047 研修 十五日目 気がついたら金曜日

 亜香里たちを乗せたカプセルが、研修センターのトレーニングA棟屋上に到着するとカプセル内にブザー音が鳴り響き、亜香里たちは深い眠りから目を覚ます。

「着いた様ですね。ここからはいつもの通り、更衣室のディスプレイ掲示に従って行動する、といったところですか?」悠人が口を開く。

「亜香里さぁ、余計なものをカプセルから持ち出さないようにね」

「詩織先輩、了解です」

 5人はカプセルを出て通路を下り、男女それぞれの更衣室に入って行く。

「何回やってもトレーニングは疲れるよ。月曜日に出発して島で一泊しただけだけど、今日が普通に火曜日というわけではないのでしょう?」

「たぶん、それで正しいと思う。えっとー、前回と同様に今日も金曜日、おまけに夜の9時ね」詩織がロッカーからスマートフォンを取り出して確認する。

「やっぱりー? ここに来てから毎週、睡眠と食事をかなり損している気がするけど、その辺『組織』は何も対応してくれないのかなぁ?」

「亜香里さん、前回のトレーニングのあと武器をこの世界に持ち出しても、何もお咎めが無かった鷹揚な『組織』ですから、とりあえず良いではないですか?」

「それは別の話だと思うけど… まあ細かいことにこだわっても仕方がないから気にしないことにします」亜香里が『どうでも良いことは気にしない』モードを発動する。

「とにかく、ずっと着っぱなしのこのジャンプスーツを脱いでシャワーを浴びましょう。特殊素材で快適とはいえ何日間も同じものを着るのは、そろそろ何とかして欲しいよ。ミッションの時は着替えがあるのでしょうね? 私たちの指導担当の高橋さんは数週間ミッションへ行きっぱなしでしょう? その間、食事や着替えはどうしているのかな?」

「詩織さん、それは亜香里さんが聞いた時、ビージェイ担当が説明しましたよね『南太平洋の無人島でも、南極でもしっかりサポートする』って」

「そんなことを聞いた気もするけど『しっかり』って、どの辺までサポートをしてくれるのか、一度聞いてみたいものよ」

「そうそう、今まで3回ともトレーニング中はロクなものを食べなかったから」

「亜香里には、死活問題ね」

 3人はシャワーを浴びて簡単に身支度を整える、優衣は念入りに。

「今晩の夕食は、ここみたいよ。楽しみだなぁ」亜香里が、更衣室の中央にあるディスプレイを見ながら喜ぶ。

「私もお腹が空き過ぎた。優衣、先に行ってるよ」

「了解です」

 亜香里と詩織が更衣室を出て食事が用意されている部屋に入ると、男子2人は部屋にいて『組織』が用意した夕食を確認している。

「今日は鍋、鉄板をご自由にどうぞ、という感じですか」

 亜香里は土鍋、しゃぶしゃぶ用鍋、すき焼き用鍋、いくつかの鉄板、焼き網が準備されているテーブルを見て感想を述べながら、業務用冷蔵庫を開けてみた。そこには、カットされた魚介類、肉類、野菜がきれいに並べられている。

「しゃぶしゃぶはこの前、優衣んちでご馳走になったから今日の気分はステーキと魚介の鍋かな? オッ! おいしいそうなステーキ用のヒレ肉がありますねぇ。まずはこれっと、魚介は… ふぐちり。季節的には食べ納めかな?」亜香里は、厚みのあるヒレ肉のトレイとフグちりセットをテーブルに運ぶ。

「みんな食べたいものを『それぞれ』で良いよね?」

 詩織は、焼肉セットのトレイをテーブルに運んだ。

「それぞれの部位表示付きとは、どこかの焼き肉屋さんみたい。肩からお尻まで一通り揃えましたって感じ」

 切り分けた肉ごとに表示された札には、ミスジ、ざぶとん、トウガラシ、三角バラ、肩ロース、リブロース、フィレ、サーロイン、ランプ、イチボと表示されている。

 詩織は焼き網のあるテーブルに火を付けて、どんどん肉を乗せ、サッと焼いて食べ始める。亜香里はそれを見て『失敗したぁ』と後悔する。鍋やステーキは、食べるまでに時間がかかる。

