三章 オーダーメイドメイド 2

 街に出る。

 準決勝まで残り二日。前日に軽く打ち合わせるだけらしく、今日は暇になった。

 悠里は疲れが溜まっていたのか爆睡していたので、そのまま寝かせてきている。

「……」

 奨学生として呼んでもらい、月のお小遣いまで支給されている俺。そこそこ手持ちはある。

 その分、瑠璃の役に立てばいい、となんとか自分を納得させてるけど。こんな暮らし、してていんだろうか。罰が当たりそうだ。

「あの……すみません」

 そう声を掛けられた。

 振り返ると、前髪の長い同い年くらいの男子が、こちらを見上げていた。

「この辺に、『ホテル・ラペンタ』というところがあると思うんですが……どこにあるか、ご存知じゃないかと思いまして。携帯電話の電源が切れて……道がいまいちわからないんです」

「ああ、うん。知ってるよ。道を教えるのと案内するの、どっちがいい?」

「じゃあ、案内でいいですか?」

「分かったよ。こっちに」

 歩き始めると、隣に並ぶ。

「すみません」

「いや、いいんだよ。というか、同い年くらいだし。敬語はいいよ」

「オレ、十六歳です。高校二年です」

「あ、先輩でしたか。俺は高一です」

「いや、そっちこそ敬語はいいよ。名前は?」

「聡里黎明」

「ああ、大鷺魔導育成学園の盗人」

 盗人というのが広まっている。やめてほしい。

「知ってるの?」

「準決勝の相手は、オレ一人だよ」

「……ということは、『軍神』、鬼童仙一郎さん? 鴨川魔導育成学園の。あれ? 他のメンバーは?」

「そう、鬼童仙一郎。仙一郎でいい。他のメンバーは負傷のため欠場だよ。オレ一人対、君ら四人」

「俺も黎明で。……うーん、何だか卑怯な気がするな」

「君はいいヤツだね。でも、見くびらないでほしい。他の三人は弱かったからやられたんだ。……オレを一緒にしないでほしいな」

「なるほど、それは悪かったよ」

「……素直だなあ」

 仙一郎は苦笑していた。

 彼は『軍神』と呼ばれているんだけれども、非常に雰囲気は穏やかで、物憂げな瞳がミステリアス。女子に人気がありそうな感じだ。

「ついた。ここが『ホテル・ラペンタ』だよ」

 大きな、ランクはあまり高くないホテル。それでも清潔感のある建物で、今も人が出入りしている。人気なホテルだ。

「ありがとう。それと、ここのカフェスペースかどこかでお礼に一杯、奢らせてほしい。時間があれば、で構わないんだけど」

「じゃあご馳走になろうかな。今日、訓練が休みだから暇してたんだ」

「うん。じゃあ行こうか」

 ホテルの中に入り、チェックインを済ませたその足でカフェスペースへと移動する。

 奥の席に陣取る。日の当たらない場所で、少し暗いその場所は、琥珀色のムーディーなライトで照らされている。

「……ふむ」

 メニューを眺める彼を見る。

 長い睫毛。中性的なその顔は整っていて、結構周囲から見られていた。

「ん? どうしたんだい?」

「いや、絵になるなと思って」

「何だそれ。……オレは決まったけど、黎明は?」

「俺も決まったよ」

 店員をベルで呼ぶ。

 電子ベルが鳴り、店員がやってくる。

「ホットサンドとカプチーノを。黎明は?」

「ピーチティーとケーキを」

「もう昼だ。遠慮はいらないから、がっつり食べるといいよ」

「……じゃあ、ケーキは食後に。鴨肉のローストサンドを」

 注文を終え、軽く頭を下げる。

「ありがとう、仙一郎。食費が浮いた」

「気にするなよ。……その、ここでの友人はいないから、頼らせてもらっていいかな。夏休み中はここにいようかと思って」

「大会が終わったら、実家に帰らないの?」

「……鬼童家は一般家庭でね。オレはこういう能力があるから、みんなが気を使っている。オレを立たせようとしてるから、居心地が悪いんだ」

 魔導士に生まれた人間は、気味悪がられて預けられるか、金を呼ぶカモだともてはやされるかの二択なんだそうだ。俺みたいなできそこないはさておき。

 姉も、そうだったんだろうか。

 姉さんはいつでも、人に期待され、立てられていた。それが重荷だったり、嫌だったりしたのかな。

 ふと意識が戻り、慌てて仙一郎に笑いかけた。

「そういうことなら、いつでも。俺の番号とアドレスを書いておくから」

「助かるよ。……」

「え、何?」

「君は不思議な人だね。普通、こう親しくなるのは本能が拒否するだろうに。今日会った人間なら、なおさら」

「不思議と、仙一郎とは……仲良くなれるような気がして」

「なるほど、直感だね」

 ホットサンドとコーヒー、そしてサンドイッチと紅茶が運ばれてくる。

「頂きます」

「頂きます」

 二人でもそもそと食事を摂る。

 ホットサンドを切り分けて口に運ぶ。その姿さえカッコいいのだから、イケメンはすごい。

 俺もサンドイッチを齧る。鴨肉のうまみがじゅわりと出て、チーズの濃厚さも後を追う。中々美味しい。

「君は、魔導器がなかったよね。で、人の魔導器を使う。……魔導士としては、異端だと思うけど……どうやって戦うんだい? オレ一人相手に」

「……俺も魔導器を手に入れたんだ。正確には、贈られたが正しいけど」

 スッとプレートを見せる。

「……盗品じゃなくて?」

「盗人だから? それは酷い誤解だ。ちゃんと持ち主に返してるし。……これは、人工魔導器っていうらしいよ」

「ああ、軍事で研究されてる分野だったね。魔力を蓄える魔力電池を開発しなきゃいけないらしい。で、どこかが技術開発に成功してたっていうけど……」

「というわけで、ちゃんと魔導士として戦うよ」

「……そっか。それは、残念だな」

 ――なんで『残念』なんだ?

