第1話 魔王からの提案

 ゲーム中に天界へ呼び出された俺は、まあ、なんやかんやあって異世界へ召喚させられたのだが、飛ばされた先は魔王城だった…。


〜〜〜


 おいおいおい待て、これは何かの冗談だよな…。初期地点が魔王城なんて聞いたことねぇぞ!あの鼻垂れ女神確か「一番安全な場所」って言ってたよな…。


 しかし幸いなことに、目の前に巨大な椅子があるのだが今は誰も座っていない。チャンスだ。

何か起こる前に早くここから逃げ出さないと…。


 すると運悪く絶妙なタイミングでガサッと背後から物音が。瞬時に死を悟った俺は一度冷静になってゆっくりと後ろを振り返る………。


 そこにいたのはバカでかい生物。いや、生物っていうか化け物だ。その化け物は骸骨のような見た目をしていて身長は2メートル以上ある。地面を引きずる黒いマントには、赤いシミが所々に付着している。このシミが何なのかは言わなくてもわかるだろう。


 この威圧感。圧倒的ラスボス感。絶対に殺します感…。


 この化け物は間違いなく魔王。そう、数々の国民的有名ゲームで主人公の前に立ちはだかり多くの勇者を苦戦させてきた最強のモンスターなのだ。

 魔王は例の真っ赤なシミのような色の瞳で何も言わずじっと俺を見下ろしている。


「…」

「…」


 しばらく沈黙が続いた。お互い目を合わせて何も言わずに。なんの時間なんだろうか一体。


「…お前、私を見ても驚かないのか。」


 それは俺も思った。普通この状況は「ギャーー!!!」とか「うわぁーー!!!」とか「命だけはご勘弁を…!」とか言って泣き叫ぶところだと思う。しかし俺はまだレベル1、装備どころか武器すら持ち合わせていない。こんな化け物にどうやっても勝てっこないのだ。


「……お前のような鈍感野郎は初めてだ。ふん、気に入った。今日から私の直属の幹部にしてやる。」


「え、なんで?」

「え?」

「え?」


 俺はこの魔王の言っていることがさっぱりわからなかった。どこに恐怖のあまり言葉一つ出せずにその場で立ち尽くしているだけの人間を気に入る魔王がいるんだよ。

 お互い間抜けな顔で見合う。側から見たら相当バカな魔王と人間に見えるだろう。


「魔王の幹部だぞ???しかも“直•属”の!!こういうのは普通、大人しく言う事を聞いて私のになるものだろう?!?!」


 おーい本音出てるぞ。


 汗だくで必死になっている魔王からは俺から提案を断られたことへの驚きと焦りが見えた。なにか時間に追われているような。夏休み最終日に後回しにしていた宿題を必死に終わらそうとしている小学生。そんな感じの顔。


 俺はこれ以上ないぐらいに嫌そうな顔で魔王を睨む。すると魔王は凄まじい勢いで地面に頭を叩きつけ土下座のような体制を取る。


「頼む!!!!いいんだ!!頼むから1日だけ私の直属の幹部のをしてくれないか。約束する。1日だけでいい、明日の朝には傷一つ付けずのまま帰す!良い提案だろ??な?」


 なんか所々発言が引っかかるんだけど…。


 しかしその提案は少しばかり自分でも良いと思ってしまった。何か事情はわからないけど俺が1日幹部のフリをすれば魔王は助かる。そして俺は、1日だけでも魔王の仲間になれば魔王関係の情報を少しでも入手することができる。今まさにこれから冒険を始めようとしている俺からしたら、この情報はこの先この世界を攻略する上でかなり重要になるはず。つまりWin-Winな提案ってわけだ。


「よし、その提案乗ったぁ!!!」


 俺は天高らかに拳を突き上げる。高らかと言っても上は真っ暗な蜘蛛の巣だらけの井なのだが。

 すると地面にぐりぐりと頭を押し付けていた魔王はひょこりと涙目な顔を上げ俺の拳を見上げる。この男、魔王なのに、情けないぞ…。


「ありがとう。恩に着る」そう言って魔王は立ち上がる。2mの巨体が再び俺の視界を遮った。その顔は先程までの恐ろしい顔とは違い少しばかり笑みを浮かべている。しかし普段から人前で笑うことがないのか少しニヤつくような不気味な笑みになっている。怖っわ。


 魔王はまず服を着替えろと言うのでこの大広間の隣にある衣装部屋に案内された。確かにジャージ姿で「魔王の幹部です」なんて言うのはかなり無理があるよな。


「これがお前の今日一日着てもらう衣装だ。私は外で待っているから早く中で着替えてこい」


 わざわざ衣装部屋で着替える必要もないのに。そう思ったが、逆らったら最後何されるかわからないので言われるがままに中へ入る。


「えっ、なんだよこれ……」


 中に入ってまず目に止まったのが大量の女性用の衣装だった。中にはキラキラと宝石の装飾が施されたドレスやメイド服などがハンガーに掛けられ、なんとまぁ小綺麗に収納されているではないか。

 

 ひょっとしてこの衣装はあの魔王が着ているのか?あの怖い見た目でコスプレ癖なのか??

