初ミッション

074 亜香里の初ミッション1

 亜香里が未だ熟睡している午前6時。

 会社配布『組織』仕様のスマートフォンから、大きな呼び出し音が鳴り響き、亜香里はビックリして寝ぼけたままスマートフォンを探し、慌てて呼び出し音を切ってしまう。

「間違えて切っちゃった、誰?」履歴を見ようとしたら、再びコールが入る。

「はい、小林です。本居先輩? 先ほどは間違えて切ってしまいスミマセン。朝早く、どうしたのですか?」本居里穂の話によると、昨晩『組織』から定期的な『仕事状況』の確認メッセージが入ってきたそうだ。当然『大忙し』と答えたとのこと。

 すると、今朝早くミッション依頼の連絡があったらしい、亜香里込みで。

「本居先輩、毎日残業続きの仕事は、どうするんですか?」

「仕事は一人でやるわけではないから、他の誰かに割り振ってもらいます。表向きは『日本同友会』の急ぎの用事が出来たことにしてもらいます。会社には『小林亜香里さんと一緒に現場へ直行』って連絡しておくので、小林さんから会社への連絡は不要です。8時になったら私の部屋へ来てくれますか? 一緒にミーティングルームへ向かいます」

「分かりました。何か用意していくものとかありますか?」

「新入社員研修でのトレーニングを思い出してもらいたいのだけど、トレーニングの時に何か自分のものを持って行きましたか?」

「(アッ! そっかー、逆に自分のものは持って行けないんだ)思い出しました。裸一貫で行きます」

「まあそう言うことだけど、裸で私の部屋には来ないでね。他の人に見られたら変な風に思われるから」

「はい、普通の服を着て『組織』から支給された3点セットを忘れずに持って行きます」

「上等、上等。IDカード、スマートフォン、スマートウォッチね。では後ほど」

 電話を終え、テンションが上がる亜香里。(初ミッションだ! チョット、ワクワクする。何かと戦うのかなぁ? 本居先輩が竜巻(トルネード)だから、私の稲妻(ライトニング)と併せて、風神雷神セット?)自分を勝手に神様にしている亜香里。スコットランドの無人島に、亜香里の銅像があるのかも知れない。

 いつもの亜香里が動き始めるには早い時間であるが、ウキウキしてしまい(遠足に行くのではないのだが)、普段着に着替えて1階の食堂へ降りて行く。

 いつも朝が早い詩織が朝食を取っていた。

「どうしたの? 亜香里がこんなに朝早くから起きてくるなんて。5月の都内に雪でも降るのかも」

「いえいえ詩織さん、私はこれからミッションです。寝ていられますか?」

「へぇー、そうなんだ。で、何処に行くの?」

「分かりません。このあと本居先輩とミーティングルームへ行けば分かると思います」

「ふーん、『組織』のミーティングルームって何処にあるの?」

「何処にあるのでしょう? 本居先輩が連れて行ってくれるみたいだけど」

「初ミッションなので無理をしないようにね。私は普通に出社します。じゃあね」そう言って詩織は食堂を出て行くが、未だ午前7時前。

(早めに出社するにしても、未だ1時間以上あるのに詩織は何をするのかな?)亜香里はいつも以上に気合を入れて、朝食を食べながら考えていた。

 朝食を終え食堂を出た詩織は地下のジムへ降りて行く。詩織は能力のセルフトレーニングを行うため、朝食後はジムへ行くのを日課にしていた。


「初ミッションだし『腹が減っては戦ができぬ』よね」

 普通でも一般女子の割増しの量を食べる亜香里だが、今日は気合いが入り朝から、ご飯3杯食べていた。

 そんなに食べたら身体が重くなって、動きにくくなると思うのだが。

「チョット食べ過ぎたかなぁ、お腹がきついよ。時間があるから健全な、お通じで何とかしよう」エレベーターで5階に上がり、多目的室でジュースを取って自分の部屋に戻る亜香里であった。


 亜香里はミッションに行く準備を済ませ(といっても普段着のまま3点セットを持っただけだが)、ワンフロア上の本居里穂先輩の部屋を訪ねた。

「601号室? 考えたら私の真上だったんだ。エェッと一応、寮だから呼び鈴とかは無いよね?」

 建物全体が『組織』の施設なので、亜香里たちが『寮』と呼んでいるフロアも全く会社の寮らしくないのだが、入っている本人たちはこの寮しか知らないので、違和感を覚えていない。

