077 亜香里の初ミッション4

 本居里穂と小林亜香里は、新撰組壬生屯所(旧前川邸)の長い塀伝いの道を歩いて行く。念のため、装着したままのインターカムでコソコソ話をしながら入り口に向かって進んで行く。

『結構、大きなお屋敷ですね』

『新撰組が拠点にしていた中では一番広かったみたい。他には近くの八木邸、南部邸を拠点にしていたと『組織』からの情報にありました。新撰組が居たのは2年間だけだったらしいけど。毎回ですが『組織』から来るミッション情報って『知ってることを全部載せました』と言う感じなのよね。ミッションに直接関係がない情報が多いの。ググって wiki を張り付けたような情報。雑学は増えるけど、ミッションを遂行するのにあまり役には立たないから、最近は骨子の部分は真面目に読むけど、あとは適当に流し読みしています』

『そうなんですか? さっきエアクラフトの中で本居先輩は『組織』から来た情報を直ぐに読み終えて、その後は作戦を考えておられる様でしたが、自分は読み終わらないし、書いている内容で分からないところがいっぱい出てきて、どうしよう? と思っていました』

『仕事も同じだけど『慣れ』ですよ『慣れ』。慣れれば新人の頃に8手間がかかる仕事が、2とか3の手間で出来るようになります。もっとうまくやれば、ゼロになる』

『どうやったら、8手間がかかる仕事がゼロになるのですか?』

『例えば、私がやっていた仕事を小林さんに任せれば、私の手間はゼロになります』

『なるほど、ネットで見掛けるブラック企業の『部下に丸投げ』と言うパターンですね?』

『江戸末期の京都で、上司の姿が見えないからって、ケンカを売ってるの?』

『いえいえ、滅相もありません。チョット冗談を言ってみただけです、スミマセン』

『私も本気にはしていないけどね。仮に小林さんへ仕事を任せたとしても、任せた責任は私にあるから、小林さんの成果物のチェックが必要だし、中身が使えなければ、私が一(いち)から作り直しで、部下への指導もしなければならないから、そうなると8の手間で済んだものが倍以上になります。それが面倒で全部自分でやってしまう上司もいるけど、そんな上司の下にいる部下は育たないのよね」

「なるほど、ご指導のほどよろしくお願いいたします」

 2人は光学迷彩モードのまま、周りを歩いている京都の人もいないため、前後を気にする必要もなくミッションに関係の無い話をしながら歩いていた。

『なんで、こんなに人が居ないのですかね?』

『江戸幕末の京都は、新撰組や薩長が入り乱れて、いつも戦いばっかりやっていたから、市井の人たちは、なるべく外に出なかったのではないのかな? むやみに斬りかかる人とか居そうだし』

 二人が話をしていると、門の入口にたどり着く。

『光学迷彩モードのまま静かに中へ入る。中に入ったらナビゲーションを詳細モードにして江島さんの居場所を確認し、周りに注意しながら最短距離で近づく。おそらく牢屋とかに入っているから、その鍵は力技で壊してから救出し直ぐに帰還する。うん、これで間違いなし』里穂は亜香里に説明しながら、自分で立てた計画を頭の中で反芻(はんすう)する。

『はい、あとに続きます』インターカムで答えながら(ミッションって、そんなに簡単に行くのかな?)と、楽天的なところは誰にも負けない亜香里だが本居里穂のはっきりとしすぎる進め方が少し気になっていた。


 門を警備していた侍に気づかれる事もなく、2人は新撰組壬生屯所の中に入って行く。旧前川邸のためか中は広々としており大きな建物が点在し、いかにも江戸時代の『御屋敷』という感じである。

 スマートフォンで能力者江島氏の居場所を探す。

『ここからだと結構離れていて、奥の方ですね』

『さっき御所からナビゲーションの広域モードで見たときに、そうかなと思ったけど、江島さんの居場所から近い裏門は通常閉まっているだろうし、入る時から事を起こしたくなかったから、ここからは遠いけど仕方ありません。気付かれないようにして、急いで歩きましょう」

 広い邸内は、浪士組が外に出払っているのか、昼寝をしているのか分からないが、人の気配がほとんどない。

『新撰組の拠点だから、もっとザワザワしていて賑やかかなと思っていましたが、気が抜けるくらい静かですね』

『私もここに入った時にそう思いました。門の警備もしているのか、いないのか分からない感じだし、時代劇だと城の門には鎧(よろい)をつけて槍を持った門番が2人立っているじゃない? ここは侍っぽい若い人が1人立っているだけで、後ろにおじいさん侍みたいのが1人いたけど居眠りしていたし』

