四章 ヘヴン 3

 決勝当日。

 テレビの生中継が入る。そして、観客は立ち見の客までいる大賑わいになった。

 ……大一番。

 サヴァイブ決勝戦。

『さぁ、やってまいりました! 決勝戦の模様をお送りします! 実況はわたくしアナウンサーの天海花子と!』

『琴吹望とでお送りします。ゲストは、我が校である大鷺魔導育成学園から、大鷺瑠璃理事長兼学園長』

『はい、こんにちは』

『さあ、今回のカードはまさかの姉弟対決になりましたねぇ。片や、離縁をして家を去った弟、盗人の聡里黎明選手。片や、烏丸家を代表する魔導士の姉、薔薇の女王の烏丸綾選手!』

『さてさて、この二人、べたべたに仲が良かったとかなんとかー』

 なんでそんなことが漏れてるんだ。

『聡里選手は魔導士として認められず、家を出たそうですが……それからその才能が開花! 人工魔導器を使って魔導士と互角以上に戦っています!』

『他人の魔導器を使えるとは、ちょび反則』

『まぁ、それが彼の才能ですから』

『そう、今大会大注目の大一番には特別審査員として、烏丸の当主、烏丸源一郎さんも見にきてらっしゃるとか! どちらが勝つか、見ものですねえ!』

『他のメンツにも注目。モテモテの御堂怜治、生徒会長の御堂結、魔力殺しの枝条悠里。そして向こうの陣営は……うーん、烏丸綾以外、影薄い』

『あの戦術なら致し方ないかと!』

 あの戦術ってなんなんだ。

「気を付けろ、黎明。枝条、お前は下がっておけ」

「は、はい」

「開幕速攻を仕掛ける。結、いいな」

「ええ」

 珍しく、いつもの余裕の笑みを消し、真剣な表情を浮かべている結先輩。

 それほどなのか。怜治先輩も自爆覚悟の特攻を決めているし。

「れいちゃーん!」

 姉さんはいつも通り、ふりふりと手を動かしている。

 いつも通りじゃないのは、ダッシュで近づいてこないこと。

 まだ開始の合図もないので、まぁ、当たり前だけど。

「約束ー! 忘れてないよねー!」

 こくり、と頷き返す。

『ほへ? 約束?』

『あら、初耳よ。黎明、言いなさい』

「ふっふっふー、お姉ちゃんが宣言しちゃおう! 勝ったら、れいちゃんには私と結婚してもらう約束なのー!」

 いやんいやんと身を捩る姉さん。

 えええええ!? と全員がビビっていた。審査員の父さんまであんぐりと口を開けている。

「だってだってぇ、離縁したってことは他人になった。つまり! お姉ちゃんとは結婚できる!」

『いやいやいや、ええええ!? おかしいですって! いや、確かに、近親での結婚も認められましたけど例に見ませんって!』

「じゃあ、私達が世界一のラブラブカップルになるんだもーん!」

『いや、もんってあんた……』

 実況の人が頭を抱えてる。それが正しい反応だと思うよ。

『認めません』

 ぴしゃりとそう言い、ニコリと微笑んだのは瑠璃だった。

『彼は私の親衛隊に加える予定です。いいでしょう? 黎明。私は貴方を愛しています』

「ええ、俺も好きですので、親衛隊に入るのは別に文句もありませんけど」

『そして、将来的には嫁の一人として加えてもらいます』

「瑠璃なら歓迎だよ」

『うおおおお!? 何かすげえ発言が飛び出しましたよ!? 一夫多妻制を全面肯定してるのか、その堂々としたさまはまさにハーレム王!』

「み、認めないよ! お姉ちゃんが一番だもん!」

『ふふっ、吠えてなさい。黎明、必ず勝ちなさい。絶対、ですよ?』

「……頑張る。全力で。あいててて!」

 ぎゅううう、っと足を踏まれる。悠里だ。

「堂々と浮気しないでください」

「こそこそしたらもっと怒るでしょ?」

「……はい。でも、ちょっとうれしいです。あなたの魅力はもっと評価されてもいいと思うのです。それに、全員と付き合うのに背中を押したのも私ですし。でも……私も、構ってくれなきゃ、拗ねますからね?」

