一章 逆襲開始 1


「目立ってますね」

「もう、死にたい……」

 幸いだったのが、隣にいてくれた枝条さんだ。

 彼女だけは睨むこともなく、遠巻きに見ることもなく、変わらずに俺と接してくれている。

 席も隣だったし。

「ああー……、瑠璃があんな派手な演出しなければ……」

「ですが、自己紹介の手間が省けたのでは?」

「必死に考えてたのに……」

「どんなのですか?」

「こんにちは! 俺、黎明! よろしく!」

「爽やか過ぎて気持ち悪いですね」

「え!? そうなの!?」

 おい『良い印象を与える挨拶―自己紹介編―』よ、ダメらしいぞ。

「にしても……その、縁がありますね」

「ごめんね、俺と話してるせいで君まで睨まれる……」

「いえ! ……いえ。その、私は、その……好意的というか、その……お友達になれて、嬉しいです……」

 人差し指同士をくっつけてくるくるする。

 可愛らしい仕草だが、その表情は恐ろしいくらい変わらない。でも、少し顔が赤いような気がしないでもない。ぶっちゃけ気のせいと言われてもそうだなとしか言えないが。

「そっか。俺も枝条さんと友達になれてうれしいよ」

「……そうですか。うん、私も……その、嬉しいです」

 嬉しいな。

 友達なんて初めてできた。

 ……小学校も中学校も通わせてもらえなかったからなぁ。

 まぁ、勉強は家庭教師が教えてくれたけど。覚えなかったら暴力当たり前とか、時代錯誤だよなぁ。言いつけてもおそらく無駄だったけど。

「アナタ」

 わざわざこっちにやってきたのは、最初に認めないと立ち上がった女の子だった。今時縦ロールとか、珍しい髪形をしている。

「失せなさい、紛い物」

「俺じゃなくて理事長に言ったらどうかな。俺をここに呼んだのは他ならぬ理事長だし」

「うるさいですわね! 魔導育成学園は魔導士しか入れませんの! 理事長の経営方針です、分からないんですの!?」

「君、頭悪いね。その理事長直々に俺を呼んだんだけど?」

「くっ……!」

「それと、みんなにもついでだから言っておくよ。俺は波風立てたくないんだ。負けたくない気持ちはあるけど、それ以上に争いたくないし。だから、普通に、一般生徒として接してくれると嬉しいな」

 ニコっと笑ってみる。

 全員の表情が、穏やかになった。役に立ったじゃないか、『良い印象を与える挨拶―自己紹介編―』。

「あ、アナタがた、魔導士としての矜持はおありで――」

 ドン、と押しのけられる。

「ねーねーねー! 魔力凄いんだね! あの宝石われちゃったけど、あれ魔術なの!?」

「ううん、元々魔力だけは多くてね……。魔術も一応使えるけど」

「副会長とはどんな仲なの!? 会長とも超親しげだったよね!?」

「ルームメイトが副会長で、その縁で仲良くさせてもらってるんだ」

 物怖じしないクラスメイト達に質問責めにあう。まぁ、気になるよね。気にならない方がおかしい。

 そんな俺を気に入らなさそうな目で見ているのは……さっきの縦ロールと、もう一人、女子。メガネの奥の眼光が鋭いな。気を付けておこう。

「アナタ! いいんですの!?」

 積極的に来てくれたサイドテールの子をつかみ上げる縦ロール。うわぁ、そこまでやるのか。すごいな、その行動力。

 と、それを枝条さんがつかみ返した。やるなあ。

「魔導士だからといって、人を卑下していいわけじゃないと散々スクールでも教わったはずです。理事長の言う通り、魔力を持つ者がまだ迫害される世界です。一緒にやっていこうと思わないのなら……同じ同胞として、最低に思いますが?」

「なっ……!?」

「いや、縦ロールさんのいうことももっともだけどね。俺は魔導士じゃない、それは事実だし、それを指摘されても仕方はないと思うけど……敵対とは、ずいぶん頭が悪いなとは思う」

