050 今週末は絶対に休日のはず3

「たぶん、ビージェイ担当だったら『こうして下さい』と言ってくれると思うのですが」優衣が真っ当なことを言う。

「私もそう思うけど、『組織』が人的・物的に被害の無いこの特殊状況までモニタリングしているかどうかだね。先々週に起きた不思議なことは、同じことが世界の何箇所かで発生してネットにも挙がっていたし、多摩川縁(べり)の自動車学校の車が数台廃車になったくらい被害が出たから『組織』が出て来たけど、今の状況はどうなの? 私たちが能力者だから影響を受けているだけで、普通の人は何の問題もなく普通に生活出来ているのでしょう?」三週連続で週末に変なことに遭遇した詩織は、自分に確認するように話していた。

「なんか悔しいですね。毎日トレーニングを積んで少しづつ能力が上がっているのに、そのためにこんな変なトラブルに巻き込まれるのですから。でも能力者は貴重な存在なはずですから『組織』は、ここから能力者を救出すると思うのですが」

「確かに先週はそうだったね。ビージェイ担当が『こんな不安定なところに能力者が居るのは好ましくない』とか言って、脱出する方法を教えてくれたから。ただ今日の問題は、こんな小さな特殊現象まで『組織』が掴つかんでいるのかどうか? 知らないことからは助けられないじゃない?」詩織と優衣は打つ手が無く、話がグルグル回って何処にもたどり着けない。

 亜香里は疲れてしまったのか、暇すぎるのか? 包囲されたエリアの真ん中で座り込み、うたた寝を始めていた。

「あの空間から出られないからとは言え、この状況で居眠りを始めるのって、どうなの?」

「亜香里さんらしいです。将来は大物の能力者になれると思います」

「他にこういう話ができるのは、うちらのグループの男子ぐらいだから連絡してみる?」

「加藤さんに連絡してみます」優衣が加藤英人の携帯に電話をすると、直ぐに英人が電話に出た。

「篠原優衣です、お疲れ様です。今、お電話よろしいですか? はい、荻原さんは良いのですが、他の人には聞かれたくない事なので… 」優衣が状況を説明し、英人から幾つか質問があった。

「はい、分かりました。お待ちしております」電話を切り、内容を詩織に伝える。

「萩原さんもまだ加藤さんのところにいて、今から直ぐ2人でこちらへ来るそうです」

「神保町からだと渋滞とかで結構時間が掛からない?」

「バイクを飛ばしてくるから、20分くらいで着くそうです」

「じゃあ、それまで打つ手は無いから、亜香里を見守りながら待ちますか」

 だんだんと日が傾いてくるが、4月下旬の暖かな日で外にいても寒さは感じられなかった。

「優衣さぁ、さっき電話で話した時『警察無線にこの件は無かった』と言っていたじゃない? 優衣は無線を聞けるの?」

「(アッ! このバイクで警察無線を傍受できるのは秘密でした。お父さんにバレたら叱られる)ここに来る途中、警察の知り合いに連絡を取って、世田谷区で何か変な情報が流れていないのか確認してもらいました」

「ふーんそうなんだ(でも警察無線と言っていたよね、まあいいや)」

「ところで、なんで大型二輪免許を持っているって最初から言わなかったの? 『恐竜の島』のトレーニングの時、インターカムで亜香里とゴチャゴチャ言っていたのが聞こえてきたけど」

「ゴメンなさい『猿の惑星』のトレーニングで、バイクの免許を持っているだけで驚かれて亜香里さんからはイジられるし、あのとき大型二輪免許を持っているって言ったら何を言われるか分からないじゃないですか? だから黙っていたんです」

「そっかー、こっちもチョッと冷やかし過ぎた、ゴメン。免許を取るのは大変だったんじゃない? 身長とか」

「詩織さんくらい背の高さがあれば楽勝なのですが、私はこの身長なので自動車学校の申し込みでは学校側から確認されました。ただ大変なのはエンジンをかける前の取り回しだけですから事前に筋トレをやりましたし、庭で父のバイクを借りて練習もしました。最初の頃は父もヒヤヒヤしていましたが、今日のバイクじゃなくて1つ前の普通のNinjaだったので、何回か転(こ)かしても大丈夫でした」

「H2 CARBONを倒したら泣くよね。その前のNinjaでも(H2に乗り換えたんだから、前のバイクは10Rあたりかな? 優衣の『普通』も亜香里と違った意味で危ないなぁ)」自分だけはマトモだと思っている詩織。

