014 研修3日目 能力者補の認定

 最後はあっけなく屋上に出てきた亜香里たち。

 屋上から周りを見渡すと、今まで新入社員研修を受けていた研修センター周辺の景色とは全く異なっている。

 目の前には草原が広がっており、遠くの方には山々が見える。

 どこかの国という雰囲気ではなく、映画の背景で見るような景色。

 映画に出て来るような景色を見て、亜香里は思わずつぶやく。

「これはロード・オブ・ザ・リングで遠くの山脈が見えるところですよ。いや?タイムマシンに乗っていくどこかだったかな? 思い出せないなぁ」

 頭の中でいろいろな映画のシーンが駆け巡る。

「また、変なとこに出て来ましたね」

 悠人が落ち着いて口を開く。

 変なことが起こり過ぎて、5人は動揺しなくなったようだ。

 昨日の夜、夢の中?で聞いた機械音声が、どこからともなく聞こえてきた。


「みなさん、お疲れ様です。ここまで無事にたどり着きました。『組織』の能力者補として歓迎します。それでは、ここの責任者である統括からご挨拶があります」

「なに? なに? 何、言ってるの?」

 亜香里が大声を出すと、他の4人も大きくうなずく。

 目の前に広がる空の手前に、スーツを着た中間管理職のようなオジさんの映像が立体的に現れた。

「3Dホログラムだと思うけど、周りにパネルや照射装置が見当たらないね。どういう仕掛けなんだろう?」

 英人が疑問をそのまま口にする。

 亜香里は自宅にある古いDVDで見た、C-3POが映し出したレイア姫を思い出す。

「ここに来るまで不思議だらけでしたから、こんな映像を見るとかえって安心します。映画を見ているみたい」

 ホログラムのオジさんが話しを始める。

「みなさん、こんにちは。私はトレーニングセンターの責任者で統括の江島です。みなさんは新入社員の中から素質のありそうな人材として選ばれ、いくつかのテストを行い、ここに残った5人に適性があると判断されました。『組織』に入ってもらうこととします。詳しい内容については担当から説明があります」

 初めて聞く声で、今まで聞こえてきた機械音声よりやや低い声である。

(適正って何?『組織』って何なの?)

 何がなんだかわからない5人。


 ホログラムの映像が切り替わり、見た目30代のメガネをかけたワイシャツ姿の男性上半身像が現れる。

「皆さんには、いろいろと疑問もあろうかと思います。これから順を追って説明します」

 今までの機械音声に戻る。

「ここに来てから疑問だらけです。誰だか知りませんが、ちゃんと説明してください」

 研修初日から散々な目にあっている亜香里が真っ先に文句を言う。

「一度にいろいろ説明すると皆さんが混乱すると思います。基本的なところをお話しして、その他のことは後日説明します」

「その前に、ここはどこなの? 私たちは会社の研修センターで避難訓練を受けていたはずなのに」

 詩織が(はっきりしろ!)という表情で質問する。

「心配には及びません。ここも研修センターの中なので、皆さんは今も研修中です」

 分かった様な、分からない様な回答をする担当。

「周りの景色が全然違うんですけど。映画に出てくる様な風景ですが」

 亜香里は周りの景色が気になって仕方がない。

「小林亜香里さん、鋭いですね。おっしゃる通り映画の風景です。今の皆さんの状況が他の新入社員から見えないように、周りにスクリーンを張っています。実際には他にもいろいろとやっていますが、簡単に言えばそういうことです。みなさんは昨晩、早い人は初日から違う世界で空を飛んだり、水の中に入ったり、戦ったりしたと思いますが、全て研修センター内でのプログラムです。みなさんはずっと新入社員研修中です」

「今まで私たちが経験したことは、全て集団催眠とか幻覚だった、ということですか?」

 悠人は担当の説明どおりであれば、そう解釈するしかないと思っていた。

「萩原悠人さん、こちらの説明が終わっておりません。最後まで聞いてから質問してください。皆さんが研修センターに入ってから経験した特殊なことは、トレーニングレベルで行われた事とはいえ、全て皆さんが行ったことです。皆さんが遭遇した恐竜などは作り物であったり、映像を重ね合わせたもので、そういう意味では幻覚に近いのかも知れませんが、その中で皆さん、飛んだり潜ったり戦ったりしてきたのは事実です」

 担当は丁寧に説明しているつもりだが、そもそもの前提を説明していないため5人はますます混乱している。

「まどろっこしいので簡単に聞きたいのですが、なぜ、私たちは飛べるようになったのか? この能力は何なのか? 『組織』に入るとどうなるのか? というところを教えてください」

 亜香里はお腹が空いてイライラしてきた。


 ホログラムが統括の江島氏に切り替わる。

「私が説明しましょう。皆さんが使った能力は分かりやすく言えば、フォースのようなものです。『組織』はジェダイ・オーダーのようなものだと思えば分かりやすいかもしれません」

(おいおい、マジかよ。このオッサン、大丈夫?)

