特別プログラム
059 寮の特別プログラム 開始前日
亜香里たち3人は大げさに手を振りながら、研修センターをあとにした。
「
亜香里のどうでも良い、セリフ付き。
悠人と英人は、先に研修センターから退出したようだ。
3人はいつものように駅まで歩き、電車でターミナル駅を乗り継いで優衣は自宅の最寄駅で降り、亜香里と詩織は『組織』の寮がある駅で下車する。
「自宅からの直線距離は遠くないけど、この駅で降りるの初めてです。割と静かなところね」亜香里は改札を出て第一印象を語る。
「随分前に来た事があるけど、何しに来たのかを覚えていないくらい印象のないところね。さっき配られたスマートフォンで確認したら、あの公園の裏にあるマンションみたいなのがおそらく寮だと思うよ。2棟あるのは男子用と女子用かな?」
「駅から近くて安心しました」自分の寝坊で、朝からダッシュで出発する頻度の多い亜香里は一安心。初出社の前から、寝坊前提で出勤を考える新入社員は余りいないと思うのだが。
駅から歩いて5分もかからずに寮の玄関に到着した。
「5分かぁ、公園の中を突っ切れば3分も可能ね」
「亜香里ぃ、朝から公園で転んで出直しになるよ。ギリギリまで寝なければいいんじゃない?」
「睡眠は大切です」自信満々に言う亜香里を見て(亜香里に言うのが無駄だった)と思う詩織である。
エントランスにICカードリーダーとディスプレイが設置されていた。ディスプレイに『入館する全員のカードをかざして下さい』との表示されている。
「全員ってどういうこと? 誰かのカードをかざせば開くのでしょう?」
亜香里は自分のカードをかざしてみるが、自動ドアは開かない。
横に広いカードをかざすエリアに、詩織もカードをかざすとドアはすんなりと開いた。
「なるほどぉ、おそらくだけど監視カメラが入館者数を読み取っていて、人数分のカードをかざさないと開かない仕組みなのね。『部外者はお断り』仕様かな? こういうところは『組織』らしいね」
ロビーに入ると、大病院にある受付端末に似たものが3台並んでいる。
2人がそれぞれ端末にカードをかざすと、端末のディスプレイに案内が出てきた。部屋番号のみの案内で、亜香里が501号室、詩織が502号室だった。
「とりあえず、部屋へ行ってみましょう」
ロビーの奥にエレベーターが2基あるが、呼び出しボタンは無い。直ぐに左側のエレベーター扉が開いた。
2人がエレベーターに乗ると行き先階ボタンは無く、あるのはカードリーダーだけ。亜香里がカードをかざしてみると扉が閉まりエレベーターが上昇を始めた。
「ここは全員のカードを、かざさなくても大丈夫なのかな?」
「亜香里と私が同じ階だからかな。違う階だったらその人ごとにカードをかざさないとダメだと思う。でもエレベーターの中で今何階にいるのかの表示が無いのは、不親切すぎない?」
「迷いますね。自分の部屋以外の階へ行くときは、どうするんだろう?」
亜香里が素朴な疑問投げかける。
「『組織』の施設だから、何かやり方があるんじゃない?」
エレベーターが止まり、扉が開く。正面の壁に5Fの表示、エレベーターホールの横に広いガラス張りの部屋がある。
中は研修センターのトレーニングA棟のホールにあるものと同じテーブル、ソファー、冷蔵ケース、コーヒーマシン、更衣室にあったものと同じマッサージチェアまである。
「なるほど、トレーニングA棟のホールに什器備品が欲しいと言ったとき、直ぐに対応してくれたのは、ここがあったからかぁ。同じものを備えれば取りあえず足りると思ったのね」詩織は深く頷いた。
亜香里は部屋に入り、さっそく什器備品をチェックする。
「ここに料理を作ってくれる機械があるよ。使い方はわからないけど」
冷蔵ケースの隣に白くて大きな家電製品があり、真ん中の部分に大きな扉、その上にカードリーダーがあるだけだった。
「何で、これで料理が出来るの?」
