008 研修2日目 トレーニングテスト

「さて、2日目のトレーニングテストを始めましょう。初日は少し飛ばしすぎて1日に3回もやったので、今日からは1回にしておきましょう、ワンオペですし」

 担当はモニターを見てうなずき、独り言を続ける。

「だんだん候補者がスキャナーに上がってきましたね。今日は新しい人も出てきているようですが… 値の高い能力候補者の近くにいる人は感度が上がるのでしょうか? この新人は小林亜香里の友人ですね。お昼休みにトレーニングA棟に忍び込んできた藤沢詩織ですか。昨晩、急に値を上げた萩原悠人の友人も出てきました。それではそろそろ始めましょう」

 今日の担当は調子が良さそうだ。


「こんばんは、今日が初めての方もいるので改めて説明します。みなさんは能力者候補として集められました。能力者になれば人類を救う活躍ができます! 候補者なので潜在能力を確認するトレーニングテストを行います。頑張ってください!」


(まただぁ、ほんとに何なのこれ? いい加減にしてよ、この夢。おまけに全然説明になってないし、相変わらずの機械音声だし)

 亜香里は眠りについたばかりなのに、また変な夢を見て機嫌が悪い。

(昨日と同じ夢だ、今日は空間が広い。ずっと先の方に人影のようなものが見えるけど…  2日続けて同じ夢を見るのはフロイトが何か言っていたけど、なんだっけ?)

 萩原悠人は一人で夢分析を始めている。

『あれ? これ亜香里が言っていた夢? 変な夢の説明をされたから同じ夢を見ているって事? 機械音声は亜香里の言う通りね。でもここは研修センターじゃないし、周りに誰もいないけど… 遠くにゴミのように浮いて見えるのは人なの?)

 詩織は亜香里から聞いたことを思い出しながら、冷静に状況を観察している。

(小林さんから変な夢のお話しが聞けなかったから、変な夢を見ているの?)

 優衣は自分の夢に半信半疑な様子。

(ここ、どこなん?)

 加藤英人は夢の中でボケている。


「今日から本格的にトレーニングテストを行います。初めての人も頑張って付いて来て下さい。昨日もトレーニングテストに参加した人は復習になりますが、まず最初に上へ登ることを意識して、気持ちで身体を持ち上げてください」

 機械音声が終わると、今まで自分たちが立っていたフロアが急に無くなり、巨大な滝の上空に身体が浮いている状態になっていた。


(景色は違うけど昨日と同じパターンだ。こんなゲームをやったことがあるのかな?)

 悠人はゲームの夢を見ていると思い、記憶をたどる。

(亜香里が説明した通りだけど聞いた通りの夢を見るとか、私って創造力がないなぁ)

 詩織は状況確認から自己分析モードに入る。

(ここはどこなんですかぁ? 知らないところは苦手だから夢でも嫌ですぅ)

 優衣は涙目。

(ここはナイアガラの滝? ボーナスが出たら行ってみたいなー)

 英人はお気楽な観光モード。

(はいはい、飛べば良いのね。飛べば)

 亜香里は昨日から続く不思議な夢に開き直っていた。


「みなさーん、ボーッとしていると落っこちてしまいますよ。滝の中には面白くない生き物もいますから気をつけて下さい」


 巨大な滝を何かが、登って来る。

 鯉の滝登り?

 どう見ても景色は日本ではなく、英人が思っていたナイアガラの滝に近い感じである。

 ナイアガラに鯉はいないはず。

 目を凝らして見ると、もっと大きなものが滝の流れに逆らって何頭も登って来る。

(アレって、海竜? プリオサウルス? 海竜の滝登りとか聞いたことがないよ。昨日と同じ荒唐無稽な夢を見ているなぁ)

 悠人は自分の夢にあきれながらも、とりえあえずゲーム気分で上昇する。

(亜香里の説明通りなら、上に身体を持って行く気持ちを持てば良かったのよね。ヨッと!)

