二章 チーム 4
風子――というのはあだ名で、本名は風魔小鈴――と一緒に喫茶店に入る。
名前のない喫茶店。明確なメニューもなく、何かものを頼む。
「ん? 食べたいものを作ります? 一律千円? どういう喫茶店っすか!」
「マスター、ケーキと紅茶を」
「……麻婆麺!」
「またむちゃくちゃな……」
「はいよ、ケーキと麻婆麺な」
「え!? あるんですか!?」
謎な喫茶店だな。
「……さて、話をしましょっか」
「だね」
お互いに色々喋る。
近況、こうなった経緯、何をしていたか、苦手なものは克服したか……語り合う内容には事欠かない。
「へー、理事長直々っすか!」
「そうなんだ。風子さんは?」
「あー。あっしは裏試合で金稼いでたでしょ? そこを見られて、スカウトっす。メッチャ金払ってくれてるっすよ」
風子さんは年上だけれど、学年は同じだ。
お金がなくて困っていた俺に、裏試合を紹介してくれて、自分の家にも泊めてくれた。
……まあお互い貧乏で、狭い部屋に二人暮らし。色々なこともあった。率直に言えば、お互いの体で見ていない部分はない。
「いやぁ、また背ぇ伸びたんじゃないっすか?」
「うん、二センチほど。風子さんは相変わらず小さいね」
「可愛いっしょ?」
「可愛いよ」
「んん、気分がいいっスね。ご休憩じゃなくてホントに良かったんスか?」
「……俺も、その。するのは好きだけど……」
「初心っすねぇ。あ、携帯電話、理事長から買ってもらってないんスか?」
「ああ、あるけど。番号交換しましょっか」
「うぃー。赤外線おくりまーす」
番号とアドレスを交換し合う。
「はいよ、麻婆麺とケーキセット」
真っ赤な麻婆に黄色の麺が見えている。白いご飯も添えられていた。プラス、水。
俺のところには、真っ白なレアチーズケーキに紅茶のセット。ケーキの周囲にはベリーのソースとアイスクリーム二種盛り。チョコとバニラ。
「……ずずず……。お、美味いっス。絶妙な辛さっすね! 花山椒の香りがいいっす……!」
「そ、それはよかったね。そういえば、勝ったんだよね?」
「よゆーっす。というか、この大会はどっちかのパターンが多いっスよ。将来のために名を売りたい、強い魔導士が参加するか……自己修練に時間を掛けるような人間が多い学校は、やる気もないっス。石南花魔導育成学園とかもやる気ないっスよ。今まで当たったのはやる気はあったけれど雑魚でしたっす」
なるほど、極端に強いかそうじゃないかに分かれるわけだ。
「ま、勝ちあがってきたらあたしらいけるんじゃね? というイケイケな奴らが多いらしいんでめんどくさいらしいっすよ」
「ふーむ、なるほど」
「で……明日戦うんすけど、あっしの戦いは見たっすか?」
「いいや」
「ならよーし」
「見てたら俺の戦いも吐かされますしね」
話さないと機嫌が悪くなるし。
「……でも、ちょっとヒントでも教えておきたい気分っす」
「え?」
「いやね、実際のとこ、選抜されたあっしら四人の仲は最悪なんっすよ。で、お互いの魔導器すら知らないっす」
「……どんな能力か、くらい話さないんですか?」
「ないっすねー。ま、つけ入るならそこっすよ」
「まるで、わざと負けたいみたいだね」
「それもあるっす。正直だるいし……でも、あっしは簡単に負けてやらないっすよ?」
「ええ。……できれば、タイマンをしたいですね」
「おっ、いっちょ前に言うじゃないっすか。……これ、ないんでしょ?」
魔導器。銀色のプレート。
理事長の言葉でわかったのは、起動する時に発するあの輝きで、強さがおおよそ決まっているそうだ。
白や赤、青や黄色などの輝きはそれほどでもない。
大事なのは、白銀、黄金、虹色――これらは凄まじい能力を発揮する予兆のようなもの。
――思い出す。
悠里の起動の輝きは銀色だった。俺が起動を宣言した時は、虹色に輝いていた。
確かに、引き出される能力の強力さによって色が変わるのは、間違いない
だとしたら……。
「久々に見せてください、短刀でしたよね?」
「いいっすよー。……『朧・薄刀』」
白銀の輝き――スッと具現したのは、華奢で薄い刀。半透明な刀だ。
「綺麗ですね、相変わらず」
「ま、武器としてはちゃちっすけどね。重さがないのが致命的」
やれやれと肩を竦めている。
……どんな能力何だろう。
そういえば、彼女の能力を俺は知らない。
でも、いいか。
俺の能力を、彼女もまた知らないから。
「ずるる……うわ、辛っ、マジ辛っ!」
「俺のケーキ、一口いります?」
「あーん」
「……あーん」
「ん、美味いっス」
とりとめもないやり取りを交わし、その日は夕方に別れるのだった。
――翌日。
舞台には、俺と怜治先輩、結先輩に悠里が立っている。
一方、相手も黒装束の少女達がいる。こちらを――いや、俺を睨んでいる。多分、魔術師が一人紛れているのも、それが俺なのも調べてあるんだろう。
