061 寮の特別プログラム2

「今日、この特訓が始まって何日目?」

 地下5階での特別プログラムが終了し、遅い夕食を5階の多目的室で食べ終わり、お茶を飲みながらダラっとする亜香里たち3人。

「今日で4日目です」

 亜香里のボケた質問に、優衣が真面目に答える。

「マジかー。他の新入社員も、こんなに知識を詰め込んだとは思えないんだけど」

「うちらは『組織』のトレーニングで日にちの感覚が無茶苦茶だったから、研修期間が短く感じられたのではないの? 他の新入社員は勉強する時間がわりとあったと思うよ。正味二十日間の研修だったでしょう? うちらが机に座って勉強したのは最初の週のチョットと、あとは毎週月曜日の午前中だけだったからね」

 詩織の分析的な説明に納得する亜香里。

「それなら、この特別プログラムに文句は言えないかな? 短期間で3つ資格が取れたし」

「そうですよ。私たちの頑張りもありますが、生命保険募集人資格、損害保険募集人資格、証券外務員資格は二種ですが短期間で取れたんですから。チョット疑問に思うところもあるのですが…」

「何が疑問なの? コンピュータでチャッチャと点数が取れたから、合格でしょう?」

「詩織さん、不思議に思いませんでしたか? 損害保険と証券外務員の試験はプロメトリックのコンピュータ試験ですから、ここの地下5階での受験も分かるのです。試験を委託されている会社と『組織』がオンライン契約を結んでうまくやれば試験を受けられると思うのですが、生命保険は別でしょう?」

「優衣知らないの? 最近、生命保険の資格もCBT(Computer Based Testing)化されたんだよ。プロメトリックで受験できるよ」

「そうなんですか? その情報は知りませんでした。了解です」

「会社が絶対に取っとけ、っていう資格はとりあえず取ったから、あとは残る座学を受ければ良いのかな? このほかにも何か取得したり、覚えなきゃならないものって、あったっけ?」

「ないんじゃない? 社歌とか?」

「詩織さん、社歌を歌えるんですか?」

「歌えるも何も、聞いたことがないよ」

「ですよねー、あと何か取っておいた方が良いのは、簡単な国家資格とか?」

「優衣、そんなのあるの?」

「玉掛け? とか」

「何それ?」

「クレーン車がワイヤーに荷物を吊るして運ぶとき、それをセット出来る資格です。講習会に出れば取れる国家資格だそうです」

「ふーん、保険会社勤務の私たちがそれを取ってどうするの?」

「ワイヤーのセッティングが出来るので、もしも亜香里さんが暴走した時に縛るとか… アーッ、痛いです! 冗談です。久しぶりでもそれは痛いです。やめて下さいぃ」

 寮に来てから初めての亜香里から優衣への熱の入ったショルダークロウ。なぜか直ぐにやめる亜香里。

「座学が続いて、運動不足で筋力が落ちたのかな? 詩織は毎晩、地下のジムへ行ってるの?」

「マシンは毎日じゃないけどプールは毎日行ってるよ。とは言っても2キロくらいしか泳がないけど」

「あの深ーいプールで? そんなに長く泳いで疲れない?」

「30分も泳いでいないから、そんなに長くないよ」

「詩織さんは、ユックリ泳いでいるのにすっごく早いんです。水泳部の選手だった人はスピードが違います。私なんか休み休みに泳いでいますから、同じ時間で1kmも泳げませんよ」