 亜香里は601号室のドアをノックすると直ぐに、本居里穂がドアを開けて出て来た。

「行きましょう!」

 二人でエレベーターホールへ向かう。

 いつもの通り何の表示も無く、行き先ボタンも無いエレベーターに本居里穂に続き亜香里も乗り込んだ。エレベーターのスキャナーに3点セットのどれもかざしていないのに、エレベーターの扉が閉まり上昇を始める。

「スキャナーにタッチもせずに、エレベーターが動き始めるのは初めてです」

「『組織』のシステムがカメラで監視していますからね。これからミッションに向かう能力者に面倒なことはさせません」

「そうなんですか? なんだか少し偉くなった気がします」めんどくさがり屋の亜香里は、身に付けているスマートウォッチのスキャニングも煩わしいと思っていたので、ちょっと得した気分である。

 エレベーターが止まり、扉が開くとフロアには9Fの表示。里穂がエレベーターを降り、亜香里はそれに続いた。

「9階は初めて降りました。ここは『組織』の設備なのですか?」

「小林さんをUFOから助けた時に到着したところです。言ったような気もするけど、ここの建物全部が『組織』の施設ですから。私たちはその施設に、会社と『組織』と自分自身の利便性を考えてここに居るだけです。まあそう言ってもみんなと一緒なのは楽しいけどね」

 ランプが点滅する部屋に入る。部屋の中は小会議室のしつらえで10名程が座れるラウンドテーブルと椅子、壁全面にディスプレイが設置されている。

 2人が椅子に座ると、ディスプレイにビージェイ担当が現れた。

「本居里穂さん、小林亜香里さん、おはようございます」

「これからミッションについて説明します。今回は『世界の隙間』に行ったままの能力者の救出です」

「小林さんは初めてのミッションで、いきなり『世界の隙間』に行くのはハードルが高いのではないでしょうか?」本居里穂が、怪訝そうな表情で聞く。

「本居さんの疑問は、もっともだと思います。ただ小林さんは今までに2度『世界の隙間』に行ったことがありますので、本居さんが付いていれば大丈夫だと判断しました。これから説明しますが、行先も危険なところではありません」

(小林さんは『世界の隙間』に2回も行ってたっけ? 新入社員トレーニングビデオにはそんなシーンもなかったし、見落としたのかな?)本居里穂は疑問点を後で亜香里に聞く事にして、ビージェイ担当に返答する。

「これから向かう『世界の隙間』のリスクは低いとのことですので、それについては説明の中で伺います。ミッションの説明をお願いします」

「それでは物理的な行先と、時間的な行先、状況について説明します」

「行先は日本国内、京都です。時間的な行先は江戸幕府の終わる頃、明治維新直前です。お二人とも受験で日本史を取られていますし、映画やドラマに何回も出てきていますから、当時の状況は大体ご存知だと思います。今回のミッションでは『世界の隙間』の入口がある京都御所からあちらの世界へ行き、幕府側、歴史でよく出てくる通名『新撰組』に捕らえられている能力者を助け出してください。概略の説明は以上です。詳しい内容はスマートフォンへ送信済みです」


 亜香里は(エッ! 海外じゃないの? おまけに幕末の京都?)ちょっと期待外れだったが、疑問に思うことを聞いてみる。

「ビージェイ担当、先程、本居先輩の質問に『行先はそれほど危険なところではない』と説明されましたが、幕末の京都で新撰組を相手にするのは危険度がMAXじゃないですか? 相手は自分がいつ死んでもいいくらいの勢いで向かってきますよ?」

「小林さんはミッションが初めてなので、そのような不安を持たれるのかもしれませんが、トレーニングの時とは異なり『組織』が保有するあらゆるツールを準備して安全にミッションを行っていただきますのでご安心下さい。当然ですがお二人の能力も存分に使ってもらいます。ツールの種類と使い方については本居さんから指導を受けて下さい、OJTですので」

「ビージェイ担当、概略了解です。ミッション期間と行き先への移動方法を説明して下さい」本居里穂が説明を促す。

「ミッション期間はこちらの時間で今日と明日の2日間を予定しています。場合によっては3日間かかるかも知れません。ここから京都御所への移動はエアクラフトを使用して下さい。必要な機材は積み込み済みで、スタンバイしています」

「質問がなければ、ミッションを開始して下さい」ビージェイ担当を映し出していたディスプレイがフェードアウトした。

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