三章 オーダーメイドメイド 3

 天気は本日も快晴に恵まれる。

 準決勝当日。人もごった返すぐらいには入っていて、異様な熱気を感じた。

『本日も琴吹望のお時間です。さあ、各校がしのぎを削る魔導士全国対抗戦、サヴァイブも大詰め。準決勝第一回戦は、私立大鷺魔導育成学園と鴨川魔導育成学園の対決。しかし、鴨川魔導育成学園は出場者負傷のため一人での登場でーす』

 俺達が壇上に上がると、熱気も上がる。応援の声に混じって罵声なんかも聞こえる気もするけど、まぁ気にしない。

「黎明、魔導器を持たなくてもいいのかい?」

「今日は使わないことにしたよ」

「そうでなきゃね。残念、は取り消すよ。……楽しみだ、黎明」

 なるほど。

 仙一郎は――勝ち昇ってきた、俺を楽しみにしていたのか。

 応えてやりたくなる。無論、力で。

『さて、それでは皆さんご一緒に。れでぃーのごー!』

「『レヴァティーン』!」

 虹色の輝きが生じて、紫色の刀が復元される。

「『魔砲・カーディナル』!」

 金色の輝きがまとわりついて、黄金の杖が具現する。

「『鉄拳・ノヴァ』!」

 白銀の輝きが手足にまとわりついて、手甲と脚甲の形をとった。

「――顕現せよ、『月下帝王・ナイア』!」

 虹色の輝きが迸る。

 伝わってくる魔力の量は……結先輩よりも弱いけど、強い部類だ。

 先のとがっていない、不思議な剣の形をとる。

『おおっと、出そろった。全ての魔導器が出そろったー。さて、どうなるか』

「いけ、『ポーン』!」

 輝きが変じて、顔のない歩兵になる。

 無貌の兵士達が槍を持って駆けだしてくるが、そんなに強い魔力を感じない。

「っらぁぁぁ!」

 鳩尾を蹴りぬく。その衝撃で吹っ飛んでいく歩兵。

「話にならん」

 怜治先輩の声だ。

 まぁ俺でこれなら、怜治先輩的には余裕だろう。

 見れば、一瞬で三人をなぎ倒し、本体の仙一郎を狙っていく。

「チィ……っ!」

 舌を打って、仙一郎は後ろへ跳びながら剣を振るう。

「『ナイト』!」

 歩兵が消滅。今度は、鎧を纏った顔のない騎兵が生まれる。

 先ほどよりは魔力を感じる。おまけに、馬に乗っているせいか、威圧感が半端じゃない。

「ったぁぁぁ!」

 悠里が迷わず切りに出る。

 魔力でできた物体だ。悠里の魔導器に切れないはずがない。

 ――真っ二つになり、消滅する。

「!」

『おおっと、激しい攻防。枝条選手のスゴ技で一刀両断』

 仙一郎が驚いた顔を見せる。

 多分だが、倒された歩兵の魔力はある程度、彼に還元されるのだろう。

 悠里の能力は、現段階では魔力を消滅させるのみ。還元されないのが、多分今の一撃でわかったに違いない。

 事実、彼はナイトを消して、改めて剣を振った。

「ルーク……じゃダメなんだろうね。ビショップも支援用だ。……仕方ない。クイーン!」

「!」

「!?」

 魔力に敏感な俺と結先輩が気付く。

 今までの比じゃないくらい、生み出された一体には魔力が込められていた。

 女性的で華奢なフォルムだが、他と同じく、黒塗りで顔がない。不気味な彼女は、剣を持っていた。

 ありえないような速度で突進され、悠里に突っ込んでいく。

「なっ、あっ!?」

 怜治先輩との訓練の成果か、何とか反応して、悠里は後ずさる。

 追おうとしたクイーンだが、進めない。

 下の方に回り込んでいた怜治先輩が蹴ったので、進もうとした方向と逆方向にぶっ飛んだ。

「……へえ、『クイーン』を退けるか。ならば……『レギオン』!」

 クイーンはそのまま、ポーンが三体、ナイトが二体、ルークが二体、ビショップが一体、新たに生まれる。

「くそ……!」

 防戦が、始まった。



「ぐっ……!」

「黎明! くそ、こいつら……倒しても……!」

『さあ、かなりの時間、倒しては起き上がりを繰り返してる。大鷺魔導育成学園チーム、苦しそうだ』

 俺はナイトの一撃を受けて、膝をつく。

 怜治先輩も手を焼いているようだ。

 切り札である悠里も既に、ナイトに昏倒されてしまっている。

「はぁっ!」

 一条の輝きが駆け抜ける。結先輩も頑張っているが、意味がないのには気づいている。

 ビショップから放たれる輝きで、吹っ飛ばされたポーンとナイトが復元する。

 これが、小一時間続いていた。

 倒しても、倒しても、倒しても。

 立ち上がり、起き上がり、刃を向けてくる。


 ――これ以上続けても意味がないんじゃないか。


 ついそう考えてしまい、手が鈍る。

 精神的にも肉体的にも追いつめて、勝利する。

 これが――『軍神』の戦いか。

「……くそ、せめて……」

 悠里の魔導器を拾えれば、活路は見えるのに。

「ぐあっ!?」