 V8のアメ車や、リッターバイクをブン回したり、真剣をサクッと二本差しできる新入社員も『普通』ではないと思うのだが。

 居眠りしている亜香里が安全なところからはみ出ない様に注意をしながら2人でバイク談義をして、そろそろかな?と思っていたところに不等間隔のエンジン音が近づいて来る。

「能力者補は、みんなバイク乗りなの? でもあのバイクでニケツを見るのは初めて」詩織が言い終わる前に英人が運転する、DUCATI MONSTER 1200S が隣に停まった。

「小林さんはどうなっているのですか?」英人がヘルメットのバイザーを上げて聞いてくる。

「見ての通り。この状態がもう1時間以上続いて、亜香里は眠り姫です」

「何か被害を受けて、意識がないのですか?」

「単にする事がなくて、居眠りをしているだけだと思います」

「であれば一安心ですね。さっき篠原さんから電話で聞いた内容から、全く状況は変わっていないのですね?」

「そこが問題なんです。何の被害もなくて普通の人からはこの変な状態も認識されていなくて、状況が分かるのは私たち能力者だけなのです。でもあの領域に足を踏み入れれば間違いなく沈んでしまうという、厄介な状態です」

「確かに、なす術(すべ)なしで、これが消えるのを待つしかないのかなぁ」

 4人が考えあぐねているところに、見慣れた(見飽きた)3Dホログラムが現れた。

「能力者補のみなさん、週末に研修センターの外で集合されてどうしたのですか? アッ! 小林さんがチョットあれな状態ですね。どなたか、今までの状況を説明出来ますか?」

 こんなにビージェイ担当をありがたく感じた事はないな、と思いながら詩織が状況を説明した。

「お昼前にターミナル駅で別れてから、しばらくすると亜香里から今と同じ状況のムービーが送られて来ました。急いで駆けつけたのですが、助ける方法が無くて困っていたところです」

「小林さんは意識が無いようですが、あの中で倒れているのですか?」

「いえ、やる事が無くて、寝ているだけだと思います」

 さっきまで座って居眠りをしていた亜香里は、今見るとカバンに寄りかかり、うずくまるようにして寝ている。

「状況は分かりました。亜香里さんを救出しますので、近づかないようにして下さい」

 言われた通り、バイクを停めたところから見守る4人。

 しばらくすると、亜香里のいるエリア内の地上3メートルくらいの高さに、直径2メートル程のくすんだ色をした半球の物質が現れた。

 亜香里は目を覚まし、半球の物質と何か話をしたあと立ち上がり、半球の物質の下に立った。半球の縁から地面に向かって、光か、何かの膜か、分からないものが降りてきて亜香里の全身をおおうと、半球の物質と亜香里はその場から消えた。

「イリュージョン!!」

 亜香里が消えた瞬間、思わず優衣が叫んだ。

「一度、言ってみたかったんです。友達が居なくなったのに不謹慎ですよね、済みませ… 痛ぁい! 亜香里さん! 無事だったんですね。無事なのは分かったので、その手を離して下さい」亜香里は4人の前に突然現れると同時に、優衣をショルダークロウしていた。

「亜香里、心配したよ」

「僕らも篠原さんから連絡を受けた時は半信半疑でしたが、初めてここで異常現象を見て驚きましたよ」

 急に4人の前へ現れた亜香里に驚いたあと、視線を前方に戻すと今まで亜香里を取り囲んでいた赤土のウネリは、元の桜並木とアスファルトの道路に戻っていた。

「みなさん、ご心配をおかけしました、小林亜香里は無事帰還しました。中からは、みなさんの様子が良く分かっていたので説明は不要です」

「こっちはいろいろと説明して欲しいんだけど。ビージェイ担当に何故ここが分かったのか? 亜香里を運んだ半球体は何なのかとか? まず知りたいのは、亜香里を取り囲んだあれは何だったの?」

 3Dホログラムが浮かび上がり、ビージェイ担当が現れる。

「詩織さんの質問には、私からお答えしましょう。あの現象ですが、先ほど藤沢さんが篠原さんと話していた通り、先週の十年前の別世界と先々週に多摩川で発生したものがミックスされた様なものと思っていただければ近いです(チョット違いますが)。能力者はその様なものに対して敏感になり、能力の高い能力者ほど遭遇する機会が増えますが、そのクラスの能力者はスキルレベルも高いので自分で対処できるのです。小林さんは成り立ての能力者補ですが、最初から能力だけが高くてスキルを伴っていないため、今回の事態を招いたわけです。亜香里さんのスキルを急に向上させるのは難しいので対応策は検討します」

