ヴェルタースオリジナルプレミアムゴールデンウルトラスーパーデラックス会員

ちびまるフォイ

差別と区別と特別

「私達、もう別れましょう」


「どうして!? なにが不満なんだ!?

 俺になにか問題があるなら言ってくれ! 直すから!」


「そういう問題じゃないのよ。

 いくら調理方法を変えても

 苦手な味が残るものだってあるでしょう」


「俺の料理が下手なのが問題なのか!」

「強いていえばそういう察しの悪いところよ」


学生時代から付き合っていた彼女にフラれてしまった。

その翌日になぜか会社からクビを宣告される追い打ち。


どうして社会はこんなにも自分に冷たいのか。


せめて、ちょっと顔がいいとか。

せめて、ちょっとお金持ちだとか。

せめて、ちょっと運動神経があるとか。


人より優れているなにかが欲しい。

いつだって俺はその他大勢の凡人グループなんだ。


橋のへりに立ちながら自分の人生に絶望していると、

ポケットに入っていた携帯電話が鳴った。


画面に表示されている通知は見覚えがないものだった。


「ヴェルタースオリジナル会員のご案内……?」


通知を指で押すと、勝手に動画がはじまった。


『自分は特別じゃないと人生を諦めていませんか?

 そんなあなたに朗報です。月額料金を払って、

 あなたもヴェルタースオリジナル会員になりましょう!』


「なんだこのうさんくさい動画広告……」


『誰が胡散臭いですって?』


「えっ!? 聞こえてるの!?」


『と、思っているかもしれませんがご安心ください。

 ヴェルタースオリジナル会員はのべ100万人。

 安心と信頼と実績の会員制度なのです』


「気のせい、だったか……びっくりした」


『ヴェルタースオリジナル会員、略して、ヴス会員には

 次のような特典サービスが受けられます』


略し方はもっと考えたほうがいいと思ったが、

動画に表示されたものには魅力的な特典が多くあった。


・全国どこへも送料無料

・顔面偏差値の上昇

・毎月の収入を20%アップ

・運動神経を20%アップ


『あなたがヴス会員に毎月わずかな出資をするだけで、

 全国どこへも無料で旅行ができてしまいます!

 顔面偏差値が上がれば旅行先でモテモテ、

 運動神経の向上でかけっこ1位ならクラスで人気者まちがいなし!

 なぜならあなたは特別な存在だからです』


「試して……みようかな」


俺はヴェルタースオリジナル会員の登録を行った。


携帯電話のカメラ越しにみる自分の顔は、

前よりも目鼻立ちが少し良くなっていった。


平均よりちょっと上のイケメン。

それだけで自分が誇らしく自信が手に入った。

整形にハマってしまう人の気持ちがわかる。


「ようし、ちょっと街にでも行ってみるかな!」


モデルへのスカウトを期待する女子のように、

小洒落た服を着て人通りの多い街へと繰り出した。


すれ違う女子の二度見を期待したが、そんなものは幻想だとすぐ気づいた。


「くそ……全然声かけられないぞ。

 声かけられないまでも背中越しに

 "あの人かっこよくなかった"とか言われたかったのに!」


うんちにふりかけをかけても食べ物にはならない。

多少、ヴス会員特典で顔が良くなっても程度が知れていた。


「ああもう騙された! どうせ俺はイケメンカテゴリーには含まれねぇよ!!」


解約しようとしたときだった。


『解約の前に、ヴェルタースオリジナル"プレミアム"会員はいかがですか?』


今度は別の動画が開かれた。


『通常のヴス会員の方だけが入れる特権会員です。

 通常特典で満足できなかったあなたもきっと満足しますよ。

 なぜなら、あなたもまた特別な会員だからです』


「こ、これは!?」


表示された特典内容を見て声が出なくなった。


『プレミアム会員になれば、あなたの顔が自由に変更できます。

 美白イケメンからこんがり肌のサーファー風も思いのまま。

 元の顔がどんな人でもおすすめできますよ』


「そういうのが欲しかったんだよ!」


『さらに、プレミアム会員には職業選択の特権が得られます。

 憧れていたのに諦めた夢はありませんか?

