一章 逆襲開始 3
それからというもの、悠里はかなり頑張った。
「……やぁぁぁっ!」
「ったりゃあァァァっ!」
「ぐっ……まだまだ、です!」
剣の腕もめきめき……とはいかないが、上達してきている。
基礎体力もついて、どことなく引き締まった感じがする。
それから、突然ことは起こった。
六月の四日。入れ替わりのローテーションを担任に見つかって辞めさせられ、晴れて悠里のルームメイトとなった。ちょうどその二週間後。
「そう、試験です。実力試験。……試合は一日四組が行われます。まずは、一年生の聡里黎明と枝条悠里、一条鼎と宝竜風音。今日の放課後、試合をしてもらうよん! あ、筆記は全員纏めて二十日に行うからね!」
……筆記試験だけじゃない、よな。
あれから二ヶ月間。俺も悠里も修練を重ねた。
負けたくない気持ちは、多分同じ。
勉強に、運動に、精神修練に。
人一倍努力した。
でも、知ってる。
悠里が、一人でオーバーワーク気味な訓練をしていることも。
気持ちがわかるから、やらせた。相棒の俺が言えばやめてくれるだろうと思っていた。
しかし足りないんだ。自信になるほどの練習量じゃないんだ。
人より努力して、ようやく人心地。それより練習して、ようやく人並みになれる。
なら、それを超えるには、同じことで満足していてはダメだ。
……俺と同じだった。だから、止められない。
その成果をぶつける日が来た。
「ふふ……フフフフ……!」
一条さんが不敵に笑う。それを、「うわー」という目で見る宝竜さん。
「聡里黎明! 決着をつける日が来ましたわね!」
「ああ、うん。そうね」
「確かに、アナタは向上心にあふれ、誰に対しても穏やかで真摯、勉学に励み、自分の研鑽を怠らない素晴らしい人間なのは理解しましたわ!」
「あれ? べた褒めだね、鼎」
「認めるものは認めますわ。正直、模範となる学生ですもの。けれど!」
ぴしゃり、と指を突きつけてくる。
「魔導器がない。教えて差し上げますわ。……それが、圧倒的な差だということに」
「……」
痛感してるから、わざわざ教えてもらうこともないんだけど。
……ちょっとイラッとするな。
「丁度いいですね」
「え、悠里?」
「その驕った態度、私も前から気に入らなかったんです。黎明さん、ボコボコにしてやりましょう」
「……その、殺伐としてるのってよくないと思うんだよ」
「ですです。ね、鼎ももう少し落ち着いて……」
「上等ですわ! 確実に伸してあげますから、放課後を楽しみにしておきなさい!」
「そちらこそ、覚悟してください」
「……なんかごめんね、宝竜さん」
「ううん、こっちこそごめんね、聡里君……」
メラメラと燃えているのは、血の気の多い相棒二人。
俺達はひたすらにため息を吐くしかできなかった。
戦闘用の会場。
魔力衝撃では壊れない特殊な場所。四角形のコロシアムで、観客に被害がないように特殊な何かでできているそうな。透明な仕切りがあるらしい。
ああいや、思い出した。魔力を遮断する結界を貼っているとかなんとか。
ともあれ、そんな場所に俺と悠里、そして一条さんと宝竜さんが相対している。
『さーて、やってまいりました。ダウナー実況の琴吹望です。今日はゲストに理事長先生と生徒会会長、副会長をお招きしています。実力試験、始まりましたね』
『一年からなのは伝統だけどねぇ。さて、今日の子たちはどんな感じかしら?』
『あー、はいはい。資料読みます。一人はフォーリア魔導士中学校主席の枝条悠里。って聞いたことないや』
『新しめの中学だ。それくらいは知っている』
『なるほど。一人は、アミューリア魔導士中学校次席、一条鼎。一人は、ロロッカ魔導士中学校卒業の宝竜風音。二人とも名門ですね。で、一人は、魔導器なし、スクールも出ていない謎の聡里黎明』
『ふむ。黎明さーん、負けても良いですよー』
『おっと、理事長からひいきされてる噂は本当だったー。わー、うらやましー』
向けられる視線を感じる。……憐みだった。
後で知ったことだが、理事長――瑠璃は性格が悪いことで有名だったようだ。
しかし意欲的で、認めたものには優しいらしく、信者や文字通りの親衛隊などがいるそうな。
俺も入学式での出来事以外は好感を持っているし、人間としては好きな部類だ。毎週土曜日の紅茶の時間も楽しみにしている。
『はいよー、カウントダウンー。ファイブ、フォー、スリー、トゥー、ワン。レディーのゴー』
「『レヴァティ』!」
「『シュヴァリ』!」
「『ガンパレード』!」
それぞれの認識言語で、武器が復元される。
気づく。……なるほど、復元時に起こる輝きが違う。
それを確認し、とりあえず宝竜さんの懐へ飛び込んだ。
「なっ!?」
「長銃型の魔導器。接近すれば無意味だ」
全力で蹴り飛ばす。
「ぐ、は……っ!?」
「悪いね」
おまけに脳天を拳で打ち、気絶させる。
『おおー、体術。副会長を乱暴にした感じ』
『あながち間違いでもない。しかし油断しすぎだな。先手必勝という言葉を知らなかったか』
なんでもいい。
これで、二対一だ。
「なっ!? 風音さん!?」
「ったぁぁぁ!」
「温い!」
『おおっと、剣を盾で防いだー。まぁそうするよね』
彼女が手に取っているのは――
「盾と、剣?」
「そう、攻防一体。それが『シュヴァリ』ですわ。そして、能力は――相手の魔導器の能力を盾で受けた時のみ、無効化できる」
剣はおまけ……なのか。
メインは、盾のタイプ。
「……波動よ!」
「はっ!」
盾で受ける。魔法陣が出る以上、こちらの攻撃は読まれるのは当然。
だが、俺は一人じゃない。
「はぁぁぁっ!!」
悠里が切り込んでいく。
下段からフェイントを交え、袈裟切り――
「甘い!」
悠里の剣を剣ではじき、体勢を整えて蹴り飛ばした!?
