三章 オーダーメイドメイド 1
「さて、なぜ呼ばれたかわかりますか?」
「怒られる感じなのかな、俺」
「むしろ褒められることをしているじゃないですか。準々決勝にも勝利して、準決勝と決勝戦を残すのみ。そう、人の魔導器を使える盗人黎明さん」
「え!? そんなふうに呼ばれてるの!?」
盗人とか。人聞きが悪すぎるわ。
今日は水曜日。夏休み中とはいえ、土曜日のお茶の習慣は続いている。
それ以外の用事で呼び出されるとは、少々構えてしまうのも無理はない……と思うんだけど。
「ふふふ、ついに完成したんです。そして、被検体になっていただこうかと」
「被検体ってことはまだ実験段階だから完成とは言わないんじゃ……いてえ!?」
デコピンされた。割と痛い。
「はい、こちらです」
綺麗な箱。高級感のあるそれを開けると――
「……ん?」
これは……プレート? 青いメタルのプレートがそこにあった。
「まさか……!」
「ええ、そのまさかです」
「俺に魔導器を持っている気分を味わってもらおうと作ってくれたの、瑠璃! うわぁ! 嬉しいなぁ!」
「味わう、だけじゃないですよ。……それは、本物の魔導器です。人工ですが」
「え? 魔導器って作れるの?」
「そういう技術を私が今、独断で進めているんです。で、そのテストに……貴方を呼んだのですよ。貴方なら、これの能力を存分に見せ、自分の才能を目覚めさせ――あの思い上がった連中を叩き潰せると」
「……」
なんでそう殺伐としてるのかな。
「ともかく、手に取ってください」
「はい」
手に取ると、いつものように名前が伝わって――ん?
「これ、読めない……いや、最低限は読めるんですが……」
「それの正式な名前は、誰にも――教えてくれるまで、わかりませんよ。そういうものらしいので」
おい設計者。
「それぞれに個別の名前があって、その魔導器とのリンク……好感度ですね。それによって、復元レベルも違ってきます」
「……『械・イオ』」
プレートに魔力が三割くらいしか通わない。まるで、意図的に魔力を拒否しているように。
復元されたそれは、重くて青い剣の形。古めかしさはあるが、瀟洒で味のあるデザインだ。
「……綺麗だけど、本当の姿じゃないんだね」
『分かるのですか!?』
「うぉわ!?」
剣から発せられた音声に超ビビった。
え、何これ。喋るの?
「人工知能を入れてあるんです。そして、擬人化システムも」
「擬人化?」
『論より証拠! とう!』
シュビッ! と一瞬で輝きが生じて、女の子がそこに立っている。
……何でか、黒いメイド服。いや、青味掛かった銀髪にマッチしてるけど。
「はーい、あなた様! よろしくお願いします! えーっと、今はイオと親しみと愛と何かを込めて呼んでくださいな!」
「うん、よろしく。うわぁ、喋る魔導器なんて……! 嬉しいなあ! しかも……えっと、触っていい?」
「胸と顔以外ならどうぞ!」
「じゃ、失礼して……」
腕をとってみる。張りがあって、でも柔らかい。
本物の女の子の手だ。
「凄いなあ……! ここまで再現できるものなのかな。技術ってすごいなぁ」
「セックスもできますよ!」
にこやかに言うな、そんなこと。
「それは黎明さんに合うように作られた魔導器です。……すぐ、仲良くなれると思いますよ」
「はい! 相性ばっちりでーす!」
「……だと、嬉しいなぁ」
せっかく、俺にも魔導器ができるんだ。
仲良くしたいな。
「でも、思ったよりチキンですね、あなた様!」
「え?」
「いやー、てっきり顔と胸以外だと大事なところをまさぐるのかなーって思ってちょっとドキドキしてしまいましたがいやぁ何というかヘタレですね!」
「……」
仲良く、なれる……のか?