 プレミアム会員なら宇宙飛行士だってなれちゃいます!』


「おおおお! すごい!!」


この時点でプレミアム会員へ入ることは決まっていた。

それでも次の特典が気になって続きを見続けた。


『通常の旅行に加えて、異世界旅行もできちゃいます!』


『あらゆる行列でも優先されるので順番待ちからの卒業!』


『瀕死の怪我を受けても会員なら救われます!』


最初のヴェルタースオリジナル会員がプレミアムへの

呼び水なんじゃないかとすら思えるほどの充実ぶり。


これを知って申し込まない人などいるのか。

いたとしたらそれは人じゃない。


「登録完了、と。

 これで俺はプレミアム会員だ!」


出費はいたいもののそれに見合うリターンを得られた。

気分がよくなっていると、また動画が再生された。


『プレミアム会員様だけにお知らせする

 ハイパー特別な会員特典があるのをご存知ですか?』


「なっ……これより上があるのか……!?」


『ヴェルタースオリジナルプレミアムゴールデン

 ウルトラスーパーデラックス会員があるんです』


「ごくり……」


『なにができるのかは……ご想像におまかせします。

 つまびらかに話すことは特権が失われるのでできません』


これまでは深夜の通販番組のように、

特権の良さをこれでもかと叫んでいたのとは対照的。


それだけに特権への期待が高まって富士山を超える。


『ただ、私から申し上げることができるのは

 "なにが得られるのか"というレベルではなく

 "なにを得ることにするのか"という話になります。

 なぜなら、あなたは特別極まりない存在だからです』


会員費はこれまでよりもぐんと上がっていた。

これだけで尻込みする人も多いだろう。


しかし、ここまで見せられたら選択肢はひとつ。


「登録するに決まってるじゃないか!!」


俺はついに最上級の会員となった。


いったいどんな特権があるのかと期待していたが、

この国の王として君臨できるとは予想以上だった。


「何を得られることにするかって、

 自分でなんでも決めちゃえるってことか! 最高だ!!」


その気になれば街での制服を水着にだって変える。

なぜなら俺は王になったのだから。


会員費の心配なんて問題ではなかった。


王が命令すればヴェルタースオリジナル会員でもない、

ただの平民からいくらでも金を吸い上げることができる。


「なぜなら俺は特別な存在だからだ! わっはっは!!!」


酒で作ったプールの横に、ベンチを置いて

美女にフルーツを食べさせてもらいながら過ごす。

最高すぎて涙が出る。


「……おや? なんか聞こえないか?」


南国リゾートなBGMに混じってなにか壊す音が聞こえる。

まもなくドアがぶち破られると、たくさんの男がなだれ込んできた。


「なんだお前らは!?」


「お前の情報を得てここへ来たんだ! 覚悟しろ!」


「覚悟しろって、俺がなにをしたっていうんだ!」


「見てのとおりじゃないか!

 世界には貧困で困っている国もあるのに、

 お前は必要ないほど食いやがって!」


「それは俺が特権階級だからだ!」


「みんなが少しづつ我慢すれば、

 もっと多くの人が平等に幸せになれるんだぞ!」


「は、離せ! 俺は王だぞ!!

 それにちゃんと会員費も払ってこの特権を得たんだ!

 お前ら平民の逆恨みでこの特権を奪っていいわけがない!」


「人間を格付けしようとするなんて、おこがましいぞ!

 神にでもなったつもりかーー!!」


必死の思いで得た特権階級の特典を、

これでもかと使いまくった結果の反乱は

俺を袋叩きにして牢獄へと打ち込むことで終結した。


「ううう……まだ痛む……」


特権を得られれば幸せになれると思っていた。

でも悪目立ちすることで反感を買うとは思わなかった。


「もう特権なんてこりごりだ……」


痛む頬を牢獄の床で冷やしていると、

看守の足音が近づいてきた。


「ほお。お茶の間の嫌われ者が

 ここに収監されているって噂は

 どうやら本当だったみたいだな」


「ふん。どうせ俺は嫌われ者ですよ。

 この冷たい牢獄ですっかり頭も冷えました。

 特権に目がくらんだ自分にはいい薬です」


「そうだろうな。ここじゃ飯はまずいし、

 仕事はキツいし、ベッドも固くて眠れない」


「看守さんもわかってるんじゃないですか。

 おかげで自分の過去をおおいに反省できてますよ」


「そうか」


看守は格子に近寄ると、俺にだけこっそり耳打ちした。


「ところで、囚人プレミアム会員というのがあるがお前はどうする?」


もちろん俺の答えは決まっていた。



「登録するに決まってるでしょう!!」

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