015 研修3日目 どうする?

 最後まで聞いている内容が腑に落ちない機械音声の説明が終わり、担当と呼ばれていた会社員風の上半身を映し出していたホログラムが、目の前の空間からスッと消えた。

 亜香里たちは避難訓練が行われた建物からグランドに出てみると、グランドには誰もおらず、他の新入社員は宿泊棟へ戻ったようだ。

「このまま『組織』に入っても大丈夫なのかな? 話が急で説明の内容も理解し難いことがばかりなのだけど」

 萩原悠人はどうしたものかと思案顔。

「さっきの説明だと『とりあえずやってみて下さい』と言う感じだから、それで良いのでは? 能力者補ってパダワンみたいなものでしょう? 向いてないと思えば、そこで辞めれば良いのでしょう?」

 統括が例として説明しただけなのに、亜香里はジェダイになるつもりらしい。

「でも、あれだけ訳の分からない技術を持っている『組織』ですよ。途中で抜けたりしたら、世の中から消されたりするんじゃないのかな?」

 加藤英人は柄にもなく心配している。

「うーん、どうなの? 担当の話の通りだとすると『組織』を抜けても、普通の会社員に戻るだけでしょう? 私たち5人が『組織』を抜けた途端、急に会社から姿が消えたら周りの人がおかしいと思うし、万が一でも殺されたりはしないと思うけど」

 詩織は『組織』で自分の能力を試してみたいという気持ちに傾いている。

「私は気になることがあるので『組織』に参加しても良いかな、と思います」

 一番慎重そうな優衣の『組織』への参加表明を他の4人は意外に思い、何かを考えている風の優衣の様子を伺うが、彼女からそれ以上の言葉は出なかった。

「優衣も参加したそうだから、やってみますか? 人助けみたいなものを」

 詩織は能力を使ってみたくなりウズウズしてきた。

「うん、やってみようよ。江島さんって人が『組織』の目的は世界の『平和と安定を維持する』事だと言っていたから、PKOみたいなものでしょう? 参加して成果が出れば勲章とかもらえるんじゃない? それよりもお腹が空いたよ(腕時計を見て)アッ! 夕食の時間! 着替えは後回しにして食堂へ行こうよ」

 訳の分からない事を経験した後でも、亜香里の食欲は健在である。

「俺と悠人は一度、宿泊棟に戻って着替えてから食堂に行きます。5人がこのままの格好で一緒に食堂に入ったら、他の新入社員から変に思われますから」

「英人の言うとおりですね。このあとみんなで集まるのは止めておきましょう。話し合いたいことがいろいろあるけど、まだ男子と女子で固まっているグループもいないみたいだし」

 悠人と英人は慎重である。

「「「了解です」」」

 面倒なことを避けたいのは亜香里たちも同じだった。


 ほとんどの新入社員は夕食を済ませたあとで、食堂の中はガランとしていた。

「アーッ! 労働のあとの、ご飯はおいしいね!」

 亜香里は2杯目のどんぶりご飯を口に運んでいる。

「亜香里はいつもじゃない? ご飯がおいしいのは。私たちは未だ研修中だし、仕事という名の労働はまだ始めてないでしょう?」

 亜香里の斜め向かいに座っている詩織は、お代わりはせずに食べ終り、お茶を飲みながら真っ当なことを言う。

「今日の亜香里さんは活躍しましたよ。ターミネーターをやっつけたり、偉い人に意見したりしましたから」

「優衣は良いことを言うねー(そうだ! 優衣のエルフ耳を確かめないと)優衣、チョットいい?」

 優衣の横髪を『ヒョイッ』と、かきあげて耳をつまみ、耳をジーッと見る亜香里。

 「フーム…」と言う、亜香里の息が優衣の耳にかかる。

 お茶を飲んでいた優衣は、盛大にお茶を噴き出してむせかえる。

 向かいに座ってお茶を飲んでいた詩織は、頭から上半身にかけて優衣が吹き出したお茶を浴びてしまい、今日2度目のビショ濡れに。

「なにやってるの! 怒るよ!」

 詩織は戦闘モードに入る。

「亜香里さんが悪いんです! 急に耳に息を吹きかけたりして! やっぱり変態さんです」

 優衣は自分が原因ではないことを必死に主張する。

「さっきの戦闘でね、優衣が弓をサクッと装備したでしょう? しっかり放った矢はターミネーターの腕に突き刺さったし。弓といえばエルフでしょう? 優衣の耳はもしかしたら尖っているのかな? と、思ったからさ…」

 亜香里の説明は、明らかに言い訳モードで全然説明になっていない。単なる映画オタクの戯言(たわごと)でしかなかった。

「なんで弓を持っているだけで、エルフになるんですかぁ? そんなこと言ったら、弓道場はエルフだらけじゃないですか?」

 優衣の言うことは至極(しごく)真っ当である。

「どうでもいいけどさぁ、つまらない理由でビショビショになった私をどうしてくれるわけ?」

 あまりにも下らない理由にあきれて、詩織は戦闘モードが失せていた。

「すみません。今日、お風呂でお背中をお流しします」

「私も優衣と一緒に…」

「そんなのいらないからね! お風呂はゆっくり入りたいから!」

 腹の虫が治まりかけたのに、また詩織を怒らせてしまった亜香里と優衣である。


「悠人、マジでどうする? なんだか怪しさ百倍じゃない?」

 英人と悠人は宿泊棟に戻りながら、自分たちの身に起こったことをどうしたものかと思案する。

「さっき体験したことは一般常識いや、それ以前に物理学的にもあり得ないことばかりだったと思う。だけど英人も俺もアクアラング無しに水中で呼吸が出来て、そのあと小林亜香里は自分を持ち上げていたターミネーターを一瞬で消し去ったし、この説明できない現象を解明するためにも『組織』に入るのは、ありかなと思う」

 悠人は理論、原理が気になっている。

「会社の研修センター施設が『組織』のトレーニング施設でもあることが分かったから、入社したこの大きな保険会社と『組織』はある面、一体のものだと思う。どのような仕組みで運営されていて、会社がどこまで関わっているのかという疑問は残るけど。さっきの説明の通りだとすれば半世紀以上前から活動しているみたいだし、思想的にも危なくはなさそうだから『組織』に入っても良いかなと思う。『組織』のメンバー全員がこの会社の社員みたいだしね。会社の中の実業団的な活動? 同好会活動? のような位置づけになっていると思うんだ。だから『組織』に入ることは、この会社でやってく上でプラスになってもマイナスにはならないと思う」

 会社の中のポジションも気にする英人である。

「守秘義務は厳しいと思うけど、使っている技術の応用発明とかは『組織』への貢献が高ければ、認めてくれそうな気もするしね」

 悠人は不思議な技術の特許が気になっていた。

「悠人が気にしていた小林さんは『組織』に入る気が満々みたいだから、それもあるんだろう?」

「ターミネーターとの戦いを見るまではカワイイ子だな、と思っていたけど平然とターミネーターに立ち向かっていく姿を見たら、チョット特殊な人なのかな? と思い始めているよ。どういう神経をしてるんだろう? 変な能力も、いろいろ持っているみたいだし…」

「そこまで特別だったら観察対象としてウォッチし続ける、というのもありじゃない?」

「それは、そうだけど…」

 小林亜香里という存在『謎の生物(いきもの)? 人ではない何か?』をどうとらえて良いのか、わからなくなっている悠人であった。

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