046 研修第3週 能力者補トレーニング7

「萩原さん、インターカムが聞こえていたのですか?」

 優衣が(全部、聞いていたの?)と思いながら質問する。

「ええ、何かトラブルがあると危ないので、つけっぱなしにしていました。僕の方は特に問題がなかったので、みんなの話を聞いていただけですが。藤沢さんと英人、英人と篠原さんで、いろいろ話をしていたので途中から口を挟むのも悪いかなと思って(黙って)聞いていました」

「(亜香里さんの話、萩原さんにも聞かれていたんだ。黙っておいてもらおう)そうなんですね。萩原さん、いろいろとお気遣いいただき、ありがとうございます(聞いたことは、引き続き黙っていて下さい)」

 優衣は亜香里からは顔が見えない角度で、お願いモードの顔で悠人に頼み込んでいた。

 5人は昨日から十分に飲めなかった水を、悠人が運んできた袋から補給する。

「これ『湧き水』と言ったけど、大丈夫かな? もう飲んじゃったけど」英人がゴクゴクと飲んだあとに確認する。飲む前に聞くのが普通だと思うが。

「そこはたくさん湧水が湧いていたから、たぶん大丈夫だと思う。ここは島だから、おそらく軟水じゃないのかな? 間もなくトレーニング終了で『組織』が迎えに来てくれるはずだから、お腹を壊しても何とかしてくれるよ」

 結局『組織』が用意した簡易濾過バッグを使うことはなかった。

「そうだ!『組織』のお迎えを呼ばないと。これは優衣の役目よね?」

「どうしてそういう風に決めつけるのですか? 前回と前々回は、たまたまスロットを見つけてカードを挿したら『組織』がお迎えに来てくれただけですよ。ここにはそれらしいものがありませんけど?」

「篠原さんの言う通りかも知れない。一応、海岸線までたどり着いたけど、このホテル跡が今回のトレーニングのゴールなのかも分からないし。その辺、亜香里さんはどう思いますか? これまでトレーニングのゴール地点を宣言してきましたけど?」

「ウーン、ジュラシックシリーズは、あまり興味がなくて見流しただけだから記憶にほとんど残ってないのよね。海岸線にたどり着いて何とか脱出した、ぐらいのエンディングしか思い出せません」

「そうですか、困りましたね。何かこういう状況に似た映画を思い出せませんか?」

 英人は『組織』がトレーニングプログラムを、映画のシナリオで作っていると思っている。

「一人で考えても煮詰まってしまうので、フリーディスカッションで意見を出し合ってみませんか?」

 この島に来てから、亜香里は食事の量を節制しているためか『脳に糖分が足りない!』と思っていたが、それを言うと優衣に『だから亜香里さんは…』と言われそうなので、これ以上自分に意見を振られないよう、みんなに提案してみた。

「では亜香里さん、無人島から脱出する映画で、記憶にあるのは?」

 亜香里がせっかく提案したのに、英人は亜香里の映画趣味に興味が湧き、さっそく聞いてくる。

「えっとー、無人島から救助される映画はいろいろあります。例えば『キャスト・アウェイ』は、トム・ハンクスがボロボロになりながらサバイバルする映画です。4年間も無人島暮らしをする時点で、今回の脱出には当てはまらないですね。無人島映画で個性的なのは『レッドタートル』という、日本・フランス・ベルギー合作のアニメーション映画があります。スタジオジブリが製作して、海外の業界筋には好評でしたが興行的には大爆死しています。この主人公は3回、筏(イカダ)で島から脱出しようとして失敗して余生を島で過ごします、女の人に変身したウミガメと一緒に。ってダメじゃない? 脱出できていないし… うーん、頭が働かない」(やっぱり糖分が足りない! つまらないことしか思いつかない!)しみじみと空腹を感じる亜香里である。

「ちょっと思い出したことがあるので、下の階へ行ってきます」

 優衣はバイクに跨(またが)り、スロープを降りて行く。

 優衣が一階に降りてからしばらくすると、亜香里たちがいる2階バルコニーのはるか上の方から大きなサイレン音が鳴り響き、空に浮かぶ雲にスポットライトが照らされる。何故かスポットライトの中央にはバットマンのバットマークが入っている。

 4人がポッカーンと口を開いたまま空を見上げていると、優衣がスロープを上ってきた。

「今回も、私がお迎えを呼びました!」

「優衣、凄いじゃない! どうやったの? それとあのバットマークは何? ここはゴッサム・シティじゃないのだけど?」

「亜香里さんが言ったじゃないですか? 迎えを呼ぶのは私の役目だって。それを言われたとき、ちょっと言い返しましたが、このチームのなかでの役割を考えるとそれも必要な役目だと思って。今回も備品に入っていたカードを入れるスロットが何処かにあるんじゃないかな?と思って考えてみたんです。海岸線を走って建物はこのホテル跡しかなかったし、悠人さんは飲み水を探しに行って、反対側から戻って来て何かがあった様なことを言わなかったから、ゴールはこのホテルしかないと思ったんです。ホテルだったら最初に行くのはフロントでしょう? フロント周りを探してみたら、ライトが点滅しているスロットが見つかってカードを入れたらビンゴでした」

