二章 チーム 2
「さぁ、どんどん食べてねぇ」
「……」
「……」
「……おおう」
悠里が思わず声を漏らしたけど、それが正常だ。
何だろう。どでかい肉の塊。さしが入ってそうな霜降り肉という高級そうなのから、しっかりした赤身の塊まで。総量は十キロに及ぶんじゃないかという肉の群れ。
それをニコニコとホットプレートで焼く姿は、何というか、そういう祭りや儀式にも見えた。
「オレはサラダを作るからな、結」
「草食動物は勝手になさい」
「あ、あはは。結先輩、ポテトフライ、冷凍のがありましたよね。それを揚げます」
「うんうん、いい子ねぇ、黎明君」
「御堂先輩、サラダは多めで」
「ダメな子ねぇ、悠里」
いや、悠里の反応が正常です。
揚げつつ、つけっぱなしのテレビを見て現実逃避するか。
『さて、もうすぐサヴァイブの季節がやってまいりました。昨年、準々決勝までいった『軍神』、鬼童仙一郎さんが参加を表明した模様です!』
そういえば、もうそんな季節だったか。
姉さんも、出るのかな。サヴァイブ。
ふと食卓をみれば、サラダが。怜治先輩は手際よく、紫玉ねぎとレタス、キャベツ、トマトのサラダをあっという間に作ってしまったらしい。
俺もポテトを揚げてから、食卓に合流する。
「……結、赤身を」
「たまにはこの霜降りを食べたら?」
「脂がしつこすぎる」
「お爺様みたいなことを言うわねぇ、相変わらず。ほら、黎明君。食べなさいな。って、食べなれてるかしら?」
「いえ、俺の食事は質素なものばかりでしたので……」
姉の部屋に監禁されてる時は死ぬほど豪華だったけど、それ以外は質素だった。食事がない日も珍しくなかったし。
「……うん、美味しいです、結先輩」
「でしょう? ほら、この赤ワインソースを掛ければ……」
「……すまん、黎明」
「いえ、美味しいですよ」
塩で味わえた繊細な味が見事に赤ワインソース一色になったけど、まぁ、これはこれで美味しい。
「うぷっ」
悠里はただでさえ少食なのに、その物量で決壊寸前だった。頑張れ。
「さて……。黎明君、夏休みはどうするのかしら?」
夏休み。
魔導育成学園は通常、七月から休みに入る。ここも例外じゃない。
精神を摩耗し、肉体的にも負担が大きい魔導士は休みが頻繁にあるのだが、夏休みは特殊で、二ヵ月の長期にわたる。
九月まで英気を養うもよし、訓練するもよし。様々な時間がある。
「大会に出てほしいのよ。一緒に」
「え? 大会って……サヴァイブですか?」
「あら、知ってるのね」
そりゃ知っている。多分だけど、姉さんも出ているはずだ。
七月頭から行われる、学校の代表を決めて、四対四のトーナメント方式で戦う有名な戦い。
魔導士チーム最強決定戦、サヴァイブ。通称はサバ。
毎年テレビにも取り上げられる。魔導器による術の種類や派手さで、かなりの人気を誇るのだ。
「俺、分類上は魔術師なんですけど」
「魔導器、使えるじゃない」
「……いや、まぁ、そうなんですけど。人から借りなきゃ何もできないですよ」
「いざとなったら渡すから、よろしくねぇ」
「いやいや……怜治先輩、止めてくださいよー」
「お前さえ差し支えなければ、出てくれ。原則、一年を一人入れなければならない。お前と枝条が出てくれるのなら、それでいい」
「で、怜治先輩と結先輩が出るんですね」
「そうだ。ついでに言えば、お前を結が選んだのも納得している」
「……なぜ、ですか?」
「……正直、オレはお前達が相手に倒されると思った。だが……お前の能力と、魔力。あのすさまじさは万人に理解できる。お前が魔導器を持ったら、おそらくオレ達ですら及ばないだろう。そんなポテンシャルを感じた。そして、お前の能力を理事長に聞かされた。……いざとなったら、オレの魔導器も使うといい」
「いや、あの時は咄嗟に拾いましたけど……受け取れないですよ」
魔導士にとって魔導器は、自分の分身のようなものだ。
魔導器がなければ、魔導士じゃない。
その意識は全員に植え付けられているだろう。そして、どれだけ大切かも分かっているつもりだ。
