087 詩織の初ミッション5 世界の隙間の隙間?

「フーッ、食べた、食べました。昼からステーキとは…ここはアメリカですね。お肉も大きいし」

「香取先輩もかなり食べますね、人のことは言えませんけど」

「だって、ハーフポンドや4分の3ポンドって中途半端じゃない? じゃあ1ポンドってなるでしょう?」

 先月は似た人と研修やトレーニングを一緒にやってたな、詩織は亜香里のことを思い出す。

「私も釣られて食べてしましましたが、1ポンドは454グラムですよ」

「大丈夫、午後もウィンドサーフィンの特訓をやったら、直ぐにお腹が空くから。午前中は私の練習に藤沢さんがずっと付き合ってくれたけど、藤沢さんはやらないの?」

「午前中は少し風が弱かったので、私にはコンディションが今ひとつでした。午後は風が上がりそうなので、コンディションが良くなれば香取先輩をほったらかしにして海へ出ます。香取先輩は絶対に溺れなさそうですから。能力も使っていますし」

 充実した昼食を済ませた2人は、再びビーチに出てみる。

 香取早苗はセイルに風を受けて長く乗れるようになったが、練習初日でタックとジャイブ(風上側ターンと風下側ターン)までは出来ない。沖まで行ってボードから落ちると、念動力(テレキネシス)でボードとセイルをビーチへ運び、自分は泳いで戻って来ていた。それを見ていて、詩織が思いつく。

「早苗先輩の能力って、ものを自由に動かせるのですよね? であれば、沖でチンしたとき(落ちたとき)、マストとセイルだけを海から出して、少し上に持ち上げられますか?」

「どういうこと? セイルとボード全部をビーチまで運ぶより、簡単そうだけど」

「早苗先輩はビーチスタートを覚えましたから、次にウォータースタートを覚えればターンが出来なくても、沖からボードに乗って戻ってこられるのかなと思います。少し風が上がってきたので、私がやってみますから見ていて下さい」

 詩織はボードとセイルを膝の深さまで運び、ビーチスタートをする。未だ風が弱めなのでパンピングをして勢いをつける、吹いてきた風をうまく掴み、ボードがプレーニングを始めた。

 久しぶりのウィンドサーフィンが面白く風も安定しているので、早苗先輩にウォータースタートを見せるのは後でいいかな?と思い、取りあえず沖に向けてボードを飛ばす。

 波があまり立たないカイルア・ビーチだが、風の影響で小さなうねりが出てきて、それを使って小さなジャンプを繰り返す、沖でジャイブを切って、ビーチに向かってスッ飛んでくる、うねりの背を使ってプレーニングジャイブをして、また沖に出ていきながら、飛ぶ高さは低いがセイルで上手く風を掴みながら滞空時間の長いジャンプをする。

 ビーチでウィンドサーフィンの練習をしていた観光客(どこかの欧米人)たちは、見たことのない東洋系の女性が、その当時としては珍しいワザを繰り出すため、目が釘付けになり騒ぎ始めた。

 香取早苗はそれを見て『詩織さん、目立ちすぎ。こっちの世界で目立つのはまずいよ。私にウォータースタートを見せてくれるのではなかったっけ?』と心配半分の顔で見守る。

 詩織は初めてハワイでやるウィンドサーフィンに夢中。

『ちょっと風が強くなってきたから、このセイルだと少し大きいかな? でも風が軽くて安定して吹いているから何とかなりそう。スピードも安定しているし、気持ちいい!』

『そうだ、思い出した! 早苗先輩にウォータースタートを見せる約束をしていたのよね』

 詩織はビーチに近づいてきたところで、セイルの引きをゆるめボードスピードを落として、一度チンする(海に落ちる)。立ち泳ぎをしながら左手でマスト持ち、右手でブームを持ち、セイルに風を入れる。セイルが風をはらんだら、右足をボードに乗せ、風をコントロールしながら、左手もブームに持ち替え、左足もボードに乗せて風の力で一気に水中に残った身体をボードの上に引き上げてボードを走らせ始め、そのままのスピードでビーチまで戻ってきた。

「早苗さん、これがウォータースタートです。足が届かないところのビーチスタートの様なものです」

「何となく分かりました、初心者の私にはセイルに風を入れて身体を水中から出すところが難しそうだから、そこのところを念動力(テレキネシス)で補助すればボードに立てるってことね。それより詩織さんが豪快なライディングをしていたから、他の人たちが騒ぎ始めています」

