081 亜香里の初ミッション8『世界の隙間』

 三人は関東支社のあるビルの正面玄関を出て、停まっているタクシーに乗り横浜中華街へ向かった。

 今日は、先月に詩織と来た真夜中の時間帯ではないため、中華街東門の前でタクシーを降り中華街大通りを歩き店へ向う。

「中華街も一時期ほど人が多くないですね。いろいろ影響が出ているのかな?」

 聘満樓に着き、江島氏が入口で片手を上げると、店の人が挨拶しエレベーターへ向かい、里穂と亜香里もあとに続く。

 案内の店員がエレベーターの前で待っており3人がエレベーターに乗ると7階で停まる。(『組織』はいつも特別室なの?)亜香里はそう思いながら、江島氏と里穂のあとをついて、窓際の部屋に入って行く。

 料理は注文済みの様で、前菜の盛り合せと壷蒸しスープが運ばれ、飲み物は香りの良い中国茶。

「お茶だけど、初ミッションお疲れさま、カンパイ!」

 江島氏は2人に、どちらかというと亜香里に向かって言いながら、お茶の入った小さな杯で美味しそうにお茶を飲む。

 亜香里と里穂もお茶に口をつける。(香りの高い高級そうなお茶だけど『乾杯』は、ビールじゃないの?)ビールが大好きな亜香里が不思議に思うと、その表情を読み取ったかの様に江島氏が説明を始める。

「小林さん、『お疲れさまのカンパイが何故、お茶?』と思ったでしょう? 能力者同士で食事をする時はノンアルコールが基本です。プライベートは個人の自由ですけどね」

「『組織』にその様な決まりがあるのですか?」

「人伝(ひとづて)に聞いたことなので、どこまで本当なのか分かりませんが、昔『組織』の会席で酔っ払った能力者が、とんでもないことをやったらしくて、それ以降、能力者が集まってお酒を飲む事は無くなったそうです。ここの費用は『組織』持ちなので、お酒はNGです」

「私も江島さんと同じような話を聞いたことがあります。大きなミッションが終わってお疲れさま会をしたときに、ある能力者がミッション後の疲れなのか、その場の勢いなのか分かりませんが酔っ払って、会場で大きなチカラを発現してしまい、その場に居た能力者が死にそうになったとかならなかったとか。『組織』って会社のようにカッチリとしていないでしょう? その時はその場のおふざけだったのかも知れないけれど、そんな場所で間違ってチカラを使ってしまうと命に関わるから、能力者はお酒の飲み過ぎや薬物には注意するように言われています」

「そうなのですか? では一昨日の水曜日に本居先輩たち3人と、私たち3人がビアパブに集まった歓迎会は『組織』的には微妙だったのですか?」

「あの歓迎会は問題ありません。会社が制度化しているシスター教育制度の一環で、新入社員のために行う歓迎会ですから。桜井由貴が請求書を人事部採用教育担当へ回したはずです。『組織』から見ればプライベートな集まりだし、あの日は由貴がノンアルコール当番でしたから。『ノンアルコール当番』って、私たち3人が勝手に決めているのだけど、プライベートで集まって飲むときも、誰か一人だけ飲まない人を決めているの。もしもに備えて」

「本居さんの同期って、桜井さんと、あと香取さんだよね、そんなこと決めているのですか? 入社して能力者補から始めて今は立派な能力者になって、会社に入って6年目ですか? しっかりしているなぁ」

「江島さん、6年目は余計です」

「いや、そう言うつもりで言ったのではないのですが、気に障ったら謝ります」

「それはそうと、小林さんが研修期間中に研修センターの外で遭遇した案件3つの内容を、ここに来る前に『組織』の端末で確認しました。多摩川の件はまれに見る物体の暴走で気にするほどのことではなく、小林さんの自宅近くで起こった変な沼みたいな件は、私もそれに似たものを見たことがあるので、たいしたことはないと思いますが、同期の篠原さんの自宅で『世界の隙間』に入ったのは、興味深く少し厄介な事案ですね」

「どのように、厄介なのですか?」

「今回、初めてのミッションで経験してもらった京都御所の『世界の隙間』や、先週スコットランドでトレーニングを行った『世界の隙間』は『組織』が認識しており、そのような場所は『組織』が把握しているだけでも世界中に沢山たくさんあって、新たに発見される場所もあり、消えてしまう場所もあります。ただし消えてしまった『世界の隙間』の入口には必ず痕跡が残っています」

「小林さんたちが入った『世界の隙間』も、新たに発生した場所として『組織』は認識し、あのあと篠原さん宅の蔵に『組織』が調査に行ったのですが、入口どころか痕跡も見つからなかったのです」

