048 今週末は絶対に休日のはず1

「よく寝たぁ。今、何時? 8時? 休みにしては早起き。んっ? 誰もいない、詩織と優衣は?」

 亜香里が目を覚ますと、等間隔のスペース空けて並ぶベッドの残り2つが空になっている。亜香里がベッドを出て隣の部屋を覗くと、2人はジャクジーに入っていた。

「あっ、私も入ろうっと」

 昨晩、着たまま寝ていた服を脱ぎ、さっとシャワーを浴びてジャグジーに飛び込む。

「朝から元気ね」

「十分睡眠が取れました。詩織たちは昨日、あれからどうしたの?」

「あれから、ジャグジーに入って寝ました」

「それで、朝もジャグジー? これで朝酒を飲んだら、身上(しんしょう)潰した、おっさんだよ」

「昨日夕食を食べ過ぎたから、軽くグランドを流してきた」

「私も詩織さんについて、少し走りました」

「幼女まで、どうしたの? 休みの朝から」

「幼女はやめて下さい! 知らない人が聞いたらアヤシサ百倍じゃないですか。研修ももうすぐ終わるし、仕事と『組織』のミッションの2つを遂行出来る様に体力をつけなきゃ、と思っているんです」

「人事部に配属される人は志(こころざ)しが違うねー。お腹が空いてきた、今朝(けさ)は何だろう?」

「亜香里さん、ご馳走三昧(ちそうざんまい)がいつまでも続くとは思わない方が良いですよ」

「そうなの? 人事部からの情報?」

「そうではありませんが、何となく勘です」

「じゃあ、優衣の勘が外れることを祈って、食堂へ行ってみますか?」

 ジャグジーから出て、身支度をする。

「亜香里、余計なものを持ち出さない様にね」

「ハイハイ、武器はカプセルに置いてきましたよ」

 亜香里たちが食堂に入ると男子2人は朝食を食べ終わっており、お茶を飲んでいた。

「おはようございます、もう食べ終わりました。見ての通り今日の朝食はシンプルです」

 英人が言うとおりセルフサービスのテーブルには、炊飯ジャー、御味御汁の鍋、焼き魚、卵焼き、生卵、酢の物、香の物、梅干し、焼き海苔、納豆と、昔からある旅館の朝食そのもの。

「いやぁー、こういうクラシックな朝食は大好きです。ご飯中心で全体のメニューが構成されているではないですか? これぞ健康的な日本の朝食です。糖質ダイエットなんて、おかしくて臍(へそ)で茶を沸かしてしまいます」

 亜香里はたまにクラッシックな表現をする。

「そうね、やっぱり、お米を食べないとパワーが出ないよね」

「プロポーションの良い詩織さんや亜香里さんが、そう言うと説得力があります。では遠慮せずにいただきましょう」

 優衣の褒め言葉を耳に入れる暇もなく、亜香里はあるものを一通りトレイに載せてテーブルに運び食べ始める。

 詩織と優衣は、おかずが並んだテーブルを見ながら、うなずいている。

「ノドグロの干物ですか、大ぶりのものをさりげなく並べていますが、この辺は『組織』っぽいね。鯛と筍の酢味噌がけもおいしそう。納豆は鶴の子ですか、この生卵も随分小ぶりで、多分アレですね」