「冷めるよ?」

「ああ、うん」

 サンドイッチを齧る。冷めかけていても、香辛料と塩気の利いた鴨は美味かった。



「正式な名前、まだわからないんですか?」

「あ、あはは……すみません」

 瑠璃は経過が気になったのか、訓練後、俺を呼びだした。

 イオは押し黙ったまま。俺だけが愛想笑いをしている。

「いえ、貴方がそれでいいなら構わないのですが……次の相手、甘くはありませんよ」

「仙一郎ですからね」

「知り合いだったのですか?」

「昨日少し縁がありまして。……イオは、どんな能力なのか。瑠璃は知ってるんだよね?」

「さあ?」

「え!? 知らないの!?」

 待とうよ設計者。どんな能力か知らないのかよ。

「人格を複数混ぜて今のものにしてて、能力も様々なものから複合させて均一化させているモデルですから。上手くいけば、変幻自在になるはずですが」

 変幻自在……。

「というか、あんなテンション高くは設定してないはずなのですが……。本来なら、もう少し冷静な人格だったはずなのですが……検査しなおしますか?」

「ううん、俺はこのままでも。味があるし、一緒にいて面白いからね」

「……知りませんよ。では、ちょっと簡易メンテだけ。これにかざすだけでいいですから」

 言われ、機械にイオをかざす。

「……ほうほう。友好度が見れますよ」

 ずいっと画面を見せてくれる瑠璃。

 俺の好感度がダントツで高いほか、認識した人間の名前もあるようだ。

「……ん?」

 ある項目に瑠璃が眉を寄せる。

「……心理シンクロがオフになっている?」

「何それ」

「貴方の意識を流し込み、性格などに合わせて人格が変化するシステムなんですよ。友好値もこれがオンになってないとあまり上がらないのに……」

『……!』

「バグでオフになっているのでしょうか。それとも、意図的なカット……? オンにしますので、貸してください」

 息を呑むのが聞こえた。今は手に持っているからハッキリわかる。

「オフのままでいいよ」

「え? ですが……」

「あまり上がらなくてもいいんだ。俺とイオはまだであったばかりだし、いきなり仲よくとか言われても、イオも怖いだろうしね」

「……モノの心配をするのですか。貴方らしいですね」

「もうモノじゃないよ。考えて動いてるんだから、もうそれは人だ」

「まぁ、言い出したら聞かないでしょうし。でも、さすがに機能停止などをしたら持ってきてくださいね」

「イオが望むなら、ここという病院に行くよ」

「……はぁ。やっぱり人格はカットの方がいいんでしょうか。ですが、意思疎通ができれば道具や導き手として……任務などの助言なども……」

 ぶつぶつと考え始めた瑠璃。こうなると少し長い。

 紅茶をすすりながら、黙っていたイオを眺める。

 ……バグ、か。



「くー……」

「……ふふっ」

 部屋に戻ると、悠里がすやすやと寝ているのに気づく。

 訓練の後、悠里はぐっすりと寝る。このチームで戦っていきたいから体調管理をしているのか、それとも眠いだけなのか。

 何にせよ、そっとしておこう。

『頑張ってましたもんねぇ』

「だね。悠里は、ずっと頑張ってくれてるんだ。……あの稽古なんて、普通の人間がついてこれないよ」

 それほどハードなのを、この間まで体術剣術が素人だった悠里がこなしてくれている。

 剣術で競う相手がいる。それだけで、俺がどれだけ救われたか。

 一人で延々やるよりも、モチベーションも違うしやる気も違う。

「ありがとう、悠里」

「……くー」

 ……呼びかけても、やっぱり熟睡してる。うん、ゆっくり寝るといい。

 明日は準決勝。仙一郎と戦う日。

 あの雰囲気――生半可じゃないだろう。『軍神』と言っていた怜治先輩の顔も険しかった。戦いのVTRも見たけれど、あれが全力ではないのがわかる。