 ポーンに殴り飛ばされて、地面を転がる。

 痛い……それ以上に、悔しさが広がっていく。

『……なぜですか』

「……」

『なぜ、わたしを……使おうとしないんですか!』

「無理やりは、よくないだろ……」

 イオにそうつぶやきながら、立ち上がる。

「頑張らない方がいいよ。……黎明、君があの魔力を消滅させる剣を使えば、多分オレなんか意味がない。でも、使わせない。……諦めなよ」

「……」

 見下ろされている。上から、見られている。

 身長だって、俺の方が高いはずなのに。 

 死に物狂いで、努力してきたはずなのに。

 それなのに、まだ及ばないのか。

 俺は、まだ――魔導士に及ばないのか。

『……わたしは、不良品なんです』

「なんだよ、急に」

『わたしは、不良品であることを隠せる、人工知能がありました。……そして、生み出されたわたしは、自分が変化するのが……怖かった。だから、心理シンクロを自分で、オフにしたんです。わたしは、できそこないです。……そんな汚いわたしと、まだ……仲良くなりたいと思いますか?』

 ――できそこない。

 俺と、一緒じゃないか。

「じゃあ、何で君は、そう告白したの?」

『……っ!?』

「……汚いところは見えないようにしたい。これって、やっぱり人間だからそうしたくなるんだよ。それが普通なんだ。汚くないよ。……それを汚いと思う君の心は――綺麗だ」

『――――』

 彼女の苦悩がわかる。

 どれだけ自分の劣等さにやられていたか、伝わる。

 だから、俺は心の底から――彼女がいいと思った。

 俺と戦ってくれる、相棒。同じコンプレックスを、一緒にはねのけたいと、心から思った。

 スッと、彼女は人の形をとる。

『お、おおお? 人……?』

 会場のどよめきをよそに、彼女は俺を抱きしめた。

 柔らかさと……いい匂いが、伝わる。

 彼女を、感じる。

「綺麗と……言ってくれました。わたしの汚いところを、人間らしいと仰ってくださいました! あなた様……いえ、ご主人様! 今より、わたしは――ご主人様の剣にもなり、盾にもなり……ああもう! 何にでもなるったらなるんです! あなたが、そう望むなら、全て思いのままです!」

 元のプレートに戻る。俺の手に戻ってくる。

 そして、プレートに百パーセント魔力が通い――名前が――。

『人が、魔導器に……? 何なのか、実況の私にもわからない……』

「じゃあ、二人で……一緒に歩いていこうか。イオ――いや、違う。『機械剣・アイオライト』!」

 ナチュラルな七色ではないものの、虹色の輝きがこぼれだす。

 剣はさらに細身になって顕現する。ブルーメタルの刀身が、陽光を受けて蒼く煌く。

 わかる。

 彼女の名前が。どんな力を持っているかが。

 ああ、確かに――変幻自在。

『おお、これが登録された魔導器らしい。人工魔導器……作られた魔導器を手に取り、軍神へ立ち向かうのでしょう』

「残念だよ、黎明。君は他人の魔導器を奪うから輝いていたのに……魔導器を持ってたら、普通の魔導士じゃないか」

「ああ、普通の魔導士さ。でも、その普通の魔導士が、仙一郎――君より弱いとは、一言も言っていない! いくぞ仙一郎、アーユー・レディ?」

「吠えてろ……! クイーン!」

 凄まじい推進力から、振り下ろし。

 それを片手で受け止める。

「なっ!?」

「魔導器以外の武器の持ち込みはできないから、木刀持ってこれなかったけど……俺だって訓練してるんだ!」

 弾いて、剣を振るう。

 射程外に逃げようとするが――

「なっ!?」

「いけ、蛇腹ぁぁぁっ!!」

 剣が伸びて、鎖のようにクイーンを、ポーンを、ルークを、ビショップの動きを止める。

「黎明ッ!」

 その隙に、怜治先輩が悠里の魔導器をつかみ、こちらへ投げてきた。

 受け取り――声を上げる。

「いくぞ、『破滅の枝・レヴァティーン』!」

 拘束したほぼ全ての駒を切り伏せて、消滅させる。

 その隙に、仙一郎からは逃げられてしまったが。

「もう手ごまはないだろう?」

 アイオライトを収縮させ、二刀流で仙一郎に臨む。

「……『キング』」

 それに応じるかのように、仙一郎がつぶやく。

 莫大な魔力をつぎ込み、仙一郎の剣の形が変わり、切っ先ある長剣に姿が変貌していた。

 しかも、もう一本、同じものが出現する。

 ――二刀流対、二刀流。

「黎明、一人でやれるか?」

「ああ……! やってやります!」

「いくぞっ! 黎明!」

「仙一郎、覚悟を!」

 まず悠里の魔導器で切る――が、避けられ、隙に繰り出された剣をイオで防ぐ。いかん、相手は二刀流に慣れている。こっちは素人だ。

 その死角に――剣が――

 ――なら、いっそ!

