013 研修3日目 避難訓練 その2

『屋上へ上がる通路を探さないと』と思い、立ち上がるが5人とも動作は緩慢としている。

 5人がいる小さな部屋もその部屋の周りからも何の音も聞こえてこない。

 部屋に一つだけあるドアを開ければ直ぐに屋上に上れるのではないかと思いつつ、1階からの脱出騒ぎと2階の不気味な静けさに、なかなか身体を動かせない。

 5人とも1階の水浸し(どちらかと言うと水責め)で、頭からつま先までグッショリと濡れており、部屋に暖房は無く4月始めに濡れネズミのままで薄暗い部屋にいると、動きにくいと感じる前に肌寒さが半端ない。

「亜香里さん、寒く無いですか? 私は寒くて震えが出そうです」

 優衣はガタガタと震えている。

「寒いねー。今日は消防署の人も来ているから、そこにある木の椅子をバラして焚き火でもしようか?」

「亜香里ぃ、その冗談はつまらないよ、オチが無いし。この部屋を出て何かと戦って身体を暖めてから屋上へ上がるのが『組織』のシナリオ的には正しいのではないの?」

 詩織は戦闘モードに入っている。

「1階の水責めからすると藤沢さんの言う通り、何かイベントをクリアしないと屋上に行けないような気がします」

 加藤英人が詩織に同意する。

「藤沢さんや英人の言う通りかも知れない。とすると、この部屋を出て面倒なモノに遭遇して、昨日の夢の中みたいに不思議な能力を使って先に進む、となるわけですが一番不思議経験の回数が多い小林さんはどうしますか?」

 萩原悠人の順序立った説明はわかりやすいが、話の振り方は微妙である。

「(なんで私に振るのかなぁ?『不思議経験の回数』とか表現が微妙でしょう?)とりあえず、屋上への道を探すしかないでしょう? 私たちが2階に上がるのに階段を使ったわけではないし、普通の方法では屋上に行けない気がします。途中でゾンビが出てきたら、ブン殴れば何とかなるでしょう?」

 亜香里はこの建物の中を、昨晩までの夢の続きだと思い割り切っている。

「亜香里らしいなぁ。まあ、そうするしかないのだけど、何か手元に武器が欲しいね。そこの棚に何か入っていない? 部屋の中で何か使えそうなモノを装備してから部屋を出ようよ」

「(詩織、あんたは傭兵か?と思いながら)棒でも何でもいいから、何か持って行こうよ」

 亜香里は頼もしい詩織の意見に同意する。


 詩織の意見に従い5人は部屋の中を探し始める。

 英人が作り付けの大きな収納棚を開けると、その中は武器庫さながらに日本国内で所持していれば、間違いなく警察に捕まる非合法的なモノがドッサリと入っていた。

「なんなんだよ! とんでもないモノがいっぱい入っているけど、こんなものを使わないと、ここから出られないイベントが発生するわけ?」

 棚の扉を開けた英人の大声で、みんなが棚の中をのぞきこむ。

「刀剣のたぐいは見ればなんとなく分かるけど、銃は映画で見たくらいで使い方が分からないから、私は太刀と小太刀を持って行きます」

 詩織はサクッと刀を2本とり、棚にあったヒモでそれぞれ、腰と足にしばり付け、戦闘モードに入る。

「なんで、そんなに簡単に刀を装備できるわけ? 詩織はくノ一だったとか? 今まで聞いていなかったけど」

 学生の頃から詩織を知っていた亜香里が不思議な顔で聞く。

「同じ沿線に住んでいる父方の叔父が、剣道場をやっていてね。小さい頃から通わされて、それが嫌で中高生の時は水泳をやっていたけど、大学に入ってから道場を手伝わされて。まあ、いろいろあったわけですよ。道場では真剣も型だけだけど、やらされているしね」

「藤沢さんがいて良かったです。俺らは何を持って行こうか? おいおい、AR-15とAK-47が並んで置いてあるとか、ここはテロ組織かよ」

「『節操なく武器を集めました』って感じだね。その隣にあるS&Wかコルトだったらワイキキで体験射撃をしたから、何とか使えるんじゃない?」

 大学の研究室時代に担当教授の学会発表へ(なんで、ああいう国際学会はハワイとかリゾート地が多いんだろうと思いながら自腹で)ついて行った悠人と英人である。二人はそれぞれ適当なハンドガンを手にした。

