080 亜香里の初ミッション7

 ビルの屋上に到着したエアクラフトは、亜香里たちの寮にある施設と同様に、そのまま下の階に格納された。

 エアクラフトから降りた3人は駐機スペースから通路に出てきた後、江島氏から「後ほど」と声を掛けられ、それぞれ別の部屋に入っていく。

 亜香里たちは、宮廷女官采女装束姿(きゅうていにょかんうねめしょうぞくすがた)とその下に来ているジャンプスーツを脱ぎ『組織』が用意したスーツに着替え、パウダールームでメイクや髪を整える。

 長い間カツラを被っていた髪は、なかなか元のヘアスタイルに戻らないので、そこはドライヤーとディップで整えて妥協する。

「さっき、本居先輩がエアクラフトから送った服装のオーダーが、このスーツや靴のサイズに反映されているのですか? そんなに早く服が揃えられるのですか?」

「小林さんは『組織』に入ったばかりだものね。最初からベテラン能力者並みの能力を持っているから、こちらもつい勘違いしてしまうけど先月能力者補になったのよね。私も『組織』のことを多く知っているわけではないけど、普通では見かけないというか、普通ではあり得ない色々な仕組みが『組織』にはあります。靴とバッグはそれで大丈夫? では行きましょう」

 里穂と亜香里は、かっちりとしたスーツ姿で部屋を出て来た。

 エレベーターホールに入り、止まっているエレベーターに乗り本居里穂はエレベーターの行き先階ボタンのあるプレートの下の方にIDカードをかざし、15階のボタンを押すとエレベーターが降り始めた。

「本居先輩、エレベーターの行き先階ボタンに、このフロアのボタンがありませんけど?」

「このエレベーターは『組織』と会社の共用エレベーターだから、能力者以外の社員が間違って『組織』の施設に入らない様にしているの。会社のフロアから『組織』の施設に行くときには、さっき私がやった様にIDカードをこの辺にかざせば、って分かるかな? 何も表示されていないから分かりにくいけど、行き先階ボタンがあるパネルの下の方に、IDカードをかざせば『組織』の施設に行くことが出来ます。ただし寮の設備と同じ様に、エレベーターに乗っている人全員がIDカードをかざさないと動きません」

「面倒なあの方式ですね。寮に初めて行った時、同期の詩織と悩みました。玄関から入るのにIDカードをかざしても扉が開かないので、壊れているのかと思いました。結局、2人同時にIDカードをかざして入ることが出来ましたけど」

「『組織』はそういう所に厳しいですから。『組織』にいると徐々に分かって来ますよ。一見面倒そうに見えるところでも、合理的に考えられていますから」


 エレベーターが15階に停まり、里穂に続き亜香里もエレベーターを降りる。

「関係部署を全部回っていたら時間がかかるから、今日は生命保険の部署だけの挨拶にして他の部署は後日にしましょう。おそらく江島さんの用事は直ぐに終わると思うから、待たせないようになるべく早くロビーへ行きましょう」

 オフィスの扉を開けると、本社ビルで亜香里が所属している部署と同じくらいの数の机が並び、社員が座っている。

 里穂と亜香里が執務室の入口に立つと、2人に気がついた何人かが席を立ち里穂に話しかけてくる。

「本居さん久しぶり、今日はどうしたの?」

「本居先輩、今日はパリッとしていますね。何処かに行かれたのですか?」

「隣の方は、この前、話をしていた新人さん?」

 何人もの社員が里穂に声をかけるので、いつの間にかほとんどの社員が入口に立つ2人に顔を向けている。

 里穂の人気(人望?)に驚く亜香里。

「本居先輩、ちょっと本社と雰囲気が違いますね」

「私はここに2年間いましたから。ほとんどみんな知ってるし一緒に仕事をした人も多いの。一人一人に挨拶をしていたら終わりそうにないから、ここでまとめて、みんなに挨拶をすることにします」

 オフィス内に向かって、里穂が大声で話し始める。

「お仕事中にすみません、本居里穂です、ご無沙汰しております。今日は別件で近くまで参りました。そのついでと言っては申し訳ないのですが、今年、私の部署に配属されました新入社員を紹介させていただきます。小林亜香里さんです」

 里穂が亜香里に目配せする。

(自己紹介するのですね、分かりました。入社してからこんなに大勢の前で話すのは初めて)

「今ご紹介にあずかりました、小林亜香里と申します。大学では法学部で労働法のゼミに入っておりました。中学、高校では部活でチアリーディングをやっていましたが、大学に入ってからは撮られる方より撮る方に興味が湧き、写真部に所属しておりました。出身は東京ですが、実家は近くの多摩川を超えると神奈川県なので子供の頃から、ここ横浜にはよく遊びに来ており、大好きなところです。これからご指導くださいますよう、どうぞよろしくお願いいたします」

 差し障りのない挨拶が終わり、ホッとする亜香里に拍手が送られ『本社で虐められたら、こっちに転勤しておいで』という心温まる冗談に、笑い声が重なった。里穂が場を継ぐ。

「本社に入社したあと、ここに2年間勤務させて頂き、その節は大変々々お世話になりました。そのあとまた本社で、仕事ではずっと一番下っ端でしたが、この春から小林亜香里さんが私の下に入り、初めてのシスター業務も始まり私自身も緊張しておりますが。指導をしすぎて小林さんが『横浜に行きたいです』と、ならない様、頑張って可愛がり、ビシビシ鍛えたいと思っておりますので皆様よろしくお願いします」

 里穂の挨拶にも拍手が送られ『可愛がりながらビシビシやるって、里穂ちゃん、そういう趣味だっけ?』という、オッサンギャグに一部が湧いている。

「それでは、これからまた別件がありますので失礼します」

「失礼します」

 2人は、お辞儀をしながら挨拶をして、部屋を退出した。

 エレベーターホールに向かいながら、里穂が亜香里に話をする。

「そんなつもりはなかったけど、小林さんより私の方が凄く緊張しました。元いた職場なのに」

「元いた職場で、知っている人たちの前だから緊張したのではないでしょうか? 私はどなたも存じ上げないので、新入社員自己紹介のテンプレートに沿って話をしただけですから、あまり緊張しませんでした。それにしても本居先輩の人気は凄いですね、関東支店のアイドルだったのですか?」

「アイドルなんかやっていないってば。入社2年目でまだ新人の頃だったから、いろいろやらかしたりしたから。当時のことを知らない関東支社の人と会うと『あなたが里穂伝説の本人ですか?』とか言われてイジられるの。でも横浜の2年間は良い思い出しか残っていないかな? そんなこと言ってたら、関東支社に戻りたくなってきた。あっ! 誤解しないでね。本社の職場の雰囲気が決して悪いわけじゃないから。小林さんが初出社した今週からたまたま金融庁の指導対応で、ああいう状況なだけだから。日頃はもう少しゆったりしていて、新商品のレビュー、販売計画や他社への売り込み、他社製品の取り込みとか、じっくりやれる仕事が多いから。当然、重要顧客訪問の外回りもあるけど、訪問先は大きな会社がメインだから突発事項は少ないのよ。数字には厳しいけど」

 最後の『数字には厳しいけど』が気になる亜香里だった。

 エレベーターで1階に降りると里穂が言った通り、江島氏がロビーで待っている。

「お待たせしました、私たちも手早く済ませたのに、江島さんはとても早かったですね?」

「私は本当に顔を出しただけだから。お腹が空きすぎた。さあ、行きましょう」

 1階ロビーから外に出て、ビル前に停まっているタクシーに乗り3人は中華街へ向かった。

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