間章 新たなる始まり

「……」

 俺は、つばを飲み込む。

 怖くて仕方がなかった実家。先に、こっちに来ていた。

 お屋敷では、忙しそうにしていたが、顔を知っているメイドを捕まえた。

「烏丸源一郎にお会いしたいんですが」

「アポイントメントはお持ちですか? 源一郎様は今、休息中で――」

「――息子の、烏丸黎明が離縁しに戻ってきた、と伝えてくれるかな」

「れ、れいめい……あのガキ……ひっ!?」

 壁に思いっきり拳を叩き付けて、ニコリと微笑む。

「もうお前らの玩具じゃないんだよ。……いいから取り次げ」



「久しいな、黎明。綾のところでぬくぬく育って、随分と大きくなったじゃないか。綾に感謝したまえよ。屑みたいなお前でも、ちゃんと姉の綾は愛を与えてくれたんだからな」

「ええ、姉さんには大変お世話になりました」

「で……碌を食む害虫が! どの面を下げて戻ってきた!!」

 激昂する父親。

 萎縮してしまうが……ここで、ひるんではいけない。

 俺が何をしに戻ってきたか、忘れているわけではない。

「……離縁してください」

「何?」

「俺は、烏丸の名前はいりません」

「……貴様から家柄をとったら、何が残るというんだ」

「貴方には、関係のないことです」

「まぁ、確かにそうだな。貴様がどこで死のうと知らん。離縁は承諾してやろう。しかし、親として、貴様なんぞにやるのは不服だが……」

 布袋を投げられた。

 その中には……数えてみたら、十万円が入っている。

「手切れ金、というやつだ。ん? 少ないか? 貴様なんぞには妥当な額だと思うがな」

「……それでいいなら」

 布袋を受け取り、俺は踵を返す。

「離縁の登録はしておいてやろう。後悔するなよ、屑の貴様が、一生の栄光をどぶに落としたのだからな!」

「……絶対しない! してたまるか!」

 ドアを叩き付けるように締めて、俺は帰路につく。



 誰もいなくなったアパートで過ごして、何日か過ぎた。

 もうそろそろ、三月も終わる。新しい住所を探さないといけない。

 幸い、蓄えはそこそこある。裏試合と風子には本当に感謝だ。

 姉さんのところへ、帰ろうかとも考えた。

 でも、離縁した俺は、姉さんの弟じゃない。

 もう無関係の、赤の他人だ。

「……くそっ」

 それが、無性に寂しくて、情けない自分が嫌になる。

 ――とさっ。

 郵便物が郵便受けにおちる音が聞こえる。

「……え?」

 そんな、道に悩んでいた時に届いていた封筒。

 高級そうなそれを開いてみると、大鷺魔導育成学園から。

 俺でも知っている、魔導育成学園の名門校からだ。

「……」

 三年間の学費が無料、特待生としてお小遣いまでつくらしい待遇で、俺をもてなすと書かれている。

 もう一度宛名を見ても、聡里黎明宛だった。

「……行って、みようかな」

 こんな俺を誘ってくれる、まだ見ぬ誰か。

 ……本当に、俺で良いのなら。

 実家との別れがあり、そしてまた謎の出会いがある。

 俺は、新しい出会いに賭けてみたくなった。 


 こうして、俺は大鷺魔導育成学園に行くことを、自ら決断したのだった。 

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