二章 チーム 1

  二章 チーム


「……」

「き、気にしたらダメだよ、悠里。ほら、数字や記号がすべての世の中じゃないし」

「女性は数字と記号だけがすべての世界です」

「そ、そうなんだ」

 言い切られては仕方がない。

 通知表総合評価にはBの文字。

 いや、Bも優秀なんだけど、俺の成績がまずい。

「なんでSなんですか……!」

「そんな目で見られても……」

 通知表総合成績はSだった。

 戦闘評価、S。学業評価、S。テスト評価、S。

 あ、学業評価というのは意欲などの学習態度のことだ。

 悠里は、

 戦闘評価、C。学業評価、A。テスト評価、S。で、B。

「トリプルS……ちなみに、私のバストはCです」

「言ってどうするんだ……」

 反応に困るわ。

「……」

「ん? どうしたの、一条さん」

「あ、明日で、夏休みですわね」

「そうだね」

「その前に……その……」

「ほら、鼎!」

「わかってますわ! ……ちゃんと、同胞でした。すみませんでしたわ。数々の失礼な言動、無礼な態度、謝ります」

「……それは、俺が魔導器を使えたから?」

「他に何が?」

「……そっか」

 彼女は、何も変わっていない。

 変わっているとしたら、俺への認識。

 仲間とみてくれたのか。

 俺からしてみれば、彼女は相変わらずお高く留まった魔導士だけど。

「うん、認めてくれたなら嬉しいよ。ありがとう、一条さん」

「そうでしょう? そうですとも。そうでなくては」

「でも、俺は忘れないよ。……屑扱いしたことも、何もかも」

「ひぃ!?」

「……いこっか、悠里」

「実は、腹黒?」

「もしかしなくても、俺は腹黒いよ」

 ニコニコしてるヤツは、大体それの意味を知っている。

 下手に敵を作らず、上手くやっていこうとするから生まれる表情。

 だから、俺も何も言うまい。

「あ、そうだ。俺は瑠璃のところに行くから」

「理事長と親しいようですね」

「親しい……のかな。分かんないけど、茶飲み仲間だよ」

「また言い方がじじむさいですね」

「お、親友!」「よォ」

 声を掛けられたのは、茶髪のイケメンとオールバックのすげえ形相してるヤツ。

 どっちも俺を差別せず、一緒に過ごしてきてくれた仲間。魔術師の俺を受け入れてくれた魔導士達。

 茶髪のチャラい方が留学生のアルベルト・フォーレンシュタイン。オールバックの方は六道玄。

 ちなみに、玄の方とはちょっと昔に縁がある。

「どうなさいました?」

「今日はガールに用はないんだ、加えて口説き文句を言っても表情をピクリとも変えない君を誘いたくない。プライドがズッタズタだ。それより、レイメイ。街に行かないか? たまには男同士で親交を深めようじゃないか」

「……」

「あ、ちなみにゲンが甘いもの食べたいっていうけど内緒にしてほしいっていうからさりげなくお前を誘うことで甘いもの頼んでも恥ずかしくないよという空気を醸そうとしてるんだけど、どう?」