「私は弓を持って行きます。チョット怖そうな洋弓ですけど、なんとかなると思います」

 優衣は真剣な表情で洋弓と矢を選ぶ。

「優衣、弓をやっていたの?」

 意外、以外の何ものでも無いという表情で詩織が聞く。

「中学と高校の部活で弓道部に入っていました。大学に入ってからは時々、地元の弓道場で引いていたくらいですけど」

(優衣が弓かぁ、弓と言えばエルフしか思いつかないけど、エルフは子供でも弓を引けるの? 優衣の耳は尖っているの? あとで確かめてみよう)

(でも、やっぱり戦う時の矢は、オーランド・ブルームに放って欲しいよね)

 亜香里はロード・オブ・ザ・リングの戦闘シーンが頭の中を巡る。

「みんな手持ちの武器が揃ったから、ドアを開けて進みますよ」

 悠人が部屋からの出発をうながした。

「チョット待って、待って! 私、まだ何も持ってないよぉ」

 置いてきぼりにされるのではないかと焦る亜香里。

「亜香里は何も持たなくてもいいんじゃない? 最初から不思議な力を持っているし」

 詩織は『亜香里は武器、要らないよね?』という顔で話をする。

「そうですよ、あれだけ強かったですし、どこからでも武器を出せますよ」

 優衣は、亜香里が両手に柳刃包丁を持つ姿が記憶に焼きついている。

「いやいや、私にも何か持たせてよ」

 改めて棚の中をのぞき込む亜香里。

「うーん、どれを選んでいいか分からないから、これでいいや」

 重そうなバッグを棚から取り出し、肩にたすき掛けにする。

「小林さん、何を持って行くの?」

 英人に聞かれて、バッグを開けて中を見せる。

「それが一番危ないかも知れない。持ち運びに気をつけて下さい」

 悠人は真面目な顔をしてアドバイスをする。

 亜香里が持ってきた肩掛けバッグの中身は手榴弾、プラスチック爆弾等々、爆弾セットであった。

 