 そんな疑問をそっと心の奥に閉じ込め渡された衣装に着替えた。このことは今後一切思い出さないことにしよう。



着替えを終えた俺は衣装部屋を出る。


「ほう、なかなか似合って……はないな…」


 健気にずっと外で待ってくれていた魔王。何を言い出すかと思えば腕を組みうーんと唸りを上げながらそんなことを言う。


 それもそうだ。俺が渡された衣装は全身真っ黒でおまけに顔を覆ってしまうほど大きな襟がピンと直角に立っている。そして身長165のが着ることを想定していなかったのか、かなり大きくてブカブカだ。こんな服が似合うのはのアンデッドかマイ○ルジャ○ソンぐらいだろ。


 そして俺は魔王にさっきの大広間に戻って待っているよう言われた。魔王という職業は大変忙しく急な仕事が入ったそうだ。もちろん俺は死にたくないので言われるがままに従った。


 玉座に座り魔王を待って10分ぐらい経っただろうか。この部屋にどんどん近づいてくる足音が聞こえる。


 やがてこの部屋の前で音が止まった、すると突然吹き飛ばすような勢いで扉が開く。

 俺は驚き、玉座から反射的に立ち上がってしまった。

 そこにいたのは魔王……ではなく鎧で身をガチガチに固めた1人の高身長の女の人だった。目つきが悪く、癖っ毛の赤髪はライオンの立髪ようにボサボサだ。


 するとその女の人が凄まじい形相で早歩きで玉座の方に向かってくる。そして俺の前に立つや否や、俺の胸ぐらを掴み、大声で。


「お前は誰だ?魔王様はどこだ!!吐け!この腰抜けが!!!!」


 俺は困惑した。突然現れたボサボサの赤髪の女の人に胸ぐらを掴まれ腰抜けなどと罵倒された経験がないからだ。なんだろう、これはこれで悪くないな。

 

「あっ、えっと…」


 言葉を詰まらせ最悪な空気が広がる中、誰かがこっちに走って来ているのを感じた。


「ダメよ!レオちゃん!!魔王様のお城でそんなに大きな声出しちゃ!!!!っ!!」


 奥から現れたのは赤縁の眼鏡をかけた美女。清潔そうな黒色のサラサラ髪と乳房を揺らし全速力で走ってくる。その美女は赤髪ボサボサ女の所まで来ると手を膝に乗せゼェゼェと息を切らす。


「急に走るんだもん…びっくりしちゃったわ…」

「お前が遅すぎるだけだ。もっと肉食べて体力をつけろ」

「そんなことより、魔王様のお城なんだから大声禁止。いい?」


 赤髪ボサボサ女は少し不満そうな顔をしていたが、すぐさま俺に標的を戻し、また目つきの悪い表情にコロっと変える。そしてやっと俺の存在に気づいたのか眼鏡美女がキョトンとした顔で俺を見つめる。


「この子は、誰かしら?人間のような匂いだわ…」

「きっと街のバカのガキがノコノコと迷い込んで来たに違いない。よし殺すぞ」

「やだぁ〜レオちゃんってば。殺すならもっとじっくり苦しませながら殺さないと〜〜」


 聴いてればとんでもないこと話してるぞこの人たち。


「殺…す…の…は…や…め…た…ほ…う…が…」


 突然、眼鏡美女とボサボサの背後から随分とゆっくりとした湿気の多い声が聞こえてくる。ナマケモノのようなまったりとした喋り方だ。別にナマケモノ喋らないけど。


「ひぃっ! ってなんだブラちゃんか〜そこにいるならいるって言ってよ〜」

「い…る…っ…て…言…っ…た…ら…言…っ…た…で…驚…く…で…し…ょ…」


 美女がブラと名乗るその少女は床まで届くほどの、これまたボサボサの茶髪を掻きむしりながら虚ろな目で俺を見上げている。なんか、うん。不潔だな。


「こ…の…子…は…私…た…ち…の…新…し…い…仲…間…な…の…か…も…」

「それは本当か!?ブラディボ!」

「た…ぶ…ん…」


すると俺の胸ぐらを掴んで離さない赤髪ボサボサ女はまた半端じゃない力で俺を揺らし、また叫ぶ。脳震盪になりそう。


「おいバカ!!お前は本当にアタシたちの仲間なのか?はっきり言え!チビ!」

「レオちゃん!!大声はダメって言ったでしょ!!!」

「黙れ!赤メガネ!!!!乳もぐぞゴラァ!!」


 結局この人たちは仲が良いのか悪いのか、俺にはさっぱりわからない。


 そして俺はここでやっと魔王との約束を思い出す。今日一日俺は魔王の部下として過ごさなければならないということを…。


「あ、あぁ。そうだ。俺は今日からお前たちの仲間になる勇希だ。よろしくな。」


「なに?ユーキ?変な名前だな」


 話を合わせて名乗ってやったにも関わらず赤髪ボサボサ女は俺の胸ぐらを掴んで揺さぶり続ける。理不尽極まりない。あとこいつは力加減がバカだ。


「お前は何ができる?なんの能力だ!呪いか?山は崩せるか??おいなんとか言え、ブス!!」


 シンプルな悪口!!だがこれも悪くない…。


「おい、お前たち何を騒いでいるのだ。」


 聴き覚えのある低音の声が聞こえた途端、赤髪ボサボサ女はピタリと手を止める。

 やがてその声の主はさっきまで俺の物だったピカピカの玉座に座り、コホンと咳払いをして。


「これより。第5032回魔王軍四天王会議を行う」


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