 詩織は難なくスーッと上昇する。

(えぇ! 滝からなんか登ってきてますよぉ! 怪獣?キバが見えるし、夢なら覚めてぇー)

 優衣は半泣きしながら逃げたい一心で上昇する。

(なんか来てるなぁ。夢見が悪くなったら嫌だから、アナウンスの通りに上がってみるとしますか)

 英人は初飛翔ながら無難に上昇する。

(遠くの方で上がっていく人影が見えるね。追っかけてみようっと)

 4回目のトレーニングなので、亜香里は余裕で上昇する。

 他にも4~5人の候補者が滝の上空にいる。

 一部は上昇し一部は下降し、一部は気絶(寝落ち)していた。


 亜香里が人影を追って上昇するうちに、その人影の一人が詩織であることに気がついた。

「詩織ぃ! 私の言ったとおりでしょう! 詩織ぃ、分かる?」

 亜香里は叫びながら詩織に近づいた。

 詩織も気がつき、2人は上昇を続けながら話をする。

「亜香里ぃ! この状況で昨日の変な夢の説明は分かった。でも、これはどういう状況なの? 夢が繋がってるの?」

「分からないよ。まだ2日目だし」

「でも4回目でしょう? 何か手掛かりとか無いの?」

 初めてこの環境で話ができたので、亜香里は少し落ち着いてきた。

「昨日、同じ状態で何かにお尻を攻撃されて痛くて、目が覚めてからもヒリヒリしていたから、半分は現実だと思うのよね」

「半分現実とか無いでしょう? 現実か現実でないのかは、この状態が終わってみないと分からないよ」

「そうだけど… そうだ! 試しに詩織が滝のところにいる怪獣みたいなのに突っ込んでみない? 明日の朝、怪獣の歯型が身体に残っていたら『やっぱり現実でした』ってなるでしょう? お尻を噛まれてみるとか?」

「なんで私が噛まれないといけなの? 昨日の続きで亜香里が行っておいでよ」

「痛いのは嫌だよ。ヒリヒリはまだ我慢できたけど、噛まれるのはもっと痛そうだし」

 上昇を続ける2人の下の方から、泣き声が聞こえてくる。

「誰か泣いてない?」

「かすかに泣き声が聞こえますねぇ、上昇速度を少し落としましょう。やり方は分かるかな? 簡単に言えば念を下げれば良いのよ。下に向かうように思ってはダメよ。落っこちちゃうから」