「詩織ぃ、そっちのテーブルに混ぜてもらって良い?」

「んっ? いいよ。冷蔵庫に同じトレーがあるから持っておいで」

 詩織本人はそう言っているつもりだが、肉を頬張っているので『ホニャホニャ』としか聞こえない。

 詩織が焼く肉の匂いに亜香里と同様、他の3人も抗しきれず、いつの間にか焼き肉パーティーになっていた。

 亜香里はテーブルに持ってきていたヒレ肉も網に乗せ、鍋用の伊勢エビも乗せ始める。

「小林さん、ヒレ肉はともかく伊勢エビをこの網に乗せるのは無理がありませんか?」悠人が亜香里の大胆な調理?を見ながら、やんわりと指摘する。

「火が通れば同じだから、大丈夫」

「焼き網のスペースの話をしているのですが」

「狭いながらも楽しい何とかって言うじゃない? 焼ければ良いのよ、焼ければ。そうだフグも面倒だから焼いちゃおう」亜香里的には、なんでもありらしい。

『組織』が本来、網焼きを想定していない食材まで焼いて食べてしまう。今回のトレーニングではそれくらいエネルギーを消耗したようだ。

 お腹が少し落ち着いてくると、亜香里が提案する。

「じゃあ、あとはゆっくりと鍋でもしますか?」

 5人は鍋のテーブルに移動した。

 一つの鍋は優衣の提案で博多風水炊きになり鍋奉行は当然、優衣。

 もう一つは海鮮鍋。英人が冷蔵庫にクエとカニの鍋セットを見つけ、自ら鍋奉行を買って出た。

 鍋が出来る間、亜香里は炊飯ジャーからご飯をつぎ、辛子明太子で食べ始める。

「亜香里さん、おいしそうに食べますね」

「私もご飯を食べよう」詩織と悠人もご飯組に加わる。

「私も食べたいです」優衣は鍋奉行で手が離せない。

「チョット待ってて」亜香里はジャーからお椀にご飯を取り、辛子明太子を入れてお椀の中で丸くして海苔を巻き、優衣の口に持って行く。

 亜香里は、両手が塞がっている優衣の口に、おにぎりを突っ込んだ。

「あふぃでふー(熱いです)、はふぁりはん(亜香里さん)、ほれいひめへす(これイジメです)」抗議するが後の祭り。涙目になりながら『フーッ、フーッ』言い、おにぎりを飲み込んでいた。

 しばらくすると、2つの鍋が食べ頃となり、今度はゆっくりと吞水(とんすい)に各々、好みのものを取りながら食べ始める。

「今週はこれで終わりだけど、また来週の月曜日9時から研修でしょう? 更衣室のディスプレイに何か表示されていましたっけ?」

「夕食の件だけだったと思います。先々週ここで食べたときには、ここの出入口のディスプレイに何かありましたよね?」

 亜香里が出入口のディスプレイを見に行くと、次のように表示されている。


『能力者補の皆さん、トレーニングお疲れさまでした。』

『来週も月曜9時までに研修棟の各クラスへ集合してください』

『新入社員研修最後の週となります。気を引き締めていきましょう』

『今日は時間も遅いため、研修センターに宿泊した方が良いかも知れません』

『この棟の更衣室にもベッドを用意しました。ここ若しくは宿泊棟、どちらで宿泊してもOKです』


「こういうところは気が利きますね『組織』が施設内で私たちの行動をモニターしているのは知っているしチョットやだなとは思うけど、ここにベッドを置いてくれるのとか、要望を聞いてくれるのはうれしい」

