075 亜香里の初ミッション2
「小林さん行きましょう。京都へ着くまでにミッションの基本的なことについて説明します」本居里穂は椅子から立ち上がりドアへ向かい、亜香里はそれを追った。
ミーティングルームから通路に出て、里穂は向かいにある大きな扉を開ける。
亜香里も後ろについて行くと、初出社の夜に多摩川縁でUFOに連れ去られそうになったとき、本居里穂が乗って来たエアクラフトがスタンバイしている。
「本居先輩、これで京都まで行くのですか?」
「そうです。小さいけれど乗り心地は良いし、自動運転だからユックリ出来ます。『組織』のツールの中で一番のお気に入り。出発しましょう」
(『一番のお気に入り』と言うことは、2番目は何だろう?)亜香里は本居里穂の言葉が気になったが、これからミッションが始まるので、新人らしく質問は控えていた。
2人がエアクラフトに乗りこむと自動的に上部の透明フードが閉じ、光学迷彩とステルス機能が稼働し、機内の2人からも外が見えなくなった。
「光学迷彩が稼働中は外が見えないけど、上空で解除されれば見えるようになるから、それまでは仕方がありません。エアクラフトが都心を飛んでいるのが世の中に知られたら大変ですから」里穂はキョロキョロする亜香里に説明する。
外の様子は分からないが、エアクラフトが急上昇している感覚を亜香里は身体で感じ、座っている座席に身体が押し付けられる重力Gが強くなってきた。
「本居先輩、真っ直ぐ上に上がっていく感じがするのですが?」
「そう、その感覚で正解。一般の旅客機や軍用機と同じ高度で飛ぶと、いろいろ問題がありますから。かなり上昇してから水平飛行に移ると『組織』からは聞いています」
しばらくすると上昇のGがおさまり、そのあと強烈な横への加速Gが始まった。
(この加速もかなりキツイなぁ、いつ迄続くんだろう?)
亜香里がそう思っていると『フッ』と気が抜けたように横のGがなくなる。
「小林さん、三十分ほどゆっくり出来るので着替えをして、ミッション遂行の細かなところを確認しましょう」本居里穂は機内のストレージから自分と亜香里の着替えを取り出し、亜香里に渡す。
「えっ! またジャンプスーツなのですか?」
「ジャンプスーツは身を守るためのアンダーウエアよ。トレーニングの時にジャンプスーツの性能は体験済みでしょう? その上に行った先の世界に適合した着物を羽織れば、ジャンプスーツは自動的に色を変えて目立たなくなるから大丈夫」
「なるほど。この上に羽織る着物は、どういう身分なんでしょう?」
「スマートフォンに情報が届いています。宮廷女官采女装束姿(きゅうていにょかんうねめしょうぞくすが)ですって。でもこれで良いのかなぁ? 確かに『世界の隙間』の入口が京都御所にあるから、それなりの格好をしていないと、御所内で掴まってしまうけど、この格好で簡単に御所の外に出られるの? この姿の宮廷女官って天皇と直に接するくらいの役職だと『組織』のドキュメント情報に書いてあるから、勝手に外には出られないと思うのだけど」
「本居先輩、そこは何とか適当にサッサと出て行けば良いのではないですか? 外に出たあとに、再入場するときにはこの格好でなければ入場できませんし」
「それもそうですね。考えてみれば御所内外で移動が難しいところは、パーソナルシールドを光学迷彩モードにすれば問題ないですね。うっかりしていました」
2人はジャンプスーツを着てその上に、宮廷女官の服装(『組織』が作った一度に着ることが出来る簡易版)を着用する。
「このカツラと頭に乗せる小さなツリーみたいなものを被るのは、エアクラフトを降りる直前で良いですよね?」
「ウーン、これは頭にくっつけるタイプだから、着陸する前に髪をまとめて、被れば良いよ」
2人とも身支度を済ませて、『組織』からスマートフォンへ送信されてきたミッションの情報をザッと読んでみる。本居里穂は『フンフン』と言いながら読み進めるが、ミッションが初めての亜香里は『ウーン』と唸りながら読み進まない。理解できない内容が多々ある。
「どう? ミッションを遂行するイメージは湧いてきた?」
「何故、能力者が『新撰組』に掴まって、逃げ出せないのかが疑問です」
「そこ? そこが疑問ですか? まあそこは置いておいて、救出の段取りについて本居案を説明します」
本居里穂が考える救出の手順を説明する。
1)京都御所、春興殿(しゅんこうでん)の裏の木陰にエアクラフトが到着。光学迷彩のまま放置。
2)パーソナルシールドを光学迷彩モードにして紫宸殿(ししんでん)に入り『世界の隙間』の江戸幕末期へ飛ぶ。装備はブラスター、ライトセーバー、インターカム、パーソナルシールド、パーソナルムーブ。