「次に私、ビージェイが現れた理由ですが、みなさんがここに集まったためです。能力者はその身体から独特の波を発生させ、それが塊になれば『組織』のレーダーに映ります。一箇所に1−2名程度であれば映りませんが今日の様に5名が一箇所に留まり、そのうちの一人がレーダーから点いたり消えたりすると『組織』としては異常事態発生と認識し、私が現れたわけです。そういう意味では、みなさんが急いでここに集まった事が、亜香里さんを救ったわけです」

「最後に半球体については、企業秘密です。企業ではありませんが…」

 ニンマリ笑い顔のまま、3Dホログラムのビージェイ担当がフェードアウトした。

「先週と同じで『分からずじまいで終了』って感じね」

「詩織さんに同じくです。ビージェイ担当の説明は聞いていると、そういうものなのかな? って思うのですけど、あとで思い出してみると、何も説明していないのと同じじゃないかなって」

「2人もそう思うよね、3回目の今回も煙に巻かれた感じ。まあ今回は助けてもらったから、文句は言えないけど」今日の亜香里は控えめである。

「3人とも毎週末、こんなイベントをやっているのですか? それは疲れますよね」

「悠人と俺は、週末は今までのんびりさせてもらいましたから」

「とりあえず、みんなが集まってくれたおかげで、こっちの世界に戻れました。ありがとうございます。研修が始まってから先週末までは週末が無かったようなものだから、今週は今から普通の週末を過ごせると思ったら幸せです」

「では幸せな亜香里さん、午前中に約束した通り、今から私の家に来ていただけますよね?」

「あれ? そんな約束したっけ? 変な世界に入ったから記憶が途切れているのかも?」

「ウソですねー。亜香里さん、目が笑っていますよ」

「優衣さぁ、亜香里は未だ自宅に帰っていないし、着替えくらいさせてあげようよ。今まで、その服で道端に寝てたし。着替えが終わったら私が連れて行くよ」

「了解です。では先に帰って夕食の準備をしています」

 優衣はそう言って H2 CARBON にまたがると同時に、勢いよく吸排気音を響かせながら発車し、先のカーブでハングオンしながら消えて行った。

「篠原さんって、バイクに乗ると性格が変わるタイプなのかなぁ?」

「かもね。スーパーチャージャー付きのバイクで、街中でハングオンとか、普通しないよね?」

「優衣は体が小さくて軽いから、ハングオンしないとバイクが曲がらないんじゃない?」

「アルアルー、いやいや藤沢さん、それはありませんよー」

 優衣のバイクとライディングでバカ話をしたあと『これからチョット用事が』と言ってバイクにまたがり、発車しようとする英人と悠人。

「久しぶりに後ろに乗るとすっごく怖い。やっぱり自分でハンドル握らないと安心できませんね。今度、呼び出しがあった時は自分のバイクで来ます」と言う悠人、詩織が何に乗っているのか聞くと英人と同じメーカーの4気筒とのこと。

 そのあと、詩織は亜香里の家で着替えを待ち、自分も帰宅して直ぐにすっ飛んで来たため何も用意が無いことに気がつき、亜香里を乗せて一度自宅へ戻り、それから篠原宅を訪問した。

 泊まりに来た理由ををすっかり忘れるくらいの出来事がお昼にあったため、優衣の手料理をご馳走になり、女子3人のお泊まり会となった。

 翌日は庭でトルコ弓の練習をしたり、詩織は篠原家所蔵の刀(美術品)で素振りをしたり(庭の竹を切りたいと言い出したのには、優衣が全力で拒否した)、敷地内で亜香里にバイクレッスンをしていたら夕暮れとなり、詩織が亜香里を乗せ篠原宅を後にして散会となった。

「昨日の午後はどうなることかと思ったけど、昨日の夜から今まで久々に週末を満喫したよ」

「亜香里はスキルが初心者だけど、能力が強いみたいだから気をつけないとね」

「ビージェイ担当が『対策を考える』と言っていたから大丈夫でしょう? あとはスキルをガンガン上げていけば何とかなるよ」

 バイクの後部座席でも、亜香里の楽天さは健在であった。

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