間章 光と影

「はい、あーん!」

「……あーん」

 切り分けられたステーキを食べると、姉さんは満足そうに微笑んだ。

 烏丸綾と――俺の姉を名乗る人物から保護を受けて、三年が経とうとしていた。

「えへへ、ねえねえ、お姉ちゃんね、サヴァイブのために良い学校に進学できたんだよ!」

「サヴァイブって何?」

「魔術学園同士の戦いなんだ。テレビにも映るから、お姉ちゃんが高校に行ったら、見るんだよ!」

「凄いね、姉さん!」

「だよねだよねー! そこで一番になってー、で、れいちゃんをお婿さんにもらうの!」

「脈絡がないよ……」

 苦笑しながら、姉さんの甘やかしを受けていた。

 けれども……これでいいのかと思ってしまう。

 今までが辛すぎたけど、ここは……ぬるすぎて。

 まるで、自分が無くなっていくみたいに、ふやけていく。

「……」

「どうしたの? れいちゃん」

「姉さん、俺、一年くらい修行したいんだ」

「そんなことする必要ないよー。お姉ちゃんのところにずっといればいいじゃない」

「……それじゃ、ダメなんだよ」

 自分が、ダメになるから。

 姉さんのところで過ごすのは、心地がいい。

 けれども、それだけじゃ、俺がダメになる。

「……分かった。ただし、一週間に一回、連絡入れるんだよ? はい、携帯電話」

「うん、ありがとう!」

 俺は、外に駆けだした。



 とはいえ、ダメだった。

 考えなしもいいところだった。

 お金を稼げる当てもなく、街を徘徊する。

 ダメだ、お腹が空いて……力が……。

「……? 何やってんっすか?」

「え?」

 俺より、年下に見えるその子が、俺の頬をペチペチと叩いてきた。

「ダイジョブっすか?」

「……大丈夫」

「どうしたんっすか?」

「俺、お金を稼ぎたくて……」

「あー、ダメっすよダメ。今、年齢制限が厳しくて雇ってもらえないっすよ?」

「そ、そうなの?」

 なんてことだ。

「ま、良い身なりだし、家出かなにか? 若いっすねぇ」

「君の方が年下でしょ?」

「あんたいくつ?」

「十四」

「十四っす。今年で十五歳」

「あ、負けた。俺はもう誕生日過ぎちゃった」

「あはは、じゃあお姉さんということで。まぁ、さっさと帰るっすよ。ここ、物騒ですし」

「……帰れないんです」

「追い出されたんっすか?」

「……」

「まぁ、事情がありそうっすね。あっしでよければ聞くっすよ」

「ホントですか?」

「はいっす」

 ……いい人だ。



 その人は、おにぎりを握って俺に食べさせてくれた。

 お腹が普通になったところで、事情を話してみる。

「なるほど、姉さんに甘やかされてふにゃふにゃになりそうなので、男を磨きたいと」

「大体、そんな感じです」

 この人は風魔小鈴という。

 顔には、紅いフェイスペイントで、ほっぺたに三本線が描かれている。ネコっぽい。

 そんな彼女の瞳が、面白そうに細まった。

「いいっすねぇ。男じゃないっすか。……そうだ、魔術は使えるはずっすよね?」

「はい」

「戦いで強くなったらどうっすか? お金ももらえるっすよ」

「ど、どうやって?」

「裏試合、というものが存在するんっすよ」

 裏試合、というのは。

 非公式で行われる試合のことで、正式に認可されていない魔術師やはみ出し者の魔導士が戦う場所らしい。

 一般的には殺傷は認められてないけれど、一般人は武器による攻撃が認められ、黙認状態らしい。

 勿論、非公式なので、魔導警察にでも見つかったらアウト。

 風魔さんも、裏試合に出場しているらしい。

「月に数回っすけど、暮らせるどころかお金も貯まるっすよ!」

「お、俺も参加したいです!」

「よしよし、ガッツあるっすね、男の子! じゃ、今日からなんで早速行ってみるっすよ」



 その場所は、廃棄された地下施設を再利用していた。

 人気と熱気が渦巻くその場所。金網の中に放り込まれ、俺はただ相手を見据える。

 一般人が、剣を持って俺を威圧してくる。

 殺す、と目が告げている。

 ……。

 姉さんも、こんな気持ちなのかな。

 誰かと戦わなければならない。

 でも、勝たなければ。

 居場所が、無い。

 だから、目の前の相手は邪魔だ。

「レディー、ゴー!」

「死ねやおらぁぁぁぁッ!」

 切っ先を向けて、突撃を敢行する男。

 対照的に、俺はゆっくりと右手を掲げた。

「波動よ!」

 紫色の輝きがバウンドして、衝撃波となって男を打ちすえる。

 男は吹っ飛び、金網にたたきつけられ、気絶した。

 ――盛り上がりが、更に高まる。

「勝者、魔術師!」

 金網の外に出て、金を受け取る。

 ――二十万円。

「いやー、勝ったっすね!」

 彼女も、何故かお金を持っていた。

「あ、これっすか。賭けっすよ、賭け。今日はチャレンジャーの倍率が高かったんで、君に賭けたんっすよ。儲かった儲かった」

 ニコニコと肩を組んでくる風魔さん。

「……ね。行く場所、ないんっしょ? なら、あっしと一緒に暮らしやせんか?」

「え? いいの?」

「モチっす。何かの縁だし……なんか、ほっとけないんっすよね。自分を見てるようで」 

 彼女は照れ臭そうに手を差し伸べる。

「一緒に、強くなるっすよ!」

「……うん!」

 風魔小鈴との出会いは、今でも思い出す。

 新しい一歩を踏み出した、あの出来事は……忘れられないからだ。

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