058 研修終了 ゴールデンウィークが…

「亜香里、起きなさい! 着きましたよ」詩織に肩を揺さぶられて、起こされる亜香里。

「あーっ 寝てました。また『組織』に眠らされたの?」

「亜香里が勝手に寝ていただけです。私はここに着くまで起きていたから。機内消灯のあと着陸するまで、窓から何も見えなくて暇だったけど」

「あれ? みんなは?」

「もうとっくに降りました。亜香里が全然起きそうになかったから『このまま、ファルコン号にのせて、ミッションに行ってもらうか?』と高橋さんが言うくらい、起きなかったよ」

「降ります、降ります。こんなに疲れたのにミッションとか無理です。稲妻(ライトニング)をたくさん使ったから、疲労が激しいのかなぁ? あと一日以上眠れそう」

 詩織に続き、寝ぼけ眼(まなこ)の亜香里がミレニアムファルコンから下船する。降りたところは、さながら宇宙基地の中。

「ここは、どこなの? 研修センターじゃないの?」

「亜香里は寝ていたから聞いていないと思うけど、ここは研修センターの地下みたい。たぶんグランドの真下あたりかな。あそこの通路を上ればトレーニングA棟へ戻れると高橋さんが説明してくれました」

 詩織と亜香里以外の3人は、先にトレーニングA棟へ行ったらしい。亜香里はキョロキョロと映画のセットを見物するように周りを見ながら、詩織について通路を歩いて行く。

 通路の階段を上り、ドアを開けると見慣れたトレーニングA棟のホールであった。部屋に入って来た亜香里に気がついて、優衣が声を掛ける。

「亜香里さんは寝過ぎてミレニアムファルコンに乗ったまま、ミッションに行ってしまったのかと思いましたよ」

「優衣、それをネタにしようと思ってない? 『小林亜香里はミッションから帰還する度に寝過ごして、ミレニアムファルコンに住み続けました』とか?」

「そんなこと思っていませんよ。大活躍した亜香里さんは、疲れが溜まっているんだろうなーって、思っただけです」

 ホールでくつろぐ5人の前に、いつもの3Dホログラムが浮かび上がってきた。ビージェイ担当がいつもの白いシャツ姿で現れる。


「みなさん、新入社員研修最後のトレーニングお疲れ様でした。早速ですが、みなさんのこれからの『組織』のことと、会社の仕事について説明します」

 ビージェイ担当が『組織』はともかく、会社の仕事のことまで説明するの? と不審に思う5人。

「まず、能力者補のみなさんには『組織』が運営する寮に全員入ってもらいます」

「「「「「 エェッー !! 」」」」」

「そんなこと聞いていません」ようやく目を覚ました亜香里が声をあげる。

「初めてお話しすることなので、いままで聞いたことはないと思います。驚かれた様ですが毎日、寮と会社を往復をしろと言っているわけではありません。これから『組織』のミッションを遂行しながら会社にも行くわけですから、自宅からですといろいろと不都合なことも起こるため『組織』が新たな活動拠点を提供すると思って頂ければ結構です。場所は本社と関東支社の中間くらいの都内にあり篠原優衣さんの自宅がある沿線にあります。能力者として活動しやすい設備が完備されていますので、気に入ってもらえるのではないかと思います。自宅へ帰宅されるのも自由ですが、ミッションを遂行する際には『組織』の寮を起点にしてください」

(『組織』が運営する寮だから夕食は和洋中のフルコースが順番に出てくるのかなぁ? 朝食はビュッフェスタイル?)半分ニンマリしながら、亜香里は寮の食事に期待している。

 夕食を食べられる時間に帰宅出来ると思っていること自体が、大きな勘違いなわけだが。

「次に社員証をお渡しします。テーブルにある封筒にみなさんの社員証が入っています。どなたか配ってください」

 優衣が封筒を開けみんなに配る。顔写真が入った社員証で、デザインはコーポレートカラーの赤と白をあしらったもの、裏面はクレジットカードになっている。

「社員証は会社でセキュリティカードとして使用し、業務で必要な設備へのアクセスは全てそのカードで行います。出退勤も管理され、社内設備で個人的に使用したもの、例えば購買や社食は全てカード払いとなります。ここまでがそのカードの通常の使用方法です。次に『組織』としてのカードの使用方法を説明します。ミッション中は『組織』のIDカードになります」

 ビージェイ担当が説明しながら何か操作をすると、5人のカードがプラチナ色に変わり、写真もホログラムに変わった。裏のクレジットカードもプラチナカードに変わっている。

「プラチナカード? 『組織』持ちでクレジットカードを使いたい放題?」

「小林さん、使いたい放題ではありませんが、ミッション遂行中に必要な経費は全て『組織』が負担します。そのカードはミッションに専念するための装備の一つだと考えてください」

(そっかー、それならトレーニングの時みたいに空腹を我慢せずに、このカードで食事に行って良いのよね?)ミッションをやる前から食事に使うことを考えている亜香里。そもそもミッションの行き先は、カードを使えるようなところではないのだが。

「他に支給するものとしてスマートフォン、スマートウォッチがあります。これらも外見は通常の会社支給のものと同じですが、中身は『組織』仕様になっています。スマートウォッチはミッション遂行中、必ず装着して頂きます。2つとも更衣室のロッカーにありますので、あとで確認してください」