「詩織さんの見立ては正しいと思います。朝ごはんの焼き海苔が『梅の花』って、ところなんかは『組織』の食事と言う感じがします」

 詩織はノドグロの干物、生卵2つと酢の物、焼き海苔、納豆、御味御汁をよそい食べ始める、優衣も同じものを並べていた。

「詩織、なんで朝から生卵2つなの? ロッキーですか?」亜香里は昔の映画もちゃんと押さえているようだ。

「この卵、烏骨鶏じゃないかと思って… ビンゴ! この小さめな卵の割に大きな黄身、箸で持ち上げても割れないし、卵ご飯で元気が出そう」

「詩織さん、その卵ご飯にこの焼き海苔ですよ。ご飯が美味しくなります」

「ご飯や御味御汁もあっさりした味だけどコクがあるし、材料に『組織』っぽいものを使ってるのね」

 詩織と優衣もそのあとは亜香里と同様に目の前の食事に集中して、モグモグと食べ続ける。3人ともご飯のお代わりをして(人によって回数は違うが)朝食を済ませていた。

「今週末は本当にゆっくりしようよ。じゃなくて絶対に休息日にしなきゃダメよ。今週末、詩織と優衣は何があっても私のところに連絡を取らないこと」

「「 了解 」」

「でも亜香里に何かあったらどうするの?」

「その時は直ぐに2人を呼び出します。まだ私の方から週末に一度も呼んだことがありませんから。一回は有りでしょう?」

「不思議な亜香里理論だけど、とりあえず分かった。優衣も良いよね?」

「先週は、ご迷惑をおかけしましたので今週は呼び出したりしません。もしも亜香里さんに何か起こったら、飛んで助けに行きます」

「優衣んちって特殊だから、本当に飛んで来そうよ」

「そんなに変な家でしたか? チョット古いだけじゃないですか?」

 明治時代の建造物は『チョット古い』ではないと思うが。

「家そのものではなくてね。優衣のご家族には未だお会いしていないけど篠原家の雰囲気と言うか何と言うか」

「詩織もそう思った? 私も10年前の世界から戻ってきたあとも、篠原家の空気というか、何なんだろう?」

「詩織さんも亜香里さんも、私の家をお化け屋敷みたいに言わないで下さいよ」

「いやいや悪気は無いし、あの古風な洋館のことをお化け屋敷と言っているのではないのよ。言葉に言い表せない何か?」

「そうそう、言葉に言い表せない何か?」

「そんなことを言われたら、家に帰るのが怖くなってきました。今週、親は仕事で中国に行ってるし、1人でどうすればいいのですか!?」

「優衣を怖がらせるつもりはないけど、あのお屋敷に一人? それは何か出そうね」

「亜香里さん、絶対に脅かしていますよね! 責任を取って泊まりに来て下さい!」

「そういう流れになるよね。分かった、言い出しっぺは私だから先週と同じ様に亜香里を拾ってから優衣んちに行くよ」

「えっ! それって確定事項なの? 週末に自宅で睡眠三昧は出来ないの?」

「亜香里も、あれだけ優衣を怖がらせておいて『知りません』とは言えないでしょう? 友達無くすよ」

「ハイハイ、分かりました。優衣は大事なエルフのお友達ですから」

「エルフじゃ、ありませんってば!」

 結局、3人は先週末と同じ行動パターンを取ることとなった。

 男子2人は、亜香里たちの会話の途中で『お先に、また来週』と言う挨拶をして、食器を一カ所にまとめ部屋を出て行った。

「男子2人は、そそくさと出て行きましたね?」

「萩原さんは、加藤さんのところに寄ってから帰るみたい」

「詩織さん、何故そんなことを知っているのですか? 女子力向上ですか?」

「私は優衣みたいに、その辺の努力はしていません。昨日、夕食の時、加藤さんが鍋奉行をしていて、萩原さんが『明日、帰りがけに寄っていい?』って、確認していたのを聞いただけだから」

「エェ! あの2人は既にそのような関係にあるのですか?」

「優衣は直ぐそっちの方に話を引っ張るんだからぁ。加藤さんち、神保町の老舗の本屋さんなんだって。萩原さんが本を買うのに立ち寄りたいって、言っていたから」

「そういうことですか、分かりました」

「私たちもここを撤収しますか?」

「了解です、でも暗くなる前に来て下さい。お願いします」

「おうおう、かわいいエルフの頼みじゃ、承(うけたまわ)ろう」

「だから、エルフじゃありませんってば!」

 朝食を終えた部屋を3人で一通り片付け(食器をまとめ、テーブルを拭いただけ)、宿泊棟へ戻り最寄駅まで歩いて電車に乗り、いつもの通りターミナル駅で解散する。

「では、2週続けてですが、お待ちしています。よろしくお願いします」

「うん、今週は変な世界へ行かないことを祈りながら、お伺いします」

「同じく」

 3人は自分が乗車する路線へ別れて行く。

 数時間後には、また会う予定ではあるのだが。

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