076 亜香里の初ミッション3
京都御所、春興殿(しゅんこうでん)裏に到着したエアクラフトから降りた本居里穂と小林亜香里は木々の間を歩き始めた。光学迷彩を起動したままのエアクラフトは、外に出た2人の目からも見えなかった。
『本居先輩、江島さんを救出してここへ戻ってきても、私たちからエアクラフトが見えませんよね? どうやって乗りこむんですか?』インターカムで、亜香里が里穂に質問する。
『スマートフォンやスマートウォッチで場所を検索できるし、外からスマートフォンで光学迷彩モードをオフに出来るから大丈夫。それにエアクラフトは、こちらの世界で待機しているわけだから、いざとなれば『組織』に連絡を取ったら、何とかしてくれるでしょう?』
『そうでした、『世界の隙間』に行くのは私たちだけでした。あれ? 京都御所って、いつでも一般の人が入場出来るのですか? 観光客らしき人たちが歩いていますけど?』
『京都御所は2016年の夏ごろから、通年公開されているそうです。『組織』から送られてきた情報に載っていました。今日は平日だから観光客の数もまばらだけど、私たちの話し声が聞こえたら不審に思われるので、紫宸殿(ししんでん)の中に入るまで、インターカムはお互いの位置確認だけに使いましょう。とは言っても、ここの砂利を歩く音は消せないから、極力静かに歩いて私の後を着いて来てください』
『分かりました』
2人は真っ直ぐに紫宸殿(ししんでん)へ向かい、正面のロープを超えて階段を登っていく。観光客がロープの外から紫宸殿を見たり写真を撮ったりしていた。
(光学迷彩だとフルサイズのミラーレスカメラでムービーを撮ったら、バレないのかな? 最近は4Kぐらい普通に撮れるから、大画面で再生したら画像が歪んでいたりして、おかしく思われないのかな?)
初めてのミッションでいろいろと気になる亜香里であったが『世界の隙間』に入るまでは『組織』がミッション中の2人の行動を周辺状況も含め、常時チェックしており、不適切なものは(第三者の電子的な記録も含め)排除するため、心配は無用である。
紫宸殿(ししんでん)の階段を登り中に入ると、お互いの居場所が分かりにくくなるため、インターカムで位置を常時確認しながら移動する。
『今、高御座(たかみくら)の前だから、これをぐるりと左手から後ろに回りますよ』
『本居先輩すみません、どっちが高御座(たかみくら)ですか?』
『左が高御座(たかみくら)、右が御帳台(みちょうだい)です。即位礼正殿の儀(そくいれいせいでんのぎ)の時、左に天皇、右に皇后が立つのだけどテレビのニュースとかで見たことない?』本居里穂は高御座を左手から後ろに回り始め、亜香里も後を追う。
『そう言えば、テレビのニュースで見た気がします。でも、あの儀式は東京の皇居で行っていませんでしたか?』
『ここが常設らしいけど、最近は儀式を東京でやるからその時はここから東京まで運ぶそうです。解体してトラック輸送で』
『そうなのですか? プレハブ住宅を運ぶみたいでチョット、威厳が少なくなる感じがします』
『さて、『世界の隙間』の入口に着きました。 準備はいい? 入ったら時代が全く違うから気をつけて。まずシールドの光学迷彩モードが有効になっているのかを確認すること、では入ります』本居里穂は高御座の後ろから一歩、高御座に近づくと気配が消え、亜香里もそれに続いた。
一瞬、空気の感じがモワッとしたあと、同じように高御座の後ろに居るが周りの空気の感じが違う。
『『世界の隙間』に無事は入れました。小林さん、後ろに下がると元に戻ってしまうから、そのまま横にずれて下さい。そうそう光学迷彩モードも効いているから大丈夫ね。即席の宮廷女官姿をこの世界の人にあえてさらす必要もないから、光学迷彩モードのままで御所の外まで歩きましょう。迷わないように着いてきて下さい』