……一朝一夕でできる動きじゃない。でも、熟練してる感じもしない。
まさか……
「そう。ワタクシの身体能力と反応速度、それが上がってますの」
なるほど、才能か。
けれども、それくらいで折れるほど、俺も悠里も軟じゃない。
「行くぞォ!」
二時間近く、打ち合っているか。
俺のスタミナはほぼ底なし。悠里は息絶え絶えながらも、何とか持ちこたえてくれている。
俺達は――目の前の一条さんに勝てずにいた。
俺の魔術は盾で無力化され、その反応速度で悠里も勝てず、俺が近接格闘に持ち込もうとすればすかさず距離を取ってくる。
厄介な相手だった。
多分、自分の実力を知っているからこその、慎重な動き。
「う……ぐ……」
「宝竜さん、起きたのですね。……さあ、構えなさい」
「くっ、やらせない……!」
立ち上がろうとした宝竜さんへ追撃しようとするも、
「退いてなさい!」
「ぐっ!?」
「悠里!?」
それをかばった一条の剣の一撃をモロに食らって、悠里が吹っ飛んでくる。
……手を離れた悠里の魔導器が、転がる。
そしてそれは、紫色のプレートに姿を変えた。
「……さ、形勢逆転ですわね」
「ぐ、動いて……体……!」
「魔導器もないような雑魚と、自分の魔導器すら扱えない雑魚にワタクシがやられるはずがありませんわ」
「……」
雑魚、だと……?
悠里が、雑魚だと……?
「お前は……悠里の頑張りを、知ってるのか……!」
言わずには、いられなかった。
俺はいい。俺は屑でいい。
けれども、悠里を屑扱いは、俺が許せない。
「勉強も、訓練も、人一倍頑張っていた……自分に足りないものを自覚して頑張っていた彼女を、馬鹿にさせない!」
「訓練って、剣のことかしら? 馬鹿ですわ、鍛えたところで意味はないんですの。生まれながらの才能で決まっていますのよ。身体能力を底上げされない武器以外での努力……馬鹿にもほどがありますわ」
「……うるせぇ……」
ごうごうと、心の中で燃えていく。
「アナタはただ、無力な魔術師として見ていることしかできないのですわ。……さあ、枝条さん。降伏しなさい。そこの男を、傷つけられたくないのでしょう?」
「……」
「頭を下げるな、悠里。例えボロボロになったって、負けたっていいんだ。頭だけは下げるな!」
『……おお、枝条選手、土下座』
「……負けでいいです。負けでいいので、黎明さんには……攻撃しないでください」
「やめろ悠里!」
それを見て、観客は爆笑している。
なぜだ、何故笑う。
まだ負けたわけでもない。俺を守ろうと必死になっている彼女の何がおかしい。
そして、なにより――
「負けだって、認めるなよ……悠里ッ!!」
それが許せない。
努力する時間なんて意味がないことを知っている。
相手より強くならなきゃ無駄なことだってのも分かっている。
でも、それでも!
