序章 高校デビュー 後編
そうして数日、怜治先輩と訓練しながら過ごす生活を送っていた。
「っらぁぁぁッ!!」
「フッ――」
強引で力任せな攻撃。自分でも分かっている。筋肉と速度にモノを言わせる俺の攻撃は、技術を磨いた怜治先輩と対照的だ。
怜治先輩が得意とするのは、無駄が徹底的に削がれてあるシンプルな動き。なるほど、途中から力を入れることによって、伸びるような錯覚をしてしまう攻撃が飛ばせるわけだ。
最初はモロに喰らっていたが、さすがに何度もやられるほど馬鹿じゃないと思いたい。
ともあれ、今は互角に殴り合えていた。
「はぁッ!」
「ふん――ッ!」
蹴りだした足が交差する。
「……今日は入学式だ。ここまでにしよう」
「はい。ありがとうございます」
「こちらのセリフだ。お前は今までオレの近くにいなかったタイプだ。力ずく、しかしそれが可能な速度の攻撃と力……いい練習相手だ」
「いや、怜治先輩強すぎですよ……身体能力、Sでしょう?」
「お前もだろう?」
「まぁ、俺も確かにSですが……武術を修めているわけではないですから」
「む? そうなのか? にしては、動きがしっかりしているが」
「……戦闘経験は多いと思います。強いてあげれば、我流喧嘩空手、というところでしょうか」
「我流か。……覚えてみるか、オレの体術」
「いいんですか?」
「ああ。その代わり、剣だけだ。オレの本領は拳、それは教えない」
「充分です。基本となる動きができれば、多分もう少し、俺はマシに動けるはずです。というか、剣も使えるんですね」
「一応、免許皆伝だ。槍と薙刀も一応修めている」
なんかすごく武士っぽいのは分かる。
俺も頑張ろう。
「よし、では行くか」
「二年生は休みなのでは?」
「在校生代表の挨拶という、つまらない話をしなければならない。予想しよう、結のヤツは一言しか喋らない」
「まさか、そんなわけないじゃないですか」
『励んでください。以上です』
結先輩の挨拶は、マジで一言だった。
ざわつく一年生。無理もない。あまりにも短すぎる。
『続いて、副会長の御堂怜治の挨拶です。怜治君、お願いします』
言われ、しゃんと背筋が伸びた怜治先輩が講壇に立つ。
何というか、知っている仲とはいえ、彼を見ると思わず背筋が伸びる。
『在校生で副会長の御堂怜治だ。姉に代わって、少し心構えについて述べよう。……強くあること、そして強くありたいと努力すること。これが不可欠だ。向上心を忘れるな。……誰も味方にならなくても、自分だけは自分の味方をするんだ。そうすれば、自分は自分を裏切らない』
全員が息をのんでいた。
その迫力に、その存在感に。
一年上。ただそれだけの人間に、こんな雰囲気が出せるものなのか。
『お互いに切磋琢磨し、鍛えて――』
『なーがーいー』
そう割り込んできたのは、別のマイクを持っている結先輩だった。
『結、おとなしくしないか』
『だって長いんだもの。せっかく短く締めたのに台無しじゃない』
『……む』
『ねー、黎明君も短い方がいいわよねー?』
俺に振るな。
最悪なことに最前列。てくてくと歩いて、俺にマイクを向けてきた結先輩。
ううう、視線を感じる。最悪だ。
『短い方が正直助かりますけど、先輩の心構えなどにも興味があります』
『あら、真面目ね。いい子いい子。でも怜治みたいに頭固くなっちゃだめよ?』
『気を付けます……』
『結。いい加減にしないか。黎明が困っている』
『はーい』
……最悪だ。
死ぬほど注目されていた。「知り合い?」「誰だろう」とかいうのから、「できてんのかな、会長と」「いや副会長かも」とか頭が痛くなる小声も聞こえる。
『では、オレの言葉もこれで締めさせてもらう。長々とすまなかったな』
怜治先輩も降りていく。
ひとまず、ホッとする。
『それでは、理事長兼学園長、大鷺瑠璃様から、挨拶があります』
『ええ』
小さな彼女は、壇の前にやってきた。
結先輩とも怜治先輩とも違う。
可憐さも愛らしさもあるが、それらを流し去る……年齢を感じる雰囲気というのか。厳かなものが、確かにある。
『大鷺瑠璃です。……さて、ご紹介しましょう。黎明さん、壇上へ』
「いっ!?」
なんてことを言い出すんだこの人。
『さあ、黎明さん。新入生代表として、壇に立ちなさい』
「い、いや、大鷺さん……!?」
『瑠璃で結構ですよ。さぁ』
強引過ぎない!?