「これって、この前、更衣室で亜香里さんが言っていたことですよね? 詩織さんも私も賛成しました」

「あのマッサージチェアーで寝た次の日は、身体がバリバリだったから。ここでベッドに寝られるのはうれしい。島では交代で起きていたし」

「私たちは加藤さんと亜香里さん、私の3人だったから焚き火番が出来ましたけど、詩織さんたちは2人だけだから大変だったんじゃないですか?」

「前言撤回します、交代で起きていませんでした。最初に仮眠程度と思って横になって、気がつくと日が昇り始めていました」詩織はペロッと舌を出す。

「詩織さんがとても疲れているように見えたので仮眠するのを先に譲ったのですが、しばらくして部屋を覗いてみると寝息をたてていて、起こしづらくなって朝になったんです。僕もバルコニーの椅子に座って半分寝ていましたけど」

「いい話ですね、うらやましいです。私は亜香里さんの雄叫びで目が覚めました『朝だー』みたいな声で」

「優衣、その言い方にはトゲがあるよ。初めて南半球の夜明けを2人と分かち合おうと思って声をあげたのに」

「それで良いではないですか? おかげで初めて南半球の水平線から日の出も見られましたし」英人はとりあえず、場を納めようとする。

「では、そろそろ部屋へ戻りませんか? お腹が一杯になったら急に眠くなりました」亜香里の言葉で食事を終えることにした。

 片付けをどうしたものか? と考えたが片付けるところもなく、ゴミ箱もないので、食べなかった食材を冷蔵庫に戻し、器具は一カ所にまとめて更衣室に戻ることにした。

 半分寝かけていた亜香里は更衣室に入ると、組織が新たに準備したベッドにダイブして、そのまま眠ってしまう。

 優衣がジャグジーに入ると言うので、詩織も付き合うことにした。

「あと一週間で研修も終わりかぁ、長いようで早かったかな」

「早いです。おまけに『組織』のトレーニングばかりですし」

「そのことは、この前話したとおり何とかなるのでしょう? 優衣の家はその後、変わりない?」

「詩織さんと亜香里さんが日曜の夜に帰られてから、ここに月曜の朝出てきたので、その後の様子は分かりません。さっきスマートフォンを見たら何も連絡が入っていなかったので多分大丈夫だと思います」

「優衣も月曜からここいたから分からないよね。意味の無いことを聞きました」

「いえいえ、お気遣いありがとうございます。話は変わりますが、詩織さんから見てこのチームの男子2人はどんな感じですか?」

「萩原さんと加藤さん? どんな感じと言われても… 同期で能力者補の同じチームにいる仲間?」

「そうですか、そんな感じですか?」

「アッ! 島で言っていた、萩原さんとホテル跡で一緒だった件? ナイナイ、全然そういうの無いから」

「そうなんですか? 詩織さんって、スタイルが良くて顔は間違いなく美人さんだし性格はサッパリしているから、今までモテて大変だったんじゃないのかなと」

「子供の頃から、そういうことに時間を掛けなかったの。話したと思うけど、小さい頃から叔父の剣道場に通わされて、それが嫌で中高は水泳部に入って練習と大会漬けだったし、大学に入ったら剣道場に戻って手伝わされて、おまけに4つ上の兄貴とバイクでしょう。誰かと付き合うとかそんな暇はなかったの。時間があっても別のことをしていたけどね。何処かのヒロインが『恋愛は気の迷い』とか言ってて、そこまで言う気は無いけど、そうことに時間を使うのは時間がもったいないかな」

「詩織さんのその話、初めて聞きました。なるほど…詩織さんのやっていることが何となく分かりました」

「そっかー、この話は亜香里にしたのかな?『不思議ちゃん』にね。あれをインターカムで聞いたときには、吹き出しそうになってマイクに声が漏れないようにするのが大変だったよ。男子2人もよく見てるね」

「亜香里さんは鉄壁の『不思議ちゃん』ですから」

 ダラダラと話をしながらジャグジーにつかり、危うく寝そうになったので、ベッドに向かう2人。

 寝るところはベッドになったが、バスローブのまま寝てしまうのは今までと同じであった。

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