『はいよー、実況始めたいと思いまーす。サヴァイブ三回戦の模様です。注目カード、三回戦、私立白鳳魔導育成学校高等部VS私立大鷺魔導育成学園。実況は私、琴吹望がお送りします。じゃ、何か、盛り上げるために何か、それぞれの選手からひと言……』
「黎明! ……手加減は、なしっすよ?」
「……うん、風子さん。俺も出し惜しみはしないよ」
『おおー、聡里黎明選手、相手の風魔小鈴選手と知り合いかー。因縁の対決というやつですなー。……では、睨みあって。レディーのゴー』
速攻。
俺も怜治先輩も地面を蹴って、相手の方に一気呵成に突撃。復元前の隙を狙う。
「フッ!」
「波動よッ!!」
怜治先輩の攻撃と、俺の全力全開の衝撃魔術。
復元の言語を話す前に、二人を撃退。
退いた風子ともう一人だけど、もう逃げられない。
「『魔砲・カーディナル』!」
「『レヴァティーン』!」
「『鉄拳・ノヴァ』!」
結先輩と悠里はそれぞれ復元し、回り込む。怜治先輩は何らかのアクションがあった場合、対応する役割で一歩下がった。
向こうは意思疎通が図れていない、チームプレイのできない人間達。
それに対抗するには、連携。それの早さが確実。向こうを叩くにはそれがいい。風子のヒントのおかげ。
悠里も剣術の成果がでているのか、一人倒している。これなら――
「……『朧・薄刀』」
それが聞こえた瞬間――
「なっ!?」
『おおー。消えたー。風魔小鈴選手、消えましたけど。これ魔導器なんですかねー』
結先輩の目の前で風子が消える。風子が隠していた、魔導器の能力だろう。
……気配も消えてる。これは元々、風子が得意な技だ。足音を殺し、気配を殺し、それをいたずらに使っていたけど……。
(……どこだ……?)
戦闘中、それも透明化の魔導器と一緒に使われると、こうも分からなくなるのか。
「ぐっ!?」
「悠里!?」
お腹を押さえている。が、不意に悠里の頭が地面に激突した。そのまま、悠里が動かなくなる。
殺傷を禁止しているので死にはしてないだろうけど……この流れは不味い。
「ちぃっ……!」
うっとうしそうに怜治先輩が腕を払う。打撃音も聞こえることから、怜治先輩はある程度、居場所などが読めているのだろう。
多分、風子が使っているのは体術。鍛えている怜治先輩だから耐えているんだろうけど。
「ぐ、はっ!?」
「結!」
「結先輩!」
見えない時に怜治先輩に意識を集中させて、あえて結先輩を狙うか。やはり、単独での戦闘が強い。手練れだ。
にしても、見えないんじゃ、対処しようがない。
くそ、こうなれば……
「怜治先輩、ガード! ……波動よ!!」
全方位に波動を飛ばす。
ありったけの魔力を注いだ。そのおかげか、ガードしている風子をあぶりだすことに成功する。
「っらァ!」
矢のように駆けた怜治先輩の拳。それが空を切る。
今、確実に風子をとらえたと思ったのに……それすらも避けるのか。
「く、ぉ、おおお……!?」
「怜治先輩!」
「……なんだ、これは……からだが、しびれ……きを、つけろ、れいめ……い」
『おおおおー。姿が見えないので攻撃も見えない。……さあ、どう対処するのか、聡里選手』
魔導器以外の武器の持ち込みは禁止のはず。
「……体術っすよ」
スッと姿を見せる風子。
「いやー、油断してくれてよかったっす。あっし以外の全員がやられたことで、油断して動きやすくなったっすよ。あっしに注目してくれたおかげっすね」
けらけらと笑う彼女。
……怜治先輩がやられた相手。怜治先輩をある意味では上回る体術の使い手。
魔導器の能力は透明化。
俺には、気配が読めない。居場所がわからない。
おまけに、俺には最大の武器が――魔導器が、ない。
そんな俺が……俺が、どう戦う。
どう、透明化からの攻撃を、防ぐ。
どうすればいいんだ。
「んじゃ、格闘からいくっすよ!」
「くっ!」
軽い身のこなしから、鞭のように放たれる脚。
跳び蹴りから身をひねって宙からのコンビネーションキック。
見えているそれを防いで、俺も拳を突き出すが、あっけなく避けられる。
「力任せじゃ、風は捉えられないっすよ!」
「くそ……!」
『姿は見えず。しかし、何やら接近戦をしている模様』
速度にモノを言わせて連続攻撃する。
殴る。殴る。ひたすら殴る。
しかし、それを続けてみるも、当たらない。まるで子ども扱いだ。
「……ほらほら、焦ってると……!」
「ぐおっ……!?」
腹部に気配。
衝撃を抑えるために自分から蹴られた方向へ跳ぶ。
女の子に引っかかって着地し損ない、地面を転がった。
……ださいな、俺。
やっぱり、勝てないのか。
風子。俺に戦う意思をくれた、そして人を殴る痛みを教えてくれた――師匠には。
「……さ、ジ・エンド……っすね」
再び姿を消す風子。
(……いいんだよな。やられて)
不思議じゃないんだよ。
相手は魔導士。魔術師のいる俺達が負けても不思議じゃない。
俺が悪いんだ。
俺が、弱いから――
――本当にそうか?