 彼の魔導器は私兵を召喚するもの。

 対抗の切り札を握るのは、悠里だ。

 彼女の魔導器は、魔力を打ち消すもの。未だ、吸収には至ってないけれど、それでもその私兵は魔力の塊だろう。なら、絶対的な効力を持つはずだ。

 魔を扱う者、その全てに有効な魔導器。彼女はまだ自分の凄さを分かってないようだけれど、俺や怜治先輩、結先輩だってぶち抜けるポテンシャルがあるんだ。

 彼女にとっても、この訓練は無駄にならない。

「……俺も頑張らないとな」

『これ以上頑張ったら、死んじゃいますよ?』

「でも、頑張らないと。……俺は、並以下なんだ。努力しても。だから、もっと無茶をしなきゃいけない。そして、効率よくレベルアップする方法を考えなければならない」

『……そうでしょうか』

「多分、そうなんだと思う。……俺は、できそこないだから」

『え?』

「……俺の実家は、知ってるっけ。烏丸という家なんだけど」

『あ、はい。インプットされている知識にあります。烏丸、兵藤、獅子王家は魔導士の三大家とも呼ばれる、名家であると。あれ、でもあなた様は聡里……』

「離縁したんだ」

『何故ですか!? もったいない! 遺産ががっぽりのはずですよ!?』

 なんでこんな人間っぽいんだこいつ。

「……魔導器のない魔導士だったんだ、知っての通り。ラーメン食いに来たのに麺がなかったみたいな。意味がなかった。存在意義が。何もかも、魔導士じゃないだけで」

『え……?』

「俺は姉に飼われるまでは実家で暴力を受け、罵詈雑言を浴びせられ……屑扱いされた。魔力が多かったから、実験にもよく俺は貸し出された。……多分、その自由時間の時に、瑠璃とは出会ってるはず」

『……』

「事実、俺はできそこないだったから。魔導器を持たない魔術師なんて、実家では何の価値もなかった。そんな扱いを、俺は当たり前だと思った。俺は人より、劣っている。……で、姉さんと出会って……俺を好きだと言ってくれた」

 誰が見ても、今思い返しても、不幸だった人生が一変する。

 姉。たった一人の存在で。

「姉さんにはよくしてもらったよ。というか、恋人同然だったというか……何というか……」

『おお、背徳』

「でも姉さんのご機嫌を伺うような人生が嫌になった。あの頃と比べると……天国だった。ぬるま湯同然だった。でも、このままぬるぬると浸かって、ふやけていくのが怖かった。ダメになるって思ったんだ。だから、正式に離縁して、十四歳で家を出た。無鉄砲だった俺に良くしてくれた、風子さんっていう人と一緒に暮らして、一年過ぎて……この学園にスカウトされたんだ。君の、実験体として」

『いえ、実験体はわたしじゃ……』

「俺なんだよ、実験に使われてるのは。……俺の能力は、手に取った魔導器の名前と性質がわかるもの。そんな俺が使いこなせないものを、多分瑠璃は量産しないだろう」

『……わたしは、やはり……あなた様に、全てを……ゆだねるべきなのでしょうか』

「それは、俺が決めることでも……瑠璃が決めることでもない。イオ、君が決めるんだ」

『……』

「俺のことを分かったうえで、一緒にいたくないなら仕方ない。でも、俺は君と仲良くなりたいし……一緒に戦ってほしい。でも、無理やりはいやだ。それに、俺が君に一方的に頼っていると思われるのは……癪だからね。俺は魔導器なしでここまできたっていう、一応プライドのようなものがあるんだ。……それだけは、覚えておいてほしい」

『あなた様……』

「……寝ようか。明日は、厳しい戦いになると思うんだ。でも、俺は君を使うつもりはない」

『え!?』

「もっと仲良くなってからね」

 冗談めかしてそう笑い、ベッドに潜る。

 眠りは、早く訪れた。

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