 顔を見合わせる悠人と英人。

「ちょっと待ってください! スター・ウォーズは大好きですよ。エピソード1から9まで全部見ていますしローグ・ワンには感動しましたが、ここは21世紀の日本です。太陽は2つ無いしデス・スターも攻撃して来ないじゃないですか」

 いきなり『フォース』と言われて、亜香里の映画脳が過剰反応する。

「1977年にエピソード4が米国で公開されたとき、当時の『組織』は驚いたそうです。特に米国の『組織』は、誰かがジョージ・ルーカスに『組織』のことをバラしたんじゃないかとか、彼が以前『組織』に所属していて『組織』の秘密をネタに映画化して一儲けしようとしたんじゃないかとか」

「しばらくの間『組織』は彼を観察対象としましたが、エピソード5、6で彼は映画で『組織』を描いた訳ではなく、彼の想像の産物であることがわかったため観察対象から外しました」

 江島氏は一息つき、5人の顔をぐるりと見てから話を続ける。

「いずれにしても能力者としての能力の源泉はほぼ同じようなもので『組織』の目的も『平和と安定を維持する』という意味ではジェダイ・オーダー、ジェダイ評議会と同じです」

「説明は分かりましたが意味は分かりません。私たちは、これからジェダイ・マスターに付いてジェダイを目指すということですか?」

 分からないながらも少しワクワクする亜香里。

「今の説明は分かりやすい例えとして話をしただけです。我々の活動と皆さんのミッションは、スターウォーズのジェダイとは大きく異なります。これからの事については能力者補としてトレーニングを重ねていく中で、徐々に分かってくると思います。別件がありますので、私はここで失礼します」

 江島氏のホログラムが消え、担当の姿が現れた。

「それでは皆さん、今年度の新しい能力者補として、これからトレーニングを続けていくことでよろしいですね?」

「いやいや、全然よろしくないでしょう? そもそも保険会社に就職したはずなのにジェダイを目指して平和を守るとか聞いていませんし、承諾書も出していません」

 常識的に考えれば、悠人の発言は真っ当である。

「皆さんが当社に入社したことは間違いありません。私も皆さんと同じ東京日本生命損害保険株式会社の社員です。ただ一般の社員と違うところは、それにプラスして自分が使える能力を発揮して、世の中が平和を保てるように貢献することです。世の中が安定的に平和であることは、保険会社としても支出が減るので一石二鳥だとは思いませんか?」


「(なんとなく、だまされているような気がしないでもないけど)『組織』に入って会社の仕事と両立できるのですか? 会社の仕事もまだ覚えていないのですが?」

 亜香里は意見をしながら『空は飛べるし、なんだか面白そう』と思い始めていた。

「先輩社員としてアドバイスします。充分両立できます。我が社は業界の中で率先して、ワークライフバランスに取り組んでおり、全社員コアタイム無しのフレックス制度、各地域へのサテライトオフィスの設置、在宅勤務制度、有給休暇取得の義務化等々をすでに実施済みです。『組織』のミッション中は就業時間外ですので、たまには夜遅くや休日の出動もありますが平和に貢献しますので、それに見合った処遇が与えられます。皆さんはまず、能力者補としてトレーニングを重ねて簡単なミッションから取り組んでもらいます。その時点で本人から辞退の申し出があれば『組織』を脱退して、普通の保険会社社員となります」


 顔を寄せて話し合う5人。

 それぞれの表情には(とりあえずやってみるかな?)という雰囲気が漂い、その中でも亜香里はやる気満々である。

「トレーニングを続けることには承知しました。ただ昨日までのように寝ている間のトレーニングは睡眠不足になって研修が受けられません」

 食事と睡眠は譲れない亜香里である。

「皆さんは、これから能力者補としてトレーニングをするわけですから研修期間中であっても、そのための時間は確保されます。その方法については追って連絡します。時間も経ちましたので、今日の説明はこれくらいにしておきます。グランドへ戻って会社の研修を続けてください」

 機械音声の話が終わるとホログラムも消えた。

 それと同時に周りの景色も研修センターの周辺景色に戻り、亜香里たちは避難訓練をした建物の玄関前に立っていた。

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