「分かってるよ」

 なでなでとやる。悠里は顔を赤くして、それを受け入れている。

「……! れいちゃん、酷いよ! その手はお姉ちゃんだけ撫でてさすって愛撫してくれなきゃいやなの!」

『あああああああい、あい……何という過激な姉弟愛かぁぁぁ! すごい、凄いぞ烏丸家!』

『……そろそろ開始する』

『おっとそうでした。両者、構え! ……レディーの!』

『ゴー』

「『鉄拳・ノヴァ』!」

「『魔砲・カーディナル』!」

 開幕速攻。

 怜治先輩が地面を蹴る。

 唸りをあげて突撃するも、相手選手の二人が立ちふさがり邪魔をしてくる――それは織り込み済みだろう。

「行きなさい!」

 結先輩の魔導器から輝きがあふれて駆け抜けていく。

 一直線に守っていた彼らが弾き飛ばされ、がら空きになる姉さん。

「――『薔薇・ローズフルーレ』!」

 一瞬で出現した虹色の輝きが細い剣の形をとり、あっさりと怜治先輩の攻撃を受け止める。

 あれが、姉さんの魔導器――赤い、細剣。

「ぐっ……!」

「え!?」

『おーっと、開幕速攻を仕掛けた怜治選手、苦悶の表情です! 女性陣からは黄色い声が聞こえております! 美青年はどんな時も美しい!』

 いや、怜治先輩が全く動けていない。

 見れば、茨が――巻き付いて、怜治先輩を絡めている。

「魔力少ないね、君。そんな魔力で私に勝とうだなんて、無謀よ」

 ……姉さんの魔力を感じる。

 明らかに、開始直後より強さを増していた。

「『機械剣・アイオライト』!」

「れ、『レヴァティーン』!」

 遅れて復元したのだが、姉さんは一歩も動かず、

「それ!」

「なっ!?」

 味方に対して、茨を巻き付けた。

 しばられ、一人、また一人と倒れていく相手。……なんだ? 何が起きている?

「そこ!」

「食事中に攻撃は、マナー違反じゃない?」

 茨を集めて結先輩の攻撃を受け止める。

 同時に、結先輩の攻撃を受けた茨が成長して、結先輩にまとわりつく。

「くそ、蛇腹ァ!」

 変形させて蛇腹剣を這わせる。

 茨を断ち切ったものの、もう遅かった。結先輩が、ゆっくりと気を失う。

 ……ほぼ一瞬で、俺と悠里以外の魔力が――姉さんに吸い尽されている。

「……魔力を自分のものにする、茨の鞭と……剣……」

「せいかーい! れいちゃんよくできました! ……そう、この茨は魔力を吸えるの。その魔力は私の糧になる」

『おお、自らばらしていくスタイル』

『いやぶっちゃけ対処できなくないですか? さあ、先輩二人が倒れ、どう動くか! その命運は、一年生二人に託されました』

「……お姉ちゃんに従いなさい、れいちゃん。お父さんはあなたを傷つけたけど、お姉ちゃんはそうじゃない。れいちゃんのためなら何でもするし、何でもしてあげたいの」

「まだ、負けたわけじゃない……!」

「……なら、実力差を思い知らせてあげる」

 すうっと剣を掲げて、魔力を込める。

「限界突破!」

 剣が豪奢な両手剣に変化して、あふれかえる。

 むせ返るほどの薔薇の香り。紅蓮の刀身は青へと変わり、白へと変わっていった。

「白い薔薇の意味は、相思相愛――壊れるほど、茨で抱きしめてあげる!」

「させません!」

「! ダメだ、悠里、出るな! 前に出るな!」

 駆けだして、魔導器を振りかざす悠里。良いダッシュだ。

 だが、圧倒的な茨のリーチには敵わない。

「く……負ける、もの、ですか!」

『おお、まるで茨を切り進む勇者のようだ! 悠里選手、猛ダッシュ!』

『凄い気迫』

 魔導器で茨を消滅させつつ、切り進む悠里。

 その魔導器の特殊性に姉さんが気付いたのか、茨の本数が多くなった。

 この隙だ。あの量の茨を制御できるのは、一人のはず!

