四章 ヘヴン 2

 デートで行ってない場所……というのも、たくさんあるが。

 二人でやってきたのは、レジャープール施設。流水の遊園地、『アクアリアス大鷺』という、いかにも学園の系列の遊び場。

 実際、大鷺魔導育成学園の生徒かと聞かれて話したら認証され、無料で遊べることになった。

「儲かりましたね」

「さすがに、中の食事処は有料だけどね」

 なんでもフリーパスというわけにはいかない。

 広大な敷地を埋め尽くしているのはプールだ。

 流れるプールがほぼ全域に張り巡らされていて、そこまでほとんど泳いでいけるというのが試みとして新しいらしい。

「遊ぼうか、悠里。まずは、流れるプールかな」

「はい」

「あ、その前に……その。水着、可愛いよ。前の、スク水? も可愛かったけど、俺はそっちの方が好きだよ」

「!」

 情熱的な赤いビキニは、悠里にとてもよく似合っていた。

「こ、好感度上がってますか!?」

「上がったよ。……綺麗だ」

「……」

 あ……。

 初めて、見た。

 赤くなって、表情が動く。

 照れくさそうなその顔が、不意に俺の心に響く。

「……」

「……」

「その、俺の中で……悠里の株が、ぐいぐい上がってるんだけど……」

「では、その……」

 ギュッと抱きしめられる。

 周囲の人がおおお、とどよめいていた。

 抱きしめ返すと、さらにどよめいている。

 でも、俺には……今は悠里しか、見えていなかった。

「……何というか。俺は、初めてなんだ。こんな気持ちになったの」

「え?」

「周囲の人目とか、俺と付き合うメリットとか、俺が屑だからとか……そういうの抜きで、その、隣にいてほしいと思った」

「……いきなりですね」

「そうでもないよ。……俺が悠里、君を意識しているのは……色んな君を、見てきたからだと思う」

 色んな悠里が思い浮かぶ。

 初めて会った君は、こちらを覗うように見ていた。

 いつの間にか、親友になってて。

 で、何でか俺と部屋を変わりたくないって言ってた。

 今思えば、悠里はずっと今の俺のような気持ちでいてくれたんだろう。

 もっと仲良くなりたい。もっと近づきたい。

 着替えを覗いてしまったり、覗かれたり、シャワーとか……まぁそれは置いておく。

 アピールしてくる悠里、鍛錬を一緒に続けてくれる悠里、俺がいなくなるかもしれないと言っても……見捨てずに、こんな素敵な遊びに誘ってくれる彼女が。

 なんで、こうも愛おしいんだろう。

「よし、楽しもうか」

「……はい!」

 ほんのちょこっとだけど。

 悠里が笑ったような……気がした。



 波の出るプール、スライダーなどを楽しみ、昼食を摂る。

「なんでこう、外で食べると美味しいのでしょうか」

「うーん……分からない」

 まじまじとたこ焼きを眺める悠里に苦笑を返しながら、ラーメンをすする。

 こういうレジャーでの食事って、あんまり美味しくないらしいんだけど、店にもよるだろうし。

 何より……こうして、好きだと思った人と食べる食事は、こう、何というか、違った味わいがある。

「? どうしました?」

「ソース、ついてる」

 指で唇の端をぬぐい、舐める。ソースの味も、これは市販のものだろう。

 ……また、悠里が真っ赤になってしまう。

「その、ごめんね。デリカシーがなかったら」

「いえ。今のは、乙女的にキュンキュンします」

「そうなの?」

「というか、好きな人からされて嫌なことというのは、本当に珍しいんですよ」

「……そういうものなのか」

「少なくとも、私は、ですけど」

 もそもそと悠里がたこ焼きを頬張り始める。

 その顔はまだ赤いまま。

「……なんれすか」

「いや、何というか……スキンシップ」

 悠里のぷにぷにした頬に触れる。

 どうして、同じ人間なのに、こうも感触が違うんだろう。

「……なんだい、悠里」

「スキンシップです」

 悠里も俺の腹筋をさわさわとしている。

 なんでそこなんだよ。

「……いい体ですね」

「君もね」

「セクハラですか」

「君が言うのか!?」

「冗談です。もっと、この調子でどうぞ。さあ!」

「えええ……」

 いざやれって言われるとすごく微妙だ。

 顎のラインをなぞるように触れる。

 整った顔立ち。少々無気力に見えるけど、努力家で……一途。

「ん……」

「んむっ!?」

 唇を奪う。

 彼女は驚いていたけど、すぐに受け入れて、俺の頭に手を回して密着してくる。

 唇が離れる。

 舌も入れていないキスなのに、幸福度が凄い。

「……好きだよ、悠里」

「!?」

「はは、直球過ぎたかな」

「ちょ、直球過ぎです! わ、わたし……わたし、が……どれだけ……この三ヵ月と少し、あなたを想っていたか……!」

 ぽつ、ぽつと涙がこぼれている。

「最初見た時に、思ったんです。穏やかな人だなって。すぐに、こんな無表情な私に仲良く接してくれて……!」

「そ、それだけで?」

「それだけなんですよ! いけませんか!? 友達もいない独りぼっちにあんなフレンドリーに優しく声を掛けられてしまったら落ちない女性はいません!」

「い、いないかぁ……」

 言い切るんだな……。

「頑張りました。あなたに見合うよう、頑張ってトレーニングに励み、バストアップ体操にも励んで、表情筋のトレーニングもしていたんです……!」

「うん、表情、少しは動くようになってるよ」

 微妙なレベルだけど、わかるようにはなった。

「……今度は、俺が頑張る番だね」

「いつも、黎明さんは頑張っています」

「黎明、で構わないよ、悠里」

「……い、いいのですか?」

「そう呼んでほしいんだ。……俺は頑張らなければならない。君に釣り合うような男にならなきゃいけない。誰もを受け入れられる大きな男に、俺はなりたいんだ」

「黎明……らしくて、いいと思います」

 呼び捨てに照れがあるのか、少しラグがあった。

「だから、俺は姉さんに勝つよ。そして、学園を卒業したら……まずは、悠里。君を迎えに行く」

「え……?」

「他にも、俺のところにいてほしい人がいるんだけど……これって、浮気なのかな」

「でも、全員に本気、でしょう?」

「そうだよ」

「なら、私は構わないです。一夫一妻制なんてのは終わりましたし。……何があっても、私は黎明についていきます」

「……ありがとう、悠里」

 俺の気持ちを分かってくれて、意思を汲んでくれる存在が……こんなにも心強いなんて。

 だから、俺は勝つんだ。次の一戦だけは、負けられない。

 負けて、悠里の元を去るなんて……嫌だ。

 ……勝つんだ。

 ――どんな手を使ってでも。

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