姉は俺にほぼ全てに触れることを許してくれたが、一つだけ。唯一、魔導器には触らせなかった。
それだけ、大事なものなのだ。
それは、魔導士という存在に誇りを覚えている者ほど顕著。
……協力してくれた、アルベルトや玄は例外的だ。
「……いざとなったら、よ。基本的に触らせないわ。そして、自分の力で真名を知ってみせる。悠里も、全部聞こえてるわけじゃないんでしょう?」
「ええ、まだ……黎明さんがあの時に言った、『破滅の枝・レヴァティーン』という真名は聞こえません。ただ、『レヴァティ』から『レヴァティーン』とは聞こえるようになりました」
「……そう」
結先輩の目が細くなる。
あの目は知ってる。興味があるけれど、俺をまだ信用してない目だ。
……色々知ったつもりでいたけど、結先輩は未だに分からない。
「アナタと同じよ、黎明君」
――ドクン、と心臓が跳ねる。
「まだアナタはワタシを信用していない。だからよ。アナタは信用するのが怖い慎重な人。臆病だけれど、人に軽い気持ちで踏み込まない誠実さを持っている。そして、ワタシの着替えと出くわした時の反応も紳士だったわ。普通、もっと青少年らしい反応があるんじゃない?」
「……すまん、黎明。結がまたお前を勝手に試したようだな。というか、何をしたんだ?」
「見たことへの謝罪と、感想を。綺麗な体ですねって」
「お前、怖いくらいに女慣れしてるな」
「いや、慣れているというか……率直な感想だったんですが」
あれも悪戯の一環だったんだろう。なにせ、一回しか遭遇しなかったのだから。
綺麗な体とは言ったけど、少しだらしなさも感じたのは確か。
いや、だけど綺麗だった。白くて、傷がなくて……きめ細やかで。
「あら、思い出していたの?」
「すみません……」
「いいのよ、気に入った子から見られてもなんとも思わないし。なんなら、もう一度……見る?」
ちらり、と胸元を見せる結先輩。思わず視線がそちらに向いてしまう、悲しい男のさが。
そんな彼女の頭に、弟の鉄拳が降った。
「いったぁ……!?」
「男子を気に入ったのが初めてだからと言って、言い寄るな。すまん、黎明」
「いいえ、その、何というか……結先輩は綺麗だから、そんなことをされると、つい見ちゃいますよ」
「ふふふー、いい子ねえ黎明君。今夜、部屋に来なさい。めちゃくちゃにしてあげる」
「どうせ腹いせのゲームだろうが」
「さすが我が弟ね。……まぁ、そんなことは置いておくわ。……参加、してくれる?」
「……俺は、別に構いませんが。悠里は?」
「黎明さんと同じです」
「そう。よかったわ。じゃあ親睦会をしましょうか」
「……この焼き肉パーティがそうじゃないんですか?」
「違うわ、もっと……そうね、言うならば、半裸の付き合い同盟って感じかしら」
「?」
俺と悠里は分からず、首をかしげる。
「……明日、水着を持って学園に来るように」
「了解です」「どんな水着ですか?」
「これと思ったのを持ってこい」
と言われたので、翌日。
俺はスパッツタイプの水着にゴムのキャップ、ゴーグルを。運動する気満々な装備を詰めて、学園にやってきた。
怜治先輩に案内されてやってきたのは室内プール場。
で、怜治先輩と一緒に着替える。
「……」
「む? どうした、黎明」
「いや……なんでも」
ブーメランだ。
マジでこんな水着つける人いるんだな。
「相変わらず逞しいですね、先輩」
「お前の方がガタイいいだろう。オレは無駄な筋肉を削ぐ鍛え方をしているからな」
俺より少し背の高い彼はそういう。
確かに、腹筋も割れている彼の体は非常にシャープ。我ながらごつい肉体とは似ても似つかない。
とはいえ、俺も服の上からだと分からないんだけど。
「うわぁ……!」
プールだ。
文献などでは読んだことがあるし、姉ともビニールの枠に水をためたプールで遊んだこともある。
けれども、ここまで大規模なものは初めて見る。
五十メートルの競技用プール。その規模に年甲斐もなくワクワクした。
「ただのプールだぞ。初めてか?」
