079 亜香里の初ミッション6

「分かりました! 江島さんはミッションで『世界の隙間』の江戸幕末に行き、ミッション遂行中に何かトラブルに巻き込まれて、新撰組に捕まったのだと思います。その時、新撰組を制圧出来たのかもしれませんが、何らかの理由で新撰組に捕まったあと、『組織』が私の初めてのミッションに『江島さんの救出』を使うことになり、私たちの救出を待っていた。違いますか?」

「だいたいそんなところです。事案の推察力も能力者には必要なスキルです。ミッションの遂行中に、何か違和感を覚えたことはありませんでしたか?」

「その時は思わなかったのですが、エアクラフトに乗ってから浪士組と戦っているときの事を思い出しました。門へ向かう途中で横から急に浪士組が襲ってきた時、江島さんはそれをチラッと見ただけで浪士組を反対側に吹き飛ばしてしまいました。それほどの能力があるのに、浪士組に拿捕(だほされるわけはないなと。もう一つは、江島さんを救出して浪士組と対峙した時、本居先輩が『シールドをオフにしないとブラスターが使えない』と言って困った顔をしていましたが、考えてみると嘘くさいんですよね。何回もミッションを経験してきた能力者であれば、そういう事は今まで何度もあったはずです。今さら『困った』と言ったのは演技かな? と思いました」

「小林さんが、その2つに気がついたのは上出来です。自分の能力を出している時も、冷静に全体を俯瞰(ふかん)するスキルは能力者として非常に重要です。トレーニングを受けてから初めてのミッションとしては成果があったと思います。本居さんは、もう少し演技力を身につけた方が良いかも知れませんね」

 江島氏は言いながら、本居里穂にいたずらっぽい笑顔を見せる。

「ちょっと待って下さい! 今回のミッションもトレーニングだったのですか?」亜香里が『腑に落ちない』という表情で江島氏に聞く。

「いえ、小林さんが新入社員研修中に経験したような『組織』が作り込んだトレーニングプログラムではありません。『世界の隙間』は『組織』の施設ではありませんし、その世界にいた侍に私が捕まっていたのも事実です。そういう意味ではミッションです」

「でも、江島さん一人でも新撰組を制圧できましたよね?」

「それを否定はしないけど、仮に彼らを制圧出来たとしても、そこから『世界の隙間』の入口まで無事に行き着く方法を、あの世界に居た私は持っていなかったので、そういう意味では小林さんは初ミッションを遂行したと言えるのではないかな?」

「そういうものなのでしょうか?」

「同行した先輩から言わせてもらうと、今回は確かに簡単なミッションでしたが江島さんを救出してから門を出るまで、小林さんが稲妻(ライトニング)を落とし始めてから、私と江島さんに後方支援を依頼したでしょう? チームでミッションを遂行する時には、あの様なコミュニケーションが重要です。能力者はみんな個性的で人間としてのレベルも高いのだけど、チームワークを取るのが結構難しくて、今回、能力者補の小林さんがイニシアチブを取って、能力者に指示をした行為をスキルとして評価すれば、直ぐにでも能力者になれると思います」

「本居さんの言う通り。あの時はうれしい驚きでした。自分自身は浪士組に稲妻(ライトニング)を落しながら、私たちに『左右と後ろの対応をお願いします』ですから」

「お二人に、そんなに褒められると恥ずかしいです」亜香里は珍しく顔を赤らめながら、照れていた。

「間もなく到着しますが、直ぐにミッションのインタビューですよね?」里穂はミッションのクロージングが未だであることを思い出す。

「今日は? 金曜の夕方ですか? 思っていたより『世界の隙間』に長く居ました。今回は私のミッション報告と重なるので、本居さんと小林さんのミッションのインタビューは省略し『組織』にもその様に報告しておきます。それから私はちょっと関東支社に用事がありますから、そこにエアクラフトを降ろしてくれますか?」

「関東支社は行った事がありませんが、MM21にあるのですよね?」

「小林さんは関東支社には行った事がないの? そうか、今週が初出社だから未だですね。これから仕事で関係する部署もあるから、挨拶がてらに一緒に降りてみますか?」

「ご一緒させて頂いて、よろしいのですか? アッ! でもこの宮廷女官姿では支社に入れません。機内にある着替えも普段着なのでどうしましょう?」

「小林さん、関東支社の入っているビルにも『組織』の施設があるから大丈夫。服は直ぐに用意できます。小林さんと私のプロポーションデータは『組織』が把握しているので、服のオーダーをしておきます。新入社員だから紺のスカートスーツに白いシャツで良いよね? (江島「私のスーツも頼むよ」)江島さんもですか? 確かに江戸時代の浮浪者姿だと、支社ビルに入ったところで警備に取り押さえられますね」

