049 今週末は絶対に休日のはず2

 亜香里はターミナル駅から自宅へ帰る私鉄に乗り換えた。

 土曜日の午後、車内は空いており所々に空席もあるのだが、亜香里は今日も立って帰っていた。

 立っている15分間よりも座って寝て乗り過ごし、戻って来る方が辛い。

 大学の講義の合間、席の近くで男子学生が話をしていた乗り過ごしネタを耳に挟み『中央線で山梨県まで』『東海道線で静岡県まで』寝過ごした話を聞いていて『ネタじゃないよ、私も熟睡したら同じことをやりそう』と思い、それから自宅に帰る電車で1人の時は、必ず立って帰るようにしている。

 亜香里の場合、遠い行き先の電車で終点まで寝過ごしても神奈川県止まりだが、それでも遅い時間だと自宅までは引き返せない。

 特に今日は、このあと詩織が迎えに来るので引き返している余裕はない。

 優衣が『暗くなる前に来て』とか言っていたけど、夕食を準備するのかな?

 確か、親御さんは中国に出張してるとか言っていたから、優衣が作るの?

 優衣は本人がいつも言っている『女子力』が高そうだから、マメに作るんだろうなぁ。

 そんなことを考えていると電車は最寄駅に到着し、無事に改札を出る事が出来た。

 『今日は直ぐ外出するから』と思い何処にも寄らず、いつもの道を歩いて自宅へ向かう。

 自宅近くの桜並木はすっかり花が散り、これから新緑の季節だ。

 と思っていたら、見慣れた桜並木の様子が何だかおかしい。

 何がおかしいのか分からないが、歩いていて変な違和感を感じる。

 知らない街を初めて訪れて歩いているような感覚である。

 土曜日午後の中途半端な時間なので、他に人が歩いていないのはあり得ることだが、そういうレベルではない。

 子供の頃から歩き慣れた道が、ズンッ、ズンッ、という感じで、何かに変わっていった。

 桜並木が急に形を変えて伸び始め、木のてっぺんが見えないくらいの高さに空に向かって一気に伸び上がる。

 目の前の道路はアスファルトが無くなり、赤土に変わり波のようにうねり始めた。

(先週、優衣んちの蔵に入った時の様に『何かやろう!』とか思っていないよ)

(うーん、なんかヤバイ感じ。えっとー、スマートフォンは未だアンテナが立ってるから大丈夫)

(疲れてるのかな? そうだ! 動画に撮って確かめよう。アーッ 動画も同じ)

(そうだ、詩織と優衣に送ってみよう!)

 目の前のうねる赤土は、亜香里が立っているギリギリのところで止まっている。詩織と優衣に動画を送る。タイトルを一瞬、悩んだがシンプルに " help! "とした。


 優衣は帰宅して3人分の夕食を考えているところに、亜香里から届いた "help!" メッセージと動画にビックリ。

「亜香里さん、何をやらかしたんですか!」優衣は走って自分の部屋へ行き、バイクウエアに着替えてガレージへ急いだ。


 詩織は家に着いて門をくぐるところで、亜香里のメッセージを受け取った。

「亜香里ぃ、何やってるの?」と言いながら動画を見て(これはマズい!)と思い、急いで玄関から2階の自室まで一直線に駆け上がり、着替えながらヘルメットを持ってガレージまで走り、バイクで出発した。

 親が見たら怒られるはずの敷石を傷つけながら、脇門からバイクで出掛けて行く。

 バイクにセットしたスマートフォンからハンズフリーで、亜香里を呼び出すと直ぐに繋がり(まだ、こっちの世界にいる)一安心する。

「もし…し…詩織……の道路……」ノイズが酷く、話が聞き取れないが、亜香里が無事なことは確認出来た。

「亜香里、今そっちに向かってるから、その変なところからなるべく離れて!」亜香里が聞き取れたかどうか分からないが、通話を切り運転に集中する。

 連休前週の土曜日だからなのか、表通りは買物に向かうクルマで大渋滞。良くないマナーだと思いつつ、バイクのギヤを低いままにして排気音を響かせながら周りのクルマを抜き去り、途中からは地元民しか使わない裏道を駆使して亜香里のところへ急いだ。


 優衣も自宅を出発して、亜香里のところへ急いでいた。

(亜香里さんは、わざわざ動画に位置情報を付けてくれたのかな? 場所的には前に聞いていた亜香里さんの自宅近くですよね? 先週みたいなことが起こっているのかなぁ?)いろいろ考えながら、渋滞している道をヒラリヒラリとクルマを躱(かわ)しながら、首都高渋谷線をかけ上がる。父のH2 CARBON を無断拝借して。