 アルベルトの上から鉄拳が叩き込まれる。

「アウチ!? ヘイ、ゲン! 痛いじゃないか!」

「甘いもの好きだって暴露された俺の心の痛みほどじゃぁねえだろうが」

「良いと思うけどね。俺も甘いもの好きだよ」

「だろ? レイメイはいいことを言う。ゲン、世界は広いんだ。甘いもの好きな男は変じゃないさ」

「想像してみろ。ファンシーな外見のクレープ屋に、鋭い目つきをした大男がぽつんと立っているんだ」

「ハッハハハハハハ! そいつはどう見ても晒しものじゃな……あ、そういうことか。すまん、ゲン。これが日本名物、見栄というものなのか」

「そういうことだ」

 そういうことなのか。

 俺は好きなものを食えるなら我慢できるが。

「というわけだ。二人で行くと、よもやカップルではないかという実に気色悪い誤解をされそうなのでね、レイメイを誘ったのさ」

「理事長とお茶をした後なら付き合えるよ。三時集合でいいかな?」

「オーケー、よろしく頼むぜマイフレンド」

「悪ぃな」

「いいって。俺も甘いもの食べたいしね」

 手を振り、わかれる。

「……」

「どうしたんだよ、悠里」

「やっぱりホモなんですか?」

「やっぱりってどういうことなんだよちょっと!?」

 結構長くいるんだけど、イマイチ悠里のことは分からなかった。



「……黎明さん」

「何だい、瑠璃」

「枝条さんとの相部屋はいかがですか?」

「……ようやく慣れた、という感じかな」

 ベタなこともやってしまった。

 お風呂でばったり、ばったり着替えを見てしまい、着替えを見られることもある。

 ……全部作為的だったが。

「ふふっ、男性的にはあんな美少女が一緒ではもたないのでは?」

「無表情すぎるんですよ……」

 思い返してみる。



「ふんふふーん」

 シャワーを浴びて寝よう、と思って悠里の姿を探す。

 うん、布団が盛り上がってる。寝てるな。

 そう思い、風呂場の扉を開ける。

「……」

「……」

 きゃー、とか。いやー、とか。そういう悲鳴をあげるでもなく。

 淡々と、少し頬を赤くして、視線をそらしながら……

「きゃー」

 あ、言ったけど事務的過ぎるだろ。

「布団、何つめてるの?」

「衣服などで盛っておきました」

「そ、そっか」

 潔すぎるだろ。

「……興奮しますか?」

「しないと言えばうそになるけど……」

 後姿でも、かなり色っぽい。

 正直、興奮も欲情もするけど……。

「ちっとは表情変えてくれよ!」

「大丈夫、ちゃんと様々な部分の処理などはしておきました」

「要らん報告はしなくていい!」



「……」

 俺はいつも脱衣所で着替えている。

 というのも、いつも部屋の中で堂々と悠里が着換えているからだ。

 で、脱衣所には服を脱いで下着姿の悠里がいるわけだが、どうしようこれ。

「……エッチー」

「もう少し何とかならんのか……」

「きゃあああっ!? エッチー!」

「うわ、声と仕草は可愛いけどまるで表情動いてないから超怖い!」

「ギャップがありすぎるかと思いまして」

「もうちょっと表情を動かせるように勉強してきなさい」

「はい……」

 まさか、男の方からダメ出しをすることになろうとは。



 視線を感じる。

 いつものことだが。

「……あのね、悠里。着替えは別にみてもいいんだけど……」

「腹筋、どうやればそんなに固く……腕も逞しくて……」

「ボディタッチはやめてくれ……」

 情けないことに、柔らかなボディと甘い匂いを同時に食らってくらくらする。

「あ、例のエクスカリバーが少し硬くなってますね。大きくもなってるみたいです」

「おいおい、やだなー悠里さん。まるで平常時の俺のエクスカリバーを知ってるみたいじゃないか」

「……」

 目が泳いでいる。

「……見たな。ねえ、怒らないから。どこでみたんだい?」

「最近、その、こっそりと寝てる時にズボンを……」

「お前は青少年か!!」

 むしろ俺がやる側なんだろうけど……。

 嫌だ……何で年頃の女の子にサイズまで知られてるんだ……。

「おまえ、だなんて。親密ですね」

「表情を変えてくれ……」

 無表情が相手だとこんなに言われて虚しいものなのか。



「うっ、うううう……」

「な、何を泣いているのですか? 泣くほど、お嫌?」

「いや、嫌ではないんだけど俺可哀想すぎる……!」

 完全に弄ばれている。

 いや、悠里も好意からなのはわかるけど、俺の理解を超えている。

「なんなら、別室でもよろしいですよ。例外的にですが」

「いえ、それはできない。これ以上甘えられない」

「甘えて、いいんですよ?」

「……骨抜きになりそうなので、勘弁してほしいな」

 実際、怜治先輩や結先輩に甘えることも多い。

 ……ん?