「了解。って、ちょっと先輩っぽくない? 同期なのに」

「この状況に関しては1日分、厳密に言うと3回分、先輩です [キリッ] 」

 2人が上昇速度を落とすと、涙と鼻水で顔がグチャグチャな優衣が上ってきた。

「小林さぁん、藤沢さぁん、怖いですぅ。これは何なんですかぁ? 亜香里さんの変な夢のせいですかぁ?」

 もう、何だかの優衣。

「優衣は亜香里と同室になったから諦めな。呪われたのよ」

「えぇ! やっぱり亜香里さんが諸悪の根源なのですかぁ?」

「詩織! 優衣はガチで怖がっているから悪い冗談は止めようよ。優衣さぁ、私たちにも未だ分からないの。夢なのか半分現実なのか」

「優衣、悪かった。でも現実でないことは確かよね。海竜の滝登りとかありえないし。そもそも海竜は現実にいないでしょう?」

「そうなんですか? そうですよね。でもあまりにもリアルで怖かったです」

 優衣は何とか自分を納得させようとしている。

「ただ昨日から毎回、空気の感じとか風とか、さっきの滝の音や水しぶきとかが現実っぽいのよね」

「おまけに、亜香里のお尻は赤かったからね」

「小林さんの朝のお尻出しは、この世界から始まったのですか?」

 優衣も話をして少し落ち着いてきた。

「その話は置いといて、これからどうする? 今までは機械音声に言われたことをやっている途中で気を失って気がついたら目が覚た、というパターンなんだけど」

 亜香里は今までのことを思い出しながら確認する。

「それなら今回も同じでいいんじゃないの? 機械音声が『上へ行け』と言って上がったから、そのうち目が覚めるんじゃない?」

「なんとなく、今回は違う感じががするのよね」

 亜香里の言葉にかぶせるように、機械音声が聞こえてくる。


「みなさん、良く出来ました。それでは次の行動をお願いします」


「新しいパターンじゃない?」

「詩織が参加したからかな?」

「人のせいにしない!」


「よろしいですか? 今度は最初にいた滝まで戻り、そのまま滝の中に入って下さい。絶対大丈夫です。私が保証します」


「おいおい! 保証する私って誰よ! 滝には変なのがいるでしょう? 海竜みたいなのが」

 詩織が文句を言うが、返事はない。

「怪獣のいるところとか、怖くて戻れないです」

 優衣はまた涙目。

「でも従わないと、もっと嫌な目に遭いそう」

 亜香里の言葉が予言であるかのように、3人の上に黒い影がさしてきた。

「なんなの! 今度は! ここはジュラシックパークなの!?」

 詩織が上を仰ぎ見ながら叫ぶと、それに呼ばれたかのように上空から飛龍、プテラノドンが3人に近づいてきた。

「良く分からないけど、とにかく降りようよ! 行くよ」

 この世界に慣れてきたのか、勇者気質があるのか亜香里が率先して動き始めた。

「亜香里さぁん、連れてって下さい!」

 優衣はもう何も考えられない状態。

 3人は急降下して最初にいた滝の上まで戻ってきたが、まだプテラノドンは追って来る。

 さっきまでいた滝登りをしていた海竜はいなくなっている。

「仕方ないから滝に突っ込んで潜ろう」

 泳ぎに自信がある詩織には迷いがない。

「機械音声が言っていたから、その通りにすれば問題ないでしょう」

 亜香里はこの環境に馴染み始めていた。

「私、潜るのは苦手なんです」

 優衣は泣きながら付いてくる。

「手を引っ張ってあげるから。とにかく飛び込もう」

 詩織は優衣を抱きかかえるようにして、亜香里は少し離れて滝の中へ飛び込んだ。

「あれ? これどうなってるの? 水の中なの?」

 選手時代はプールの中にいる方が長かった詩織にとっては不思議な感覚。

「水の中なのに呼吸が出来るし、エラがどこかについたの? ゴーグルをつけていないのに地上と同じ様に見える。亜香里も無事ね。優衣は?気絶してるよ。起こさないと」

「優衣起きろぉ! 寝たら死ぬぞ!(死ぬことはないと思うが)」

 優衣の頬を軽く叩く。

 優衣の目元がピクっとして、ゆっくり目を開ける。

「あーっ、ビックリしました。ここは天国ですか?」

「何、寝ぼけたこと言ってるの。さっき滝に飛び込んだでしょう?」

「そうでした。でも、なんで滝の中に入っても普通に話が出来るのですか?」

「私に聞かないの、分からないんだから。おーい亜香里! 大丈夫かぁ?」

 バタバタと泳いで、2人に近づいてくる亜香里。

「私は大丈夫。2人とも平気ね。ここも不思議空間です」

 亜香里はこのヘンテコリンな世界の住人になっているようだ。

「うーん、今まで普通の人よりも長く水の中にいたけど、こういう感覚は初めて。水の中に入っている感じはあるし、亜香里は泳いで近づいて来たでしょう? でも呼吸が出来るし、話も出来る」

 詩織はこの世界に対応するのに必死で、最初から着せられていたジャンプスーツにようやく気がついた。

「今、着ているこの黒い服、これが亜香里の言っていた黒のジャンプスーツ?」

「そうそう、詩織は背が高くてプロポーションが良いから、男子に見せるのはもったいないね」

「小林さんも、なかなかですよ。毎日あれだけ、ご飯を食べているのに」

 同性のこともしっかりチェックしている優衣だった。

「ビービー泣いていたのに良く観察してるね。そういう優衣は……幼女系?」

「それは言わないでください! 発育途上なんです。これからなんです!」

 珍しく反論する優衣だった。

「さて、どうするかな? 機械音声の言う通りに飛び込んだけど、これから何をするの?」

 詩織の話を何処かで聞いているように機械音声が説明を始める。


「みなさーん、お疲れ様です。無事、水の中まで来られました。私が保証したとおりだったでしょう? これから今日最後のトレーニングです。水の中から上に上ってそのまま、地上に出てください」