「なっ!?」

「……」

 避けずに、そのまま突っ込んで、レヴァティーンを押し当てた。

「くそ、勝負に負けて――試合に勝つか……!?」

「へ、へへ……後は、頼みましたよ、怜治先輩――」

 胸に来る衝撃で、俺は意識を失った。



 ハッとして起き上がると、そこは医務室の中だった。

「起きたかい?」

 仙一郎の声に振り返る。彼は清々しそうな顔をしていた。

「いやぁ、負けたよ。強いね、君達は」

「……ああ、勝ったんですね、俺達」

「そ。……完敗だよ。まさか、全軍を拘束するとはね。どんな魔導器なんだい?」

「俺の魔導器は、剣から自在に姿を変えられるようでした。まだパッと浮かんだ剣と蛇腹しか使ってませんが……」

「……そうか」

 しばらくは無言だったものの、不意にイオが人になる。

「仙一郎様、がっかりしましたか? 魔導士としての、ご主人様に」

「いいや。むしろ、尊敬してるよ。君は魔導士のまま、人の魔導器すら使える、高位な存在なんだ。その才能と、全体を優先させる冷静な思考。感服したよ。オレはつい熱くなっちゃうけど、君はすごく冷静だった」

「いえ……なんか、ごめん。機会があれば、一対一でやりあいたいな」

「だね。暇があったら教えてよ、夏休みの間にやろう」

「ああ、わかったよ」

 拳を握る仙一郎。俺も拳を握って、彼の拳に軽くぶつける。

「お疲れ」

「ああ」

 ……次は、決勝か。

 多分、というか。やっぱり、あの人なんだろうなぁ。

 ん?

「なんか、近づいてない?」

「うん、黎明にも聞こえてるのか。あ、止まった」

 そして扉が開いた。

「れいちゃぁぁぁんっ!!」

「ぐほぉっ!?」

 飛び込んできた、柔らかさと――懐かしい、甘い匂い。

 間違えるはずもない。長い黒髪の美少女。

「姉さん!?」

「はーい! れいちゃんの愛してる、烏丸綾よ? きちゃった!」

「いやいや、今まで何で会いに来なかったの!? なんで今!?」

「ごめんね、れいちゃん。お父さんに止められてたの。まぁそんなもの守る義理もないんだけど、れいちゃんを離縁したからつい半殺しにしちゃって……まぁ、しばらく待ってやろうかと。お姉ちゃん、優しいでしょ?」

 理由が思いっきり自分本位なのは、果たして優しいと呼べるんだろうか。

 あ、仙一郎がドン引きしてる。しかも寝たふりまで始めたし。でも、うん、それが正しい反応だ。

「でね、れいちゃんが準決勝に勝ったって聞いて、もうお祝いしたくって仕方なくなっちゃったの! お祝いしましょ? あ、都内の高級ホテルは予約済みだから、久しぶりに……二人っきりだよ?」

 相変わらず俺の意志は無視のガンガンな甘やかしが飛んでくる。

 それを、手で制した。

「れいちゃん?」

「姉さん……いえ、綾さん。もう、俺とあなたは他人なんです。距離を守ってください、他人ですから」

「……れいちゃん……」

 ショックを受けている姉さん。

 ぐ、罪悪感が半端じゃない。

 でも、俺が毅然としてないとダメだ。ずるずると流されるままの俺じゃないんだ。

「それは……」

「……」

「身内じゃ結婚できないから他人になるってことなのねぇぇぇ!」

「えええええ……」

 予想外の解釈に、他に言葉も出ない。

「嬉しいなあ! もうもう、れいちゃんったら! お姉ちゃんのこと大好きなくせにぃ! でも、他人プレイも面白そうだけど私がもちそうにないからやらなくていいよね!」

「いや、俺の話聞いて……」

「はいはい、連行しまーす」

「え、ちょっと、俺まだ胸が痛いんだけど」

「もう、嬉しいなあ! お姉ちゃんにあえて、胸が痛むほどドキドキしてくれるなんてぇ!」

「いや非常にこの痛みは物理的なもので……」

「さあ、行こ? 二人のヘヴンへ!」

 ……相変わらず、姉さんは強引だった。

 そして、俺は今も……姉さんの暴挙を止められずにいる。

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