 周りを見ると、ウィンドサーフィンに来ている白人男性の数グループが2人の方を見ながら話をしている。

「ミッション前にいろいろあると面倒だから、今日はこの場を撤収しましょう。もうすぐ3時ですし、ノースの方をドライブして名物のシェイブアイスでも食べに行きましょう!」

「大賛成! 撤収、撤収!」詩織は香取早苗の話を聞き(楽しみすぎたかな?)と思いながら、急いでビーチからウィンドサーフィンを駐車場に引き上げる。

 二人でキャリアにボードを積み、セイルはマストに付けたままグルグルと巻いて一緒にキャリアに縛り(詩織は「この時代のセイルはフィルムじゃないから大丈夫のはず」と思っていた)カイルア・ビーチをあとにする。

「急いで出発したから、シャワーを浴びるの忘れていました。どこか途中のビーチパークでシャワーを使います」

 海から上がっても、日本の様に身体にまとわる湿度が感じられないため、2人はウエットスーツのベストとハーネスは脱いだものの、ビキニの水着はそのまま。

 詩織が運転するレンタカー、メルセデス300TDステーションワゴンは海岸沿いを走り、ノースショアへ行く途中に見つけたプナルウ・ビーチパークで停車した。

 二人は着たままの水着姿で備付のシャワーを浴び、車に戻りステーションワゴンのテールゲートを開けて着替えを済ませる。

「ここから、グルッと最北端を回ってサンセット・ビーチを過ぎれば、マツモトシェイブアイスに着くはずです。でも二〇二〇年のナビが一九八〇年でも使えるのは不思議な感じ」早苗はナビをしながら疑問に思う。

「そうですね。信号機が少なく感じますが、四十年経った二〇二〇年もこんな感じなのでしょうか?」

「だと思いますよ。海岸線をグルッと回る道路に信号機は要らなさそうじゃない? この辺はノースショアって呼ばれているところでしょう? 詩織さんに運転を任せっぱなしで、ずっとビーチを見ているけどビデオで見るような大きな波がありませんね」

「今は5月半ばですから。波が大きいのは冬のシーズンです」

 2人はカイルア・ビーチから1時間半ほどでシェイブアイスにありついた。

「結構、日に焼けましたね。アイスが美味しい」詩織はいつ以来の日焼けかな?と思っていた。

「うーん、ますます観光客だ。まあいいや、考えない、考えない。さて、どうします? ここから高速道路を使って、真っ直ぐホノルルに戻ると40分ほどで着きますが、ここから直ぐのところにドール・プランテーションがあるので、そこに寄ってから帰りますか?」

「賛成です! パイナップル食べ放題とかあるのですか?」

「それは無いと思うけど、行ってみましょう」

 15分ほどでドール・プランテーションに着き、駐車場に車を止めて二人は店内に入って行く。

「店内全部が、パイナップルの香りですね」

「これだけ嗅ぐと逆に購買意欲が無くなるかも。庭に出てみましょう」

 外に出ると " PINEAPPLE GARDEN MAZE " の看板。

「巨大迷路かぁ、涼しくなってきたからやってみますか? お昼のステーキの腹ごなしも兼ねて」

「まだ、夕方の5時前ですし、所要時間が45分くらい、って書いていますから入ってみましょう」

 入り口でチケットを購入し、スタート時間を刻印してもらい、鉛筆を受け取って中に入る。

 入って直ぐの景色は、庭園のようなところ。

「最初は庭かと思っていたら、途中から木がうっそうとしてきて、ところどころ先が見えませんね」

「ええ、お子様向けかと思ったら、普通の迷路です」

 チェックポイントを順調に通過し、二人で『まあまあだね』と言いながらゴールに戻ってくる。

「ちょっと待って! 私たち道を間違えた?」

「迷路ですから、途中で少し間違えましたが、ここが予定通りゴールのはずです、って? 香取先輩、ここはどこですか?」

 二人が迷路を出てくると、入る前に立ち寄った甘い香りが漂うお土産屋さんが無い。車を停めたはずの駐車場が無く、当然、レンタカーも見当たらない。

「もしかしたら『世界の隙間』から『世界の隙間』に入ったとか、ないよね?」

「そういう事って、あるのですか?」

「『組織』に入ってから6年経つけど、経験したことも無いし、聞いたこともないけど、どうしましょう?」

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