準決勝は三日前。前までは一日ごとに相手と当たっていたのに、何だったのかとも思う。
瑠璃に聞けば、準決勝から本格的に見世物になるようなので、よりベストな状態で、ということらしい。
まぁ、俺は調整に全てを使っているんだけど。
「ったぁぁぁ!」
「ハッ!」
イオを操り、訓練。
一日経てど、認識レベルに変化はない。まだ『械・イオ』のまま。
悠里と打ち合う。このイオの重さにも慣れてきたところだ。
怜治先輩と結先輩は、遅れてくるようだ。
「ふうっ……」
『凄いですねー、あなた様! わたし、結構重めに重量設定されてるのに!』
「まぁ、無駄に鍛えてたからね。だいぶ、体が流れないようになったよ」
『じゃあ、軽くしますねー』
「え!? 重さの設定君だったの!?」
『あれ? 言ってませんでしたっけ?』
「初めて聞いたよ……」
言ってるうちに、軽くなった。木刀より重いが、これなら余裕だ。
「……ふう……」
一呼吸おいて、剣を振るう。
素振り。しかし実戦を想定して。
下からの突き、振り下ろし、袈裟、逆袈裟、背後からの強襲。
『おおお……。あなた様、身体能力だけならトップクラスでは? 人間の中でも』
「そ、そうかなぁ」
『ま、わたしの方が強いですよ? 戦ってみます?』
「やってみようか」
『はい! では、変・身! でゅわっ!』
妙な擬音を自分で発して擬人化するイオ。
青色の髪に白い肌。髪は発光するように輝いていて、白い肌がより映えていた。
……可愛いんだけどな。現実離れしている容姿にハイテンションなのが親しみやすいし。
けど、どこか……人を拒絶しているような。
そんな感じがする。
「さっ、行きますよ、あなた様!」
「こい!」
……結論から言うと、彼女は前の俺だった。
身体能力は高いものの、組み合う技術、殴り合いの技術などが致命的に欠落している。
「うわー……当たらないです! すごいですね、あなた様!」
「いや、イオもその細い腕でよくやってるよ」
力だけで言えば、あの怜治先輩くらいあるのかもしれない。殴られた空間がものすごい音してたし。
「……」
「ん? どうしたんだい、悠里」
「また新しい女ですか……?」
「え?」
「その外人さんは……新しい女なんですか!」
泣くのはいいけど無表情を何とかしてほしい。
「ああ、俺の魔導器なんだ」
「え? 魔導器?」
「……ふむ、気になっていたが、やはり魔導器か」
怜治先輩もやってきたようだ。結先輩もやってくる。
「それが例の人工魔導器ね」
「それ、じゃないですよ。彼女が、です」
「……おお」
「ん? イオ、どうしたの?」
「好感度を上げる達人ですね! いよ、女泣かせ! 女の敵! さすがあなた様!」
最後の貶されてるの? 褒めてるの?
「流石のお前も、完全認識はできてないみたいだな」
「多分、人工知能のせいだろうって言われました」
「外してもらえばいいだろう」
「!?」
「いえ、俺は……イオがいいんです」
「え……?」
「ほう、またなんでだ?」
「運命だって、思ったんです」
手に取った時。紹介された時。
生まれながらにしてなかったものが、はまるような感覚があった。
「それに、一日過ごしただけですけど、イオも可愛いですから。なんだか、相棒ができたみたいで……」
「相棒と言えば私では!?」
「悠里は親友、でしょ?」
「……はぁい、親友でぇす」
「珍しく表情が変わると思ったら、ものすごくだらしない顔をしているな」
「ちょろいわねえ、悠里」
レアな顔を拝めた。
「……」
「どうしたの、イオ」
「い、いえ! 戻りますので、手を」
「うん」
手をつないだところから、プレートの姿に戻り、手に収まる。
「ちなみに、どうやって擬人化してるの?」
『あなた様から供給される魔力で、実体化してるんですよ!』
「そうなのか」
気づかなかった。
『あなた様の魔力が膨大過ぎますから、この程度じゃ減ってる感覚すらないんだと思いますよ』
「そういうもんなのかな」
『そういうものなのです! もう大きすぎてわたし裂けちゃうかと思いました』
「ちょばばばば!? ど、どこが裂けそうだったのか詳しく!」
「うん、黙ってよう悠里」
意外にエロネタをぶっこんで来るな。
というか食いつくなよ、悠里。思うつぼだから。
「ふー……」
風呂は癒される。
最近は悠里も乱入してこないし。多分、訓練が厳しいからだ。俺より早くシャワーを浴びてはぶっ倒れるように寝ている。