「電話です、失礼します。……結先輩、どうなさいました?」

『今日はステーキパーティよ』

「……何グラムですか?」

『三キロあれば、全員分足りるかしら』

「……お任せします」

『任されるわねぇー』

 時折、こうやって結先輩が料理……というのか? を作りたがる。

 なんでも、怜治先輩にできて自分がそれより劣っていると認識されるのが癪に障るようで。

 まぁ、見栄だ。怜治先輩の方がスキルは格段に上だし。

『では夜にー』

「はい、夜に」

 ピッと通話を切る。

「仲良くしてるみたいですね」

「ええ、俺に良くしてもらってます。……何も返せてないのが、つらいですが」

「ふふっ、もう少しだけ待っていてください。貴方をこの学校に呼んだ理由……もう少し、時間をくださいな」

「うん、それは構わないよ」

「にしても、本当に痛快でした。貴方の能力を見せつけ、圧倒的な実力差で勝利」

「……瑠璃は、俺の能力を知ってたのか?」

 俺の能力。

 それは、触れた魔導器の声を全て聞くことができる能力。

 完全な真名も聞こえるし、魔力を込めてそれを操ることもできる。

 あれからアルベルトや玄も協力してくれて、その能力があることが分かった。

 ……そうだ。瑠璃の口ぶりだと、俺のことを知ってなければ……変だ。

「ええ、知っていました。覚えてないでしょうけれど、幼いころに出会って、そして魔導士でもないのに……私の魔導器の真名を言い当てた」

「……」

「そして、復元までして見せた。それも、完全な状態で」

 まるで覚えていない。

「……『時の審判者・クロノス』」

「あ……」

 その名前で、一部だがよみがえる。

 俺と同じくらいの女の子と遊んだ時に、流れ込んできた声――

「思い出しましたか?」

「るーちゃん!」

「そ、そんなところまで思い出さなくていいです!」

 てっきり同い年だと思ってたけど、かなり年上だったとは。

 そうだ、思い出したぞ。かなり失礼なことを言ってた。同い年でしょ! とか言ってたな。

「ごめん、瑠璃。かなり失礼だったね、俺」

「いいえ、この外見ですもの。仕方ないとは思います。……るーちゃんでもいいですよ?」

「照れ臭いよ。瑠璃で。それに、綺麗な名前だから、そっちで呼びたいんだ」

「……」

「え、何ですか?」

「スケコマシ」

「……いや、そんなことはないはずだよ。うん、俺モテないし」

「いいえ断言しましょう。変な女にモテます」

「え!? 変な女限定!?」

 超嫌なんだけど。

「枝条さんも変な女です」

「うん、まぁ、変かもね」

「御堂結さんも変です」

「うん? まぁ、変かもね」

「私も変な女です。ほら、トリプル役満」

「瑠璃、俺の事好きなんだね」

「ええ。隠すほど子供でもありませんし」

 とは言いつつ、少し顔を赤くして顔を背けている。

「……うっ、うううっ……!」

「またなんで泣くんです?」

「表情があるって……まともな反応って、こんなに尊いんですね……!」

「なるほど、思わず敬語に戻るほどですか」

 仕方ないんだ。まともな反応久しぶり。

 結先輩も悠里も大胆だから、こういうまともな反応なんか絶対しないし。

「紅茶、飲みますか?」

「頂きます……」

 アイスティーをご馳走になりながら、悠里の表情改善問題について話し合うのだった。



「女性の表情を変える方法かい?」

「ああ。アルベルトなら適任かなと。玄も何かいい案があれば」

「殴れ。最低でも痛そうな顔はするだろ」

「ドメスティックなヴァイオレンスはよくないぜ、ゲン」

「……逆に喜びそうだね」

「うわぁ」「どこにいるんだそんな女」

「枝条悠里さんなんだけど」

「ドンマイ」「ドンマイ」

「え!? なんで!?」

 友人二人に憐れまれていた。

「だって、オレのときめきトークに眉一つ動かさなかったんだよ、彼女。オレなら耐えられない」

 そうパフェを崩すスプーンを持ち上げてくるくると回しているのは、アルベルト。

 彼の魔導器は『疾風怒涛・ウィンドシューズ』。空中を自在に歩けることと風の塊を集めてそれをぶつける攻撃手段が主。いざとなったら蹴っていたけれど、女性は蹴らない主義らしい。

「俺も鉄面皮は好きじゃねぇな」

 イチゴサンデーを豪快に頬張る彼が玄。一年前に放浪していた時、裏試合で激突したことがある。

 彼の魔導器は『大魔法の輪・エレメンタルリング』。炎、水、雷、風の種類に魔力を変質させられる。得意なのは炎の変質で、その火力で試験では相手を降参になるまでおいつめた。