「気持ちで負けて、どうすんだよ!!」
悠里の手も、震えている。
悔しいのだろう。苦しいのだろう。でも、俺ができるだけ傷つかないようにそうしてくれてるのもわかる。
だからこそ、腹立たしい。
「俺は、これ以上負けない……! 遠慮するな相棒だろ! 俺に気を遣ってるなら、絶対に許さないぞ! 起きろ、悠里! 頭をあげろ!」
「さあ、黎明さん。二人が負けを認めないと、棄権にはならないんです。棄権しなさい」
「……負けましょう、黎明さん。まだ、勝てません」
「違う……違う!」
俺にも、できることはあるはずだ。
這いつくばっている悠里を抱き起す。
「そんなんでいいわけないだろ! 今までの努力が無駄だったわけじゃない! ボロボロになっても、向かっていくんだよ!」
「……ですが、もう、魔力も……体力もありません」
負けている。
悠里の、心が。おられている。
長く、二ヵ月も積み上げてきた自信が、この女に崩されようとしている。
「……」
彼女の努力を、無駄になんかするものか。
でも打つ手がない。
向こうは二人。銃と剣。近接と遠距離のバランスのいいペア。挙句に盾はこっちの魔術を通さない。
どうする――
『――拾いなさい!』
そんな声が、不意に聞こえた。
向かなくても、ハッとなる。瑠璃の声だ。マイクで全体に響く声が、脳裏に響き渡っていく。
『負けたくないのでしょう? 認めたくないのでしょう? その魔導器を取りなさい!』
「……」
これは、悠里の……。
『人のものだからなんですか? 起動できないからどうしました? 望みがあるのなら、全て試しなさい!』
……瑠璃。
そうだ。まだ、俺は負けてない。
こうして立てているから、まだ歩けるじゃないか。
「……」
悠里の『レヴァティ』を手に――
「……これは」
プレートから、声が伝わる。
わかる。こいつの名前が。こいつがどんな能力を秘めているのか。こいつの――使い方が。
高揚感――自分に足りないものが、ピタッとはまっていく感覚。
「どうしましたの? 降参はしなくても――」
「はは、ははははは――ハハハハハハハ! アハハハハハハハッ!!」
魔導士はずっと、みんなこんな気持ちだったのか。
魔導器があるのが、こんなの心強く、自信を持たせてくれるとは思わなかった。
なるほど、確かにこれじゃ魔導士以外が紛い物とか言っても仕方がない。
理性が、消し飛んだのを何となく把握していた。
「……お前らをぶちのめしてやるよ!」
「人の魔導器は復元できない。……知ってるでしょう? 授業を受けているなら」
「どうかな。これが確かなら――もう負けねえよ。そして、もう下に見られることはない。アーユー、レディ?」
なぜなら、俺はきっと、お前らより強いから――
「――『破滅の枝・レヴァティーン』!」
伝わる名前を叫びつつ魔力を込めると、七色の光があふれ、こぼれだし、紫色のプレートが剣に変わる。
真名を知っているからか、魔力のためか。それは紫一色から変貌を遂げていた。
「嘘……レヴァティが……」
カーブした両刃剣。白銀の刃に美しい柄のそれは、禍々しい紫色のオーラを纏い、顕現する。
「嘘、でしょう……!? 他人の魔導器を、完璧な形で……!?」
「くっ!」
トリガーを引く宝竜さんだが、甘い。
弾丸を剣で受ける。紫色のオーラが、目に見えて多くなった。
「なっ!?」
「そうだ、悠里。この剣は相手の魔力を無効にする剣じゃない。相手の魔力を吸収して、自分の力に変える武器だ。悠里の魔力不足を、補ってくれるものだったんだ。もっとも、名前を知らなかったから使いこなせず、魔力を吸収しこねてたから……魔力を無力化してたんだろうけど」
だから、俺が使うと――こんなこともできる。
「なっ!?」
剣に魔力をありったけ込めていく。
心臓の音とともに広がっていく魔力を、剣に込める。
脈動と一緒に輝きがまとわりついていく。
まるで木のように、俺の魔力を水のように吸い上げ、莫大なオーラに成長していく。
ついに、紫色のオーラは立ち上り、天井まで届く。
「……魔導器の能力と特性と真名……それは分かるけど、使い方はしらない。だから――」
全身全霊。
ありったけを、ぶつけてやる――!
「うおおおおぉァァあああああ――――ッ!!」
思いっきり巨大な剣をぶん回す。
そびえている紫色のオーラは相手の魔力を奪う能力がある。
避けれずになぎ倒される宝竜さん。
「くっ……う、も、持たない……き、きゃぁああああああああ!?」
盾で防いだものの、魔力で魔力をシャットアウトしているその盾と剣の相性は最悪。
魔力という根底から食らいつくす、『破滅の枝・レヴァティーン』の恐ろしさを見せつける形でもあった。
全てを吸収し、剣はそびえる。倒れている二人を見て、実況が頷く。
『うん。聡里黎明と枝条悠里ペア、勝利ー』
勝った……?
俺が、あのお高く留まった、魔導士に……?
「……は、ハハハ……」
自然と笑いがこみ上げてくる。
悠里を起こし、担ぎ上げ、
「ざまぁ、みろ!」
魔力を収めて、俺は――天へ拳を掲げた。
まるで、俺を世の中が迎え入れているかのような。
そんな喝采が、鳴り響いていた。
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