「上がったり下ったり、なんなの? 泳いで上に上がれば良いのでしょう?」

 詩織は優衣を連れて泳ぎ始めようとした。

「えっ、何なのこれ! す巻きにされた感じは?」

 亜香里たちはバタバタしようとしても動けない状態になっていた。

「うん、何となく分かる。機械音声はこういうプレイが好きだからね。たぶん念じろって事だと思うよ」

 やることが板に付いてきた亜香里。


「みなさーん、じっとしてると、また、嫌なものが出てきますよ。サッサと上ってください」


 機械音声が聞こえると同時に、滝の下流から巨大タコ、巨大イカが近づいて来る。

「何? 今度は海底2万マイル? 特撮ものが天こ盛りね」

 映画好きの亜香里は、状況を楽しむようになってきた。

「早く逃げましょうよぉ。タコイカは、お寿司屋さんだけでいいですよ」

 優衣はまた涙目。

「これで終わりらしいから、音声にしたがってサッサと上りましょう」

 詩織はこの状況に慣れたようで冷静である。

「詩織、優衣、空の時と同じ要領で上へ行く事をしっかり念じて! 今度は水面を突き抜ける感じで」

 亜香里は上昇を始めた。

 同じ様にして、徐々に上がり始めた詩織と優衣。

 そこに巨大タコが足を伸ばして、優衣の身体に巻き付いた。

「キャー! イャー! 来ないでぇー、夢なら覚めてぇー」

 優衣は水の中でボロボロと涙を流しながら、パニック状態。

 必死にタコの足を剥ぎ取ろうとするが、吸盤がジャンプスーツから離れない。

「優衣、大丈夫かぁ!」

 詩織が声を掛けるが、一度上昇し始めた身体が動かせない。

「うーん、一度上昇し始めたら止まらないの?」

 詩織は起立姿勢のまま、タコに絡められた優衣を見る事しか出来なかった。

 上の方で上昇を続けていた亜香里が、タコに捕まった優衣を見て(念じれば何とかなるはず)と思い、優衣とタコのところへ近づくように強く意識をする。

 すると一瞬で、亜香里は優衣に巻きついたタコの足に手を掛けていた。

「優衣! ここにくっついている吸盤、なんとか剥がれない?」

「手で剥がそうとしても吸盤が強いんです。助けて下さい」

 下の方からタコの足がもう一本、近づいて来た。

「念じれば良いのよね」

 亜香里はそう考えて、巻きついたタコの足が無くなる事を、強く意識した。

 するとその瞬間、優衣の身体に巻き付いていたタコの足が消えた。

「優衣、水面に向かう様に強く意識して!」

「はいっ!」と言うと同時に優衣は、一気に水面近くまで上がって行く。

 優衣の上昇を見守る亜香里に、もう一本の足が巻き付いてきた。

「またですか? しつこいなぁ。『寿司になれ』と念じれば寿司になるのかな?」

 余裕をこいた亜香里であるが、タコは寿司にはならなかった。

「マジメにやんないとダメみたい。じゃあ、消えろ!」

 腰にまとわりついたタコの足は消えずに、吸盤の吸い付きがキツくなる。

「痛ぃ! 痛いんですけど。そんなに吸い付かなくても良いでしょう! なんか腹立ってきた」

 その瞬間、亜香里の両手には長さが五十センチを越えるプロ用の柳刃包丁が握られていた。

「消えないんだったら、切ってやる!」

 亜香里は腰にまとわりついたタコの足を柳刃包丁でザクザクにして、身体が自由になると2人のあとを追って滝の中を上昇し、上がった勢いのまま水面から飛び出して、2人がいる河原に飛び降りた。

 詩織と優衣は河原に座り込んでいる。

 詩織と優衣は、両手に包丁を持って河原に立つ亜香里に驚きながら安堵の表情。

「小林さんも無事で安心しました。先ほどはありがとうございます」

 今まで散々泣いた優衣がホッとした顔をしている。

「タコ退治、お疲れさま。手伝えなくて悪かった。身体が思うように動かなくてさ。優衣から聞いたけど、タコの足を消したんだって? 魔法も使えるの? その両手に持ってる長い包丁はナニ?」

「(包丁を持ったままだったことに気がついて)えっとー、タコブツを作っていました。調理は大変よ」

「なんだか、よくわからないけど、疲れたね」

 足を投げ出したまま座った格好から、そのままダラッと横になる3人。

 太陽は見えないが、眩しく青い空。

 3人とも自然とまぶたが重くなる。

 機械音声が聞こえて来るが、3人とも意識はうつろである。


「みなさーん、お疲れさまでした。ずいぶん潜在能力が上がった方もいます。ゆっくりと休んでください」

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