「『組織』の活動については、これまでのトレーニングで雰囲気が分かってきたかと思います。対外的には『組織』を『一般社団法人 日本同友会』と定め登記されており、社内的には創業者が創設した団体と認識されています。その活動に適した者を社員から随時選んで任命する形式を取るように見せています。社内ではその事について認知されており、皆さんが勤務時間中にミッションへ出掛けるとき、他の社員から『大変ですね、ご苦労様』ぐらいは言ってもらえるかもしれません。当然ながら『組織』の活動内容については社内でも秘密ですから『組織』活動を行うことによって職場の仕事が楽になるわけではありません」

(ビージェイ担当は、さらっと気になることを言うなぁ『組織』のミッションをこなしても、会社の仕事は減らないよ、と)そうなるのかなとは思っていたが、実際に言われると亜香里のモチベーションはダダ下がりであった。

「それから新入社員研修について補足します」

(研修は今日で終わりでしょう? 何があるの?)不審に思う詩織。

「みなさんは、新入社員研修期間中に『組織』のトレーニングに励まれてきました。そのため他の新入社員と比べて、新入社員研修で学ぶべき内容が不足しています」

(そんなこと言ったって仕方ないじゃないですか。こっちに選択の余地はなかったんだから)ビージェイ担当の説明を聞いて、亜香里は膨れっ面。

「そこで、ゴールデンウィーク明けから始まる職場での勤務でみなさんが困らないように、『組織』が連休中に寮で実施する特別なプログラムを用意しました。名付けて『これだけ覚えておけば、保険会社職員としてやっていけます特訓』」

「「「「「 エエーッ !!!!! 」」」」」

「内容は生命保険、損害保険、有価証券取扱い資格の取得、各種統計数字の分析方法、金融政策の歴史と将来見通し、国内法と国際法、主要各国の法律の相違点とポイント、これはどちらかというと『組織』関係ですね。今挙げた内容は特別プログラムの一部です。ゴールデンウィーク中は、ほぼ缶詰め状態になりますが『組織』のトレーニングをこなしてきた、みなさんであれば簡単にクリア出来ると思います。時間に余裕が出来れば、ロイズ保険組合を見学するプログラムも用意しています。それではゴールデンウィーク初日の明日十時に寮へお集まりください。今配布したカードで寮を自由に出入りできます。地下駐車場もありますので利用してください。寮の詳しいことについては、あとでスマートフォンで確認して下さい」

「では明日の十時、お待ちしております」ジェイビー担当の3Dホログラムは消えた。


「明日から連休じゃないの? 明日も研修? 聞いてないんだけど」怒りすぎて、虚無になりつつある亜香里。

「なんだか、問答無用って感じですね。『受講するのは必須』という言い方でしたし」悠人が真面目に反応する。

「休みが無くなるのは嫌ですけど、私たちのために特別プログラムを組んでくれたのですから受けないと仕方ないですね」プログラムの参加に少し前向きな、優衣。

「どうこう言っても『組織』だから仕方ないよね。トレーニング期間中に見た『組織』の規模とか裏で動かしているものとかを考えると、簡単には逆らえませんよ」詩織は半分諦め、半分期待している様子。

「そうかも知れませんね。ここで逆らったりブッチしたら、会社には居られないだろうし、退職したとしても、その後の人生にいろいろ影響しそうに思います」英人は結構マジな表情で話をする。

「そっかー、まあ、ここでこれ以上考えても仕方ないし、明日の十時まで時間がないから、急ぎましょう」

「亜香里、更衣室に戻らないと明日の十時迄、あと何時間あるのかわからないよ?」

「そうだ! 『組織』のトレーニングから戻ると今の時間が分からないんだった。急いで更衣室に行きましょう」

 急いで更衣室に入る5人。ロッカーにある自分のスマートフォンで確認すると、時刻は午後8時。明日の集合時間まであと14時間だった。

「今からシャワー浴びて帰る準備をして、この重いキャスターバッグを引っ張って家に帰ってから、明日の準備をして… て、やっていたら、寝る時間が無いじゃない? どうしろと?」亜香里がプンプン言っていると、優衣がロッカーにある会社支給のスマートフォンを取り出し、亜香里に言う。

「亜香里さん、そこまでしなくても大丈夫みたいですよ。メッセージが入っています」優衣に言われて、スマートフォンを取り出して確認する。

 たくさん伝達事項としてメッセージが入っているが、今日から明日にかけては次のことが記述されていた。


『研修センターでの研修に続き、寮の特別プログラムが開始されるため、バッグと所持品の移動が必要な社員は更衣室の各自ロッカー前へ置いて下さい。寮の個室へ搬送します。本日研修センターから、直接、寮への移動も可能です。寮に食事の準備があります』


「準備が良いのか、考える隙を与えないのか、分からないけど『組織』ってこう言うところは抜かりないね」

「そう言う詩織はどうするの? 面倒だから今から直接、寮に行っちゃう?」

「そうね、研修センターと違って寮は自宅から近いし、寮に入ったあとで空いた時間に家へ戻れるから、移動が大変な今日は直接、寮に向かいます。どんなところか早く見てみたいし」

「連休中の特訓も含めて親に説明するのが面倒だから、私もここから直行しよう。優衣はどうするの?」

「ここにある荷物は組織が運んでくれるとのことですので、今日は自宅へ戻ります。寮は自宅から電車で15分くらいなので、明日の朝、電車で行きます」

「そっかー、じゃあ、シャワー浴びて、1ヶ月お世話になった研修センターから退出しましょう」

 亜香里たち3人はシャワーと着替えを済ませ、少ない会社の研修と長いのか短いのか分からない『組織』のトレーニングを思い出しながら、研修センターをあとにした。

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