「喧嘩を売ってますの!?」

「単純な感想だよ。頭のいい人は俺を踏み台にでも何でもして、敵には回さない。どうして敵を作るような真似をわざわざするのか。俺には理解に苦しむよ」

「……一条鼎です。覚えておきなさい、烏丸黎明!」

「俺の名前は、聡里黎明だよ。その忘れっぽい頭でも、それだけは間違えないでほしい。俺は、聡里だ」

 そこだけは引けず、彼女を睨む。

 って俺が敵対してどうするんだ、アホか。

 後からニコッと笑ってみるけど、彼女は舌打ちして元の席に戻っていった。

 何を食べたらあんなに攻撃的になるんだろう。秘訣を教えてほしいな。

 それでも、周囲の人達は俺に話しかけてくれて来てる。嬉しいな、普通に扱ってもらえるのがこんなに嬉しいなんて。

「はーい、みんな揃ってますねー!」

 入ってきたのは、胸元があいたスーツに白衣の先生だった。

 ……そこいらの女子高生と変わらないルックスだけど。黒いロングヘアにリボンのカチューシャが可愛らしい。スタイルもほどほど。いや、谷間ができてるからほどほどよりいいのか。

「はいはーい、それでは二人組を組んでくださーい!」

 おお、これが学校名物の「二人組を作ってください」か。友達がいなかったら悲惨なことになるらしい。

 ガシッと握られる手。

「え? 枝条さん?」

「お、お嫌ですか……?」

「ううん、嬉しいよ」

 顔がマジなのが超怖いけど。

「緊張すると雰囲気が険しくなるんだね」

「で、出ていましたか!? 顔に出てましたか!?」

「雰囲気だけ。表情は、あまり変わらないんだね」

「す、すみません。両親や妹からも表情筋が死んでいると言われていて……その……」

「変わりたいなら、これから練習すればいいよ。俺もよければ付き合うから」

「……感無量です。私は、とても、今、感動しています……」

「う、うん、そう。よかったね」

 全く表情が変わらないので本格的に怖いけど、いい子なんだろう。いい子、だと思う。

 いや、微妙に目つきが違うのか。何となく見ていれば気づくけど、確かに誤解されそうだよな、無表情と。

 で、俺達以外は男と男、女と女という感じで別れている。

「じゃ、今からその相手が、一年間一緒に暮らす相棒で、相方でーす!」

「……なんだって?」

 一緒に暮らす? なぜ?

 というか、女の子なんだけど。

「おお、久々に男女のペア! いいねえいいねえ! 青春だねぇ!」

「いや青春だねじゃなくてですね……こんなの枝条さんが可哀想ですよ!」

「私は別に構いませんが」

「ほら! 見知らぬ男と一緒だなんて嫌って……あれ!? 言ってねえ!? なんで!?」

 言えよ、ちょっと傷つくかもしれないけど大丈夫だから。

「気心の知れた間柄です。問題ありません」

「俺の与り知らぬところで関係が発展してる!?」

 このままいくと、一週間で夫婦にでもなってそうだ。

「私達は親友になったはずです。そして今この瞬間から、相棒になります」

「ねえ、俺の話聞いて!?」

 問答無用はやめてくれよ。

「……親友は、お嫌ですか?」

「いや、嬉しいけど……」

「だったらよいではありませんか」

「いいのかなあ……」

 盛大に流されている。

 というか、何でこんな濃い女性ばっかりと遭遇するんだ。そういう星の定めなのか……。

「ではこれから相棒ですね」

「ステップアップしてる!? それ確実にステップアップしてる!?」

「お嫌ですか?」

「いや、嬉しいけど……」

 あまりにもお手軽過ぎるだろ君。インスタント食品も真っ青なほど。

 うん、好感度が容易く上がりすぎじゃない?

