009 研修3日目 朝食での話し合い
「小林さん、起きてください! また食堂で注目されますよ!」
篠原優衣は、熟睡したまま全く起きる気配のない小林亜香里の肩を激しく揺すっている。
「うーん、おはよう… 今何時?」
「朝食の時間が始まっています。この部屋にいるのは亜香里さんと私だけです」
亜香里はぼんやりと瞼を開き、優衣の顔に焦点を合わせる。
「亜香里さんと昨日一緒にいたからなのか、私まで変な夢を見ちゃいました。恐竜とかタコさんとか」
ぼんやりしていた亜香里は急に目を大きく見開き、優衣の腕をつかんで起き上がる。
「チョット、ちょっと待って! 優衣も私と同じ夢を見たの? 他に誰かいた?」
「藤沢さんもいました。一緒に飛んだり潜ったりして何回も助けられました」
「私と同じ夢! アッ、痛っ! 今日は左のお尻のほったぶが引っ張られた様に痛い。悪いけど見てくれる?」
「はいはい、尻モの亜香里さんのお尻ですから、喜んで」
「尻モは違うと言ったでしょう? 左の上の方、腰に近いところなの」
ジャージとパンツを少し下ろし、優衣の方にお尻を向ける。
「これ何ですか? 昨日の夜、何をやったんですか? 大きなハートマークが2つ付いています。新しいペイントシールか何かですか?」
「ハートマークが2つ? そんなの付けるわけないでしょう? 私のスマートフォンで写してみて」
「やっぱり、小林さんは変態さんですね。撮りますよ、はい!」
優衣はスマートフォンを受け取り、お尻を連写して亜香里に返す。
「お尻の写真なんて、たくさん撮らなくていいから。んんーっ? 確かにハートマークが2つある。タコと戦った時に吸盤で吸われた辺りなんだけど、何でハートマークなの?」
亜香里の頭にハテナマークが湧き上がる。
それまでニコニコしていた優衣が真顔になる。
「もしかして昨日見た夢は現実なのですか? 小林さんは私を助けて、タコさんに巻かれたのですよね? 今朝、起きたら枕がぐっしょり濡れていて、眠りながら涙で枕を濡らしたみたいなんです。夢の中でいろいろ怖いモノに会ってずっと泣いていましたから」
「それも私の夢と同じ。どうしちゃったんだろう? うーん…… まあ考えても仕方がないから、食堂に行こう。お腹空いたぁ」
何があっても自分の優先順位を守る亜香里である。
亜香里は目立たぬ様にジャージの上からスタッフコートを着て食堂へ向かう。
髪を梳かすのを優衣に手伝ってもらい『顔は洗っただけで十分大丈夫』という優衣の言葉を信じて、化粧もせずにスッピンのまま優衣と一緒に配膳の列に並んだ。
部屋で身だしなみを整えるのを手伝ってもらった時『小林さん』は面倒だから『亜香里』で良いよと優衣に言うと『それでは亜香里さんで』となり、この呼び方が定着することとなる。優衣は藤沢詩織のことを『詩織さん』と呼ぶことにした。
「亜香里さんは素材がいいから、ノーメイクでも大丈夫ですね」
優衣は配膳のお盆を受け取りながら、亜香里の顔を覗き込む。
「はいはい、ありがとう。優衣はちゃんとメイクをしてきたの?」
「食堂には男子もいますし、淑女のたしなみです」
「淑女ねぇ、あれだけ顔をグシャグシャにして、ビービー泣いていたのに?」
「あれは仕方がないじゃないですかぁ、怖いモノがいっぱい出て来ましたし。亜香里さんは怖くなかったのですか?」
「怖いと言うより『面白そう』が優っているかな? あそこに詩織がいるよ、一緒に食べよう」
そもそも勇者気質なのか? 超楽天主義なのか? いずれにしても入社したての新入社員としては、珍しい特性を持っている亜香里である。
詩織は同室の子と朝食を取っていた。
「詩織、おはよう。(同席の子に)ここ良いですか?」
「どこでもいいんじゃない? 研修センターだし」
詩織がそう言うと、同席の子たちが頷く。
「今日はコンビニ強盗の格好じゃないのね。なんとか間に合ったの?」
「優衣さんに助けられました」
「それは良かった。亜香里と比べると優衣さんの方が、お淑やかそうだもの」
「私はガサツですか? 詩織に言われたくないなぁ」
「まあまあ、お二方とも。朝はゆったりとしましょうよ」
優衣が2人をなだめている。
食事が終わっていた詩織と同室の子たちは「じゃあ、私たち先に行ってるね」と言い、席を立ち食堂から出て行った。
「ほらぁー、亜香里があんなこと言うから、ビビって席を立ったじゃない?」
「いやいや、そういうつもりで言ってないから。でもちょうど良かった、他の人に聞かれたくない話があるの」
「何なの? 朝から」
亜香里は朝の準備を優衣に手伝ってもらっている間、優衣と確認した昨晩の夢(?)で起こった出来事を詩織に説明する。
詩織は亜香里と優衣から夢の話を聞き、眉根を寄せて考え込んだ。
「それで、私もその夢の中の登場人物だったのね?」
「そうなんです。黒のジャンプスーツに詩織さんのスタイルの良さが映えていました。男子が見たら破壊力がヤバイです」
3人の中では唯一女子力がありそうな優衣がコメントをする。
「男子に見せるためにジャンプスーツを着ていたわけではないし、そもそも何で、あんなものを着ていたのか、わけが分からないよ」
亜香里が『やっぱり!!』という表情をして頷きながら話をする。
「じゃあ、詩織も昨日の夜、あそこにいたのね? というか同じ夢を見たのね」
「亜香里はこれが2日続いているのでしょう? おまけに昨日の夜は私も優衣も同じ目にあっているし」
「亜香里さんは2日続けて、美尻にマーキングされていますし」
「そうだ! お尻に付けられたハートマーク見せて。スマートフォンで撮った画像。ここでお尻を見せろとは言わないからさ」
「朝から、食堂でパンツを下ろすわけがないでしょう! ハイこれ」
優衣が撮った画像を出してスマートフォンを詩織に渡す。
「さっきの話では『タコの吸盤が吸い付いた』と言っていたよね? 何でハートマークなの? おかしくない?」
「私もわからないよ。タコが吸い付いたところとハートマークの位置と痛いところが一緒なのよね」
「亜香里さぁ、お尻に変なモノを飼ってない? 人を惑わす怪しい虫とか?」
「詩織ぃ、それはないよ! 私のお尻は毎晩被害者で、同性とは言え詩織と優衣にそれを見せざるを得ない状況になってるし」
「悪い、悪い、冗談ですよ。でもそうなると亜香里が眠るとどこか変なところへ行ってしまうことが、この研修センターでは毎回起こるのかな?」
「そんなのが1ヶ月も続くと、研修どころではありません。身が持ちませんよ」
「未だ2泊しかしていないから、しばらく様子見かな?」
詩織はさりげなく大様に構える。
「人のことだと思って、真剣に考えてよ」
「亜香里さん、詩織さん、そろそろ戻って準備をしないと、講義が始まります」
「だね。じゃあ、この話の続きはお昼休みにしましょう」
そもそも起こった出来事が、夢なのか現実なのか分からないまま話をするので、話がまとまらないまま宿泊棟に戻り、講義の準備をする3人であった。
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