本居里穂は高御座を回り階段を降り、亜香里はぶつからないように里穂の後ろをついて行く。
(おおーっ! 周りにビルがない、と言うか空と山以外何もない! 建物がないとこんなに景色が違うんだぁ)百年以上前の景色の珍しさに、亜香里はついキョロキョロとしてしまう。
『小林さん、よそ見をしてない? 私から離れているようだけど?』
『すみません、見たことのない景色に見とれてしまいました。先輩、今どの辺を歩いていますか?』
『建春門(けんしゅんもん)手前の右側、ここは建礼門(けんれいもん)ほど警備の人が居ないから、サクッと出られると思います。ちゃんと出られるように門を出るときは手を引くからね』
亜香里は本居里穂のところまで追いつき、確認しながら手をつなぎ、2人で気配を消しながら門を出た。
『ここまでは順調ね。ここから江島さんが捕まっている新撰組の拠点の一つ壬生(みぶ)まで4キロくらいあるからパーソナルムーブで行きます。小林さんはぶっつけ本番になるけど、運動神経が良さそうだから何とかなると思います。光学迷彩モードのままで行くから、目の前の障害物に気をつけてね。相手からはこちらが見えないので避けてくれませんから。パーソナルムーブでの移動中はお互いに居るところを常時伝え合いましょう。ぶつかったりしたら笑い事ではなくなりますから』
『はい、気をつけて乗ります』
亜香里の前を空気が一瞬揺らぐ。本居里穂がパーソナルムーブで発進した模様。亜香里も板の上に乗り、前へ進むように身体と心を動かす。
パーソナルムーブと呼ばれるスケートボード状の板は地面から浮かび上がり、前へ進み始めた。
この時代の京都御所の周辺は当然舗装されていないが、御所の周りのためか、きれいに整備されていた。
(おぉ、バック・トゥ・ザ・フューチャーのマイケル・J・フォックスだ。彼はパーキンソン病になってから長いけど頑張ってるよね)頭の中では映画のワンシーンが流れる、パーソナルムーブで浮遊して走っている江戸末期の京都の街中の景色も楽しんでおり、器用なことをやっている。
『小林さん、乗れてる? 初めてだからあまりスピードを出しすぎないようにね。次の交差している道を左に曲がります、しばらくまっすぐ行って、右折、あとは道なりに行けば目的地に到着します。今確認したら、江島さんは3点セットのどれかは持っているようで、スマートフォンのナビゲーションに現在位置が表示されているから、もしも迷子になったら、そこへ向かって下さい。私の居場所も同様です』
『分かりました。今、左に曲がりました。次の右折のタイミングを教えて下さい』
今までは、同期の能力者補同士が手探りでやってきたトレーニングと違い、ナビゲーションしてくれる先輩の能力者がいるので順調に物事が進む。
(やっぱり、ミッションだからスムーズに行かないとね)
亜香里はミッションが始まってから、先輩のあとをついて行っているだけなのだが。
2人はパーソナルムーブの速度を維持し、壬生(みぶ)へ近づいた。
長い塀に囲まれたお屋敷があり、そこが新撰組壬生屯所、旧前川邸である。
『小林さん、ストップ! ここから歩きましょう。パーソナルムーブは背負って行きます』本居里穂が亜香里に伝え、パーソナルムーブを停め、板を背負い袋に入れて背中に背負う。
スケートボードの様な板が入った袋を背負っている宮廷女官の姿なので、光学迷彩が切れたら誰が見ても怪しさ百倍の二人である。
『本居先輩、この姿を見られたら、誰が見ても怪しく思いませんか?』
『だよね、これは『組織』のコーディネートミスです。これなら、動き易い街の商売人の格好の方が良いよ。御所に入るときは光学迷彩モードにしておけば良いから。今更言っても仕方がないから取りあえず、歩いて門を目指しましょう』
2人は塀沿いの道を門に向かって歩き始めた。
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