「優衣も泳いでいるの? ここのプール、深くて怖くない?」

「泳いでいる限り、溺れません」

「それはそうだけど… 初日に溺れそうになったら少しトラウマがあるのよね。そうだ! マシンをやろう! 今から行かない?」

「良いよ。今日も行くつもりだから、優衣も行く?」

「亜香里さんと、ジムに行ったことないので楽しみです」

「じゃあ、地下2階のジムに集合しましょう」


 亜香里がジムに入ると、詩織と優衣がスミスマシンで、ベンチプレスをやっている。

「いきなり筋トレですか?」

「最低限のストレッチはやりました。筋トレ前の過度なストレッチはパフォーマンスが落ちるからほどほどにね。優衣、あと5キロ増やそうか?」

 優衣が珍しく、額の横に青筋を立てながら

「この重さで十分です! あと1セットですよね?」

 言い終わると、バーベルを上げ始めた。

「随分、本格的だけどプログラムを組んでるの?」

「優衣が『身体の大きさは変えられないけど、鍛えれば筋肉は裏切りません』って、カッコいいこと言うから、トレーニングプログラムを組んでみました」

「ベンチプレス終了、次はシットアップです」

 優衣はシットアップベンチをデクラインにして、バーベルのウエイトを持ちながら腹筋を鍛え始めた。

「私は何やろうかな? 急に筋トレはキツいから、とりあえず走ろう」

 亜香里はトレッドミルで傾斜をつけて走り始める。

 十五分ほど走ったところで『久しぶりに走って血が巡る』と言いながら、ノーアシストでチンアップを始めた。

 詩織は隣でバーベルスクワットをやっている。セットブレイクの時に、横でチンアップを続けている亜香里に聞いてみた。

「アシスト無しで、懸垂? 何回くらいやるの?」

「その時の気分で、適当に」

「優衣が亜香里のショルダークロウを痛がるわけだ。その力が稲妻の源(みなもと)なのかな?」

 亜香里は、チンアップを続けながら答える。

「最近、何かをグッと握ると、それが金属でも曲がる感じがするのよね。この動作は自分を引き上げるから良いのだけど、バーベルとかは棒が曲がりそう」

「亜香里はハルクになったの? そういうチカラもありなの?」

「筋力そのものが強くなった感じはしないから、能力の何か? スプーン曲げみたいな?」

「亜香里さんは、ユリゲラーになったのですか?」

「優衣、肩凝ってない? ちょっと強めに揉んでおこうか?」

「それは勘弁です、でもどうしたんでしょう? 亜香里さんだけ、どんどんチカラが強くなっていく気がするんですけど?」

「優衣や詩織はどうなの? 研修センターのトレーニングが終わってから、変わったところはないの?」

「私は、心(こころ)が少し読めるようになったのかも知れません。例えば、今、亜香里さんはさっき夕食を食べたばかりなのに『またお腹が空いてきた』とか思っていませんか?」

「優衣、それだったら私でも分かるよ、いつものことだし。 私はこの前、ミレニアムファルコンに乗船するときに偶然出来た瞬間移動(テレポーテーション)かな? コツというかタイミングが少し分かってきた気がする。変なところに行かないように気をつけながら練習していますよ。あとは剣かな? 『組織』のライトセーバーを持ったら切れないものがない気がする。この前、優衣んちで真剣を持った時もヤバかった、何でも切れそうで」

「キなんとか、に刃物ですか? 詩織さん、それはそれで危ない人です」

「今度、優衣んちに遊びに行った時、白い浴衣着て、ゴザの上で正座して待っていてくれる? 前にバケツか何か置いといて」

「詩織さん、それって打ち首じゃないですかぁ? 前言撤回します。詩織さんは危ない人ではありません。優しいナイスバディの美人さんです」

「優衣は、チョット余計な言葉が多いんだよね『優しい』以降の修飾する単語は要らないから」

「承知いたしました、しっかりと肝に銘じます」優衣は神妙な顔をしていた。

 3人は三十分ほどトレーニングを続けたあと、詩織の『プール行こう』の掛け声でロッカールームへ行く。

 水着に着替え、階段を下りてプールへ。

 亜香里は最初『溺れるから無理』と言っていたが、優衣から『ミッションに潜水活動はつきものですよ』と根拠のないことを言われたが、その気になり『じゃあ、やる』ということになった。

「初日に来て以来だけど、この深さは異常ですよ。一部(実際は半分)とは言え、何で水深が十メートルもあるの?」

「まあ、深いと言えば深いね。都内で本格的にスキューバを練習するプールでも、一部の深さが5メートルくらいだから」

「でしょう? まあ『組織』の設備だからで仕方ないよ。ではトラウマ克服のために泳ぎますか」

 亜香里は、今回は用心してプールのハシゴを使って水に入る。

 詩織と優衣は適当に『ドッボーン』と足から垂直に切り込むように飛び込む。

 2人は泳ぎなしで、最初にどこまで身体を沈められるのか、毎回競争をしているらしい。

 しばらくして、2人が浮上してくる。

「3メートルくらいは沈むのですが、毎回、詩織さんに勝てませんね。私の方が軽いからですかね?」

「体積が大きい分、私の方が水の抵抗は多いよ」

「そうですよね、何でだろう?」

「水や空気の抵抗がなければ、大きさや質量に関係なく落下速度は同じだと習ったでしょう? だからここで影響するのは落下する際の水の抵抗と、あとは浮力かな? なるべく水の抵抗を受けない姿勢を取れば深くまで沈めますよ。泳ぎも同じで腕や足の推進力は必要だけど、進む方向に対して自分の身体が邪魔にならない姿勢を保てば楽に泳げるの。優衣は呼吸の時に少し頭を上げ過ぎるから、アゴだけを水面に出す感じで呼吸してみて。ゴーグルは片目が水中から出ないくらいに首の捻りを抑えて」詩織のアドバイスで泳ぎ始める優衣、昨日までと比べてスピードが上がっている。

「ほんとです。同じ様に泳いでいるのに、早く泳げるのが分かります」

 亜香里は優衣の泳ぎを見ていて、自分もやりたいと思い始めた。

「詩織、私にも教えて」

「じゃあ、ちょっと泳いでみ」

 亜香里が二十五メートルを泳ぎ始める。今までスイミングスクールに通ったり、小さい頃から水に親しんでいる人の泳ぎではない。

(亜香里って運動神経は良いのに意外ね。水泳は初級者? いや初心者? どこから教えれば良いのかな?)

 二十五メートルを泳ぎ終わった亜香里は、反対側のプールの縁に掴まっている。

「こっちはそっちみたいに深くないみたいだけど、やっぱり足が着かないよぉ」

「泳いで戻っておいで」

 詩織に声を掛けられて『久しぶりに泳ぐからキツい』とか言いながら、バシャバシャ泳ぎながら戻ってきた。

 戻ってきてハアハア言う亜香里に詩織が言い放った。

「亜香里がミッションで溺れたりしたら大変だから、頑張って泳力を上げましょう。サポートします」

「まず、泳ぐ姿勢『けのび』の練習、ストリームラインを作ります」

 詩織の水泳部仕込みの短期集中トレーニングが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る