「イオぉぉぉっ!」

『合点!』

 蛇腹が姉さんに飛来する。

 が、

「へえ、遠慮ない一撃……!」

「なっ!?」

 その重そうな剣で、悠々と受け止めている。

 茨はその間にも悠里をつけ狙い、ついにからめとることに成功する。

「れいちゃんを好きになってくれて、ありがとう。でも、れいちゃんは……渡さない」

「……まける、もの、ですか……! 弟を愛しているとのたまいながら、あなたの、おもちゃ以外の道を、しめせない……愚姉、なんかに……!」

「……!」

「う、ァあああああ……っ!?」

「悠里!」

 強く締めあげられ、魔力を全部吸収されたのだろう。悠里はその場に倒れる。

 だが、その腕は動き、その顔は――その目は、姉さんをまっすぐに見つめていた。

「れいちゃんはおもちゃなんかじゃない! モノなんかじゃない! あなたに何がわかるというの、この家の……烏丸のしがらみの、何が!」

「ねえ、さん……?」

 初めて見る、姉の怒る姿。

「誰も、彼も……れいちゃんの存在を教えてくれなかった。弟がいることは知ってた。でも……あんな場所に閉じ込めて、酷いことをされて! もらってばかりな、与えてもらってばかりな私が恥ずかしくなった……! だから、全部あげようと思ったの! 楽しみも、喜びも、愛も、体も、全部! いつしかこの思いは償いから、本気に変わってた! 温かく迎えてくれるれいちゃんが好き、困ったような顔のれいちゃんも好き、好きで好きで好きで好きで……れいちゃんの全てが欲しくなったのよ!」

 激白される、姉さんの本音。

 誰もが、動けないでいた。

 誰もが、黙っていた。

 その熾烈な、ある種、病的なまでの想いを募らせている彼女に、誰も――声を掛けない。

『馬鹿ですね』

 断定したのは、瑠璃だった。

『貴女の愛は、一方的過ぎる。自分本位で相手のことを考えていない、ただの押し付けです』

「押しつけの何が悪いの! ……人の心までわかるわけがない。いくら想っても、わかることはなかった。人が他人の考えを読むなんて、おこがましい! だったら、私は押し付ける! 自分がしたいことを!」

『押しつけが悪いとは言っていないわ。それを相手が黙って受け入れてるのはいいの。文句を言わない方が馬鹿なのだから。でも、彼は文句、言ってるわよ?』

「嘘よ! 嘘よ、嘘よ、嘘よぉっ!? お姉ちゃんを一番愛してるはずなの! きっと元に戻ってきてくれるのよぉ!」

『なら――なぜ、姉の貴女に言われて、黎明は帰らないの? なぜ、結婚しようと言ったら……戦いを挑まれてるの? こんなにも、抵抗をしているのに?』

「―――っ!」

「姉さん、俺は……姉さんのいいなりにはならない。あなたの自己満足を満たすための存在でいたくない! 俺はもう烏丸じゃない、聡里だ! 子ども扱いしてんじゃねえよ……雑魚扱いもされてたまるか。綾さん、あなたを倒して、俺はこの学園に在籍して、卒業して……瑠璃の力になる」

「できそこないと呼ばれたあなたに――私が倒せるものですかァァァァッ!!」

「……聞きたく、なかったよ。姉さんの口から……できそこないって……ぐっ……!?」

 茨に締め上げられる。

 俺の魔力が奪われていくのを感じるけれど、全く怖くない。

 むしろ全身に魔力を漲らせて、茨に流し込む。

「え、なに、これ……嘘よ、嘘よ! な、何よ、この魔力! この力は、何!? い、いやぁ、あふれ、あふれて……あ、あああ……あああああああっ!?」

 魔力を入れるには、器が必要だ。

 誰にでもある許容量。姉さんの魔力は、俺には遠く、及ばない。器が俺より小さいのは、当たり前だ。

「うそ、嘘よ! こ、こんなこと、なんで、どうして……?」

「ずっと言ってやりたかったよ。魔導士連中に……俺にないものを持って生まれていたヤツに、ようやく言える」

 思わず顔がにやけてしまう。

「才能の差、かな」

「――――」

 もう姉さんは魔力多寡で動けないだろう。けれども、魔力はあるので防御できるのは目に見えている。

 だから、

「でも、茨で拘束すれば――限界突破は限界突破じゃないとほぼ突破は不可能よ。しかも、この漲ってる魔力を、その剣で切れるわけ……!」

「限界突破か。凄い技だ。でも――俺、限界突破を使えないとは、一言も言ってないよ」

「え……!?」

 最後の一日、無為に過ごしていたわけではない。

 仙一郎から手ほどきを受けて、限界突破を――習っていた。

「限界突破! ……アーユー・レディ?」

『おおおおおおおおぉぉぉぉっ!!』

 イオの姿が変わる。

 細い剣から、刀身が変わり――二丁拳銃へと。

「なっ!? 銃の魔導器!?」

「望むまま、どんな形状でも――変幻自在!」

『それが機械剣・アイオライトの神髄です!』

「……い、いやだ、負け、る、いや、負けたくない! やだ、こんなの、やだよ! れいちゃん、れいちゃん……!」

「綾さん」

 静かに、俺は微笑む。

「源一郎さんに何か言われたら、俺のところにおいでよ。対等な関係として、一緒にいたい。でも、俺はそれを強制したり、しないよ。選ぶのは、あなたと俺だ」

 銃口を向け――トリガーを引く。

 魔力の弾丸が胸に刺さり、吹っ飛んで……姉さんは気絶する。

『お、おおお……おおおおおおお! 実況としての本懐は、その、唖然としてて果たせなかったんですけど、優勝だぁぁぁ! 聡里黎明が、烏丸綾に勝ちました! 魔導器のない魔導士が、ついに魔導士の頂点へ昇り詰めましたぁぁぁ!』

