003 研修1日目 お昼ごはんは大事
「はい、それでは鉛筆を置いて。テスト用紙をうしろから前に集めて下さい」
川島講師は時間を確認して、テストに取り組んでいた新入社員に声を掛けた。
『あ! ヤバイ! 寝てた』
亜香里は川島講師の声で『ビクッ』として目を覚まし、焦る。
慌てて答案用紙を見ると一通り回答欄は埋まっている。
『いつから寝ていたのかな? 変な夢を見たなぁ、身体がだるいよ。午前中から夢で疲れるとか… 私、大丈夫かなぁ?』
隣の席に座っていた新入社員は、バタバタ焦っている亜香里を見て不思議そうな顔をしている。
「それでは午前中の研修はこれで終わります。昼食は食堂に準備されています。テキストなどはこの部屋に置いたままで結構です。貴重品は忘れずに持ち歩いてください。なお食堂は研修施設なのでメニューは選べませんが、ご飯などのお代わりは自由です。午後1時から講義を再開しますので、それまでに教室へ戻っていてください。以上です」
川島講師はテスト用紙を取りまとめて封筒に入れ、部屋を出て行った。
「お昼を食べに行こう! テストは出来た? なに?あの問題。仕事に関係があるの?」
藤沢詩織が声を掛けながら亜香里の席へやって来る。
「出来るわけないよ。悪魔って何? 悪魔って」
「だよねー。『悪魔くん』なら知ってるけど。まあいいや、食堂に行こう」
「うん、駅から研修センターまでが遠かったからかな? お腹が空きました。あと疲れたし、眠たい」
「研修1日目から居眠りをしたらまずいんじゃない? 昨日は寝だめをすると言っていたよね?」
「寝だめはしたつもりだけど、テストが終わったら、急に疲れて眠くなったのよね(テスト中に寝落ちしたのは、黙っておこう)」
「亜香里さぁ、卒業試験が終わってから随分経ったし、全然頭を使っていないんじゃない? 春ぼけとか?」
「いやいや、使ってますよ。SNSとか、ツベとかって… それじゃあダメかぁ」
「まあ、最後の春休みだっだからね。これからは社会人の勉強が続くのだろうし」
「詩織はどうなの? 新社会人として、何か事前に勉強をしたの?」
「したよ、保険の勉強。会社から通信教育のテキストが送られてきたでしょう?」
「そんなのは去年のうちに終わらせて、もう覚えていません」
「亜香里はその辺、要領がいいんだか、悪いんだか」
食堂へ向かう亜香里たちのうしろから、話し声が聞こえてくる。
「相対性理論の基本公式とか、出題した担当者はどんな意図があったんだろう?」
長身のメガネ男子が話をしている。
「そうそう、おまけに次がマクスウエルだもんな。あれを習ったのは、高2の頃だっけ?」
固太り気味の男子が、相づちを打つ。
「昔過ぎて覚えてないけど、たぶん、その頃だったと思うよ」
「保険会社だから、数学的な問題が少しは出題されるのかと思ったけど、物理の問題が多かったね」
「一般常識問題として、出題したんじゃない?」
亜香里たちと同じ教室から出てきた、男子2人だった。
「(亜香里が小声で)一般常識なの? 高校で習うの?」
「(詩織も小声で)保険会社って、商品開発をする時に難しい数字をいじる専門家がいるじゃない? 数学オタクみたいなの」
「そういえば企業セミナーでそんな話を聞いた気がする。確か保険数理士だか、数理人とか言っていたような気がする」
亜香里は変なところで無駄に記憶力が良いようだ。
「なんで、そんなのになる人たちが一緒に研修を受けるわけ?」
「日本企業特有の新入社員一括研修、だからかな?」
「そっかー」
なんとなく納得する二人だった。
* *
「最初にしては、まずまずですか?」
「そうですね。最初から難なく『飛翔』 が出来る新人がいました」
「富士山超えも、いましたね」
「小林亜香里という新入社員です。入社式会場でのスキャナー反応も高かった社員です。最初から鍛え甲斐がありそうです」
「了解です。明日からはワンオペになりますが、よろしくお願いします」
「承知しました。どこかへ行かれるのですか?」
「ちょっとミッションの応援に行ってきます」
「そうなのですか。お気をつけて」
* *
研修センターの食堂は、造りが大学の学食に良く似ていた。
学食と違うのは券売機とメニューのないところであったが、テーブルや椅子等の什器も大学と同様に簡素な作りである。
「お腹すいたぁー、お昼のメニューはアジフライ定食みたいな感じですかね?」
研修センターの食堂に入る亜香里は、久しぶりに学食に来た気分である。
「配膳されたお盆を持って好きなところに座れば良いのね。で、ご飯と汁物と香の物がお代わり自由になってる」
「うーん、おかずが足りないかな? 缶詰でも持って来れば良かったよ」
「亜香里、朝ごはんを食べて来なかったの?」
「ちゃんと食べてきたけど、体育の授業のあとみたいに、お腹が空きすぎて」
「研修センターに来て、テスト受けただけなのに?」
「あと、やっぱり眠たい。食事終わったらチョット寝てきます」
「宿泊棟は部屋が違うから、起こしには行かないよ」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと目覚ましを掛けますから」
『亜香里はガチで寝る気なのね。大丈夫かなぁ?』
詩織は亜香里とは学部が違い、講義が同じになることはなかったが、時々亜香里が1時間目の講義に遅れ、途中からこっそり入室していたことを亜香里の友達から聞いていた。
社会人になった初日の講義から亜香里が寝過ごさないか心配になる詩織である。
お昼ご飯を早々に済ませ研修棟に戻る詩織と別れ、亜香里は宿泊棟の部屋に入ると部屋の中には誰も居らず、シーンとしている。
「初日の昼休みから部屋に戻ってくる人は居ないのかな? その方が静かで良く眠れるね。掛け布団が薄っぺらで少し寒そうだけど、お昼から布団に潜れるのは幸せですよ。スマートフォンにタイマーをセットして、これで良しと」
直ぐに眠ってしまう亜香里。
食事の次に眠ることが、彼女にとっての重要事項であった。
* *
『アレ? 昼休みもスキャナーに反応している新人がいますねー。初日からお昼寝ですか? 余裕ですね。午後の講義が始まるまで、またトレーニングテストをやってみますか?』
「トレーニングに熱心な皆さーん! 先ほどの続きを始めますよー!」
『エーッ! 何なの? またこの夢? お昼寝をしたからなの!?』
休息を取るためにお昼寝をしたはずなのに、心も身体も全く休まらない亜香里であった。
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