイウエイになる予定の道路を、二人はワイキキを目指して歩いて行く。あたりはだんだん暗くなってきた。
「一時間ほど歩きました、景色は変わりませんよ」
「そうね、サトウキビ畑みたいなのが、ずっと続いている感じ? でも畑があるということは、人が往き来しているわけだから、いずれ車が通るんじゃないのかな? とにかく歩きましょう」
それからさらに30分ほど歩いていると、後ろの方から車のヘッドライトの光が二人を照らしだした。
「おぉっ! 車! ということは、今は20世紀の半ばくらいかな? とにかく乗せてもらいましょう!」
二人は後ろから来る車に、大きく手を振ってアピールすると車は驚くように急停止した。
停車したピックアップトラックには、運転席に中年の男性、助手席にやや若い男性が乗っており、見たところ二人とも農作業をやっていたような格好をしている。
例によって、詩織が早口のカナディアン・イングリッシュで、作り話の説明をしながら車に乗せてもらえるようにお願いする。二人の男性は顔を見合わせ『どうする?』と話をしていたが『荷台で良かったらパール・シティまでなら乗せていく』と言ってくれたため二人はお礼を言い、収穫されたサトウキビが積み込まれている荷台に乗り込み、ピックアップトラックは発車した。
「詩織さん、聞いていて何となく分かったけど、私たち中国系カナダ人なの?」
「ええ、話しを始めるとき、運転席のダッシュボードにあった新聞の "May 1950" が目に入りました。まだ第二次世界大戦が終わってから5年目なので、アジアから来たと言うと怪しまれそうなので、カナダから観光でハワイに来てレンタカーが壊れたので困っていると説明しました。香取先輩も私も東洋人の女性の中では身長がありますし、自覚はないのですが、私が話す英語はカナダなまりがあるらしいので」
「なるほど納得です。詩織さんの機転に助けられました。乗せてもらっているけど、もし彼らが何かを企(たくら)んだら、ブラスターがあるからなんとかなるでしょう」
二人を荷台に載せたピックアップトラックは、舗装されていない道路をパール・シティに向けて走って行った。
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