062 寮の特別プログラム3

 ゴールデンウィーク4日目から『組織』の特別プログラムに加えて、夜は詩織による亜香里への水泳特訓が始まった。

 亜香里はバテバテ。

 プールサイドにあるキャンバス地の寝椅子で寝てしまいそうな勢い。

「今日、この特訓が始まって何日目?」

「『組織』の特訓は6日目で、プールの特訓は3日目です。亜香里さん、一昨日も同じ事を聞きましたよ」

「疲れすぎて忘れたよ。でも講義の雰囲気的には『組織』の特訓もそろそろ終了ね。ロンドンに行けるのかな?」

「そう言えば、ビージェイ担当が、最初にそんなこと言ってたっけ。でも考えてみたら無理じゃない? 今年の連休は長かったけど、お休みはあと3日でしょう? 3日でロンドン往復は出来なくはないけど、向こうに居る時間が足りません」

「詩織さん、分かりませんよー」 優衣がニヤッと笑い、詩織と亜香里もつられる。

「「「『 組織 』だから!!!」」」

「明日に期待しましょう! ところで詩織コーチ、私の泳ぎは少しは良くなりましたか?」

「最初のバシャバシャ泳ぎからすると、ずいぶん良くなったよ。亜香里は元々運動神経とバランス神経が良いから。今までチャンと水泳を習って無かっただけでしょう? クロールだったら大丈夫。いくらでも泳げそうでしょう?」

「いくらでも、とは言わないけど2~3百メートル泳いでも息は上がらないかな? あとはスピードね。詩織の教え方が上手いから、キャッチ - プル - プッシュ - リカバリー の力の入れ方と抜き方が良く分かりました。あとストリームラインのキープね。最初に『けのび』ばかりやらされたときには、ダメかと思ったけど」

「亜香里さんは腕の力が半端ないから、横で泳ぎながら見てても、プル-プッシュの強さがすごいです。ヒトカキで、グイッって身体が前へ進むのが分かります」

「そうぉ? お褒め頂き恐縮です。でも個人メドレーの選手だった詩織はともかく、優衣も4種目泳げるとは、いろいろなワザを持っているエルフだなぁ。研修センターで能力者補になる前に滝壺に入るとき『泳げない』て言っていなかったっけ?」

「亜香里さん、エルフの名称はもういいでしょう? それとあの時は変な所だったじゃないですか? プールだったら大丈夫です」

「じゃあ、プールの幼女で」

「それは、絶対嫌です!」

「時間も遅いから、上がって寝ますか?」

 詩織がいつもの通り、二人の口を封じるように言う。

「「了解」」


 通い慣れた(と言っても同じ建物だが)地下5階のいつもの部屋に5人は着席していた。

 時間は午前9時ちょっと前。

 ビージェイ担当が現れるのを待っている。

「萩原さん、加藤さん、昨日、詩織たちと話したんだけど、ビージェイ担当はこの特訓が順調に進めば、ロンドンに行けると言ってましたよね? 今日も含めて連休はあと、3日しかないけど」

 亜香里は昨日、3人で話したことを男子に聞いてみる。

「昨日の夜、同じ話を悠人と話していたんです『時間的に無理じゃない?』って悠人は言うけど『組織』だから有りじゃないかと思うんです。研修センターの最後のトレーニングで北アフリカから帰ってくる時、めちゃくちゃ早かったじゃないですか? 旅客機が飛べない高高度で飛べますから。あれだったら世界中どこでも片道3時間もかからないですよ」

「それだったら、新幹線の東京=大阪間ぐらいだから日帰りもありですね。期待しよう」


 前方のスクリーンに、ビージェイ担当が現れる。

「みなさん、おはようございます」

「特別プログラムも7日目となりました。このプログラムでみなさんが頑張った資格取得は取り終え、そのほか仕事に必要な知識も身につけて頂いたかと思います。ここで学んだことを確認する意味も兼ねて、午前中はテストを行います。午後はテスト結果の確認と解説を行います、みなさんのテスト結果に問題がなければ、夕方ここを出発してロイズ保険組合の見学を予定しています」