「SF映画で、こういう機械に『ステーキとポテト』って頼むと、直ぐに料理が出てくるのを見たことがあります」
「それは無いのでは? ここは宇宙船ではないし」
後でわかるが、亜香里の言うことが当たらずしも遠からずの機械である。
施設探検をしているといつまでも自分の部屋に入れないので、切り上げてそれぞれの部屋に入ることにした。
「ミレニアム号でたくさん食べたから、あまりお腹が空いてないね」
「詩織と同じくと言いたいところだけど、だんだんお腹が空いてきた。部屋の中を一通り確認してから、どうするか考えます」
「了解」
亜香里はカードリーダーでロックを解除して部屋に入ると灯りが点き、ベッドの向かいの壁に埋め込まれたディスプレイにAIキャラクターが現れる。
亜香里は、まず部屋全体を確かめてみることにした。
レイアウトは、一人用アパートメントホテルのような間取り。
入って直ぐ短い通路があり、そこの片側はバスルームのドア、反対側は小さなキッチンと冷蔵庫、ドラム式ランドリー、通路を抜けた部屋にはダブルサイズのベッド、ウォークインクロゼット、ソファーとテーブル、窓際には机と椅子。
ディスプレイの前に立つとAIキャラクターが話を始める。
「初めまして小林亜香里さん、私はこの施設を運営管理するシステム、CK(シーケイ)と呼んで下さい、この施設で不明な点は何でも聞いてください」
「じゃあ最初に、この寮の手引きとかはないの?」
「手引きとは、施設の利用マニュアルや注意事項だと理解しました。全部読むのであれば、ディスプレイに表示します」
「全部の表示は不要です。使える設備を大まかに表示して下さい」
画面が切り替わり、地上9階、地下5階のスケルトン画像が映し出され、主な設備には線が引っ張られて説明が入っている。
1階はロビー、食堂、ラウンジ、3階から7階までが個室、地下1-2階が駐車場、地下2-3階がジム、そのほかのフロアの説明はない。
「大体、分かりました、今から食事を取ることは出来ますか?」
「食事は1階の食堂、各階にあるエレベーターホール横の多目的室で取ることが出来ます。1階の食堂は朝、昼、晩で時間が決まっていますが、多目的室ではいつでも食事が出来ます。今だと多目的室で食事が出来ます。スマートフォンかディスプレイでオーダーして下さい」
「やっぱり多目的室の白くて大きな家電製品は、料理ロボットだったんだ」
「あの機械はクッキングマシンです。料理により調理時間が異なりますが、この部屋でオーダーをしておけば、多目的室で待つことはありません」
CK(シーケイ)が、画像付きメニューを表示した。
亜香里は、メニューをザッと見て迷うことなくオーダーを決めた。
「どれもおいしそう。やっぱり、ここはお約束のステーキよね」
ステーキセットをタッチする、焼き加減はレアで。
ディスプレイに出来上がり時間のカウントダウンが表示される。残り10分。
「なるほど、これならオーダーして、取りに行くのを忘れませんね」
亜香里が食事を忘れるはずは無いのだが。
その間に、バスルームチェックをする。入って正面がパウダールーム、右がトイレ、左がバスルームとシャワールーム。
「うん、これは使いやすそう。おっ、ジェットバスだ。仕事やミッションの疲れを取るのに必要ね」
まだミッションにも仕事にも行っていないわけだが。
リネンボックス、アメニティ等を確認していたら、スマートフォンとディスプレイから、お知らせ音が鳴り『料理が出来ました』と表示される。
「うん、親切設計」
亜香里は部屋を出て多目的室へ向かう。クッキングマシンの前に来ると、カードリーダーへカードをかざすようモニターに表示される。
「他の人が料理を勝手に取らないようにかな?」
『組織』は万が一、料理への混入物等を警戒して、ロックをしているわけだが。
亜香里がクッキングマシンから料理を取り出してみると、どのような調理方法で作ったのか分からないが、熱々の状態。