「ええ、俺こんなでかいプール初めてですよ!」
「そうか。これからトレーニングにも使うからな」
「ですね。全身運動は効率がいいらしいですし」
「泳ぎは知っているか?」
「いえ」
「ならば、プールトレーニングの時に伝授をしよう。……来たようだな」
先に出てきたのは……
「……」
「……スクール水着、だっけ」
「ええ」
胸のところに『しじょう』と書かれてある、オールドルックなヤツ。
確か、通称スク水。マニアの間ではありがたがられる紺色の水着。白いバージョンもあるらしいけど、賛否両論を生んでいるそうな。
「他になかったのか?」
「これが黎明さんを落とすために選んだ勝負水着です」
「え、俺それが好きだって思われてたの!?」
「スク水とブルマを嫌う男性は少ないと伺っていますが……」
「……そ、そうなんだ。可愛いよ、悠里」
「ありがとうございます。よっし」
ぐっとガッツポーズをしてるところ悪いけど、もっと華やかな水着が似合うのになとも思う。
でも、まぁ、それも悠里らしさなのかもしれない。
どこか地味な印象のその水着は、彼女のスタイルの良さを引き立ててるし。
何より、白い肌色と紺色のコントラストが目を惹く。
本人は相変わらず無表情だけど。
「お・ま・た・せー!」
そう結先輩もやってくる。
彼女が着ていたのは、水色のビキニだった。首の上から吊る、ホルタータイプ。それに、白のパレオ。
露出は悠里よりも多いのに、その水着は彼女の上品さとだらしなさを増幅させている。
これ以上ないくらいに似合っている、と言えばいいのか。
というか、顔が熱くなる。
「あらぁ? あらあら、照れてるのね?」
「結先輩……その、綺麗です。良く似合ってると思います」
「私の時と態度が違いすぎませんか?」
「お前はそのスクール水着で悩殺しようとしているところがおかしい」
そんなはずは……と怜治先輩の指摘を受けて、ぶつぶつと悠里が考え始める。ホントに自信があったんだな。
「えーい!」
「え? のわっ!?」
むにゅん、と柔らかい体が押し付けられる。
と同時に、いきなりだったので彼女を支えきれず、でかい水たまりに落下した。
「ぷはっ!?」
「ふふふ、冷たいわねぇ」
相変わらず、むにゅんと密着される。大変悩ましいのでちょっと遠慮してほしいところだ。
「ちょ、くっついてこないでください!」
「……多分、結は嬉しいんだろう。良い反応をすると」
「それだけ!?」
「それと、好意も当然あるわよぉ? じゃないと、触らせないし」
まぁ、そうなんだろう。
結先輩には、俺と似たようなものを感じる。
……心の奥底で、人を信頼しない。根底から拒否しているような。
俺と同じ。
けれど、同じだから、結先輩を理解できる。
いや、人を理解できるなんておこがましい。
――共感できる、が正しいのか。
「……似てるわね、私達」
「ですね。だからこそ、俺は……心の底でも信頼できる人に、結先輩にはなってほしいです」
「じゃ、ワタシからも。……何でも相談しなさい」
「じゃあ早速一つ」
「どうぞぉ」
「……その、大変いい匂いで、柔らかくて俺的にはハッピーなんですが……その……これ以上は、男としての俺が抑えられないというか」
「抑えなくてもいいじゃない」
「……」
舐められてるな。
「っ!?」
「おお」
「むっ……」
結先輩を抱きしめてみる。
悠里よりも若干背の低い先輩は、すっぽりと腕に抱かれることになった。
しばらくギュッとする。温かい。水の中で彼女のぬくもりがより伝わる。
「……」
離すと、珍しく顔を赤くした結先輩がいた。
「……あ、アグレッシブなのねぇ」
「我慢できないって言ったじゃないですか」
「そ、それは……そうね。うん。またギュッとしてほしい時には、お願いね。意外に良かったわ」
「それは何より」
そそくさと離れて、プールを上がる結先輩。
「意外とやるな、黎明。オレはお前が弟になっても構わんが」
「こ、こら怜治! ……今は、ちょっと。うん……」
髪の毛の先を弄る結先輩。あの仕草は見たことないけど、多分照れている……のではないか。