「うーん、容姿は可愛いんだけどね。確かに表情なしは厳しい」

 俺もチョコパフェを食べながら、うーむと唸る。

「ヘイ、レイメイ。シュドーケンだっけ。それはどっちだい?」

「悠里かな」

「なら、シュドーケンを奪うんだ。んで、攻めてみる。好かれている相手に接近されれば嬉しいさ。顔がほころぶかも」

「いーんじゃねえか。……パフェ、一口くれ、黎明」

「どうぞ、玄」

 チョコパフェを差し出すと、容赦なく持っていかれる。

 そういえば、だけど。

 俺達は制服だ。玄も一応だが制服を着ている。

 アルベルトは襟付きの青いシャツに黒のブレザーがよく似合っている。玄は一応指定のシャツだが、上はワインレッドの革ジャンだ。

 かく言う俺は、淡いピンクのシャツに黒のブレザー。ネクタイで学年を分けているようだけど、この二人はネクタイをしてない。俺も邪魔なので月のループタイにしている。

 悠里はブラウスに茶色のカーディガンに赤のネクタイ、で指定の赤のチェックスカート。

 結先輩は青のネクタイに黒のブレザーに指定のチェックスカート。スカートは少し短く、ネクタイと胸元は緩い。

 対照的に怜治先輩はネクタイもピシッとして、白の襟付きシャツにブレザーも着用している。

 自由な風紀のため、結構服装はみんなちがっている。

 制服のようなものを着用しなさい、と書いてあるのを見た時は二度見してしまった。

 ようなものってなんなのか、今でも首をかしげている。

 暑くなってきたのでブレザーとかはやめるのかなと思ったら、みんなこだわりがあるらしくファッションに変化はない。

「そういや、レイメイ。それ、高そだな」

 ループタイを指さし、アルベルトが不思議そうな顔をする。

「何か、その石……え、オレの目が間違ってなければ、サファイアだろ? おまけに細工が細かすぎ。いくらするんだそれ」

「値段は知らないけど、うん。三日月の部分は、金、夜の部分がサファイア」

「……ワオ」

「……贈り物か? 昔あった時にもしてたな」

「ああ、よくわかったね、ゲン。姉さんからもらったんだ」

 ……唯一、断ち切れずにいること。

 それは、姉との縁かもしれない。

 俺は姉が好きだった。

 いや、今も好きだけど。実家の縁を切る時、姉だけは切れなかった。

 でも、連絡する手段がないし。姉の個人ナンバーを知っているわけでもない。

 実家に手紙なんて洒落た感じのこともできないし。というか、使用人が俺の名前を見て捨てるか、手紙は便利な着火剤にでもなるだろう。紙はよく燃える。

「……ん?」

 着信……ではない。メール。タイトルは……

『やっほー! お姉ちゃんよ?』

 ……。

 き、きっとこういう感じの、何というか、つい不幸に当たってしまったっていうスパムメールだろう。

『黎ちゃん、愛してる』

 あ、これ姉さんだ。

『どれだけ愛してるか、今から書くからね。愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛し――』

 そこで見るのをやめ、スクロール。

 一分ほど下へ下へスクロールすると、本文が。

『お姉ちゃんは何でも分かっちゃうんだゾ! 可愛い可愛い弟君へ! ありったけの愛を込めて!』

「……」

 どこで俺のアドレスを知ったの、とか。

 黎明の黎って出すの難しくない、とか。

 一切合切がどうでもよくなって、温かい気持ちになる。

 ……わけがなかった。超怖えよ。

「おっ、レイメイ。恋文かい?」

「知ってる単語に偏りがありすぎじゃない、アルベルト。読む?」

「もちろん! オレは恋愛を見るのも好きなんだ。どれどれ……」

 ひょこっと玄も俺の携帯を覗き見る。

 その表情が凍り、溶けて苦い顔になるのを眺めていた。

「お前の姉貴、愛が重いな。ゾッとしたわ……」

「レイメイ、さりげにヘビーな恋愛してるね。ブラッドが繋がったシスター……おおう、背徳的で官能的だ」

 恋愛に関する言葉は豊富なんだね、アルベルト。

「で、もうすぐサマーバケーションだ。どうするんだい、ゲン、レイメイ」

「……俺は寮で寝る」

「俺も帰宅はしないよ。寮にいると思う」

 というか、家を捨てた身だし。

 姉さんの様子は少し気になるけど、俺はもう無関係だ。

「オレは帰るから。お土産、期待していいよ」

「それは楽しみ……というか、アルベルト。君の故郷はどこ? そういや知らないや」

「イギリス生まれ、フランスとアメリカ育ち。日本に来たのはミドルスクールの三年目だよ。いやぁ、マスターするのに苦労したよ、日本語」

 中三か。

「ま、パッと行ってパッと帰ってくるからね。フランス。またこうやって集まろうぜ」

「ああ、暇だしな」

「いいよ」

 こうやって、男同士でつるむのも、中々気楽で面白い。

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