 大歓声が沸き起こる。

 向けられているのは、俺だ。

 舞台上に立っている、俺に向けて。

 できそこないと呼ばれた俺が、認められている。魔導士より強いと、認識されている。

 それだけで、笑みが抑えきれない。

『え? あ、はい、どうぞ』

『黎明!』

 テレビカメラが向けられる中、烏丸源一郎が現れて、にこやかな笑みを浮かべた。

 ――なんだ、その顔は。

『優勝おめでとう。綾は天狗になっていたから、倒してくれて嬉しいよ。そして、我が烏丸の家系が最高であると証明されたのだ! これは快挙だ、お前の離縁を消してやろう!』

『マイク借りるね、琴吹さん。おっと、ここで聡里黎明選手と烏丸源一郎さんの和解か! 入ってきた資料によりますと、聡里選手は離縁を出していたのことですが……いやぁ、良かったですねえ。烏丸に認められたんですよ、あの烏丸に!』

 そう手を差し出してくる源一郎。

『烏丸黎明さん! 何か、一言!』

 レポーターのマイクが向けられるが、そんな気になれない。

 ――彼の手を、弾く。

『な、なんだね、黎明。何か不満でも――』

「――不満しかねえんだよ!」

 溜まっていたモノが――どす黒く変化して、口からあふれだす。 

「俺は子供の頃から牢屋のような場所に押し込められて生活させられた! 使用人には嘲るように笑われ、家庭教師にはできないと日常的に暴力を喰らった。テーブルマナーができないと腕をへし折り、その様子を見て他の使用人も俺を嘲った!! それを間近で見ているあなたは、それを当然のように看過していた! 家畜同然だった……それが当たり前なのだと、魔力を持たない俺はそうあって当然なんだと思い込んだ!」

『いや、それは……』

「それは、なんだ! これが俺の経験した事実だ、俺の人生だ! 俺の尊厳はないものあつかいで踏みにじられて、そして姉さんに拾われるまでそれが続いた! ……それから家を出て、人々の温かさに触れた。風子は魔導器のない俺と親しくなってくれた。瑠璃はこんな俺を望んで必要としてくれた。怜治先輩はこんな俺を認めてくれた。結先輩は俺を好きだと言ってくれた。悠里は、ずっと一緒にいたいと言ってくれた……! 家と縁を切るまで、それが分からなかったんだ!」

『き、貴様なんかの世話をしてやったんだぞ!』

「そう、貴様なんか、がお前の本音だ! 魔力実験の実験台にしてたくせに……!」

『はい、モニタージャック。親衛隊、映しなさい!』

 巨大モニターに映っていたのは……小さいころの、俺の姿。

 嘲り、笑って、俺に暴力を加え、そして――魔力を搾り取られ、実験させられる、哀れな少年の姿。

 全員に動揺が走る。

『なっ……止めろ、止めさせろ!!』

『源一郎さん……しゃしゃり出てこなければ、無視していたのですが……よくも私の好きな人に、こんなことをしてくれたわね……!』

『こ、こんなできそこないを貴様は愛しているのか! お似合いだ、容姿の変化しない化け物め!』

『あら、ありがとう。でも、貴方の人生はここでさよなら。……親衛隊、聡里黎明。命令よ……そいつを、力いっぱい、ぶん殴りなさい』

「言われるまでもない……」

『ま、待て、黎明! そ、そうだ、継がせてやる、私の後を――』

「――んなもん、いるかぁぁぁぁっ!!」

 思いっきり、拳を叩き込む。

 鍛え上げた拳。今日のためだと思えば、納得できる。

 それほど、スカッとした。

 そして、俺に伸し掛かっていた烏丸というしがらみが、払拭された気がした。

「……ざまぁ、見ろ!」

 俺を否定する人間はおらず、拍手が鳴り響いていた。



 ……サヴァイブ優勝校、『大鷺魔導育成学園』はこの件で、飛躍的に有名になったのだった。

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