と、ぽちゃん、と悠里が入ってきて、俺を抱きしめる。
「え!? 何!? 悠里!?」
「……」
「えっと、何か言ってほしいんだけど……」
「……」
「うーむ……」
数分して、悠里は離れた。
「……よし。これで黎明さんの好感度は私の方が有利になりました」
「そうなの!? それ悠里が決めることだったのか!?」
「現在、恋の最大のライバルは怜治先輩です」
「男がライバルでいいのかい、悠里……」
「ふむ、確かに男として今かなり見直したぞ。結を照れされるだけでも凄まじい」
「やはり恋のライバルです……!」
「いややっぱりおかしいでしょ悠里……」
なんで男と競ってるんだ……。
というかそういう風に思われてたのか。
しばらく、プールで遊ぶ。
怜治先輩からクロールを教わり、競泳をしたりして、みんなで隅にあったジャグジーであったまったり。
何故かサウナまであって、全員で我慢大会をしていたところだ。ちなみに、勝負を企画した結先輩がそそくさと出ていき、続いて怜治先輩が水を飲むと言って出ていく。我慢大会の趣旨を二人とも分かっているんだろうか。
「……」
「大丈夫、悠里」
「不思議と、脳がクリアです」
「そ、そう」
「今、狭い個室に二人きりですね」
「そ、そうだね」
「薄着の男女が二人きりですね」
「そ、そうだね」
尋常じゃないのは、汗がだらだらと滴っているくらいか。
「興奮しています。ほら、呼吸も荒いですよ」
「多分、暑いからじゃないかな」
「……こんな密室で、ほら、女の子の体ですよ……?」
「暑いからくっつかない方がいいと思うよ、悠里」
「こんなところで夜のスポーツを始めてしまったら、どうなるんでしょう」
「脱水症状でぶっ倒れると思うよ」
「……不思議です。くらくらしてきました」
「そろそろ出ようか。スポドリでも飲もう」
「はい……」
同時に出た。
結先輩がニコニコしながら、瓶を差し出してきた。
「……これは?」
「ラムネよぉ。あら、知らない?」
「いえ、名前は知っています。瓶入りのサイダーでしたね」
「そ。夏といえば、ラムネなのよ」
「そうなんですか。ほら、悠里も」
「……どうも。というか、暑いです……」
「……結先輩、ちょっと持っててください」
悠里の手を取って、プールに飛び込んだ。
「お、おおおおっ!? つ、つめた……!?」
「うん、冷たいね」
「……えいっ!」
「うわ!?」
水を掛けられる。
ばしゃばしゃと腕を動かすたびに、胸が揺れている。
「ふふっ、じゃあワタシも……!」
プールに飛び込んで、結先輩まで水を掛けてくる。
「このっ!」
じゃれあい。
俺も水を掛けていく。
「きゃっ!? 負けないわよぉ! それ!」
「せいっ! えいえいえいえい!」
「うわっ、ちょ、やめっ!? 容赦ないな!?」
横目で見えた、プールの淵に腰を掛けて、それを眺める怜治先輩の目は穏やかだった。ラムネを飲んでいる姿が優美に映る。
「それっ!」
あ……。
結先輩が手で水鉄砲を作り、飛び出た水が怜治先輩の顔面を強襲する。
「……」
「うふふっ、何か食べてる時しか隙、ないんだもん」
「……いい度胸だ、結、黎明、枝条」
「え!? 俺も!?」
「喰らうがいい……オレは水の中でも陸と同様に動けるからな……それが何を意味しているのか、教えてやる」
凄まじい勢いで飛び込んで浮上。
そして水面を腕で弾き飛ばして、凄まじい波が波濤のように俺達を襲撃してくる。
「おぷっ、ぷわぁ!? 怜治先輩、落ち着いて……!?」
「ガードガード」
「俺を盾にしないでよ悠里! それっ!」
「うわっぷっ!? い、いいでしょう、黎明さんの盾になります!」
「あらぁ、女の子を矢面に立たせるなんて、紳士にあるまじき行為ねぇ」
「じゃあ淑女らしく、男性を立ててください」
「あら、そう返すのねぇ」
ひたすら飛んでくる波を悠里を盾に防ぐのだった。
ごめん悠里。
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