 用賀出口までのオービスの位置は把握済みで(首都高3号には未だ移動式は入っていなかったはず)先を行く車をパイロン代わりに抜き去りながら飛ばしていく。

(このバイクの方が周りのクルマも避けてくれるし。覆面クラウンとインプレッサに注意、注意。そうだ詩織さんに連絡してみよう)

 ハンズフリーで詩織を呼び出す。

「詩織さんですか? もうすぐ用賀です」

「早いね、こっちは渋滞に嵌(は)まって、ようやく世田谷通りを抜けるところ」

「亜香里さんの動画って何ですか? 警察無線から異常な情報は流れてこないのですが」

「(何で警察無線を聞けるの? 後で確認しよう)多分、前に多摩川で会ったものに近いのかな? 能力者にしか見えなくて感じ取れなくて、ただ今回は一般の人がスルーしているようだから、その辺が良く分からない。そろそろ着くからまた後で」

 亜香里はずっと、動けないまま。彼女のまわりの空間は狭まり、半径2メートルの外側は、赤土の波に囲まれて身動きが取れない状況である。

(この中に足を踏み込んだら、二度と出てこられない様な気がする。どうしよう困ったよ)亜香里がどうしようもなく困っていたところから、数十メートル離れたところに詩織のバイクが見えてきた。

 学生の頃からこの辺の道は走っていて、先週、先々週と二週続けて亜香里宅に来ていたので、周辺の様子がよく分かっている詩織だが、亜香里が置かれている状況を見て考え込んでしまう。詩織の周辺の人や車は、普通に亜香里の周りを通過している。

 スマートフォンを取り出して亜香里にかけてみる。呼び出し音が鳴り、未だ違う世界には行っていない様だ。

「詩織で……これど…っている…ですかね?」相変わらずノイズが入るが、近くに来たせいか先ほどよりも音声が聞き取れる。

「亜香里さぁ、先週と先々週の厄介な奴が、かけ合わさった感じじゃない。怪我とかしていないの?」

「だいじょ…で…も…うねった……に足を入れ…ヤバイ……する…で、動け…いん…す」

「ノイズが多くて聞き取りにくいけど、私もその赤土に足を踏み入れるのは、止めたほうが良いと思う」詩織は近くにある自動販売機で500mlのペットボトルを買い、亜香里の周りにある赤土に投げ込んでみた。

 思った通り、ペットボトルは赤土のうねりに飲み込まれてしまった。

(やっぱり、あの赤土は底なし沼の様になってるんだ、困ったなぁ)今のところ亜香里は無事だが、いつ状況が変わるか分からない。

 何も手を出せないことに焦燥感が募っていた詩織のそばに、聞き慣れない吸排気音のするバイクが近づいて来たと思ったら、先週、優衣の家のガレージで見た H2 CARBON が隣に停まり、優衣が飛び降りる様に降りてきた。おそらく足つきが微妙なのだろう。

「自分のバイクで来なかったの?」

「緊急事態なので父のバイクを(無断で)借りてきました。状況はどうですか?」

「見ての通り、打つ手なしの状況。とりあえず亜香里に被害が出ていないのが幸いだけど、いつどうなるのか分からないから心配」

「この状態に置かれているのは、能力者の私たちだけなのですよね? 私が来てからも車や人は、亜香里さんの近くをスルーしていますから」

「さっき、ペットボトルを投げてみたけど、赤土のうねりに飲み込まれて見えなくなったの」

「困りましたね。何も被害が出なかったとしても、このままだと亜香里さんは、ずっとあそこから動けないし」

 2人で考えあぐねていると、詩織にコールが来る。亜香里からだ。

「なや…でい…しかた…いか…道を突っ…て…うか?」

「そのうねった道を突っ切ろうというわけ? さっき私が投げ込んだペットボトルを見たでしょう? 跡形も無く赤土に沈んでいったのを。亜香里の周囲は狭いけど、とりあえず大丈夫そうだから、もう少しそこで頑張ってよ。何か対策を考えるから」そう言って詩織は通話を切った。

「詩織さん、何か、対策があるのですか?」

「ない、全くありません。今までの『組織』のトレーニングは状況や相手がはっきりしていて『やっつければ終了』の世界だったけど、今の状況は対応の方法が無いじゃない? ここは一般の街並みで、私たち以外はみんな普通にここを通過しているし、この変な状況も見えていなくて、警察や消防を呼んでも、彼らには何も見えないから相手にされないだろうし」

「普通の人から亜香里さんはどう見えているのですかね? 普通の人だったら赤土に沈まないから、亜香里さんを助けられるのではないですか?」

「そう思って、さっき普通のペットボトルを投げてみたの。私が触ったから沈んだと思う。この異常事態を認識している能力者が影響するんじゃないのかな? そう言う意味では先週、渋谷で遭遇したことに似ている」

 2人とも心底困り、遠くから亜香里を見守ることしか出来なかった。

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