多目的室内のテーブルに置き、冷蔵ケースからミネラルウォーターを取り出し食べ始める。
「機械が作った割にはおいしい。いつでも食べられるのはポイントが高いね」
亜香里が食事をしていると、詩織が多目的室へ入って来た。
「この時間にステーキですか? デブるよ」
「大丈夫、タトゥーインに落とした
「この施設、何となく分かった?」
「居心地が良さそうなことは分かりました。詩織はどうしたの? 小さなバッグを持って。今から近くにお出かけですか?」
「地下のジムにプールがあるから、チョット泳いでくる」
「ジムにプールがあるの? 行ってみたい」
「じゃあ、待ってるから」
「分かった。ダッシュで食べる、でも水着を持って来てないよ」
「トレーニングウエアもスイムウエアも備付けがあるみたい。事前にスマートフォンでオーダーすれば使えるみたい。施設利用もね」
「何でもスマートフォンだね。このステーキもだよ」
「ここの施設の設備は、ほとんどが機械化されてるみたい。廊下に掃除ロボットもいたし。不思議なのは、寮に着いてから未だ誰にも会っていないのは何故だろう?」
「ゴールデンウィーク前の金曜日の夜だから、みんなどこかに行っちゃったとか? 食べ終わりました。じゃあスマートフォンのメニューから『施設利用』を選択すれば良いのね。なるほど…完了、では行きますか」
2人がエレベーターホールへ行くと右側のエレベーターが開く。エレベーターに乗り、先程と同じようにカードをカードリーダーにかざす。扉が閉まりエレベーターが降り始め、扉が開くとフロアの壁にB2の表示がある。
「なるほど、施設使用の事前申請とIDカードが連動してるから、行きたいフロアでエレベーターが停まるのね」
目の前はジム入口で、ここの入場場所にもカードリーダーがある。
「もうっ、カードばっかりじゃない?」
「亜香里、そうでも無いみたいよ。システムが気を使ってディスプレイに表示が出てる」
亜香里がドアの横にあるディスプレイを見ると、次の掲示があった。
『IDカード、スマートフォン、スマートウォッチをかざして下さい』
「なぁんだぁー、この腕時計を着けていれば、寮内はどこでもOKだったんだ」ブーブー言う亜香里の横から詩織が言う。
「2人ともリーダーに、かざさないと開かないよ」2人はスマートウォッチをかざして、ジムに入る。
入ってすぐ左手がロッカー、右がマシーンエリア、プールは階段を下りたB3Fにある。詩織はマシーンエリアを見に行き、亜香里もついてくる。
「一通り揃っていますね。有酸素系はトレッドミル、クライムミル、クロストレーナー、エアロバイク。筋トレはベンチプレス一式、スミスマシン、アシストチンとディプス、シットアップベンチとロアバックベンチ、ダンベルに鉄アレイかな。これだけあれば、亜香里が寮でいくら食べても大丈夫ね」
「私は大丈夫です。
「それさっきも聞いたけど、ほんとかなぁー? あれって亜香里が電気を出すわけじゃ無いから、カロリーは使わないんじゃないの?」
「そう言われてみれば、精神的に疲れるだけかも?」
「でしょー? デブってきたらここで鍛えなさいよ。それよりプールに行こう」
歩きながら服を脱ぎロッカールームに行く詩織。競泳水着を着用済みで、ロッカーに服を放り込み、スマートウォッチでロックする。
「これは便利。プールでロッカーキーを腕につけるのって面倒だから。亜香里の水着はそこのボックスにあると思うから先に行ってるよ」
階段でB3にあるプールへ降りると、5コースの二十五メートルプールである。
「この寮の広さだからこんなものかな『組織』でもここに五十メートルプールは作れないか。 アレッ? このプールちょっと変?入ってみよう」
水温を腕で確かめて、足から真っ直ぐ垂直に飛び込む。
身長が170センチちょっとある詩織の足が、なかなかプールの床につかなかった。
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