一章 逆襲開始 2
朝は怜治先輩と訓練。
瞑想してから、剣の素振りと打ち合い。
ある程度型ができているらしく、後は剣を使っての実戦経験だけ。
体を鍛えているのも、俺と怜治先輩くらいのもので、武術訓練場はガラガラだ。
で、参加しようと息を巻いていた悠里といえば……。
「大丈夫かい、悠里」
「へ、へい、き……うぷっ……横っ腹が痛いです……」
アップの時点でへろへろになっていた。
二十キロ走るからな。そりゃそうなるわ。むしろ十キロ起き抜けに走れて凄いよ。
「け、剣術をやっているのですね……」
「武術を教わるのって初めてだから、楽しいよ」
「私の魔導器も、剣なんです」
「それはいい訓練になりそうだね」
「でも、魔導士が体を鍛えるなんて……珍しいですよ」
「魔導士に必要なのはなんだ、枝条」
「強靭な、精神力と……魔力、です」
「その通りだ。後者は生まれ持ったものだから仕方がない。だが、精神力は鍛えることができる。健全な精神は、健全な肉体から生み出されるものだ。それを分かっていないやつが多すぎる」
怜治先輩がなってない、と言わんばかりに鼻を鳴らす。
いや、でもそこまで動ける人間も珍しいと思うんですけど。
で、朝食をいただく。
怜治先輩が作ってくれる食事は二人分。
結先輩はそんなちまちましたのは食べれないと食堂へ行き、悠里もそれについていくからだ。
「どうだ、今日の食事は」
「美味いです。ジャガイモの味噌汁、美味いですね」
「新じゃがだからな」
「こっちのだし巻き卵もふわふわで、鮭もいい焼き加減です。塩気もちょうどいいですね」
「ふむ、それは何よりだ」
一品一品が、非常に小さいけれど、数はある。
ご飯もの、汁物、漬物、主菜、副菜など、九個の漆器に盛られた食事は非常に美味だ。
舌から伝わる、食材の繊細な味がわかる絶妙な塩加減が上品でいい。
「……あいつらはどうしてこの味が理解できないのか」
「まぁ、好みがありますから。薄味が好き、濃くないと無理、ご飯が食べれればどんなものでもいい。……人によって違って、いいと思います」
「お前はどうだ?」
「俺の好みの味です」
「……そうか。ご飯、おかわりいるか?」
「お願いします」
なぜか怜治先輩と友好が深まっていく気がする。
授業を受ける。
授業というものはとても新鮮だった。全員がどれほど進んでるかも分かってないくせにマイペースに進んでいく。なるほど、これは予習や復習が大事だな。
「聡里黎明、魔導士とは?」
「はい。魔導士は魔導器の力を引き出す者です。魔導器にはそれぞれ生まれ持った真名があり、魔力を込め、真名を呼ぶことで武器へと変貌します。しかし、その真名を正確に知っている魔導士はごくわずか。ほとんどの魔導士が、不完全な魔導器で戦うことになります。しかし、それでも魔導器の力は人を超えた力として恐れられています」
「満点です」
席に座る。
隣では悠里が黙々とその話を聞いていた。
おお、真面目だな。
「……くう」
「ん?」
「……くかー……すぴー……」
目を開けたまま寝ている!?