3)御所を出て、能力者が捕らえられている『新撰組』のアジトへ直行する。
4)移動を邪魔する者はブラスター(スタンモード)で排除。
5)敵対する者が多数の時は、能力(竜巻・稲妻)で威嚇する。
6)能力者を救出後、速かに帰還。
「内容は分かりました。パーソナルシールドとパーソナルムーブは使ったことがないのですが」
「そうか、トレーニング中は使わないから初めてよね。小林さんにも支給済みのスマートウォッチにパーソナルシールドの機能があります。ミッション中はスマートウォッチのメニューが変わり、タップするとメニューにシールドが出てきます。今回はミッション中ずっとシールドを張るので、エネルギー切れにならない様にエネルギーバングルも付けておいてください。これを身につけておけば『組織』の装備がエネルギー切れになる心配はありません」
「パーソナルムーブは、スケートボードの板だけの様なものです。映画が好きな小林さんなら『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の未来編に出てきたホバーボードって言えば分かりやすいかな? アレより数倍便利で、一旦乗れば止まるまでボードから落ちることはないし、思った方向に好きなスピードと高さで進むことが出来ます」
「よく分かります。パーソナルムーブは御所から新撰組の拠点までの移動で使うと思うのですが、最初からエアクラフトでそこまで行けば早いのではないでしょうか?」
「『世界の隙間』を行き来出来るのは、今のところ能力者と能力者が所持できるものだけなの。エアクラフトごとあちらの世界に行けると、ツールや食べ物を持って行けて便利なのだけどね。パーソナルムーブは、これです。これだと持って行けるでしょう?」
本居里穂が言うとおり、スケートボードの板部分と同じモノが渡される。
「おお! これはマイケル・J・フォックスが乗ってたホバーボードですよ。トレーニングでライトセーバーを手に取ったとき以来のワクワクです。『組織』の開発者って映画好きなのですね?」
「映画好きかどうかは分からないけど、SF映画って『あったら良いな、便利だな』ってものを映像化するじゃない? 『組織』にはそれを作る技術と資金があるのだと思います。そろそろ京都に着くから装備をしましょう。御所に着陸したら直ぐに装備を持ってパーソナルシールドを光学迷彩モードにしてからエアクラフトを降ります。後はさっき言った手順で動きますので着いてきてください。ただ光学迷彩モードの時は、お互いに見えない状態が続くから、インターカムで常時、居場所を確認しながら動いてください。注意しないとお互いにぶつかったりしますから。『世界の隙間』に入ってからは、紫宸殿-(徒歩)-
「能力者を救出して帰るときは歩きですか? それと救出する能力者の事を聞いていないのですが」
「そうだ! 救出者用のパーソナルシールドとパーソナルムーブを持って行かないと。気がついてくれてありがとう。救出する能力者のことは、言っていなかったっけ? 研修センター統括の江島さん、知っているよね?」
「エェッ! 能力者補に認定されるとき、3Dホログラムでお会いしました。ベテランの能力者ですよね? 何故、そんな能力者が新撰組に掴まっているのですか?」
「私も最初にこれを聞いたとき『なんで?』と思いました。能力者のチカラと装備を持ってすれば、新撰組を無力化するなんて『赤子の手をひねる』より簡単でしょう? どのような経緯があったのか分からないけれど、江島さんは一人で『世界の隙間』の江戸幕末へ行き新撰組に掴まった、までの連絡しかなくて『組織』との連絡は途絶えているとのことです」
「今回、ミッションの難易度はそれほど高くないけれど、現地の状況でところどころ不明なところがある分、初ミッションの小林さんは戸惑うかも知れません。ただ相手が刀や単発の銃で攻撃してきても、こちらはシールドを張りっぱなしで、ライトセーバーとブラスターがあるし、パーソナルムーブに乗って逃げることも出来るから、危険性は無いと考えています」
打ち合わせをしているうちにエアクラフトの光学迷彩が起動し、窓の外が見えなくなり、シートベルト着用のサインが出てしばらくすると着陸の軽い振動が座席に伝わってきた。
「到着しました。これからミッションを遂行します」
「承知しました。足手まといにならないよう、頑張ります」
2人ともカツラを被り装備品をチェックして、パーソナルシールドを光学迷彩モードにセットし、エアクラフトから御所内に足を踏み入れた。
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