そんな中、風呂が唯一の癒しの空間だった。
悠里の後に入って、お気に入りの入浴剤――バラの香りを投げ込んだ風呂は、いい気分になる。
けれども、薔薇はどうしても――姉を思い出してしまう。
懐かしんでいるのか。それとも、惜しんでいるのか。
よくわからない。
でも、ホームシックというやつなのかな。ちょっと会いたい気持ちもある。
「……ん?」
防水ということなので持ってきていた携帯が振動する。
『件名:求められた気がした!』
え、何それ。超怖いんだけど。
『本文:お姉ちゃんのことが恋しくなったら、いつでも会いに来ていいのよ?』
……相変わらずだな。
「え?」
更に通話がきた。瑠璃だ。
「どうしたの、瑠璃」
『声が聴きたくなりまして。……あ、年甲斐がないとか思ったでしょう?』
「いえ、可愛いですよ」
『相変わらずですね、貴方は。で、どうですか? 貴方の魔導器は』
「そうですねぇ……」
「あなた様ー! お背中流しに来ましたー!」
「……」
『……』
…………。
「こんな感じです」
『が、頑張ってください』
あ、切りやがった。
彼女は何故かフリフリのビキニを着ていた。
「ビキニなんてどこで調達したんだ?」
「具現化するときにこうしたんですよ! いやぁ、今日でわたしの好感度がごりごり上がっていくものですから、何かしたくなって」
「好感度設定とかあるのか」
機械的なんだか人間的なんだがいまいちわからない。
「じゃあお願いしようかな」
「おお、この状態にビビらないんですね」
「もう慣れたよ……」
慣れたくないけど、前は風呂の度、三分の一くらいの確率で悠里とか結先輩、怜治先輩が入ってきたしな。今の心配はルームメイトの悠里だけだが。
「えーっと……」
ボディタオルを取り、ボディーソープをそれで泡立てて、背中を洗ってもらう。
「……どうですか?」
「気持ちいいよ。……で、多分だけど。何か俺に聞きたい事、あるんじゃない?」
「ど、どうしてわかったんですか!?」
「俺もそうだからね。他の人に話したくないことは、一々相手と一対一になった状態じゃないと話せないし」
しばらく、時間が流れる。
「……あの、どうして、でしょうか」
ようやく聞けた言葉は、そんな言葉だった。
「どうしてって、何が?」
「わたしは思います。兵器として使うのなら、人工知能ではなく、機械回路を使えばいいのに……どうして、わたしのこの人格にこだわるのですか?」
「……俺には、魔導器がないんだ」
自分語りをしなければならない。
彼女のことを俺が何も知らないように、彼女もまた、俺のことを知らないから。
「魔導器がなかったら、魔導士じゃない。魔術師なんて、今の時代は魔導士の紛い物として扱われて……嫌われている。俺は、そこに引け目を感じてた。ぽっかりと、埋まらない穴だと思っていた。それを一生、引きずるんじゃないかって思った。引きずっていこうとも思ってた。……でも、その心の穴は、君が埋めてくれたんだ」
「わたしが……?」
「俺の魔導器。俺だけの、魔導器。……大切にしたいって心から思った」
「……もしも、わたしが壊れていたら?」
「処分するという人間には、渡さない。壊れていても、他の魔導器を使うようになっても……イオ、君だけは捨てない。ずっと、俺の相棒でいてほしいんだ。会ったばかりなのに、そう思える」
「……」
彼女の顔は、鏡越しに見える。
整ったその顔は、どこか赤く……その目には、涙が浮かんでいた。
「へんな、ひとですね」
「酷いな、そんなことはないと思うけど」
「変ですよ。人は、新しいものが好きです。……わたしより、性能のいいものが来ても?」
「捨てたりしない。俺は、君がいいんだ」
「……半分、信用することにします」
手を握られる。
「!」
五割――魔力が通る。
名前がわかる。『機械・アイオ』に認識レベルが上がった。
「……半分、信じてますよ?」
「まだ半分なのね」
「そこは、これから……」
「……うん。俺のこと、信用できる人間かどうか、ちゃんと見ててほしい。もし俺に力を貸したくなければ、言ってほしい。ちゃんと瑠璃に返すから」
「……はい」
うーむ、イマイチ彼女がよくわからない。
瑠璃の話だと、すぐに仲良くなれるらしいんだけど……今も、あの高いテンションじゃないし。
黙々と、イオは俺の体を洗ってくれた。
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