「あのあと、優衣が自宅の蔵を確かめに行ったのですが『何もなかった』と言っていました」

「篠原さんも確かめたのですか? 自分の家だから当然ですよね。さっき言ったように『組織』が今まで認識している『世界の隙間』は、入口がなくなっても痕跡は必ず残るはずなのにそれがない、更にあの時『世界の隙間』に行ったのは小林さんたち3人だけで、『組織』がそれを知ったのは、たまたま小林さんが研修センターからライトセーバーやブラスターを持ち出していて、『組織』がトレースしているレーダーから突然消えたから、非常事態になったわけです。その辺のことは、ビージェイ担当から聞いていると思います」

「その時のデータログから、小林さんたちが『世界の隙間』に入ったことは間違いないのですが、そのデータ以外の証拠は無く、あの世界で小林さんがブラスターを使い、藤沢さんがライトセーバーを使っていることも、それぞれの武器を分析してみて間違いはなく、3人の話によると戦った相手は『トライポッド』と宇宙人でしたっけ? そういうのと戦ったらしいのですが、今まで『世界の隙間』に入って、その世界にあり得ないものと遭遇した事例は『組織』が把握する限り、一件もありません。この事案は説明がつかないから厄介なのです」

「でも、あの時、優衣の家に入ってカレンダーを見たら2010年4月で、ガレージの中もその頃に乗っていた車だと優衣が言っていましたから、あの『世界の隙間』は今から10年前の渋谷区に間違いないと思います。自宅周辺の通りも優衣の記憶と合っていました。ただそこに『宇宙戦争』に出てくる『トライポッドと宇宙人』が出現したのは、あの場でもおかしいなとは思っていました。あと不思議に思ったのは、街に誰も居なかった事です。住民だけでなく、あれだけものが首都圏を攻めてきているのに、自衛隊も在日米軍も出動していなかったのです」

「なるほど、説明のつかない『世界の隙間』に行った本人から改めて説明を聞くと、ありえない特異な世界の様子がよく分かりましたが、疑問は一層深まります。では、その世界は本当に何だったのかと?」

「3Dホログラムで現れたビージェイ担当は『この世界は、私たち3人が作り出した』みたいなことを言っていたのですが…」

「彼がそんなことを言っていましたか? おそらくその時の状況を把握出来なくて、皆さんを納得させるためにそんなことを言ったのでしょう。本件については『組織』がデータを詳細に分析しており、今のところ『世界の隙間』であることには間違いないというのが主たる意見です。但し入口や痕跡が見つからないのは ”Unknown matter” で、小林さんたちが戦った相手も “Unidentified object” として認識されています」

「そうなりますよね、実際にそこに行った私たちも『アレは何だったのだろう?』って、たまに話をしますから。研修センターでのトレーニングは『組織』が『お金をかけて良くあそこまでやるよね』って感心していましたけど」

「そうですか? ただ『組織』の運用や費用について能力者が気にする必要はありません。『組織』にとって能力者が唯一の資産でありコストですから。コースメニューもそろそろ終わりですが、今日は本居さんがあまり話をしていませんけど、疲れましたか?」

「そうですね、疲れていないと言えば嘘になります。自分の役割だけを考えてミッションを遂行するのには慣れましたが、今回初めて小林さんを能力者補として引率したので少し疲れました。江島さんからは演技が下手だと言われましたし」

「アッ! エアクラフトの中で言った冗談を気にしていますか? あれは本当に冗談ですから。話の中心が『世界の隙間』になって小林さんの話ばかりになりましたが、今回の初ミッションの成功は本居さんの行動計画がしっかりしていたから、トラブルもなく終了したのだと思います。能力者も能力者補を従えてミッションを遂行してはじめて、本当に一人前の能力者と言えますから、名実ともに本居さんは能力者だと思います」

「そうなると、本居先輩は何か変わるのですか? 私がパダワンで、本居さんのことを『マスター里穂』と呼ばなくてはならないとか?」

「私が小林さんの世話人に決まったとき『ガチのスター・ウォーズ ヲタが来るよ』って聞かされましたけど、そんな呼び方しませんから。今まで通りです」

「そうですか? マスター里穂になって、私に空中浮遊の特訓をするのかと思っていました」

「ハイハイ、では来週から小林さんには、寮の中を逆立ちで歩いてもらいます」

「アッ! 言葉の綾(あや)です。特訓とか期待していませんから。今まで通り仲良くやりましょう」

 里穂と亜香里の掛け合いに笑い出す、江島氏。

 初ミッションのお疲れ様会は、くつろいだ雰囲気で続いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る