しかし、抵抗しても仕方ないだろう。彼女はてこでも動かないつもりだ。それに、実力行使で来られてはいらぬ厄介を周りに掛けてしまう。
仕方なく立ち上がって、階段を上り、彼女の隣に立つ。
「はい、どうぞ」
「……何を言えば?」
「では、私が言いましょう」
再びマイクを手に取って、瑠璃はいう。
『……彼には魔導器がありません。ハッキリ言って、魔導士にとって取るに足らない、いわゆるできそこないという存在になるのでしょう。彼の名前は烏丸黎明。覚えている方もいらっしゃるでしょう? あの烏丸の、長男だった人間です』
――――っ!?
「理事長!」
『黙りなさい、御堂怜治。私が喋っているのです』
「……くっ」
知られて、しまった。
魔導器とか、できそこないとか……どうでもいい。
烏丸の長男という事実。
拭い落とせぬ印。生まれながらにして決まった最悪の事実。
もしかしたら、才能があれば……その印は宝石よりも価値があったに違いない。
けれども、実際はどうなんだ。
俺も宝石だったのかもしれない。
でも、人によって宝石の価値は違う。
……みんなにとって、俺という宝石は……ただの石ころだ。ブランド物であったとはいえ、石ころなんて……誰も欲しがらない。
「そんなヤツが新入生代表など、認めませんわ!」
そう声が上がる。
「魔導器をもたない魔術師など、この学校に必要ありません! 同じクラスメイトとして、ワタクシは認めませんわ!」
「……そうだ! 魔術師ごときが代表だと!? ふざけるな!」「その壇を降りろ!」「魔術師は帰りなさいよ!」
非難ばかりが溢れ出る。でも、それは仕方のないことだった。
魔導師は、魔術師や一般人をどこか嫌う。
魔術師は力のない劣等種としてみなされる。同胞ですらない。
一般人は……逆に魔導士を嫌う。超人的な彼らを排斥しようと、今も尚、銃などは開発されている。なので、自然と魔導士も一般人を嫌悪している。
日本では公式戦以外は認められていない。殺しも当然認められない。
だからこそ……差別がひどくなる。
『黙りなさい、雑魚ども』
そう冷ややかな声で威圧したのは、誰でもない。俺をできそこない扱いし、烏丸の名前を広めた瑠璃だった。
『魔術師が魔導士に勝てないと誰が決めたのですか? 魔導士でさえ、一般人に殺されるこの社会で……どれだけの違いがあると? 魔力を持つものすべてが同胞であり、尊重しあうべきです。……あれを持ちなさい』
彼女が指を鳴らすと、運ばれてくる――ああ、これは。
『そう、魔力の総量がわかるマジックジュエルです。貴方がたも入試の際に触れたでしょう? 私は、こうなります』
目を焼くほどの輝きがこぼれだす。
誰もが感嘆の声を漏らした。それだけ、魔力が強いのだ。
成長が止まるほどの魔力。これほどすさまじいとは思わなかった。
けれども、俺ほどじゃない。
『どうぞ、黎明さん』
無言で、ジュエルに触れる。
莫大な輝きが生じて、ジュエルが粉々に砕け散る。
「なっ……!?」
全員が凍った。
――魔力S。測定不能。
世界でも有数の魔力を持つ人間。それが実家での俺の価値だった。それと、姉のおもちゃという事実だけが、ギリギリ放逐されずに本家に縛り付けられていた理由だった。
……とはいえ、俺はちゃんと瑠璃とは違い成長しているが。多分、瑠璃の成長が止まっているのは、魔導器のせいだろう。
『……そして、私は宣言しましょう。彼は、貴方がたの頂点に立つ存在です。覚えなさい、そして畏れなさい。聡里黎明の名前を!』
……高校デビューとか、そういう言葉があるけど。
もうそんなスケールじゃないだろこれ。
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