みんな『グーッ』を突き上げて、喜ぶ。

「テスト結果に問題があれば、どうなるのですか?」

 優衣が、チョット気になるという顔で聞いてみた。

「そういうことは無いとは思いますが、これまでのプログラム内容の理解度が著しく低い場合には、残り2日で再度特訓となります。今回の特訓の目的は、能力者補のみなさんがこれからミッションに参加する前提として、問題なく会社業務が遂行出来る基礎知識を得ることです。会社の業務が滞れば、ミッションの割当ても難しくなりますので」

 顔を見合わせる亜香里たち。

「仕事をする、出来る、というのは社会人の基本だから、当然ですね」悠人の言葉に一同、頷く。

「テスト結果が悪かったら、再特訓を受ければ良いんでしょう? ロイズがなくなるわけではないから、その時は次の機会に行けば良いのよね『組織』の速い飛行機で」

 亜香里の楽観的な発言に、他の4人は慣れっこなのでスルーする。詩織が付き合い程度に『そだねー』と答えた。


 午前中の試験が終わり、昼食を挟んで地下5階に集まる5人。

「ちょっとドキドキしませんか? 自分だけ再特訓とか言われたら、とか」

「優衣、あまりできなかったの?」

「一応、一通り分かったつもりで回答したのですが、大きな勘違いとかあったら、イヤだなと思ったものですから」

 前方のスクリーンに、ビージェイ担当が現れる。

「みなさん、午前中の試験はお疲れ様でした。今から、みなさんの試験結果をこちらに映します」

 スクリーンに、試験内容ごとの5人の試験結果が、グラフで表示される。

 生命保険、損害保険、証券、一般法務、会社法、アセットマネジメント、リスクマネジメント、コンプライアンス、その他関連事項… 。


「みなさん、既に資格を取られているので、保険関係はハイスコアですね。そのほかの項目は得意不得意があるようです。例えば小林亜香里さんは法律関係のスコアは良いのですが、マネジメント関係がかなり低いようです。全ての項目の点数を単純に合計していくと、再度特訓となってしまいます」

「ああ、私だけ、ここに居残りですね、分かりました…」

 試験が始まる前は楽観的な発言をしていたが、結果を発表されると悄気(しょげ)る亜香里。

 ビージェイ担当の話は続く。

「ですが、社会人経験がほとんどない新入社員に、杓子定規(しゃくしじょうぎ)のマネジメント能力を求めるのは酷だろうという一部の意見もあり、今日の夕方から5人全員でロイズ保険組合の見学へ行くこととなりました。ちなみに他の4名の方は及第点が取れています」

「「「「「 やったー!!!!! 」」」」」

「亜香里、良かったね! お留守番にならなくて」

「うん、少し複雑な気持ちがしないでもないけど、みんなと行けるのはうれしい!

 ビージェイ担当、ありがとうございます。今の話で『一部の意見もあり』とのことですが差し支えなければ、その辺のところをお聞かせいただけませんか?」

「わかりました、今回の特訓は『組織』が主催する会社業務のための特別プログラムという、内容は会社業務の講習ですが主体はあくまでも『組織』です」

「これから行っていただくロイズ保険組合の見学ですが、これも『組織』が実施しますので、薄々気がついた方もいるかも知れませんが、今日の夕方から2泊2日の『組織』のトレーニングとなります」

「「「「「 エエーッ !!!!!」」」」」

「ロンドン見物、いや見学ではないのですか?」何とかロンドン見物に行けそうと喜んでいたのに、どうして? と思う亜香里。

「小林亜香里さんの質問に全部答えていませんでした。先ほど申し上げた『一部の意見』を言われた方は、このトレーニングをイギリスで行う高橋氏です。高橋氏が今回の試験結果を見て『小林亜香里の点数が低いですね。でも彼女が入らないと、私が考えるトレーニングプログラムに抜けが出るから彼女も連れて行きましょう。その代わりにロンドンはパスして、イングランドではなくスコットランドに直接行くことにします』というのが、先ほど申し上げたことです。よろしければ、試験項目ごとに、問題と回答の解説を始めます」

 研修センターでのトレーニングが終わって、しばらくは会社でのお仕事と思っていた5人だが、初出社日の直前に2泊2日の弾丸トレーニングが実施されることを聞いて、言葉が出ない。

 ビージェイ担当の問題と回答の解説も、上の空で耳に入らない5人であった。

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