 周りに誰もいないので、インターカムで小声とはいえ、2人はどうでも良い話をしながら邸内を早歩きする。

 いくつかの日本家屋の横を通り過ぎ、庭園を過ぎた奥まった庭から人の声がする。

『ナビゲーションだと、この辺なんだけど。 アッ! 江島さんだ! 尋問されてるの?』

 2人から見える、先にある庭では3人の浪士組が、後ろ手に正座をさせられた能力者、江島氏を取り囲んで何かをしゃべっている。

『打ち首にしようとしているんでしょうか?』

『分からないけど、急いだ方が良さそうね。ブラスターをスタンモードにして一気に制圧しましょう。攻撃する時はパーソナルシールドを切らなければならないから、揃えて同時に撃ちますよ』

 里穂の合図で、2人が同時にパーソナルシールドをオフにした。

 新撰組壬生駐屯浪士組の前に、突如現れた宮廷女官采女装束姿(きゅうていにょかんうねめしょうぞくすがた)を纏(まと)った2名の女性、片手にはブラスターピストルを構えている。

 浪士組の3人は、突如現れた里穂と亜香里に気がついたが、見たこともない高貴な衣装に驚き、声を上げる間もなく2人が発射するブラスターに制圧された。

「江島さん、救出に参りました」

 本居里穂が言い終わらないうちに、後ろから今まで居なかった浪士組が斬りつけて来る。

「危ない!」

 江島氏が叫ぶのと同時に、本居里穂は素早い体捌たいさばきで、剣を避けて前転した。横に居た亜香里がブラスターで浪士組を撃ち、浪士組は崩れ落ちるように倒れた。

「本居先輩、大丈夫ですか!?」

「衣装の裾がちょっと切れたけど、身体は無傷です。少し油断していました」

「今の音を聞きつけて残りの浪士組が集まってくるぞ。この縄を解いて下さい。2人とも急いで逃げましょう!」亜香里が江島氏に駆け寄り、手と足の縄を解く間に、他の浪士組がこちらへ向かって来る。

「おかしいなぁ『組織』の情報だと新撰組壬生駐屯の浪士組は全部で三十名のぐらいのはずなのに、どう見てもそれ以上の人数が向かってきてる? あっ! 鉄砲を持ってる人もいるし」亜香里が縄を解きながら不思議がる。

「江島さんの分のパーソナルシールド持ってきたので直ぐに装備して下さい。ブラスターとパーソナルムーブもお渡しします」里穂が素早く手渡す。

「ありがとう、とりあえず、全員シールドをオンで、撃たれたら帰れなくなるから」

 江島氏の指示で3人ともパーソナルシールドをオンにする。

 大勢の浪士組は、宮廷女官姿の2人と捕虜(江島氏)、倒された浪士の姿を見て戸惑い、3人から距離を置いて近寄って来ない。

「シールドをオフにしないとブラスターは使えないし、シールドを切ってからの攻撃だと、この相手の数だとリスクがあります」里穂が困った顔をする。


「シールドをしていても能力は使えるのですよね?」

「そうだけど、小林さん何か思いついたの?」

「スコットランドでのトレーニングが、同じような状況だったので、チョット試してみます」

 亜香里は一瞬、目を閉じたあと、自分たちと浪士組の間を指さし、小さな稲妻(ライトニング)を落とすと、浪士組たちは慌てて後ずさる。

「本当は必要無いのですが『私が稲妻(ライトニング)を落とした』と、見せつけるために指差しのジェスチャーをしてみました。これで少しずつ前に進めますから、江島さんと本居先輩は左右と後ろの対応をお願いします」

 亜香里は浪士組が後ずさった分だけ、稲妻(ライトニング)を前に落としていく。同じ事を繰り返すと浪士組にあなどられるかも知れないので、稲妻を落とす間隔は不定期にし、庭の大きな松の木に落としたり、池の水が全部跳ね上がるくらい大きな稲妻(ライトニング)を落として、浪士組を震え上がらせた。宮廷女官姿の亜香里が落とす稲妻(ライトニング)に、逃げ出す浪士組も出始めた。

 歩みを進めて行くと、屋敷の陰から浪士組が飛び出して来た。

 直ぐ横から飛び出して襲って来る者は、江島氏がチラッとその姿を見ただけで吹き飛ばされる。

 里穂と亜香里はそれを『ほぉー』と感心しながら見ていた。

(あの能力チカラは便利だなぁ、あとでコツを教えてもらおう)能力の向上には貪欲な亜香里、そんな簡単に次々と習得できるものではないのだが。

 門に近づいたところで、うしろから10人ほどの浪士組が出てきた。

「ここは、私がやります」

里穂は竜巻(トルネード)を起こし、出てきた浪士組を上空に吸い上げ、門の側にある池に全員落下させた。

 さすがの浪士組も見たことのない異常現象が続くと怖じ気づき、3人が門を出て行くとき、門の周りには誰も居なかった。

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