内心で、声が聞こえる。
――本当に、俺は弱いのか?
だって、いや、でも……。
――負けるんなら、全部の可能性を出し切れ。後悔するな。
――そんなことじゃ、お前は一生、姉を――魔導士を超えられないだろう?
……そうだ。
俺は、もう誰にも下に見られないと決めた。
格下だと、舐めている風子に――現実を教えてやろう。
「……」
丁度、着地の時にいた女子生徒の魔導器を拾い上げる。
――名前がわかる。効力がわかる。なるほど、これならば!
「……人の魔導器をもって、ないものねだりっすか? 見苦しいっスよ!」
「見苦しくても、勝つのは俺だよ、風子さん。……アーユーレディ?」
「っ!?」
何かを察したのか、後ろに飛んで消える。正解だろう。
けれども、今回は――今回ばかりは、それは愚策だ。
「――『束縛の心・スティールチェーンハート』!」
『お、おおおお。また、人の魔導器を復元した。これこそ、聡里選手の能力』
握りしめた魔導器が黒色の輝きを放ち、顕現する。腕に鎖がまとわりついていた。
そう、『束縛の心・スティールチェーンハート』は三周以上鎖を巻きつけ、束縛した相手を強制的に行動不能にする魔導器。
三周巻き付けるという縛りが大きいけれど、大きいゆえに強力だ。
「……黎、明! 勝ちな、さい!」
「結先輩――お借りします!」
結先輩からも魔導器が投げられた。反射的に鎖とは逆の手で受け取る。
全方位を鎖で探りつつ、もう片方の手で――聞こえてくる名前を叫んだ。
「『絢爛魔砲・カーディナルロッド』!」
「いっ!?」
『同時に復元……これは、なんとまあ、チートでしょ……』
風子の声が聞こえたところに鎖を向かわせつつ、効力を知る。
なるほど、『絢爛魔砲・カーディナルロッド』は、エネルギーを飛ばすだけの魔導器。だが、単純ゆえに威力自体は非常に強力。
「いけっ、カーディナル!」
黄金に輝くその杖を掲げる。
俺の意志に従って、ほぼ全方位にエネルギー体が発射された。
そう、一列だけ、逃げ道をわざと作る。
そこに――忍ばせていた鎖を一気に編み上げて風子を捉える!
「なっ……うあっ!?」
彼女をからめとることができた。三周以上巻き付いている。鎖の効力により、無効化できているはずだ。
もう無意味だと悟ったのか、抵抗はなかった。
「……反則っすよ、人の魔導器使えるなんて」
「消える方が反則なんじゃない?」
「……はいはい、確かに。あーもう、まけっすよまけ。こーさんっす」
『はい降参頂きましたー。我らが大鷺魔導育成学園の勝利ー』
歓声とどよめきが聞こえる中、俺は鎖の拘束を解く。
「あいてて……」
「だ、大丈夫、風子さん?」
「打ちのめした相手を心配すんなっすよ」
「だって、綺麗な体から……あんまり、傷をつけたくなかったんだ」
「……」
「え? 何?」
「このスケベ」
「えー……」
「覚えとくっすよ。今度会った時は、めっためたにしてやるっすから。無論、戦いも……ベッドの方も」
でも、なぜか嬉しそうに彼女は笑っていた。
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