いや、眠いのもまぁ理解できるけど。歴史の授業とか知ってたら地獄だけど。
起こした方がいいのかな。
……いいや。ついていけてないわけじゃないだろう。
「勉強を教えてください」
「ついていけてなかったの!?」
まだ三日しか経ってないのに。
「何がやばいって、寝て起きたら昼休みで、寝て起きたら放課後になっているところがヤバいです」
「確かにそれはヤバいね」
俺は家庭教師にあらゆる勉学や様々な分野の勉強を叩きこまれているから復習のような感じだが……。
「訓練、やめた方がいいんじゃない?」
「いえ、授業中は起きれるようになりました。……内容が、さっぱりで……」
「え、どうやって入学してきたの?」
「スクールでは……その、そこそこでした」
目が泳いでいる。
最近ようやく表情がわかるようになってきた。
「正直に言いなさい」
「はい、主席でした」
「ついていけてないわけないよね」
「はい、楽勝です」
「……分からん。何でそうしようと思ったのかが……」
「……やってみたかったんです。友達と勉強」
「いや、スクール行ってたんなら普通でしょそんなの」
「……二人組を作ってくださいと言われて、いつも先生と組む私の気持ちがわかりますか……?」
「えっと? そういう話を聞いたこともあるけど、俺、家庭教師だったから」
「くっ、金持ちですか……!」
ついでに言えば由緒ある金持ちだ……元だけど。
「ともあれ、私はボッチだったんです」
「ボッチって何?」
「果てしない孤独と無力感と虚無感を味わい続ける身の上です」
そりゃ過酷だ。
「友達もできず、一人、魔導士として己を高める日々……ですが、私は弱いです。頭が良ければ話しかけられるかなと思っていたのですが……浅はかでした。弱いものではなく、強いものの人に、人は集まります。……でも、そんなのは関係ない、本当の友人というものが……私は欲しかったんです」
「じゃあ、いるよ」
「え?」
微笑んでみる。
「俺。もう、相棒なんでしょ? 二人一組で、もう余らないね」
「……」
「え、どうしたの?」
「きゅぴーん」
「……?」
「ときめきました」
「え!? 女の人って、みんなときめいた時に擬音を発するの!?」
結先輩もパパパパーンとか言ってたし。
「心臓、どくどくいってます」
「いってなきゃ救急車だよ」
「心なしか、頬に熱がある気がします」
「無かったら死んでるよ」
「ドキドキしているということです。察してください」
「いや、怖いくらい無表情なんだもん……」
何となく照れてるのは伝わるけど、あまりにも表情が変わらなさすぎる。
「私、襲われてもいいですよ?」
「……ベッドの上でも無表情は、辛そうだね。主に俺が」
俺だけ必死に腰を振っていて、相手は無表情。考えると辛すぎて泣けてきそうだ。
「喘ぎ声の練習しますから、任せてください」
「お願いだからやめてください、多分俺が捕まります……」
「少し残念です」
女子高生に喘ぎの練習をさせている鬼畜な俺を想像してみた。
うん、早く病院か刑務所にぶち込んだ方がいい。俺が大人なら迷いはしない。
「というか、相棒というか親友に迫るのはどうなの?」
「気になる男性、という括りですが。こう思っていいんですよ、『あ、こいつ一目惚れしたんだな。とりあえずヤるか』と」
「ゲッス! 俺超ゲスじゃないか!? というか一目惚れだったの悠里、わかりにくいことこの上ないよ!」
「『とりあえずヤってから考えよう』でもオーケーです」
「ゲスさが何一つとして改善されてない! なんでそんな積極的なんだ!? というか君も恥じらいを持て!」
「大丈夫です。私、処女です」
「いや処女であることと恥じらいはニアリーイコールだから。似てるようで違うから!」
こんながつがつした処女は嫌だ。
いや、まぁ、ありかなしかといえば、ありなんだけど。何かヤダ。
俺の考えている処女ってのは、こう、下ネタに顔を赤くするとか。
「今、処女のことを思っていましたね?」
「いや、まぁそうだけど」
「その処女は幻想です」
「君に何がわかる!?」
「処女でも下ネタに顔を赤くする人間はほとんどいません。絶滅危惧種です。みんな、欲望には素直なんです。真っ赤になりながら股をおっぴろげている処女は演技をしています」
「聞きたくなかったそんな話! しかも異性から!」
「まぁ、これも全て思春期女子高生のお茶目な妄想ですが」
「俺の時間を返せ!」
お茶目とかほざいても騙されないぞ。
「……そうだな。この代償は体で払ってもらおう」