 ゆっくりとドアを開ける悠人。

 2階の廊下も非常灯の光だけで薄暗く先が見えず、長い廊下が続いている。

 廊下の突き当たりは右に折れており、その奥からガチャガチャと機械音が聞こえてくる。

 「さっそく何か来ましたよ」

 優衣が不安そうな声でつぶやく。

「2階の天井は高いけど5メートルもないから、とんでもなく大きいナニかは出てこないと思うよ」

 出てくる音がゾンビ系のものではなさそうなので詩織は安心している。

「でもなんだか面倒くさいモノが出てきそうな気がする」

 一番の経験者である亜香里の勘が働いたようだ。

 ガチャガチャする機械音が大きくなり、廊下の角からマシーンが姿をあらわした。

「アレって、初期型ターミネーターじゃない? シュワちゃんだったら私たちを助けに来たの?」

 亜香里の頭の中が映画再生モードに変わる。

「襲ってくるターミネーターが普通でしょう? シュワちゃんは特別に主人公を救う設定ですよ」

 英人はその辺にはこだわる。

「どう見ても、こちらを襲ってくる感じだから襲われる前にこちらからやっつけないとね」

 悠人は現実的。

「でも私の刀は刃が立たないし、優衣の弓も通らないだろうし、あなたたちのピストルでも歯が立たないのでしょう?」

 武闘家は攻撃力の分析が早い。

「小林さんの爆弾しかないですね。手榴弾を投げてみますか?」

 英人は簡単に言う。

「この閉ざされた空間で手榴弾を爆発させたら、こちらの方が被害が大きいよ」

 悠人が分析的に英人の案を却下する。

 話をしているうちに、ターミネーターがドンドン近づいて来る。

「取りあえず、弓を打ってみます」

 優衣は矢継ぎ早に数本の矢をターミネーターに放つと、そのうちの1本が ターミネーターの左腕を貫通し壁に突き刺さった。

 動けなくなり矢と左腕を見るターミネーター。

「優衣、その矢は何なの? すごいけど」

「少し変わった矢だなと思いましたけど、引いた感じはふつうでした」

 詩織の驚きに、優衣は普通に答える。

(篠原さんも、何か不思議な力を持っているのかな)悠人は思い始めていた。


 動きが止まっていたターミネーターは自分の左腕を引きちぎり、再び5人の方へ向かって来る。

 悠人と英人がピストルを数発発射すると、ターミネーターに命中するごとに一瞬、動きが鈍るが相変わらず5人に近づいてくる。

 昨晩のことを思い出しながら考える亜香里、そして『ハッ』と思いつく。

「そっかー、手榴弾をターミネーターの口に噛ませて、そこで念じて消してしまえばいいのよね」

「亜香里さぁ、簡単に言うけど大丈夫?」

 詩織がそう言っている間にも、表面の金属が鈍く光るターミネーターが5人に迫ってくる。

「殺されたりはしないでしょう? 会社の研修中だし研修センターの中だもの」

 亜香里は足早にターミネーターへ近づいて行き、バッグから手榴弾を取り出すと、映画で見た知識で手榴弾のピンを引き抜き、背伸びをしてターミネーターの口に手榴弾を押し込んだ。

 ターミネーターは亜香里の片手を引っ張り上げて宙づりにする。

「痛い! 痛いよー 放せー」

 亜香里は宙ぶらりんになったままバタバタするが、ターミネーターはびくともしない。

「小林さーん、ピン抜いたから早くターミネーターを消さないと、手榴弾が爆発しますよ!」

 悠人は、離れたところにいる4人と一緒に見守りながら叫んだ。

「あっ! ターミネーターを見過ぎて忘れてた」

(今日は不快なことが多かったから思いっきりやるぞぉー)

「ターミネーターぁぁ!! 消えろぉぉ!!」

 手榴弾が爆発し始めたコンマ数ミリ秒後の瞬間、ターミネーターと手榴弾は亜香里たちの前から消え去った。

 亜香里を吊り上げていたターミネーターの腕も消えたため、亜香里は床に投げ出され、ひどくお尻を床に打ちつけた。

「痛ぁい! なんで毎日、痛い目にあうの!」

 悲鳴を上げる亜香里に、4人は急いで駆け寄る。

「大丈夫? どこか怪我してない?」

 詩織は自分がサポート出来なかったのを気にしていた。

「亜香里さん、ひどくお尻ぶつけていましたけど、またアザが出来ましたか?」

 亜香里のお尻が気になる優衣である。

「結果オーライですが、ひとりで立ち向かうなんて危険ですよ」

 悠人は亜香里の無鉄砲な行動を心配する。

「今のシーン、凄かったです。そのままハリウッドに売り込みましょう」

 お気楽な英人であった。

「勝手に向かって行き、ご心配をおかけしました。でもこれしかないと思った途端、身体が動いちゃったの。以後、気をつけます」

 謙虚な勇者、亜香里である。

「でも考えてみたらターミネーターを消せるんだったら、手榴弾を口に突っ込まなくても良かったんですよね?」

 悠人が冷静に分析する。

「「「うん、うん」」」

 3人が同意する。

「(やっつけたのに突っ込みが来るとか、みんなは人への思い遣りというものがないのかなぁ?)まあ『終わり良ければすべて良し』ということで」

 適当な言い訳をする勇者亜香里である。


「先に進みましょう。今度は俺らが先に行きますよ」

 英人と悠人が先に立って歩き始める。

 ターミネーターが出てきた通路の角を曲がると、また通路が右に曲がり、その先にドアがある。

 ドアの前で一旦立ち止まり用心しながらドアを開けると、そこには屋上に上がる階段があり、急に明るくなっていた。

「「「「「まぶしい!」」」」」

 1階からずっと薄暗い部屋にいたため、外光が目に厳しい。

 薄目をしながら階段を上ると、簡単に屋上に出ることが出来た。

 ただ屋上の周りの景色が、研修センターのそれとは違う。

「やっと、屋上に出られたのに、ここはどこなの?」

 詩織が周りを見回しながら、疑問符一杯の声で言う。

「研修棟も宿泊棟も、それに一番大事な食堂がないじゃない!」

 亜香里らしい発言である。

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