「確かに、あの時代の汚い格好だけど『浮浪者』って言い方は無いでしょう? 本居さんも部下が出来て、偉くなったなぁ」江島氏は冷やかし半分に里穂をイジる。

 エアクラフトは水平飛行中にオフになっていた光学迷彩機能が稼働し、垂直下降を始めた。その間、外の景色が見えないのが亜香里には少し不満である。

(離着陸の風景は見たいなー、こんな上空から垂直に上がり下がりするのだもの。特に今日は日没前の横浜港周辺の景色を高いところから見られたはずなのに)

 亜香里はベテラン能力者の江島氏に聞いてみる。

「教えて頂きたいのですが、パーソナルシールドの光学迷彩モードでは外が見えるのに、エアクラフトの光学迷彩では外の景色が全く見えないのは何故ですか?」

「ほぉ、技術的なことにも興味があるの? 一言で言うと光学迷彩の仕組みの違いです。具体的に言うとパーソナルシールドでは装置を付けている本人のごく周辺をカメレオン型でリアルタイムに周囲の景色に溶け込ませています。エアクラフトは大きくスピードも出るので必要な時だけ、電磁メタマテリアルで全体を覆うようにしています。そうすれば光を完全に透過・回折させることが出来て、外からは全く見えなくなるけど、内側からも外を見ることが出来なくなるのです」

「(『組織』の技術は何を聞いても、よく分からないなぁ)光学迷彩の方法が違うということは分かりました。ありがとうございます」

 あと何か聞いておくことはなかったかな? と思いながら会社配布『組織』仕様の3点セットを取り出してみた。

「おぉ! 今更ですが社員証カードが『組織』のIDカードに変わっています。写真がホログラムで裏のクレジットカードも『組織』のプラチナカードに変わっています。ミッション中のカード使用は『組織』持ちですよね? せっかくだから使ってみれば良かった… って、江戸時代だと使えないじゃないですか!」

 亜香里の一人ボケ突っ込みに、笑い出す江島氏と本居里穂。

「小林さん、次はクレジットカードが使えるミッション先をお願いしてみる?」

 本居里穂が笑いながら聞いてくる。

「本居先輩、何か良からぬ考えが顔に出ていますよ? クレジットカードを使えるところって世界中のいつでもどこでもとは、いきませんよね? 能力者補がマフィアやスパイがゴロゴロいる国の危ない場所にミッションで行ったりしたら、身が持ちませんよ」

 しばらくすると、エアクラフトが着陸した振動を座席に受ける。

「着きました。ミッション終了です」江島氏が確認した。

「小林さん、初めてなので説明しておきます。ミッションは最寄りの『組織』の拠点を出発した時点が始まりで、ミッション終了は『組織』の拠点、これはスタートしたところでなくても構いませんが、そこに着いた時点で終了です。IDカードを確認してみてください」

「アーッ、ホントです。普通の社員証カードに戻ってます、裏も自口座引き落としのクレジットカードに戻っています。クレジットカードは戻らなくてもいいのに。ここからだと中華街も近いし」

「小林さんは、横浜中華街が好きなの?」江島氏が何の気なしに聞いてくる。

「料理はなんでも好きですが、先月、能力者補に認定された週末に同期の詩織と真夜中の多摩川沿いで変なものに会ってから、いろいろあって『組織』のおつかいで横浜まで行ったとき、お駄賃代わり中華街でご馳走してもらいました」

「そうなのですか? 研修期間中にそんなことがあったとは知りませんでした。本居さん、聞いていますか?」

「トレーニングビデオに、そのような記録はありませんでした」

「そうですか、では、せっかくですから関東支店での挨拶回りが終わったら3人で中華街へ行きませんか? 初ミッションのお祝いも兼ねて。多摩川で起こったことも聞きたいので、どうでしょう?」

「よろしいのですか? 喜んで、というかトレーニングの時と同じで、ミッションも帰ってくると翌日になっていて、昨日の朝食を食べてから何も口に入れていないので死にそうです」

「本居さんもOKですね? では、用事を済ませてから1階ロビーに集合しましょう」

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