「は、初体験ですか。……しゃ、シャワーは浴びますか?」
「後でいいよ。……どうせ、汗まみれになるんだし」
「は、はい……」
結果。
「……ぐっ……!?」
「……」
這いつくばる彼女を蹴り飛ばす。
「ああ、これはこれは魔導士様や。魔術師ごときにやられてるんじゃない。お前らは上位の存在だったんじゃないのかい? なあ?」
俺が望んだのは、彼女との真っ向勝負。
一対一。お互いの力量を知っておかないといけない。
実力が拮抗するなんてのは稀有な話。
守る側か、守られる側か。
実際、魔術師狩りというものに参加し、魔導士も何人か半殺しにしたため分かったことだが。
俺は、弱い魔導士より弱くない。
俺の身体能力だと、全範囲攻撃とかアホな事されない限りは避けれるし、俺の魔力で放った魔術はそうそう打ち消されない。
組み合ってしまえば俺の勝ちで、衝撃を使う俺の魔術と並行すれば、そこらへんの不良魔導士なんて相手にならない。
魔力にモノを言わせ、力づくで殴りつける。
そういう意味で、彼女と俺の相性的に、俺は非常に不利だった。
「……」
無言で立ち上がる悠里。反った刀を杖に、こちらを睨みながら立ち上がる。
「サディストですね」
「そうかもね。絶対負けたくなくなるし」
姉さんもそうなんだろうか。
いや、外では冷徹だけど、俺はその冷徹な姉さんを知らないからイマイチぴんと来ない。
何にせよ、俺も少しだけだが、戦いになると容赦がなくなるみたいだ。
「……」
「波動よ!」
「っせぁぁぁ!」
一刀で、その衝撃が消滅していく。
――『レヴァティ』
それが彼女から発せられた、起動言語。
恐らく、引き出せているのはごく一部。
しかし――強力過ぎる。
魔力を無力化する剣なんて、魔導士や魔術師を完全に殺してしまう能力だ。彼女が鍛錬を重ね、剣術を学べばまさに無双できる。
そして、『レヴァティ』のはずがない。
何となくわかる。これが、あの剣の全力ではないのだと。
……ただ、彼女に絶望的に魔力がない。
なので、人並みより、弱い。
……魔力を打ち消す彼女の剣と俺の相性は悪い。
だから、あの剣の効力なしでは――
「全方位、波動よ!」
「ぐ、ぁ……ああああぁぁぁっ!?」
――俺の魔術を、受けきれない。
基本的に魔導器を使う人間は、魔術を使おうとしない。
両立は、ハッキリ言って難しい。
努力しないと覚えられない魔術を習得するより、元から使える魔導器を使う方が手っ取り早いし、大体がそっちの方が強力だからだ。
だから、魔導士は魔術を大体使わない。だから、魔術を防ぐとき、魔導器に頼るか、もしくは簡単な魔術で魔力の壁を出すんだけれど……防御方法をまだ悠里は知らないらしい。
「悠里、君は弱いな」
「……ハッキリ、言いますね」
「いうとも。相棒だからね。ハッキリ言えばまだ君は雑魚だ。……ただ、その剣の真価は凄まじい。背筋が凍るよ。魔力を打ち消す剣なんて、まさに魔法の産物だ。俺は人の魔導器にはレアリティがあるもんだと思ってる」
「レアリティ……」
「ほら、携帯ゲームでもあるだろ? コモン、アンコモン、レア、スーパーレア、スーパースペシャルレア。……君のそれは、スーパースペシャルレアだ。最高ランク、最強の武器だろう。ぶっちゃけ反則だよ。でも、肝心の君のレアリティはアンコモンかコモンクラス。……だから、君の総合戦闘力はアンコモン」
「あなたは……魔術師、のはず……」
「だね。俺自身は……コモンだ。ただ魔力だけが図抜けて高いから、もしかしたらスーパーレアとかになってるかもしれない。でも、それは能力の問題で、俺の本質は屑。魔導器を持たない俺は、そのレアリティの土台にすら立てないんだから」
俺は屑だ。
姉といた時は、思い知らされた。
魔術という、理論と術式の上に成り立つ弱いものではない。
魔導器という絶対的な才能。圧倒的な存在感。暴力的なまでの強さ。
彼女には、それがあった。
それが絶対だと思い込んでいた。
……いつの間にか、気持ちが収まっていた。
「……ごめんね。立てるかい、悠里」
「……強くなります」
「ああ。一緒に強くなろう。……悠里、君は強くなる。俺なんか、歯牙も掛けないほど。その時、隣にいるのは俺じゃないかもしれない」
「一緒です。……相棒、ですから」
「……そこまで行けば、きっと相棒じゃなくて腐れ縁だと思うよ」
ともあれ、お互いの実力と理解が深まったと思う出来事だった。
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