「優衣たちがホテルに着くまでに建物の中は一通り調べたのだけど、そこは見逃していました。食料とか武器とか興味が違う方に向いていたから。それにしても3回目もよくやったね」

「詩織さんに云われると嬉しいです。それから私はカードを入れただけで、サイレンとライトは『組織』がセットしたのでスポットライトのマークは分かりません」

「あのマークは謎ですね。でもこれで『組織』の迎えが来ますから、あとはゆっくりと待ちましょう」

 リラックスモードに入り、バルコニーの手すりに寄りかかる悠人。

「さっきホテルの中を調べたとき、ジムだったところにあるシャワーは水が出るから、亜香里たちは塩を落としてくると良いよ。水は飲まない方がいいと思うけど」

 詩織のアドバイスに従い、海竜の飛沫を浴びたままの3人はスロープを下りてジムの施設跡へ向かう。

 悠人と詩織はバルコニーで迎えが来るのを待つことにした。

「今までもトレーニング終了の合図のあと『組織』の迎えが来たのは、日が沈んでからなので、今回も待ちそうですね」

 悠人が前回までのことを思い出す。

「1回目はかなり待ったと思いますが、前回『猿の惑星』では、呼んだのが日没近くで、夜になって直ぐ来たからあまり待たなかった様に思うのですが… いずれにしても、トレーニング中は時計もスマートフォンも無いので時間の感覚があやふやです」

「時間が分かるたぐいのツールを配布しないのも、トレーニングの一環なのかな? 今回初めてトレーニング中に一夜をあかして、日頃、いかに時間にとらわれているのかを実感しましたよ」

「そうかも… 離れたメンバーとの情報伝達の方法も『組織』が配ったインターカムだけでしたし」

「でも、このインターカムの性能は凄いですよ。英人たちが山の麓ふもとにいて、この海岸から連絡が取れたし。この島に着いてから電源を入れっぱなしなのに電池が無くならなくて、どういう構造になっているのか、分解してみたいところです」

「確かに。普通バイクで使うインカムは、すぐに電池が無くなりますからね。これは武器じゃなので、戻ってからも使えないか『組織』に聞いてみようかな?」

「おそらく『ダメ』が出ますよ『組織』だから。ミッションの時のみ配布になるんじゃないですか?」

「そうなりますよね『組織』は『絶対』のキマリとかが、多そうですから」

 それから悠人と詩織は『組織』や、インターカムで聞いた亜香里のことを話していた。しばらくすると、サッパリした顔の3人がスロープから上がってきた。

「シャワーブースが広かったから、バイクごとシャワーで塩を流してきたよ」

「加藤さんはシャワーのあるところまでバイクで乗りつけるんですから、ビックリしました」

「優衣たち、加藤さんと一緒にシャワーを浴びたの?」

「水が出るのが男性用だけで、ジャンプスーツの中は問題なかったので洗ったのは、首から上だけです」

 3人とも髪から水が滴り落ちていて、気になった詩織であるが心配は無用であった。

 島に注ぐ日差しが昼から夕方に変わろうとする頃、水平線から一機のヘリコプターが近づいて来た。

「トレーニングもようやく終了ね。今回はハラハラすることや戦うことが少なかったけど、長くて疲れたよ」

「亜香里さんが、それを言いますか? 亜香里さんが海竜に向かって行った時は、ハラハラどころではありませんでしたよ!」

「篠原さんの言う通り。あれを見た時は思考が止まって動けませんでした」

「ご心配をおかけしてすみませんでした。ちょっとあの時は勢いに任せてしまいました」

 ヘリコプターがホテル跡に近づき、ホバリングしながらバルコニーが1階ロビーの上に広がっている広場に、亜香里たちが乗ってきたカプセルを着地させた。

「乗り込みましょう。前回と同様にバイクとかは放っておいて良いと思うので」悠人は女性3人を先に載せ、自分と英人が乗り込んだ。

 カプセルに乗り込むと内は来た時と同じ様子。

「お腹すいたぁ、ギャレーは? おぉ! 食料が補充されている。まずこれを食べよう」他の4人も十分な食事が取れないまま一夜を明かしたため、携行食と飲み物を頬張る。

 中央のディスプレイには『着席とシートベルト』のサイン。5人は食べものと飲み物を持ったまま、着席しシートベルトを締める。

「研修センターに戻ったら、今回は良い食事が用意されていることをお願いしますよ」亜香里の祈りと同時にハッチが閉まり、カプセルが上昇を始めた。

 ビージェイ担当はそれを確認して、5人の睡眠確保と輸送の手続きを進めていくのであった。

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