「というか、俺みたいなのでいいの? 俺、魔導器もないんだけど」

「友達は大切、親友は大事、相棒はかけがえのないものです」

 一瞬で関係が深くなったからか、すんげえ軽い。言葉が羽毛のようだ。

「いや、君と比べたら雑魚同然というか……」

「安心してください。私も強くありません」

「……」

「一緒に強くなりましょう」

「ああ、うん。そうね」

 いいのか君。

 男と女、一緒の部屋で。

 いや、俺が何かするわけでもないんだけど。

 というか、怜治先輩はこのことを知ってるのか?



「ああ。だから言っただろう。短い間だが、よろしく頼むと。説明し損ねていた、すまん」

 …………。

 ああ、確かに言ってたな。

「まぁ、諦めろ。オレも女子寮で、結と一緒だ。お前は?」

「……女子寮で、枝条さんと一緒です」

「……そうだな。枝条と代わってもらうか」

「お願いします……」

 さすが怜治先輩、なんて頼りになるんだ。

 男同士の方が気軽だし、絶対いいに決まってる。



「お断りします」

「おおい!?」

 なんてこった。

 まさか枝条さんがノーサンキューと腕をクロスさせるなんて。

「いやいや、男女が一緒に生活するとそれはそれは不便なんだよ枝条さん。トイレにも気を遣うし、健全な男子なんで下着とかにムラッとくるし、あ、便座は閉めてないと怒られるし、風呂でばったり会った時にそのまま連行されそうになったり夜中にこっそりキスされてたりやたら柔らかい体が絡んできて夜も眠れないというかヤバいことになるんだよ!?」

「やたら具体的だな……」

「というか、最後の方犯罪ギリギリじゃないですか……同棲してたのですか?」

「……姉の部屋に、五年ほど軟禁されてまして……」

 そんなのが嫌なのでとびだして、一年間放浪してたんだけど、まぁそれはいい。あの頃は若かった。

「お姉さんがいらっしゃるのですね」

「ああ、オレも名前は知っている。烏丸綾だったな。日本魔導士界に名を残すほどの魔導士。容姿端麗、成績優秀で何より強く、厳しいらしいが……」

「俺には、だだ甘かったんです……。あの厳格な父と母でさえ、その変貌っぷりにはドン引きしてました」

 九歳ごろまで隔離されて育ち、姉と出会って姉と暮らすようになり……

 ああいやだ、思い出したくない。

 血の繋がった姉でもいいや的なことを思い浮かべていたあの頃の自分を抹消したい。

 いや、姉さんは好きだけどそういう好きじゃないというか……うん、この話はやめよう。

「というわけで、枝条さん」

「あ、悠里とお呼びください、黎明さん」

「うん、それはいいんだけど、悠里。君はいいのかい? 自分が行ったあと、すぐトイレに入られるのって」

「はぁ、別に」

 憎い。さっぱりとしている無表情が憎い。

「シャワーとか風呂とか! 遭遇すると超気まずいよ!」

「なんなら……いいですよ?」

「何がだ!?」

「落ち着け、黎明。どうした、お前らしくもない」

「……いえ、姉との記憶がフラッシュバックして、混乱してました。すみません。言葉が荒くなっちゃって、ごめんね悠里さん」

「呼び捨てで結構ですよ」

 なんか外堀埋められていくみたいで怖いんだけど。

「……黎明、お前が決めろ」

 めんどくさそうに怜治先輩が言う。

 もうホントすみません。

「一緒でいいです……この調子じゃ俺が折れないと仕方がないでしょう」

「……オレもお前とがよかったんだがな……。平穏そうだ」

「あら、何のお話し?」

「結……」

 またややこしいのが。

「あらぁ、失礼そうな視線ね、黎明君」

「そう感じたのなら、すみません」

「いいのよ。それじゃ、こうしましょう。一週間ずつ、ルームメイトを入れ替えていきましょうか」

「……」

 またすげえ話になったぞ。

「これなら誰もが幸せに」

「なりますね」

「もう何でもいい……」

「好きにしてくれ……」

 幸せそうな女性陣に頭を抱えている男性陣。

 とりあえず、悠里との生活が始まった。

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