016 研修4日目 新カリキュラム

 前日、前々日と同じ時間、午前9時に川島講師が研修棟の教室に入ってくる。

 亜香里たち新入社員は勝手にも慣れ、着席して静かに席に着いていた。

「みなさん、おはようございます、昨日の避難訓練はいかがでしたか? 保険会社といえども、会社そのものが災害にあう可能性は十分あります。日頃からそのような事も頭の隅に入れて行動してください」

「さて、今日と明日は来週からのカリキュラム実施に向けての準備をします。昨日までは会社の基礎的なことを研修してきましたが、来週からは実務を想定した研修に入ります。今までどおり座学による研修も行いますが、実務を想定して配属先の職種が異なる社員を集め、チーム編成をして課題に取り組むという、いわば仮想的なOJTトレーニングを実施します」

「その準備として、今日と明日は予備知識の習得状況を確認し、明日の研修時間の最後に皆さんのおおよその配属先をお知らせします」

「「「おおー!!!」」」

「「「ええー!!!」」」

 室内に希望と不安の声が入り混じる。

「落ち着いて聞いてください。正式な辞令交付を行うわけではありません」

 川島講師の説明が今一つ、ピンとこない。

(『組織』が関係しているから、こんな歯にモノが挟まった言い方をするのかな?)

 昨日、突然『組織』から加入の話を受け、小林亜香里と藤沢詩織は講師の説明に何か思惑があるのではないかと、訝(いぶか)しげな表情をする。

「それでは、これまでに講義を行った内容の中で、特に重要なことについておさらいをします。初日に配布されたテキストを出してください」

 川島講師の説明が始まるが、詩織は「OJT」「配属先」のことが気になり講師の説明を上の空で聞いていた。


「辞令交付ではなくて『おおよそ』の配属先』とは何なのですかね?」

 亜香里は満足そうにお昼ご飯を食べながらも顔はハテナマーク。

「私のクラスでも、同じような説明がありました『だいたいの配属先』と講師の方が説明していました」

 食堂では小林亜香里と藤沢詩織のテーブルに、違うクラスの篠原優衣も同席する『組織』の能力者補メンバーで食事を取ることが固定化されつつあった。

 亜香里と詩織が同じ大学の出身、亜香里と優衣が宿泊棟で同室ということもあり、他の新入社員からは仲良しグループ程度にしか思われていないようだ。

「優衣のクラスも同じような説明があったのね。入社式の時にもらった新入社員用ガイドブックには研修最終日に配属先を知らされて、配属先に出社して辞令を受け取る様なことを書いてあったと思うけど」

「詩織の言うとおり、そんな説明を読んだ気がする。配属先は支社か営業所かな? くらいにしか思っていないから気にしてなかったよ。勤務先の近くに美味しいお店があるのかどうかは重要だけどね」

「亜香里らしいなぁ。それはともかく、違う職種で採用された新入社員をチームにして、OJTトレーニングを行うというのが怪しいと思う。実務を知らない新入社員同士がいくら集まっても、仕事なんて進められないでしょう?『組織』が能力者補を集めてトレーニングをするのではないかと思うの」

「それは昨日、能力者補になった私たち5人を集めてトレーニングをするということ?」

「昨日のメンバーが一つのチームに集まればそうなるよね。他にも能力者補がいるのかどうか、分からないけど」

「これからのことは、これからにまかせるとして、昨日の夜は研修センターに来て初めて熟睡ができたし、まともに目が覚めた気がする。とりあえず機械音声の担当は言ったことを守ってくれたみたい。昨日の夜も今までのようなことが起こって、訳の分からない世界に行かされていたら怒っていますよ」

 亜香里は『今日は眠たくありません』を強調する。

「ということは、OJTトレーニングの中で『組織』のトレーニングがあるってことじゃない?」

「詩織さんの言うとおりになりそうです。でも研修時間内でも恐竜とか洪水とか、怖い目や痛い目にあうのは勘弁してほしいです」

 優衣の弱気モードは継続中。

「『組織』の参加には優衣も積極的だったじゃない?『気になること』って、何?」

「気にするほどのことでもないのですが、昨日『組織』から聞いた内容と同じことを以前、親戚の叔父さんから聞いたのを思い出したものですから」

「どういうこと? 優衣の親戚がこの『組織』にいたってこと?」

「話を聞いたのは小学生の頃なので記憶があやふやなんです。ただ、その親戚の叔父さんが勤めていた会社がこの会社だったのです」

「優衣が入社したことを知らせたの?」

「私が中学生の頃に亡くなりました。面白い叔父さんで親戚の子供たちが集まると、よく種明かしのないマジックを見せてくれました。亜香里さんがタコさんと戦った時にタコの足を消したり、包丁を出したのと同じ原理なのかなと思ったものですから」

「亡くなったの?ご愁傷さまです」

 詩織が黙礼する。

亜香里は目線を斜め上にして『ムムッ』と考える。

「亡くなった方のことを聞いて悪いけど、その叔父さん、どうして亡くなったの? あと名前は分かる?」

「その叔父さんは九州に住んでいて葬儀に参列しなかったのですが、父から聞いた話によれば通勤途中の事故で亡くなったとのことです。苗字は父方の親戚ですから私と同じ篠原です」

「で、名前は?」

「『アキ叔父さん』と子供の頃、呼んでいたから『アキ?』なんだったんだろう?」

「二人とも食事は終わったよね? ちょっと入口の門のところまで付き合ってくれない?」

「亜香里、どうしたの急に? まあ付き合うけどさ」

 宿泊棟の玄関から靴に履き替えて、正門へ向かう。

 亜香里は敷地内から見て左手にある銅像の方へ歩いて行き、詩織と優衣はそれに続いた。

「何これ? 創業者の銅像? 研修センターに着いたときに気がつかなかったよ」

 亜香里は詩織のコメントをスルーして、少し離れた場所にある[殉職者の碑] へ向かう。

 碑の裏に回り、台座にきれいに並べて貼られているネームプレートを上から順に読んでいく。

 プレートは一枚一枚、年代も異なり古いものは名前が薄れて読みにくい。

「うちの会社、こんなに殉職者がいるの? 保険会社で殉職ってなんなのよ?」

 数日前に亜香里が思ったことと、同じことを詩織は口にする。

「明治の初めに創業されたから、今までにいろいろあったんじゃない。あっ! あった! 優衣、この名前じゃない?」

 亜香里が指し示すネームプレートには [ 篠原昭男 ] と書かれている。

「そうかもしれません。アキ叔父さんの口癖が『 俺は昭和のオトコだぁ』て言うのを父から聞いたような気がします」

「そうだとすれば、なんで亡くなった原因が通勤途中の事故って言っていたのかな? 殉職って、職務中に亡くなったってことよね?」

「そうだと思う。優衣は叔父さんの亡くなった理由が気になって『組織』に参加しようと思ったわけ?」

 気を使う詩織。

「そう言うわけではないのですが、昨日、あんな不思議な体験しているうちに、フッと昔のことを思い出して気になりました。でも随分前に亡くなった親戚のことをいろいろ考えるより、こっちの世界で頑張ろうと思います。叔父さんのことは『組織』にいれば、いずれ分かるような気がします」

「良いこと言うねぇ。さすがエルフもどきの幼女よ」

 うなずきながら余計なことを言う亜香里。

「亜香里さん! 私はエルフでも幼女でもありませんから!」

「そろそろお昼休みが終わるから、2人とも続きは次の休み時間にしようよ」

 詩織の仲裁で講義の準備のために宿泊棟へ戻る三人であった。

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