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駐車場を出て、二人はまた坂道を登り始めた。奈月は何か話をしようと思うのだが、奏の表情が暗いように感じて、何だか躊躇ってしまった。先ほど感じられた、心地のよいモノではなく、どことなく気まずい雰囲気が流れていた。何か不愉快にさせるようなことでもしてしまっただろうか、と考えてみるものの、奈月には検討が付かなかった。話しかけて邪険にされてもそれはそれで傷付く。どうしたものかと頭を悩ませていた。
走ったせいで汗ばんでいる服が更に、嫌な汗で湿っていくように感じた。体温が急激に下がっていく。
「ねぇ。見て。」
その瞬間は唐突に訪れた。
「ん?」
奏が指を指した方に目をやると、そこには車で来た人達用の駐車場があった。その入り口にある自動販売機の光に虫たちが集まっている。
「あれ、これって、さっき」
「そう、さっきも来た、よね?」
奈月が言葉を終えるより先に奏が言う。
「奈月は気付いてる?」
「さっきもここに来たこと?」
「……寒くない? 七月になるんだよ、もう。」
言われて気が付いた。確かに妙に冷える。先ほど感じた体温の低下は精神的なものが原因ではなかった。ただ純粋に気温が低いのだ。あんなに気持ち悪いと思った汗も、既にひいていた。
「今、気が付いた。 確かに、これは異常かも。山の上は冷えるとか、そんなレベルじゃないよね。」
冷静を装ってはいるがお互いパニック寸前の状態である。わめきたてないのは、単にどちらかが取り乱した瞬間に緊張の糸が切れてしまうのを理解しているからだった。
「奈月、怖い?」
「正直。」
「私も。引き返す?」
奈月は無言で頷いた。奏も異論は無さそうだ。踵を返して帰ろうと振り返る。そうして、一歩を踏み出すことは叶わなかった。
驚きのあまり、そう呟くしかなかった。脳の処理が全く追い付いてこない。
「どう言うこと?」
二人が振り返った先に見えたのは真っ暗な闇であった。確かに山道ではあるが、街路灯は有ったハズた。事実、その灯りのお陰で道を違わずここまでやって来たのだ。意味は違えど、一寸先は闇、と表現したくなるような光景だった。今まで通ってきたであろう道も、眼下に広がるであろう街並みも、全てが黒で塗り潰されていた。絵の具の黒を水で薄めず、そのままベタベタと雑に塗り潰したかのような光景だ。
奏は既に泣き出しそうな顔をしている。こんな時こそ、私がしっかりしなければ。冷静になろうとして、閃いた。ポケットからスマートフォンを取り出して、画面を開く。
『20:40』
その時刻を見て、ついに奈月の緊張の糸も切れた。変に声をあげたりはしなかったが。身体の震えが止まらないのだ。もちろん、寒さによるものも有るのだが、それだけではない。
一体どう言うことなのか。20時を過ぎてから学校を出てここに向かったのだ。急いで走ってきたわけでもないから、この道を登り始めたのは、今、自分が見ている時刻と大差ないように思うのだ。つまり、時間が全く進んでいないのだ。何かの間違いであってほしい。
「奏、今、何時?」
「そんなのそれで見ればわかるじゃない。」
一瞬悩んだがもう、遅かれ早かれ気付くだろう。そう思い、奈月はスマートフォンの画面を奏に見せた。
奏は、それがどうしたの?と言うような表情を一瞬浮かべたが、直ぐにその顔を恐怖の色で染め直した。慌てて彼女もスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。時刻は変わらない。奈月が見せてきたものと同じだった。
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